逆効果なのです 3
あれから7日。
とにかく、ナルの「特訓」は厳しかった。
1日のうちで、ほとんどはダンスの練習に費やしている。
昼食後は歩きかたや振る舞いの練習もしていたが、1,2時間程度だ。
食後すぐは、動きが「もったり」するから、らしい。
(あれが、きっかけよね)
セラフィーナにも、ナルの厳しさの原因がなにか、気づいている。
さりとて「こんなに厳しくされるなら反抗しなければよかった」などとは思っていない。
ダンスの練習をするまではわからずにいたが、手にふれてみて、わかったことがあったのだ。
ナルは、自分を意識している。
それが、どういう種類の「意識」かはともかく、意識しているのは間違いない。
おそらく乗馬鞭を使っていたのは、直接、体にふれたくなかったからだろう。
もちろん「ご令嬢」に対する気遣いとしては、不思議ではなかった。
あらぬ噂を立てられないようにとの配慮とも言える。
が、セラフィーナは、そんなふうには思えずにいた。
ナルは、初日からセラフィーナを気遣ったりはしていない。
気遣いや配慮があるのなら、もとより乗馬鞭よりマシな方法を取ったはずだ。
夜に部屋を訪れてクローゼットを覗くような奴の、どこに気遣いがあると言えるのか。
そんな不躾で無遠慮なナルが、体にふれることにだけ「気遣い」をみせるのは、どう考えてもおかしい。
セラフィーナ自身、ナルの手を取った時、居心地が悪いと感じている。
指先から伝わるぬくもりや感触を、意識せずにはいられなかった。
同じように、ナルも自分を意識しているのではなかろうか。
なんとなく、そう感じた。
だから、試したのだ。
セラフィーナは恋愛経験なんて皆無だし、駆け引きだってしたことはない。
それでも、気づいた。
一瞬、ナルの瞳が揺らいだのを見逃さなかった。
ただ、経験値が低過ぎて、ナルの瞳に浮かんだものが、なんなのかまでは、わからずにいる。
気づいたのは、意識している、ということだけだった。
「ぼうっとしている時間はないのですけれどね」
指摘され、ハッとする。
すでに時間は夕方に近づいていた。
ダンスの練習が終わったあと、社交術について学んでいる最中だ。
昨日までは、言葉遣いやら挨拶の仕方やらを徹底して教わっていた。
新語も、かなり覚えてきている。
さりとて、父が嫌がると知っていたので、日常会話では使わない。
癖になってしまうと困る。
夕食の席で、うっかり口にしたりすれば、叱責されるだろうから。
「駆け引きなんて必要あるのかしら? 好き、嫌い、ダンスに誘いたい、どうでもいい、はっきり言ったほうが簡単じゃない?」
「簡単では面白くないでしょう?」
「遠回しな会話が、面白いとは思えないわ」
「貴族とは、そういうものなのですよ」
セラフィーナは、小さく溜め息をついた。
貴族の令嬢に生まれてはきたが、いつも馴染めなさのようなものは感じている。
父にしても兄たちにしても、体裁ばかりを気にしていて、よほどつまらない。
デボラと気楽な会話をしているほうが、セラフィーナには楽しかった。
社交術の中に含まれる、会話術を学んでいても、始終、馬鹿馬鹿しいと思う。
(どうして、いちいち歴史を引用したり、たとえ話にしたりしなきゃいけないの? 知りもしない偉人の言葉なんて、どうでもいいわよ)
誰かを引き合いに出さなければ、皮肉のひとつも言えない。
誰かの行動を、動物やら植物やらにたとえなければ、文句も言えない。
セラフィーナからすると、おそろしく窮屈だ。
そして、馬鹿馬鹿しくも、くだらない。
セラフィーナは、いつだって思ったことを口にしてきた。
表情を作ったこともなく、言いたい放題。
その代わり、相手の言いたい放題も許してきたのだ。
言い争いや口喧嘩になることもあったが、それはともかく。
自分の感情を読まれるのが嫌だと思ったのは、ナルが初めてだった。
それは、ナルが感情を見せないからかもしれない。
さりとて、ダンスの練習で、ナルにも感情があると気づいている。
知らず、セラフィーナは、ナルの感情に興味を持っていた。
「ダンスと似たようなものですよ。相手が押してくれば引く、引いてくれば押す。離れたり、引き寄せたり、相手の誘いをかわしたり、かわされたり」
「それの、どこが面白いのかしらね」
「相手が、どう思っているかの探り合い、といったところでしょうか」
「わかっていることもあるわけでしょう?」
「予測がついている場合も、少なくはありません」
ナルは平然としているが、セラフィーナはうんざりしている。
わかっていることを、遠回しに言うのが面倒なのだ。
また溜め息をつきかけて、ふと思った。
(探り合い……ナルが、どう思っているかは、わからない。わからないことを探るのは、無意味じゃないわよね……)
駆け引きというものが、どういうものか、具体的には頭に浮かばない。
それでも、ナルが相手の「駆け引き」ならば、してもいい気分になる。
なにしろナルは謎が多かった。
自分のことは話さないし、聞いても軽く流されてしまう。
たいていは、セラフィーナを怒らせて終わりだ。
「駆け引きには、思わせぶりな態度や仕草も必要となりきます。たとえば……」
「ナル、ちょっといい?」
説明しかかっていたナルの言葉を遮る。
ついっと眉を上げたナルにも、セラフィーナは動じない。
ナルを「探る」ほうに興味が向いていたからだ。
ナルお得意の乗馬鞭のことも忘れている。
「あなた、さっきダンスと似ている、と言ったでしょ?」
「言いましたね」
セラフィーナは、すくっと立ち上がった。
勉強部屋としている小ホールには、イスとテーブル以外にも、ソファがいくつかある。
少し離れた窓際には、長ソファも置いてあった。
その長ソファに、ゆったりと腰かける。
「お疲れなら、今日はここま……」
「疲れてないわ。駆け引きの練習をする気はあるの」
再び、ナルの言葉を遮った。
セラフィーナは、無自覚に「駆け引き」をしている。
それが危険だとも思わずに。
「ダンスと似ているのなら、相手は、あなたがするべきよ」
立ち上がらないナルに、わざとらしく肩をすくめてみせた。
少し離れているので、ナルの瞳の色にまでは気づかなかったのだ。
「相手がいたほうが、“上達”が早いって知っているでしょう? それとも……駆け引きではすまなくなるかしら?」
カタン…と、小さく音を立て、ナルが立ち上がる。
ダンスの際、床にわざと倒れた時と同じだ。
ざわざわと、空気が微妙にざわついている。




