ハザト大森林⑨
元の世界にいた時は当然として、この世界に来てからも感じた事のない感覚。
俺は気配などを感じ取る技能はない。なのに右側──先ほどまで俺達がいた方角に何かがいるのを感じた。それも、明らかに不味い何かが……。
そんな中、伸ばした手に何かが触れているのに気づいた。コッコラの蔦だ。その感触で気配の方にほぼいってしまっていた意識がわずかに戻ったので、コッコラをラーニングしておく。だがそれと同時、感じていた気配が更に濃くなった。
「ひっ……」
思わず口から悲鳴が漏れた。何かの姿を見たわけでもなく、何かの音を聞いたわけでもないのに。ただこのままコッコラに触れていてはいけない気がして、俺は伸ばした手を手元に戻した。
そして、頭の中で警報が鳴っている中、みてはいけないと感じつつも勝手に頭が動き、ギギギと気配の方を見てしまった。
「……っ!」
今度は悲鳴すら出なかった。
森の木々の中、銀色の存在がそこにいた。──ハリオンだった。
先ほどの子供ではない。そして人の身長近いとされる大人のハリオン、でもなかった。
それは、人の身長どころではない巨躯のハリオンだった。全高は……もしかしたら3m近くあるかもしれない。そんな巨躯の獣が、鬱蒼と生い茂る木々の中をまるで苦にせずすり抜けるようにこちらに向かってゆっくりと歩いてくる。
状況を考えれば、ここで俺がすべきことは立ち上がりすぐ動ける体勢を取る事だろう。だが俺の足はがくがく震え、まるで力が入らない。あげくバランスを崩し、俺は後方へ尻もちをついてしまった。
まるで象のようなサイズの獣。それだけでも充分恐怖の対象なのに、更に強力な重圧を感じる。その瞳がこちらを捉えている……そう感じただけで体に力が入らない。
それでもなんとか首だけ動かして周囲を確認すると、横ではユマが顔面を蒼白にしていた。それでも若干腰を落とし、手は腰の道具入れに伸ばしている辺り肝が据わっているといえる。
ノインさんはこちらから顔は確認できないが、こちらを守るように剣を構えてハリオンと向かい合っていた。腰が引けている様子もないのは、多くの実戦経験をこなしてきたからであろう。
逆にいくら学園で優秀だったとはいえ実戦経験は少ないであろうリズはユマよりも顔を白くして、腰も引けてしまった。魔術を放つ体勢にもなれていない。
巨躯にハリオンは勢いよく駆けよってくるわけではない。ゆっくりと、ただ視線を外さずこちらへ近づいてくる。
逃げるのか、迎撃するのか、或いは他の何かの手を考えるのか。何かをしなくちゃいけないとは思うのに、体は全くいう事を聞かない。ただ腰を落としたまま、ずりずりと後方へ下がってしまった──その時だった。
「ユマさん、ヒビキさん、右です!」
重い静寂に包まれていたその場所に、ノインさんの声が響いた。その声に弾かれるようにして俺は右に視線を向ける。
「ひっ!」
今度は完全に悲鳴を上げてしまった。
ハリオンがこちらへ向かって駆けてきている。先ほどの子供のハリオンだった。──俺に向けて一直線に向かってきている。
逃げなきゃ!
そう思ったが、腰は抜けたままで動けない。巨躯のハリオンから向けられている重圧はそのままだから。ノインさんは俺達を庇うように位置を動いてしまっていたせいでこちらのフォローは間に合わない。リズは巨躯のハリオンを見て固まってしまって子供のハリオンには反応すら見せていない。
唯一動いたのはユマだった。彼女は俺を庇うように前に飛び出したのだ。
──ユマは多少術を使えるし、手持ちのアイテムで戦う事はできる。だが先ほどまで殆ど固まっていた状態だった。なので術を行使できる状態じゃないし、アイテムも荷物の中から取り出せていない。いくら子供サイズとはいえ、彼女が迎撃できるとは思えない。
ならばその結果はどうなるか。
目の前で、彼女が、喰いつかれるかもしれないということだ。
なんとかしなくちゃと思った。まだ殆ど戦闘に使える植物はラーニングはできていないけど、それでも多少の妨害はできそうなものがいくつかは……
俺は力の抜けた体が後方に倒れるのを支えていた上に力を籠める。
そして、頭に一つの植物を思い浮かべ、力を行使した。




