#46 残された希望
どれくらい俺はそうしていたのか分からない。いつもはどこかに彼女がいてくれた部屋。
今は虚しく俺一人だけがボーッと椅子に座っている。
テレビも何も付けず時計の針の音が聞こえる部屋で、俺は一人でずっとこうしている。
『......君こそ何も分かっていない』
ああ、そうだ。俺は何も分かっていなかった。エルフのことも、クルルのことも、彼女の住む世界のことも。
『娘は......間もなくエフル族の長になる子だ』
だから俺は何も言い返すことも、クルルに帰ってきてもらうことも、何もできなかった。
戦う前から勝負になっていなかったのだ。
(クルル......俺は、お前の異変に一番側で気づいていたのに、それを止められなかった。ごめん)
ずっと我慢していた涙が溢れる。今更何を嘆いても彼女には届かない。もう彼女は帰ってこないのだから。
2
我に返ったのはスマホが鳴り響いた時だった。
(電話? 奈緒からだ)
「もしもし?」
『悠、今どこにいるの?』
電話をかけてきたのは奈緒だった。
「どこも何も家だよ」
『家? どうして、クルルを探してないのよ。居なくなったんでしょ?!』
「ああ。でも、もういいんだ。何もかも」
『何もかもって、何があったのよ。それにその声、もしかして泣いてる?』
「泣いてる、かもな」
こんな気分になったのは、栞の事件以来だった。もう何をやっても無駄だと分かって、希望を全て失って。生きている意味すら無くしてしまいそうなそんな無気力状態。
「なあ、奈緒。聞いてくれるか?」
『聞くわよ。いくらでも』
「ありがとう。啓介達にも話したいから、呼んでくれ」
『......分かった』
一時間後。
奈緒達が家にやって来ても、俺は気力が沸いてこなかった。
「悠、大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ないかもな」
「クルルちゃんが居なくなってから、今までに一体何があったんだよ」
「それを今から......全部話す」
俺はアスタールと出会って、話をしたことを三人に話した。
そこで語られたクルルというエルフの秘密も全部
「俺達はクルルのことを知ったつもりでいたんだ。でも、クルルは肝心なことを一つも語ったことはなかった。俺達が知っていたのはクルルというエルフの一部にしか過ぎなかったんだよ」
「そんな......事って」
「じゃあクルルちゃんを、私達は守れなかったって事なの?」
「そういうことになる、かな。約束したと言っても、俺達は言葉だけでしか交わしていなかったし、行動なんて何一つ取っていなかった。その結果が、これだったんだよ」
クルルの悩みを俺達はもっと真剣に向き合わないといけなかった。そして気づくべきだった。
(度々様子がおかしいときはあった。でも深く追求はしなかった。クルルを傷つけてしまいそうだったから)
「私達はクルルちゃんにずっと辛い思いをさせていたの?」
「そうね。部活の時もそんな様子一度も見せなかったから、本当に隠し続けていたんだと思う」
「それ以上のことに踏み込んであげられなかったんだな、俺達は。知らない間にクルルちゃんを苦しめていたんだな」
思い出せば思い出すほど胸が苦しくなる。こんなになるまでクルルを追い詰めて、手を差し伸べることすらできなかった。
「なあ皆。俺は......俺達はこれからどうすればいいんだ」
俺の問いに三人は黙ってしまう。それは、もう俺達には何もできないという何よりの証拠だった。
(本当にもう......終わりなのか? 俺は告白の返事も聞いていないのに、このまま終わるだなんて)
「なあ悠。本当にこのまま終わりでいいのか?」
その心を読み取ったように、啓介が今度は俺に聞いてくる。
「認めたくないけど、俺達には向こうの世界に行く手段はないんだ。もう、できる事なんて」
「......待って、悠。一つ忘れていることない?」
「忘れていること?」
「私達はクルルとその父親以外に、唯一接触できる人が居るんじゃないの?」
「唯一接触できる、人? あっ」
一つだけ、一つだけ可能性がある。
「あの時何故か連絡先を渡されていたんだよ。そういえば」
俺は思い出したかのように、スマホを弄る。
「電話番号が変わっていなければ、連絡を取れるはずだ、彼女に」
恐らくアスタールは知らなかっただろう。彼が契約した相手の一人、クルルにとっては義理の両親に当たるスーノさんと接触したことがあることに。
「まだ、希望は残っている」
3
私が地球にずっといたいって望むようになったのはいつからだっただろう。最初はこんな世界に送り込んできた両親を恨みもしたし、早く帰りたくもあった。
でもお義母さんとお義父さんが私のことを本当の子供のように育ててくれて、私に地球のこと、そして日本のことを沢山教えてくれた。
(だから私は大好きになったんです。この世界のことが。自分の使命とか全部忘れて、ただのクルルとしてこの世界に居たいって望んだんです)
その思いを強くしてくれたのは、間違いなくクロサキさん、そして奈緒達だった。半年って短い時間だったけれど、私がただのクルルとしていさせてくれたのは、間違いなく彼らのおかげだった。
(お別れの一つくらい言いたかったんですけど、もう時間も無かったんですよね)
いつかお父さんが私を見つけ出すことは分かっていた。そして見つかったときが、私がエルフ族の長になる日、そういう予感はしていた。
「我々に時間が無い事くらいお前も分かっているんだろ なら、大人しく従ってほしい」
「どうしてそんな、急に」
「時間は多すぎるくらいに時間は与えた。もうこれ以上は待てない」
「でも私は、クロサキさんや奈緒にお別れも何も」
「なら、1日、1日だけ時間を与える。その間にお別れを済ませるんだ」
お父さんは最後に私に1日だけ時間をくれた。でもクロサキさん達に私の事情を何も話せていないので、急にお別れの言葉を意味なく言えなかった。
ーその結果が今だった
「長らく離れていたはずなのに、何も変わっていないんですねこの場所は」
私は私のしなければならないことのために、私の産まれた場所エルザイアに帰ってきた。




