#54 ファミレスにて
クルルが時々劇団で団員の一員として働くことを、奈緒は快諾してくれて、とりあえず一つは仕事が決まった。
「あ、そうだ悠。ちょっといい?」
今日の練習が終わった後。奈緒が練習場をボーッと眺めていた俺に声をかけてきた。恐らく先日の件の事だろう。
「この前の件だけど、啓介は時間取れそうだって言ってた。雛も何とか大丈夫そうだって」
「分かった。詳しい日程が決まったら連絡するってだけ、伝えておいてくれ」
「了解。それともう一つ気になったことがあったんだけど、いい?」
「気になったこと?」
「クルルの事なんだけど、何かあったの? なんか元気がなさそうに見えるけど」
遠くで片付けをしているクルルを見ながら奈緒は言う。彼女のこういう鋭いところは、大人になっても変わっていなかった。
「本当相変わらずだよな、奈緒は。こっちが考えていることなんてお見通しか」
「からかわないでよ。再会できて嬉しいはずなのに、どこか無理に笑っているような気がするんだけど、悠は何も知らないの?」
「別に喧嘩とかしたわけではないんだけど、ちょっと色々あってな。それもその内話すよ」
「絶対に話しなさいよ。悠だって誰にも相談しないことの方が多いんだから」
「分かってる」
彼女の抱えている過去は、俺もまだ知らないことが多い。クルルがそれに踏み込ませないようにしているって事もあるが、俺もまだ遠慮してしまっていることの方が多かった。
「二年前みたいな繰り返しはしないよ。クルルの彼氏になった以上は絶対に」
「急に惚気ないでよ、気持ち悪い」
「気持ち悪いは言い過ぎだろ」
相変わらずの毒舌にも俺は苦笑いする。それが奈緒の良さでもあるんだけど、
「でも......よかった」
「何が?」
「二年経ったら悠の事だから、クルルのこと忘れるか持って思っていたから、ちゃんと気持ちを貫き通してくれて」
「俺がそんなに薄情な奴に見えるか?」
「告白の答えを三年待たせた人間が言える?」
「その節は本当にすいませんでした!」
それについては俺に非があるので、どうにも弁解ができない。栞の件があったとはいえ、そこは男としてしっかりするべきだと反省はしている。
「そういえばそれで思い出したんだけど、その内あの場所にクルルを連れて行こうと思っているんだ」
「そっか、クルルはまだ知らないんだっけ。あの後のこと」
「ああ。それに俺もまだちゃんと報告できてないから、まずはそこから始めたいって思う」
そうこうしているうちにクルルが後片付けを終えて、こっちにやって来たので俺は迎えに行く。
「......私もそろそろ乗り越えないと駄目よね」
最後に奈緒はそんなことを呟いていた気がするが、俺はあえて聞かなかったことにした。
2
「今日はお疲れ、クルル」
「お疲れ様」
「お疲れ様でした、悠さん、奈緒」
劇団の練習終わり。
俺達は三人でそのままの足で、近くのファミリーレストランにやって来ていた。
「じゃあ奈緒も普段は大学に通っているんですね。何を勉強しているんですか?」
「別に大したことは学んでないわよ。劇団のことに集中したいし、特別何かを学びたいわけでもなかったから」
「やっぱり劇団って大変なんですか?」
「そうね。今日みたいに劇場を借りるのだってお金は掛かるし、公演をするのだってお客さんを集めたり色々としないといけないから、見た目以上に大変なの」
「そうなんですね。私にも何か手伝えることがあれば言ってください、奈緒」
「その時になったらお願いするわ。今は色々と慣れてもらわないとだし」
「はい! 私頑張ります」
奈緒の言葉に元気に返事をするクルルを見て、俺は少しホッとする。半年間だけだったとはいえ、クルルは演劇部に一番力を入れていた。
それが二年の間に消えてしまっているのではないかって少し不安な部分もあったし、それによって奈緒がショックを受ける可能性もあった。
(やっぱり何も変わらないのが一番、なんだよな)
「そういえば悠さんは何かしていないんですか?」
「俺? 俺は別になにもやっていないよ。普通の大学に行って、普通の大学生活を送ってる」
「劇団に何度も誘っているのに、悠は頑なに断るのよ。今度クルルの方からもお願いしてくれないかしら」
「任せてください奈緒。悠さんが絶対に入りたいって思えるくらいの勧誘、してみせます!」
「本人を前にして宣言されてもなぁ」
このタイミングでそれぞれが注文していた料理が来たので、食べ始める。俺はハンバーグ、クルルはドリア、奈緒は明太子パスタだ。
「うーん、二年ぶりのドリアも美味しいです!」
一口ドリアを食べたところでクルルが満面の笑みで満足そうに頷く。二年前の時もそうだったのだが、クルルは何故かファミレスにあるドリアを気に入っていて、ここに来てはよく食べていた。
「悠さんも一口食べますか?」
「いや、クルルが頼んだものだろ? クルルが食べていいよ」
「じゃあ悠さんのを私が食べたいです!」
「え、いや、別にいいけど、なんでそんなに前のめりなんだ?」
クルルの意図が分からず俺は首をかしげていると、何故か奈緒がため息をついた。
「な、なんだよ。ため息なんか」
「悠はもう少し女心を分かった方がいいと思う」
「女心?」
「分からないならいいけど。......これでどうして付き合っているのかしら」
「なんか失礼なことを言わなかったか?」
「何でもない。クルルも大変だなって思って。ほら、クルルを見なさい」
奈緒に言われるがままにクルルを見ると、彼女は口を開けて何かをずっと待っていた。
(ああ、そういうことか)
「......わ、私食べさせてくれませんか? 悠さん」
これは俗に言う滅茶苦茶恥ずかしいイベントだ。
(人前でやるのは、恥ずかしすぎるだろこれ。奈緒だっているのに)
けどここで逃げるわけにもいかないので、俺は意を決してハンバーグを切りフォークに刺した。
「あ、あーん」
そしてそれを彼女の口に運んであげるのだった。




