#40 好きだから
ーいつから私は自分の感情を隠すようになったのだろう
目の前に好きな人がいて、いつも側にいて、でも二人きりにはなれなくて。幼馴染みならいつか付き合えるかもしれないなんて、勝手に想像して、勝手に期待して。
「私はクルルが羨ましい」
「羨ましいだなんて、そんな私は」
「謙遜しなくていいわ。私は本音で言っているから」
栞の時にも同じ事を私は言った気がする。栞は日向で、私は日陰の存在。そんな彼女が私は羨ましくて、悠と付き合うことになったと知った日も、悔しさとかよりもその気持ちの方が大きかった。
「私は悠を救い出してくれた貴方が本当に羨ましいの」
「私がクロサキさんを? なにかしましたか?」
「悠は栞との事でずっと苦しんでいたの」
クルルの部屋に泊めてもらったこの日の夜。私はクルルに初めて昔話をした。
「栞はね、悠が好きだった子で私達の幼馴染みだった。勉強も運動もできて、それでいて容姿端麗で完璧な子だった。でもそれにおごらず、陰では努力をしていて、けどそれを決して表には出さなかった」
「すごい人だったんですね。でもどうしてその人は......」
「今から四年前のクリスマス、色々なことが重なって、心が壊れちゃった彼女は栞は自分で命を絶とうとしたの。けどそれは不運にも未遂に終わった」
「どうして不運なんですか? 無事だったならそれで」
「無事だけど無事ではなかった。その言葉の意味、分かるかしら」
「あっ......もしかして......」
「栞はその事件をきっかけに、脳死状態......言葉を換えると植物人間状態になってしまったの」
「言葉だけは......聞いたことあります」
悠が今も過去に苦しめられているのは、それが原因なのを私達は知っている。
ー栞は確かに生きてはいる。
でもそれは人の形をした人形だ。目の前に栞という人間がいて、どんなに声をかけても、その返事は一切返ってこない。
それが悠にとってどんなに残酷な話か。自分が好きな人間が、自分のせいでこうなってしまったという現実が、悠の心をずっと苦しみ続けている。
「クロサキさんにそんな辛いことが......あったんですね」
「実はというと最近までずっと抜け殻の状態だったの、悠は。でもある事がきっかけで、少しずつ自分を取り戻し始めている」
「そのきっかけって」
「勿論クルル、貴方に出会ってからよ」
2
翌日。
俺は奈緒が家に来る前に一人で出掛けていた。
(ここに来るのはあの日以来か......)
向かった場所は東京都内にある某病院。間もなく年末年始なので今年中に来れるのは間違いなく今日が最後だった。
(前に進むためにも、もう一度向き合わないと駄目だ)
ずっとこの場所に来るのが怖かった。またあの日のことがフラッシュバックしてしまいそうなのが怖くて、向き合える勇気なんてとてもじゃないけどなかった。
(でもクルルが、俺を変えてくれた。小さな勇気を俺にくれたんだ)
彼女に出会うまで俺は毎日を死んだように生きていた。生き甲斐も何もなくて、誘ってもらった部活でさえも長く続けられなかった。
(奈緒、啓介、雛はそんな俺を支え続けてくれた。本当に感謝してもしきれない)
幼馴染み達の存在も間違いなく俺を今日まで生かしてくれていた。だから今、俺はこの病室の前に立てる。
「クロサキさん」
病室のドアをノックしようとしたとき、聞き慣れた声に話しかけられて俺は驚く。
「く、クルル? お前、どうしてここに。いや、それより何でこの場所を」
「俺達が連れてきたんだよ」
「一人だけ会いに行こうなんて卑怯」
「そうだよ悠ちゃん。一人で会いに行くなんてズルいよ」
その更に後ろから啓介、雛、そして奈緒の姿も見える。
「皆......」
まさかここに来て全員が揃うとは思っていなかったので、俺は病院の中なのに大きな声を出してしまいそうになる。
「ここが栞さんの病室なんですね」
俺の隣に立ったクルルが、当然のように栞の名前を出してきて、もっと聞きたいことが出てくるが今はそれを抑える。
「ああ。ここで栞は眠り続けているんだよ」
誰かに話を聞いたと仮定して、俺はクルルにそう返事をした。
「私達もここに来るのは久しぶりね」
「そうだな。本当はもっとお見舞いに来たかったけど」
「悠ちゃんがあんな調子だったしね」
後から来た奈緒達が後ろに立つ。
「一人で来るつもりだったんだけど、大所帯になったな」
「たまにはそういうのもいいだろ? 勿論邪魔はしないからさ」
「そうよ。ほら、行くわよ悠」
「ああ」
奈緒に言われて、俺は病室のドアをノックした。
ー前日の夜
「栞に会いたい?」
「はい。無茶なお願いだと思いますが、私も一度お会いしたいです」
「無茶ではないけど、どうして」
「もっと......知りたいからです。クロサキさんの事を。今奈緒の話を聞いてそういう思いが強くなりました」
「......行っても辛いだけかもしれないよ?」
「それでも、です。クロサキさんが辛い思いをしているなら、私はそれを一緒に分かち合って、その傷を癒やしたいんです」
「クルル......貴女......」
「勝手なことを言っているのは重々承知しています。でも私は......私はクロサキさんの事が好きだから、彼のことをもっともっと沢山知りたいんです」




