ハザト大森林⑧
「……フラグ立てちゃったかなぁ」
「フラグってなんですの? ヒビキ様」
頭の中で考えていたことが、無意識に口をついて出ていたらしい。それを聞きとがめたリズからの小声の問いには、曖昧な笑みで誤魔かしておいた。
──今、俺達はハザト大森林の中で息を潜めている。
理由は……今俺達の前方にいる存在だ。
ハリオン。これまでの探索では一度も鉢合わせしなかった存在に、ついに俺達は遭遇していた。
ユマにコッコラの事を相談した事の翌日である。そう、俺達が見かけたハリオンはコッコラの実を食べていた。
フラグ回収早すぎない?
コッコラは群生しているわけではなく、たまたま生えているものだったのだろう。元の世界でいうとスイカに似た果実であるそれは一つだけなっており、一匹のハリオンがそれにうまそうに齧りついていた。
「成体ではないな、子供か」
「そうねぇ」
双眼鏡のようなものを覗き込んでいるノインさんとユマがそう口にする。狼によく似た姿をしたハリオンは本来成長しきったサイズだと全高が人の身長くらいある。だが先ほどユマの双眼鏡を借りてみたその姿は、距離がわからないからはっきりとは不明だが周りのものの対比からして腰位までのサイズだったと思う。なので、二人のいる通り子供なのだろう。
ハリオン自体は群れを成す事が多いので、そう考えると近くに群れ、或いはそこまでいかなくても親となるハリオンがいる可能性は高そうだが……ユマ、リズ、ノインさんがそれぞれ異なる方法で気配を探った限りはこの近郊に他のハリオンがいないとの事だった。
だとすれば、危険性は薄い。ハリオンはコッコラさえあれば基本的に大人しい生き物なので。こちらから危害を加えたり食事の邪魔をしなければ問題ないだろう。
そもそもそれなりの距離は挟んでいるし、リズが魔術で匂いや音を遮断してくれるのでまず気づかれる事もないハズ。なので、こうやってのんびりと観察できているわけだ。
いや俺以外の皆は周囲警戒しているからのんびりはできてないと思うけどな。俺は、まぁ、うん。
「あ、食べ終わったみたいねぇ」
一応周囲に気をやりつつ(全くもって何もわからんけど)ハリオンの方を見ていると、双眼鏡を除いたままだったユマがそう呟いた。その言葉にリズとノインさんの体に少しだけ力が入ったのを感じる。警戒を強めたのだろう。
だが、その力はすぐに抜けたようだ。
「逆方向に行きましたわね」
「こっちに気づいている気配もなかったし問題なさそうだな」
確かに遠くに見えている姿は、こちらに向かってくる気配はなかった。俺も安堵の息を吐き出す。
あのサイズならノインさんやリズは問題なく対応できるとはいってたけど、戦わないに越したことはない。何より仲間とか親を呼ばれると厄介だ。
「それじゃ行きますの?」
リズが先ほどまでハリオンのいた方を指さす。
俺達が離れずにここまでとどまっていた理由は、コッコラの葉を採取したいと俺とユマが主張したためだ。
勿論、目的はコッコラのラーニングである。
前回方針を先送りにした時より殆ど時間がたっていないから、当然まだ方針は定まっていない。ただこの広大なハザト大森林の中で運よく自生しているものを見つけたのだ。であればラーニングしておきたい。
果実の方は綺麗に平らげられてしまったと思うが、俺の能力は蔓の方が無事であれば大丈夫なので問題ない。この先広い大森林の中で上手く遭遇できるかわからない以上、今後どう動くにしてもとりあえずラーニングはしておきたい。
「もう少し待った方がいいかしらねぇ」
「だよね、戻ってきたら不味いし……」
ユマの言葉に俺は頷きを返した。これには特に反論がでなかったので、たっぷり5分くらいは息を潜めて待つ。
「大丈夫そうだね」
「うん」
周囲に変化はなし。先ほど立ち去ったハリオンが戻ってくる気配もなかった。もういいだろう。俺達は一応警戒しつつも、先ほどハリオンが食事をした場所へと歩を進めると、そこには小さな実を着けた植物の蔓があった。
「あ、このサイズは食べないんだ」
「熟してないと食べないみたいよぉ」
屈みこんで覗き込む俺の後ろで、ユマがそう教えてくれる。ノインさんとリズは少し離れた所で一応周囲を警戒している。
「とっとと採取しちゃいましょうかぁ」
「そうだね」
さっきも言った通り別に葉っぱはいらないんだけど、カモフラージュの為に一応採取する必要がある。ユマの言葉に頷き、コッコラの蔓へと手を伸ばそうとした──その時だった。
全身に悪寒が走ったのは。




