初めましてとさようなら 4
思った通り、というべきか。
セラフィーナは、そこいらの貴族令嬢とは違うのだ。
実際、ナルがフードを外しても、心を動かされた様子はない。
どちらかと言えば、ナルの言葉に気を取られている。
肩の上で綺麗に切り揃えられたストレートの髪は、ダークグレイ。
理知的ですっきりとした印象がある、切れ長の瞳は、ダークグリーン。
形のいい輪郭に、調和の取れた目と鼻の位置。
薄い唇が、やや冷たさを感じさせるが、全体的に整った顔立ちをしている。
加えて、美麗というより精悍といった雰囲気が、ナルにはまとわりついている。
フードなしで街を歩けば、人目を集めるのは間違いない。
性別を問わず、目を奪われ、振り返りもするだろう。
よくよく見れば、わずかに髪のかかる耳でさえ形が整っている。
さりとて。
セラフィーナは、ナルの、そんな外見にはおかまいなし。
フードを取れと言っておきながら、興味なさげだ。
ぽうっとなったり、頬を染めたりする様子は皆無。
本当に「どうでもいい」と思っているに違いない。
「あなたが、私に跪くというのは、どういう意味?」
そちらのほうが、よほど気になっているのだろう。
そして、考えてもわからなかったのだろう。
渋々といったふうに、ナルに問いかけてきた。
「今まで、あなたは誰かに心を奪われたことがありますか?」
問いに、問いで返す。
ひとまずセラフィーナの問いに対する答えは後回しにした。
彼女が、一瞬だけ、ハッとしたような表情を見せる。
(答えは必要ありませんね)
セラフィーナには「誰か」がいた。
おそらく、その人物を思い出したのだ。
が、すぐにセラフィーナは、表情を戻す。
「ないわ」
「そうですか」
「私の聞いたことに答えてないわよ? はぐらかすつもり?」
ついっと、セラフィーナが眉をあげた。
ナルは彼女からの「答え」を心にしまい、首を横に振る。
「そのようなつもりは、ありませんよ。私の答えに関わることでしたから、お聞きしたまでです」
「それなら、さっさと答えて」
「その前に、もうひとつ、お答えください。あなたが婚姻をことさらに避けておられるのはなぜですか? さしずめ、教育係を辞めさせてきた理由は、婚姻をしたくないから、といったところでしょう?」
心に想う男性がいる、という言い訳は、使えない。
すでに彼女は「いない」と答えてしまっている。
もちろん、逃げられないよう、ナルが先手を打ったわけだけれども。
「婚姻に興味がないから。面倒だし、不自由なことも増えるじゃない? 女性なら誰でも婚姻したがるなんて思わないことね」
非常に、実際的な答えだ。
本音でもあり、言い訳でもある、とナルは思っている。
先の問いで、本当には彼女に「心に想う相手がいる」とわかっていたからだ。
要は、想う相手以外との婚姻には興味がない、ということ。
(なかなか一途ではありませんか。そうは、見えませんけれどね)
セラフィーナの顔つきが険しくなっている。
ナルが、なかなか問いに答えないので、苛々しているらしい。
「3ヶ月後も、今と同じことが言えますか?」
「どういうこと?」
「この3ヶ月の間に、婚姻したくなるかもしれない、ということですよ」
「あなたの教育で?」
「そうとは限りませんね。夜会でアドルーリット公爵と恋に落ちる、もしくは別のかたとの出会いがあるかもしれないでしょう?」
少しずつ、ナルの言いたいことをセラフィーナも理解し始めている。
そして、考えているに違いないのだ。
ナルの提案に乗る、利と不利を。
「それで?」
どうやら聞く耳が生えてきたらしい。
もとよりナルの予定通りだった。
きっとセラフィーナは食いつく。
負けず嫌いで意地っ張り、しかも、追い詰められているからこそ逃げはしない。
「あなたが誰とも恋に落ちず、3ヶ月後も先ほどと同じ言葉が言えたなら、私は、潔くあなたの前に跪きましょう。その上で、伯爵様にも、私の力不足であったと、お詫びいたします」
「それでも、アドルーイット公爵の正妻に選ばれなければ、私は家を出されるわ」
「伯爵様に嘆願し、そうならないよう取りはからっていただきますので、ご心配なく」
最後のひと押しに、セラフィーナは心を動かされたようだ。
眉間のしわが、減っている。
それでも、まだ何か「罠」があるのではと警戒しているのか、考えこんでいた。
彼女は、可愛げのない負けず嫌いではあるが、馬鹿ではない。
「私が、3ヶ月間、逃げ続けたらどうするの? さっき、逃げてもかまわないし、聞かなくともかまわないと言ったわよね?」
「ええ。もちろん、かまいませんよ」
「よくわからないわ。あなたのほうが、一方的に不利って気がするけど」
表面上は、そうだ。
ナルには、まったく利がない提案に聞こえる。
ナルを負かそうとするなら、彼女は、3ヶ月間、逃げ続けるだけでいい。
「あなたが、大勢の貴族の前で恥をかきたければ、お好きにどうぞ」
「恥をかく? 私が?」
「おや? もう、お忘れですか? あなたは、正妻候補なのですよ? 1ヶ月後の公爵家主催の夜会を、欠席できると思っているのですか?」
衝撃。
まさしく、そんな表情を、セラフィーナが浮かべていた。
痛恨の極みではあるはずだ。
逆に、ナルは、内心で含み笑いをもらしたくなっている。
セラフィーナは、満足な教育を受けていない。
自らで排除してきたのだから、当然に自覚している。
それなのに、次の夜会には「絶対に」出席しなければならないのだ。
体調が優れないとの言い訳すら通用しない。
彼女は「正妻候補」なのだから。
「ともかく、私は教育係としての役割を果たすだけです。あとは、あなたの判断に委ねますから、お好きにどうぞ」
繰り返しの言葉で、セラフィーナを突き放す。
黙り込んだ彼女を残し、ナルは立ち上がった。
屋敷のほうへ戻りかけて振り向く。
「それから、私は住み込みですので、いつでも声をかけていただいて結構ですよ、ラフィ様」
瞬間、セラフィーナが顔を上げ、キッと睨みつけてきた。
その視線を軽く受け流す。
あとは振り向かず、ナルは屋敷へと、のんびり歩いて行った。