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意地の悪さにほどがない 1

 ネイサンは、アドルーリット公爵家の第1子であり、次期当主だ。

 下には、弟が2人と妹が3人いる。

 が、ネイサンと母を同じくするのは、次女だけだった。

 ほかの4人は、それぞれに母が違う。

 

 父には、側室が2人と愛妾が複数。

 愛妾は囲っているものの、子はいなかった。

 意図的に避けていたのだろうと、ネイサンは思っている。

 正妻であるネイサンの母と側室2人は、歳が離れていた。

 そのせいなのか、あまり仲が良くないのだ。

 愛妾に子ができれば、さらに面倒が増える。

 父は、それを嫌ったに違いない。

 

 そんな父を、ネイサンは冷ややかに見ていた。

 当主の座にしがみつき、女性を(はべ)らせ、己の健在さを誇示しているからだ。

 引き際を心得ていない父の姿は、ネイサンにはみっとみなく映る。

 さりとて、外見だけを言うなら、ネイサンは最も父に似ていた。

 

 貴族の好む金髪に、遠目からでもわかる青い瞳。

 高い身長と、かっちりと整った体格。

 ほりが深く、目鼻立ちのくっきりとした端正な顔立ち。

 

 婚姻こそしていないが、ネイサンは女性に困ったことがない。

 むしろ、困っていなかったから、婚姻もせずにいた。

 父が当主を退くまでは時間がかかるとわかってもいたので、慌てる必要はないと考えていたのだ。

 

 側室や愛妾をかかえられるとしても、正妻に縛られるのは間違いない。

 気に入った女性と、自由で気楽なつきあいをするほうが、都合がよかった。

 好色なわけではないが、それなりに「遊び」はする。

 婚姻後は、サロン通いを控えなければならないのが、少し憂鬱なくらいだ。

 とはいえ、ネイサンには、婚姻に対する期待もある。

 

「正妻選びなんて、くだらないわ。そうでしょう、ネイサン?」

 

 今日も、ネイサンはサロンに来ていた。

 その特別室にいる。

 長ソファに座り、隣には淡い金髪をした美しい令嬢。

 彼女は、ネイサンの膝に軽く手を乗せていた。

 親密さを印象づける仕草だ。

 

「私も、そう思っているさ。だが、父上の決めたことに反対はできないのでね」

 

 ネイサンが体を彼女のほうに向ける。

 とたん、手が離れていった。

 ネイサンは、少し眉をひそめる。

 が、すぐに気を取り直した。

 これは、駆け引きなのだ。

 ムキになるのは、みっともない。

 

「もちろん、私の答えは決まっているよ? わかっているだろう?」

「そうね。だと、いいのだけれど」

「私が、きみ以外を選ぶなどと思っているのか?」

「どうかしら? 確信はないわね。候補が4人もいるのだもの」

 

 彼女は、ネイサンにとって、完璧な正妻候補だった。

 彼女以上の女性は、その4人の中にはいない。

 美貌も、肉感的な体つきも、そして、なにより家柄が自分に相応しいと思う。

 

 ラウズワース公爵令嬢、キャサリン・ラウズワース。

 

 やや吊り上がった目と琥珀色の瞳には、自信があふれていた。

 体の線を明確にするドレスも、己の魅力を見せつけるために違いない。

 ぴたりと張り付いた濃い青色の布地から、ふくよかさが見てとれる。

 指先から、結い上げた髪の1本に至るまで、彼女は洗練されていた。

 振る舞いや仕草も含め、いかにも「公爵令嬢」然としている。

 

「私は、きみ以外を選ぶつもりはないよ、キティ」

 

 ネイサンは、キャサリンを愛称で呼んだ。

 ロズウェルドでは、愛称呼びは、とくに親しい者とされている。

 貴族令嬢であれば、婚姻するまで愛称呼びするのは家族のみであることもめずらしくはない。

 

 そもそもロズウェルドには、名の呼びかたにまつわる慣習があった。

 周りから正式名で呼ばれている者を愛称で呼ぶこと、もしくは、逆に、周りから愛称で呼ばれている者を正式名で呼ぶことに、意味を持たせている。

 いずれの場合にも「親密さ」の特権が与えられるのだ。

 よって、本来は、意中の相手に、そのように呼んでもいいかどうかを訊ねる。

 それは、遠回しな愛の告白と見做(みな)されていた。

 

「きみにも、私を、ネイトと呼んでもらいたいね」

 

 キャサリンが、細い眉を、ついっと持ち上げる。

 ネイサンの「遠回しな告白」を無視したやりかたが、気に食わなかったらしい。

 さりとて、これも駆け引きのひとつだ。

 キャサリンも、心得ている。

 

「そう呼ぶには、まだ早いわ、“ネイサン”」

 

 言いながらも、心もち体をネイサンのほうへと寄せてきた。

 両手をネイサンの肩に置いて、耳元に囁いてくる。

 

「あなたの選択に確信が持てれば、ご期待に応えられるのに」

「どうすれば確信が持てる?」

 

 手を伸ばし、彼女の頬をふれようとした手が空を切った。

 さっと、キャサリンが体を離し、また距離を取っている。

 駆け引きは嫌いではないものの、長く焦らされるのも面白くはない。

 ここは、サロンであり、男女の遊興の場なのだ。

 お互い、しばし駆け引きを楽しんだあとは、別のことを楽しむ。

 キャサリンが、それを知らずに来ているはずもない。

 

「そうね。あなたが、私の“お願い”を聞いてくだされば、信じるわ」

 

 彼女は「お願い」などと言っているが、つまるところ「条件」の提示だ。

 今度は、キャサリンのほうから、ネイサンの頬に手を沿わせてくる。

 白くて細い指が、頬から顎をなぞっていった。

 

「1人、分不相応な子が混じっているでしょう?」

「セラフィーナ・アルサリア伯爵令嬢のことだね」

「さあ? 名なんて覚えていないわ。ともかく、彼女をその気にさせてほしいの」

「その気に? なぜ?」

 

 キャサリンは、ネイサンの顎を撫でている己の指先に視線を向けている。

 ネイサンが見ている限り、彼女の表情は変わらない。

 冷静かつ微笑みを浮かべている。

 

「格下の女性と比べられるのが、不愉快だからよ。たとえ、あなたの、お父さまが決めたことであってもね」

「だが、その気にさせてどうする?」

「自分が選ばれると思って、のこのこ現れた彼女の前で、私を選んでくれればいいだけ。あなたなら、世間知らずのお嬢様を口説くくらい簡単でしょう?」

 

 ネイサンは、顎にあったキャサリンの手を取った。

 その手の甲に、軽く口づける。

 感心しない手法ではあるが、彼女のご機嫌を損ねたくなかった。

 断れば、キャサリンが正妻候補から降りると言い出す可能性もある。

 

「面白そうだ。いいさ、やってみよう。ほかならぬきみの頼みだからね、キティ」

「あなたが約束を守ってくれると信じているわよ、ネイト」

 

 ネイサンの頭には、キャサリンとの婚姻しかない。

 父の言い出した、くだらない正妻選びなんかには興味もなかった。

 どこぞの伯爵令嬢を騙すことでキャサリンが手に入るのなら安いものだ。

 ネイサンは、彼女をソファに押し倒しながら、思っていた。

 

(2つの公爵家が1つになれば、ウィリュアートンに並ぶ大派閥になれる)


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