有り得ないことがおきました
「……あー、うん。分かったわ。その日は空けとくね……は? やっぱ無理? えぇ? って、切るな――!」
――ブツッ
「切れちゃった。……たく、こんな事なら電話掛けてくるなよ。意味わかんねー!」
携帯を地面に叩きつけてしまいそうな衝動を抑えつつ、私――久沓タヅナはブツブツと文句を言いながら、大通りを不機嫌な顔をして歩いていた。
実際に鏡で自分の顔を見たわけではないが、周りの状況でどれほど酷い顔をしているのかが分かった。
私の半径一m以内に人がいないなんて、そりゃぁないよ流石に。
少し寂しくなったものの、明るく行こうと顔を無理やりに歪めさせた。
可愛く笑ったつもりなのだが、更に人との距離が開いた気がして、更に寂しくなった。
「折角此処まで来たのに、来ないなら一緒じゃん」
はぁ、と小さなため息を零す。
はっきり言ってしまうと、ここら辺は私が知っている場所ではない。
携帯のナビで必死に探してついた所だ。
かれこれ三十分は経っている。
疲れきってやっとついた、と安堵した矢先の電話だ。
「……またナビ見て帰らないと……」
私は待ち合わせ場所の噴水の辺に腰を掛け、息を付いた。
今日は映画に行くはずだったのに、友人の由宇が用事で来れなくなった。
どうやらここに来る前に彼氏さんの家にドッキリとしてアポ無し訪問した際に、そこで禁断の愛(由宇曰く)が繰り広げられていたらしい。
……禁断の愛?
とまぁこんな風に考えている間にも苛苛した気持ちは積もって行く。
浮気する彼氏も彼氏だが、浮気される由宇も由宇だと不理屈な事が頭に浮かんでは消えた。
つくづく、逆切れって嫌だなぁ、って思う。
「あー、もう !イライラするー !」
私は腕をブンブン振り回すと、不満を一気にぶちまけた。
心なしか、私の半径二mに人がいないような気がする(そこまで不可解な行動でしょうか)。
電車に乗って地下に行ってた暗い気分は、あろう事か新幹線に乗って地獄まで行こうとしている。
「全く……もう一回電話しよー。って……アレ?」
電話しても結果が覆る事はないんだろうけど。
と、そんな事を思ってる場合じゃない状況にいきなり陥った。
さっきまで手の中にあったはずの携帯が、無い。
物を持たない右手は空気を掴んでいる。
一気に頭の上に疑問符が浮かび上がった。
落としたのか? と、横に垂れている邪魔な前髪を耳にかけながら、周辺を探す。
……無い。どこだ。どこへ行った?
無くなったのはいつだろうと、思考を回転させる。
由宇に電話をかけたときはあった。もちろん。
なら、不満をぶちまけた時に半径二mの人達がいなくなった時はどうだろう?
その時私は腕を振り回していた。
その時に落ちている可能性が高い。
ということは、だ。
「ま……まさか……」
私はそろーりと後ろを振り向いた。
そろーりというか、ぎぎぎ、と。
光を反射している綺麗な水面は、無常にも泡を出しながら揺れていた。
慌てて手を伸ばすも、深く沈んでしまったようで、液体しか掴めない。
なんとか携帯の位置を確認しようとするが、水がこれでもかというほど青く、中が見えなかった。
なんで水って青いんでしょう。本当は色なんてないのに。
「……落ちたか、私の携帯」
もう半泣き状態だ。
最悪。最悪だ。
「……仕方ない。諦めるか」
あっさり諦めるなんて、すんごいさっぱり(というかなんというか)していると自分でも思ってしまう。
……というか何か重要な事を忘れているような?