89回目 侵攻開始 信濃・甲斐 2
信濃に残った各勢力。
それを根絶やしにしてから甲斐国境へと軍勢は向かう。
その数、総数2万。
甲斐の軍勢を上回る数だ。
しかし、侵攻はしない。
確かに甲斐の兵力を上回っている。
だが、それでも芝上は攻め込もうとしなかった。
「もっと多くの兵を集めてからだ」
ハルヨシはそう言って軍勢を止める。
「戦えば勝てる。
それは確かだ。
だが、勝つだけなのと、その後を見据えるのでは話が違う」
甲斐で勝っても、その後はどうするのか?
甲斐の先には駿河がある。
今川がいる。
それが攻め込んできたらどうなるのか?
「甲斐を制圧する。
その後、駿河も狙う。
だが、兵力が落ちた所を狙われてはかなわん」
もし今川がその気ならば、甲斐が陥落した瞬間に攻め込んでくるだろう。
攻め上がって、弱ったところを突く。
遠江からの軍勢も用いれば兵力は確保出来る。
その兵力で甲斐を狙う。
ありえない事ではなかった。
相手は今川義元である。
それだけの才覚を持ち合わせている。
それが黙っているわけがない。
そうさせないように、甲斐・駿河の国境地帯に2万の軍勢を貼り付けている。
下手に動けば、これらが黙ってないと見せるために。
信濃が攻め込まれた時に、甲斐が動かなかったのはこのためだ。
甲斐の武田氏もバカではない。
信濃が落ちれば自分達が危ないのは分かっている。
だから援軍を出すという話もあった。
しかし、結局叶わなかった。
目の前に2万の軍勢がいたからだ。
これらが動き出せばどうなってしまうか。
考えるのも恐ろしい。
もちろん、対策は考えられた。
駿河の今川と手を組み、これを牽制する。
2万の軍勢は今川に任せ、武田は信濃の応援に駆けつける。
そういう考えもあった。
だが、問題になるのは今川の信用・信頼だ。
彼等は何かあった場合に動いてくれるのか?
そこに不安があった。
だから信濃が攻め込まれてる時も甲斐の武田は動けなかった。
動けていたら戦況は違ったものになるだろう。
そして、動けなかったから、より不利な状況になってしまっている。
もし信濃で芝上をある程度止める事が出来ていたら。
芝上勢をかなり減らす事が出来た。
例え、信濃陥落が避けられなかったとしても。
武田と信濃勢が組み合わされば、勝てないまでも負けなかっただろう。
負けない戦いに徹していれば、芝上は損害を積み重ねただろう。
最終的に勝ったとしても、芝上の軍勢は大きく数を減らしていただろう。
そうなっていれば、芝上は兵力回復に時間を使う事になる。
暫くの平和を得る事は出来た。
だが、その可能性はもう失われた。
圧倒的な兵力差のまま、甲斐は芝上と対峙する。
駿河もだ。
そこの大名である武田氏と今川氏は、考え得る最悪の状況に陥っていた。
「とはいえ、油断は禁物」
状況や情勢を整理し、今が有利だと芝上は理解している。
それでも決して楽観しない。
これくらいなら大丈夫だろう、という考えなど一切ない。
そんな考えは捨てている。
捨てさせている。
統治者への教育としてそう学んでいる。
アツヤも常に口にしている。
「そんな事を考えてるから全部駄目になる」
その場限りの行き当たりばったり。
考えもなく、ただひたすら突撃する。
そんな行動しか出来ず、それ以外の行動をさせない。
頭を使う事もない事業活動。
ブラック企業のそんな体質の中にいて、その不毛さを嫌と言う程知った。
だからアツヤは、そんなふざけた行動をしない。
「部活のノリで仕事をしてるようなバカにはさせない」
努力・気合い・根性。
ただそれだけの部活などに決してさせない。
作戦・合理性・精神と根性論の排除。
それがアツヤが芝上にもたらしたものだ。
「それで俺達は勝ってきた。
これからも勝ち続ける」
実績を出してきたやり方だ。
誰も文句はいえない。
それでも文句を言えば、霊魂をアツヤに吸収される。
誇りや矜恃や意地。
武士道やら正々堂々やら。
そんな戯言を戦場に持ち込む輩など邪魔なだけだった。
「戦争だ、殺し合いだ。
正義も卑怯もあるか。
勝たなくちゃならねえんだ。
負けたらそれで終わりだ。
どんな卑怯な手でも使え。
むしろ、卑怯な手で勝てるならどんどん使え」
常にそう言い続けている。
そして、逆らう者を皆殺しにし続けている。
おかげで芝上の勢力内に、馬鹿げた精神論はない。
正々堂々や正義が成り立つのは、あくまで平和な中でである。
相手を騙したり、裏切ったり。
そういった行為は日常の中では決して許されない。
殺人・傷害・暴行・窃盗などと並ぶ悪事として裁かれる。
更にはそのもとになる、騙しや悪口も。
日常生活の中で、統治領内において、これらは厳しく断罪される。
特に騙しや悪口は、それだけで首が飛ぶ。
言った本人だけではない。
親兄弟から祖父母に孫までも。
一族全員連座である。
アツヤは内に対してそれだけ厳しかった。
「そういう事を許せば、社会が崩れる」
だから社会内でそれらは決して許さない。
だが、敵に対しては違う。
「これから殺す相手だ、遠慮はしない。
相手を潰す手段は全部使う」
その為に最も効果的なのが、社会内部で禁止してる事。
悪事・犯罪として取り締まってる事である。
それを遠慮なく使っていく。
相手を騙す計略から。
相手を殺す殺人まで。
何もかも用いていく。
相手が味方であればやらない。
だが、敵である。
日常での禁止事項全てを用いていく。
相手より多くの人数で圧倒する。
それも手段の一つだ。
「数で押しつぶす。
これが最も簡単で単純な方法だ」
装備に隔絶とした差があるならともかく。
そうでないならば、数を集めた方が勝つ。
戦いの基本中の基本だ。
「だから兵力をまずは充実させる。
その上で進軍をする」
その軍勢を各地から抽出していく。
治安維持の為に必要な軍勢を残して。
そして、甲斐国境に集めていく。
侵攻の為に。
特に防衛の必要性を低下させた越後や上野からの増援は大きい。
甲斐には3万の軍勢が集結する。
そのうち2万が南下を始める。
甲斐を制圧するのには十分な数だ。




