初めましてとさようなら 2
セラフィーナ・アルサリアは、細身で華奢な印象があった。
ほかの令嬢に比べれば、背は高いほうだと言える。
教育係の彼の肩より、少し頭が上に出ているくらいだ。
体つきは、けして豊満とは言えない。
おそらく、自らの外見になどこだわらず、手入れもしてこなかったのだろう。
特徴的なのは、長い赤毛。
くるっくるっとあちこちに飛び跳ねていて、まるで炎のようだった。
不貞腐れた表情と相まって、不機嫌な炎の精というところ。
今にも火柱を上げそうだが、彼は魔術師なので問題はない。
対処の方法は、いくらでも知っている。
「本日より教育係のお役目を任じられました、ナルと申します」
「あっそう」
セラフィーナは、ツーンと、そっぽを向いていた。
ナルのほうを見ようともしない。
が、そんなことだろうと思っていたので、ナルは驚きもせずにいる。
彼女は、教育係を歓迎してはいないのだ。
そもそも、ここはテラス。
屋敷内の客室で顔合わせをする予定だったのに、彼女はいなかった。
メイドから外にいると告げられ、ナルは、ここに足を向けている。
ただし、屋敷の者たちに、ひと通り挨拶をしてから、だ。
一目散にテラスに駆けてきたわけではない。
セラフィーナは、約束をした時間に、約束をした場所にいなかった。
ならば、待たせても差し支えはないだろうと判断した。
どの道、歓迎されていないのだし、印象を良くする努力など無駄。
ナルは教育係として来ている。
彼女のご機嫌取りのために来たのではない。
無駄な時間を費やす気も、ナルにはなかった。
「遅かったじゃないの」
イスに座り、ティーカップ片手に、セラフィーナが言う。
大きな茶色い瞳に、ほの赤い唇、鼻は小さく形もいい。
派手な美人ではないものの、可愛らしい顔立ちではある。
さりとて、ずーっと不機嫌な、しかめ面をしているため、可愛らしさは台無し。
(しかたありませんね。私に、愛想をする気などないのでしょうから)
ナルは、黒い魔術師のローブを身にまとっている。
色はともかく、魔術師にとってローブは、一種の「記号」のようなものだ。
自分が魔術師だと、己自身にも周りにも示している。
同時に、実益もあった。
魔術の発動には動作が必要になる。
動き易いという点で、ローブは便利なのだ。
全体的にゆったりとしており、細かな動きにも対処できる。
それに、動作を見切られる恐れも少ない。
ぴったりした服だと動くのは動けても、見切られる可能性が高くなるのだ。
次に発動する魔術を悟らせないこと。
魔術師は、そこに、なにより注力している。
単に、習慣でローブを身につけているのではない。
黒や灰、濃紺に濃緑など、暗色が多いのも、そうした理由からだった。
そして、だいたいは、いつもフードをかぶっている。
往々にして、魔術師は、魔力や魔術で戦うのに特化するあまり、体自体を鍛えることがない。
その分、なにかと身を守るすべには神経質になる。
フードは、顔を見せない、というより、目の動きや視線を隠すためなのだ。
「私を、待っていてくださったのですか?」
あえて「私」に含みを持たせてみる。
とたん、セラフィーナが顔をしかめた。
なるほど、と思う。
ツンケンしている割に、彼女は感情を隠すのが下手。
そこいらの令嬢なら、軽々と受け流す言葉にも反応してしまっている。
(今までの教育係を蹴散らしてきたツケ、というところでしょうか)
セラフィーナは、洗練されていない。
感情の赴くまま、嫌味を言い、悪態をつけば相手を追いはらえると思っているに違いない。
教育係であれば、それも通用してきただろう。
むしろ、手間をかけてまで彼女の面倒をみる甲斐はないのだから、逃げ出すのも当然だ。
責任と給与が見合わなさ過ぎる。
「別に、あなたを待ってなんかいないわ。私は、教育係を待っていただけよ」
セラフィーナも張り合って「あなた」に含みを持たせて返してきた。
つまり、ナルという個人を待っていたのではないと、言いたいらしい。
可愛げのない負けず嫌いだ。
だとしても、ナルにはすべきことがある。
嫌味の応酬で、無為に過ごすのも馬鹿馬鹿しいし。
「あなたは、貴族教育を学ぶ気があるのですか?」
「ないわ」
「そうですか」
「そうよ」
ツンツンツーン。
まさに、そんな口調で言うセラフィーナに、ナルは、ひょこんと眉を上げる。
フードをかぶっているので、見えないだろうが、それは関係ない。
今は、セラフィーナに、どう思われてもかまわないからだ。
最終的な結果が得られさえすればいい、と思っている。
「では、お父上に、そう申し上げて、私は帰ります」
「あっそう。好きにすれば?」
引き留めるとでも思っているのかと、セラフィーナは言いたげだった。
さりとて、ナルは彼女が「引き留める」ことを知っている。
だから、少しも慌てない。
彼女のツンケンした態度を見つつ、観察。
セラフィーナは、感情が豊かに過ぎる。
そして、簡単に気持ちを揺らがせる。
いちいち反応してくるのが面白いくらいだった。
「学ぶ気持ちのないかたには、なにも教えることはありませんからね。時間を浪費せずにすむのは、私にとっても幸いでした」
「それは、どうも。私も、無駄な時間を過ごさずにすんで、なによりだわ」
「これから、あなたは大変でしょうけれど、それは私の知ったことではありませんしね」
笑声で、そう言う。
セラフィーナが、やはりナルの言葉に反応して、眉をひそめた。
見逃さず、次の言葉を投げつける。
「なにしろ、あなたは、この家から出されることになるのでしょう? どうやって生きていかれるのか、考えておかれたほうがよろしいかと」
アーノルド・アルサリア伯爵から、セラフィーナにそう言い渡してあることを、聞いていた。
彼女は忘れていたようだけれども。
「それでは、これにて失礼いたします」
ナルは、セラフィーナに頭を下げもせず、背を向ける。
彼女が呼び止めてくることなんて、わかっていたからだ。
そして、歩き出しながら、思っていた。
その高い鼻っ柱を、へし折ってやる。