令嬢劣等生 2
「悔しい~ッ!! 悔しい!! 悔しい!!」
「落ち着いて、ラフィ」
「落ち着いてなんかいられないのよ、デビー!! あいつ!! ほんっとに、いけ好かない魔術師ッ!!」
父と一緒の夕食の席では、大人しくしているよりしかたがなかった。
そのせいで、セラフィーナは、よけいに腹を立てている。
私室に戻るなり、メイドのデボラに愚痴を吐き散らかしていた。
「あー! 追い返したい! 辞めさせたい! 蹴散らしてやりたーい!!」
「いつものようには、いかないの?」
仕事中は引っ詰めている薄い金色の髪を、デボラはおろしている。
透明感のある青い瞳で、セラフィーナを心配そうに見ていた。
デボラは、セラフィーナと同じ17歳。
男爵家の令嬢ではあるが、金銭的な余裕がないため、勤め人として働いている。
14歳にして伯爵家に来て以来、セラフィーナ付きのメイドをしていた。
同じ歳で、気心も知れている。
メイドというより友人に近い感覚で、セラフィーナはつきあってきた。
人目がある時はともかく、2人きりになると、デボラも言葉を崩す。
セラフィーナには、姉妹も貴族の友人もいない。
デボラだけが気兼ねなく話せる相手なのだ。
堅苦しい言葉使いはしないでほしいと、セラフィーナから頼んでいる。
広い私室の長ソファにうつ伏せ。
手足をバタバタさせ、なおかつ、クッションを、ぎゅうぎゅう引っ張った。
向かい側に座っているデボラに、言い募る。
「今回は無理! お父さま、本気で私を婚姻させる気なのよ! 家から出すとまで言ってる! 体裁のために~ッ!!」
「旦那様は、そういうところに、こだわりが強いものね……」
「くだらない! なんで、そんなもののために、私が、犠牲にならなきゃいけないわけ?! しかも、あーんな、いけ好かない奴に教育係を頼むなんて、あり得ない!!」
思い出しただけで、腹が立つ。
なまじ、顔が整っているせいで、ナルの嫌味や皮肉は、本当に嫌な感じなのだ。
馬鹿にされているのが、ありありと伝わってくる。
その上、無視しようにもできない空気を作ってくるのだから、始末に悪い。
「それなんだけど……」
「なに?」
バタバタするのをやめ、セラフィーナは体を起こした。
デボラが困ったような顔をしている。
なにか言いにくいことでもあるかのような。
「ちょっと待って……もしかして、デビーには嫌な感じじゃなかった、とか?」
「……そうなのよね。むしろ、感じがいいっていうか……」
「はぁあああっ?! なにそれ!!」
「腰も低くて、挨拶も丁寧にしてくれたし……」
「あいっつッ!! 私にだけ、嫌な態度を取ってたってこと?!」
「普通は、逆よね」
客として来訪した貴族や、出入りの商人らは、伯爵家の者に対して愛想をする。
が、勤め人には、たいていそっけないものなのだ。
常日頃は、そのことに、不快さを感じるセラフィーナだったし、勤め人たちにも愛想をしてほしいと思っていた。
平等に、公平に。
なにも自分だけに愛想をしろ、と言うつもりはない。
さりとて、逆に自分だけに感じ悪く接してほしいとも思っていない。
「教育係として侮られたくなかったのかしら?」
「わからない……でも、そういう……虚勢って感じはしなかった」
「だとすると、外面がいいのかもしれないわね」
「それよ! それだわ! お父さまも、きっと外面に騙されて雇ったのね!」
おそらく、自分に見せていた姿こそが「本物」なのだろう。
でなければ、あんなふうにスラスラと嫌味が言えるはずがないのだ。
デボラの言葉に納得しつつ、改めて、がっくりくる。
肩を落とし、溜め息をついた。
「辞めさせるのは簡単なのに……」
「簡単なの? さっき、無理って言ってたなかった?」
「あいつ……辞めろと言うなら辞めるって……その代わり、お父さまに、私がやる気がなかったことを告げ口する気なの……」
「そんな卑怯な……」
「それもそうだけどね、デビー」
さらに深いため息をつく。
告げ口は、最悪、父に縋りつき、泣き落としで、なんとかなるかもしれない。
が、どうにもならないことがある。
「1ヶ月後の夜会は、欠席できない」
「夜会……アドルーリット公爵家が主催?」
こくんっと、うなだれるようにして、うなずいた。
ナルが言った通り、こればかりは逃げられないのだ。
出席するとなると、それなりに「体裁」を気にしなければならない。
今のままでは、これまたナルの言った通り、恥をかくことになる。
なにしろセラフィーナは、まともにダンスもできないのだから。
「なにが悔しいって、あいつの言う通りになってしまうことよ!」
「ほかの教育係を探すのも難しいものね……」
セラフィーナは、気難しくて頑固で偏屈、そして我儘で高慢ちき。
そんな風評が流れていると、知っていた。
これまでに辞めさせた教育係たちが、仕返しとばかりに悪評を広めている。
とはいえ、嘘とばかりも言いきれない。
おかげで、次の教育係を探すのが、どんどん難しくなっていた。
「夜会までの我慢……では、すまないわよね……正妻を選ぶまで3ヶ月……3ヶ月もあるなんて、最悪だわ! さっさと決めてしまえばいいのに!」
これから先の3ヶ月が、とてつもなく長く感じられる。
父がどう思っているかは知らないが、間違っても正妻に選ばれることはない。
それは、わかっていた。
セラフィーナがどうこうではなく。
「どうせ、ラウズワース公爵令嬢に決まっているわよ」
「多分、そうね。どちらも公爵家だし、貴族の横繋がりは強いから」
「なのに、なにを頑張れって言うの? 時間の無駄じゃない?」
公爵家と伯爵家では、爵位の「格」が違うのだ。
たいてい貴族の後継ぎには、格上の令嬢が望まれる。
もしくは、対等な家の令嬢が選ばれていた。
だから「間違っても」セラフィーナが選ばれることなどない。
結果が見えている、くだらない競争。
だとしても、放り出すことができないので、頭にくる。
セラフィーナ自身は、選ばれなくて結構、と思っているのだし。
「私の家が、もう少し裕福だったら、ラフィに来てもらえたのに」
「そんな……それだと、私は、デビーに会えなかったじゃないの」
「それも、そうね」
「デビーは、すごいと思う。14歳で勤めに出て、ちゃんとやってるもの……私は、このまま、ずっと家にいられるって、たかをくくってたから……情けないわ……」
デボラが手を伸ばし、セラフィーナの手を握ってくれる。
貴族の友人がいなくても平気でいられたのは、デボラがいてくれたからだ。
もし家を出されることになったら、勤め先を探す方法を教えてもらおうと思ってはいた。
ただし、そうなると、デボラとも、お別れになってしまう。
「努力したってところを見せれば、旦那様も考えを変えてくれるわよ」
「だといいけど……ていうか、努力かぁ……頑張りたくない……あんな奴が教育係だと思うと、頑張る気も失せる……でも、努力はしないと……」
婚姻ならば、嫁ぎ先に自分付きのメイドを連れていける。
けれと、ただ家を出されたのでは、唯一の友人さえも失うことになるのだ。