#52 悠とユウ
「夜か......」
クルルとイチャイチャしている内に、外はすっかり夜になっていた。
(俺はいつからゲームの主人公になったんだ)
まさかここまでクルルという存在が愛おしく感じるとは思わなかった。きっと二年間我慢していたものが溢れたのだと思うけど、俺の身体は自然と彼女を求めていた。
(でもこれって、きっと許されない関係なんだろうな)
隣で眠っているクルルを見て俺は思う。これから俺とクルルは越えなければならない壁が多い。
エルフと人間の種族の違い
エルフの長とただの男子学生の身分差
何よりも住んでいる世界の違い。
クルルは俺の元に帰ってきてくれた。ただそれだけで、きっと彼女自身も沢山問題を沢山抱えている。せめて俺がそれを支えてあげられればいいのだが。
(俺にできる事なんて、あるのかな)
高校生の時と違って、ある程度自由に動けるけどそれでもできることは限られている。
(それでもやるしかない)
俺はそう考えながら携帯電話を手に取った。
2
二年ぶりに触れあった悠さんの身体は優しくて、とても暖かった。ずっと求めていて、それでも手を伸ばせなかった温もり。
今それが私の側にあるだけで、本当に幸せだった。
(でもこれが始まり、なんですよね)
私はエルフ族の長という立場を捨ててきたわけではない。私達の世界とこの世界が自由に行き来できるようにする、それが今の私の願い。それを叶えるためにもこの世界に来るのは必須だった。
(心残りがあるとしたら、お父さんに黙ったままな事ですよね)
お父さんが悠さんと接触していた話は後から聞いた。そこで私のことを話してしまったことも。でも悠さんはそれをきっかけに私を世界を越えてまで会いに来てくれた。
ー良くも悪くもそれが大きなきっかけになったのは間違いなかった
「んっ」
いつの間にか眠っていた私は、鼻に通った香ばしい匂いで目を覚める。
「起きたか、クルル」
私が起きたことに気づいたのか悠さんが、台所の方から声をかけてくる。
「すいません、私いつの間にか眠ってしまって」
「気にしていないよ。まだこっちに来てから時間が経っていないんだろ? 疲れていたんじゃないか」
「そうかもしれないですね」
「今遅い夕飯を作っているから、もう少し寝ていてもいいぞ」
「お言葉に甘えさせてもらいます」
手伝いたいと思ったものの、私が考えている以上に身体が疲れているらしく、動かすことができないのでそのまま布団にくるまる。
「そういえばクルル、一つ聞いていいか?」
しばらく目だけ閉じていると、悠さんが料理をしながら声をかけてきた。
「何でしょうか」
「どうしてクルルってずっと俺のことをさん付けで呼んでいるんだ?」
「すごい今更の質問ですね」
他に聞きたいことが沢山あるはずなのに、素朴な疑問を聞いてきて私は思わず拍子抜け。
「奈緒達は呼び捨てだろ? ちょっとだけ気になってさ」
「もしかして嫉妬しているんですか?」
「そうじゃないよ。ただ、その、俺だけ呼び捨てなのはどうなのかなって」
悠さんが何を言いたいのか分かって、私は思わず吹き出してしまう。
「今もしかして笑っただろ?」
「笑っていないですよ。悠さんも可愛いところがあるなって思って」
「からかうなよ、俺は本気で言っているんだから」
「分かっていますよ」
そんなの分かっている。悠さんがそれを望んでくれていることも、私もいつか彼のことを奈緒達と同じように呼んでみたいことも。
「それはいくら悠さんの頼みでも、できないんですよ」
二年前もギリギリまでクロサキさんって呼んでいたのも、何とか誤魔化すためだった。
「何か......理由があるのが?」
「たいした理由ではないんです。これは私自身が向き合わなければならないことなんです」
「辛かったら話だけでもしてくれないか? クルルがかつて俺にしてくれたことのように、俺もクルルの力になりたい」
「力に......悠さんが」
話してしまってもいいのだろうか。自分の心にずっと鍵をかけている記憶の扉を、開けてしまっても。
「今まで聞いたことなかったのですが、悠さんは家族は居ないんですか?」
「唐突だな。いるよ、両親がいる。二人とも今は世界のどこかにいるけど」
「世界のどこか?」
「旅行中なんだよ。俺だけ放置して勝手に行っちゃったんだよ」
「そうなんですか。私と一緒です」
「一緒?」
「私にも両親と、妹が......ユウがいたんです」
「その名前俺といっしょ......でもいたって」
「私の妹、ユウは十年前私の起こした事故で、亡くなったんです。私の目の前で」
開いた箱の中から記憶だけが頭の中にフラッシュバックする。
(あっ......)
そして震え出す身体。やっぱり思い出すだけで身体がそれを拒絶する。悠さんの前だったら大丈夫だと思っていた自分は浅はかだと身体に教えられる。
「クルル?」
「ごめん、なさい。悠さん。わたし、やっぱり駄目、です。お母さん、ユウ、駄目、私の、せいで」
折角癒えていた傷がどんどん開いて、私をあの地獄の日へ連れて行く。
でもそんな私の身体を引っ張り上げてくれたのは、悠さんだった。
「大丈夫だクルル。俺がいる」
正面から悠さんに抱き締められる。私は彼の胸に顔を埋めながら、深呼吸を一つまた一つと繰り返した。
「大丈夫、大丈夫だからな。クルル」
「悠、さん。ありがとう、ありがとうございます」
優しい言葉を掛けてくれる悠さんに、私は身体を預けた。
(悠さん、悠さんッ)
この日一度開いてしまった記憶というパンドラの箱を閉じるのは、当分先になってしまうことをこの時はまだ知らなかった。
2
(クルルの妹、ユウか......)
自分の胸で再び眠ってしまったクルルの頭を撫でながら、俺は自分の安易な発言でクルルを傷つけてしまったことを後悔していた。
(初日から辛い思いをさせてごめん、クルル)
自分だけどうして奈緒達のように呼んでくれないのか、ずっと気になっていたのは本音だった。
クルルに悠って呼んでほしい
自分も特別であってほしい
俺はそう願っていた。その結果が、こんなことになってしまうなんて、誰が予想できただろうか。
(俺を名字で呼び続けたのは、思い出さないため。そしてようやく下の名前で呼んでくれたのは、クルルも乗り越えようと頑張ってくれた結果、そういう事だったんだな)
何の因果があってこうなってしまったのかは分からない。けどまた一つ、今まで聞けなかった彼女の気持ちを聞けて俺は本当に嬉しい。
辛いことも悲しいことも、そして嬉しいことも全部彼女と共有して生きて行けたら
俺はそんなことを切に願っている。
(そういえば夕飯、食べ損ねちゃったな)
ただそんな考えもクルルの寝顔を見ているだけで、充分お腹がいっぱいになれる、そんな気がした。




