80回目 真面目という悪行を潰すためにも
「娯楽も増やそう」
生活水準が上昇、安定をみせてきた。
そこでアツヤはそんな事も提案していく。
「楽しみが無い世の中なんて意味がない」
戦国の世の中という事もあり、皆が命のせめぎ合いの中で生きている。
それは仕方ない事だが、それだけでは人生におもしろみがない。
それはそれで寂しいものがある。
公家という知識層も取り込んでいるので、そういった方面も拡充していきたい。
というわけで、古今のおとぎ話などを編纂させていく。
また、新作なども発表させていく。
幸い、活版印刷は既に実用化している。
書物の量産も可能な状態になっている。
この娯楽を通じて、文物を一気に拡大させるつもりだった。
これらは文化的な水準をあげるために使うわけではない。
娯楽を通じて、様々な事を一般人に伝えていくためである。
分かりやすいところでいうと、『努力・友情・勝利』の三点セット。
そういった考えを一般人に拡散していくのに使う。
他にも協力や協調。
労りや思いやり。
勧善懲悪に悪事の末路など。
様々な考え方を世間に広めていく為に娯楽を用いてく。
おとぎ話でも何でもいい。
そういった分かりやすい形で、するべき事やしてはいけない事を伝えていく。
学習と意識する事もなく、人としての道を学んでいく。
娯楽はその為の手段として都合が良い。
更にいえば、こうした面白いものを作るものを破壊したくない。
そう他国の者達に思わせる。
そういうプロパガンダ────宣伝工作を行っていく。
相手がこちらに好意を抱くように。
こちらに攻め込みたくないと思わせるように。
そういった手段として娯楽も用いていく。
そうでなくても、読み書きをおぼえる手段として必要だ。
楽しくなければ人は熱中しない。
熱中しないものをおぼえる事はない。
何であれ、身につけるなら熱中してる状態になりがちだろう。
全てがそうではないにしても、そうである事の方が多いのではないだろうか。
それもあって、娯楽をとにかくひろめていきたかった。
娯楽軽視という風潮も無くしていきたい。
「真面目な奴は、娯楽を嫌うからなあ」
そういう傾向があるように思えてならない。
真面目をつきつめるとどうなるか。
間違った事を延々と拡大して繰り返していく。
その結果は破滅と滅亡になる。
その良い例が、第二次世界大戦の敗北である。
根性主義と無駄な努力の果てに自滅するように敗北していった。
ブラック企業といわれるものも似たようなものかもしれない。
アツヤが死ぬ前に所属していた会社。
そこも基本的には真面目なところだった。
だから誰もがついていけなくなっていた。
「そういうのは無くしていかないと」
真面目は決してよいものではない。
むしろ邪悪なものだとアツヤは思っている。
何事にも、真剣に取り組んでない。
そう思えるのだ。
誠実さがない、とでも言おうか。
たしかに一見すると仕事をしてるように見える。
しかし、うわべだけなぞってるだけに見える。
するべき仕事の本質は何か、何が求められてるのかを把握はしていない。
そういうものには、ある共通点があるように思えるのだ。
上っ面は取り繕っている。
しかし、大切なものがことごとく抜け落ちていると。
その原因がなんなのかは分からない。
だが、今まで見てきた事を省みると、そう思えてならなかった。
だから、真面目に至るものを無くしていく。
その対極にあるものを作っていく。
真面目な者達が嫌うものを増やしていく。
それで物事が良くなるのかは分からない。
しかし、決して悪いものではないとも思うのだ。
だからアツヤは娯楽を蔓延させていく。
少なくとも、それではっきりと浮かび上がっていくものもある。
娯楽を嫌う人間だ。
そういった者は、軒並み霊魂を吸収していく。
生かしておいても邪魔になるのは分かってる。
ならば、先んじて始末していく事にした。
能力があろうが無かろうが関係ない。
有能であっても、無理を強いるような輩は必要がない。
むしろ、害悪でしかない。
それよりも、凡庸でも無理や無茶を強いない輩の方が良い。
そういう人間を出来るだけ残すようにしていった。
こういった事を含めて、芝上領内は大きく変わっていく事になる。




