#5 エルフちゃんとこれから、そして
「昨日は大丈夫だったか? 夕飯前に帰しちゃったけど」
「大丈夫でした。私も料理は少しだけ学びましたので」
「そうか。ならよかった」
朝日が照りつける道を二人でゆっくり歩く。悠達が住んでいる周辺は公園や川があり、朝の散歩にはもってこいの地域で、とても静かな朝を二人で過ごす。
「クロサキサン達はあの後もずっとやっていたのですか? しゅくだい」
「ああ。ついさっきまでやってた」
「それって」
「つまり俺はまだ寝てない」
「す、すいません。私が声をかけなければ」
「気にするなって。こうして歩いたおかげで目も覚めたし」
「そ、そうですか?」
本当はクルルのあの笑顔を見て目が覚めたとは言えないが、寝てないのは決して彼女のせいではないのは確かだ。
「クロサキサンは、サクラギサン達と仲が良いんですか?」
「雛達とか? 雛達は小学生からずっと一緒の幼馴染なんだよ」
「おさななじみ?」
「簡単に言うと超仲良しってことだよ」
散歩の途中で小さな公園を見つけてそこに立ち寄り、二人でベンチに腰掛ける。
「仲良し……私羨ましいです。私も仲良くなりたいです。クロサキサンと……他の人達と沢山」
ひと息ついたクルルはそう言葉を漏らす。その表情は今までよりも暗く、彼女が一瞬見せた心の闇。
それを見過ごせなかった悠は、彼女の手を強く握ってこう言った。
「なれるよ。というかもうなってる」
「え?」
「俺達こうして当たり前のように会話しているけど、まだ出会って三日も経ってないんだよ? 今でこれなら、もっと仲良くなれる」
一昨日出会ったばかりとは思えないくらい、二人はごく自然に会話ができるようになっていた。その理由は分からないが、彼女と話すことに悠は一切の躊躇いを感じていなかった。
(最初は緊張していたくせになんでだろう)
「仲良し……私はクロサキサン達と仲良くなれるんですか?」
「ああ。約束する」
「約束ですか?」
「雛はもうお前を友達認定しているし、奈緒と啓介も同意見。そして勿論俺もな。だから約束するよ」
「私が……クロサキサン達と友達……」
「嫌だったか?」
「そ、そんな事ありません! ただ嬉しくって」
悠の隣でモジモジしながら言うクルルが、とても可愛らしい。その純粋な反応は、悠の心をくすぶる。
「とにかくこれからお隣同士、そして友人同士よろしくな、クルル」
「は、はい!」
その笑顔に負けないくらいの言葉を悠はクルルに伝えた。他意はない。ただ純粋に彼女となら、この先ももっと仲良くなれるし、楽しめると感じたからだ。
「さてそろそろ家に帰るか。俺も少し眠らないといけないし」
「そ、そうですよね。わ、私の散歩なんかに付き合ってくれありがとうございます」
これは始まり。
日常の中で始まる非日常。
「また言ってくれれば付き合うよ」
「は、はい」
偶然にもエルフが自分の部屋の隣に引っ越してきてしまった、非日常の物語。
「またいきましょうね……クロサキサン」
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
それからあっという間に時間が経ち、クルルが隣に引っ越してきて一週間。悠達にとっては夏休み最後の日を迎えた。
「あ、おはようございます、クロサキさん」
「おはよう、クルル」
一週間の間、クルルは何度か悠の家にやって来ては、ご飯のの作り方や生活必需品などを教わり、一週間でそれなりに生活できるまでの知識を得た。
そしてこうして朝挨拶を交わせるくらいのコミュニケーションも取り、雛達とも少しずつ仲良くなっていった、
「クロサキさん達は明日からガッコウに行ってしまうんですよね?」
「ああ。高校生だからな」
「少し寂しいです。会える時間が減ってしまうので」
「ま、まあそれは仕方ないよ。クルルは学生じゃないんだから」
エルフは見た目より長生きの種族な事を悠はインターネットで知った。つまり彼女はこの見た目で彼らより年上の可能性は高い。
学生じゃないという言葉も二つの意味を込めて言ったのだが、どうやらクルルは気に入らなかったらしくムスッとした。
「そんな事ありませんよ。私だってクロサキさん達とは歳は変わらないんですから」
「本当かよ。だってエルフは見た目より」
「それ以上のこと言うと……私怒りますからね?」
満面の笑みが恐怖の笑みへと変わった。
「ご、ごめんなさい」
「分かればいいんですよ、分かれば。クロサキさん、今後は本当に気をつけてくださいね」
「は、はい」
笑顔を崩さないクルルに、悠は恐怖に震え上がった。
(怖い、エルフさんまじ怖い)
しかしこのクルルの笑顔の本当の意味を、悠は翌日になって思い知らされることになる。
「今日からクラスの仲間になる転校生を紹介する」
「ぶっ!」
「え?!」
日常の中にある非日常。
「クルルです。ガイコクから帰ってきたばかりでまだ皆さんとはお話するの慣れていませんが……よろしくお願いします!」
「クルル?!」
「よろしくお願いしますね……クロサキさん」
どうやらそれは悠が思っていた以上に、成分の多い非日常だったようだ。
(これからどうなっていくんだ、俺の日常は……)