#37 聖夜の幻想曲 クルル編⑤
息を整えた後、俺とクルルは東京駅を中心にゆっくり歩き回った。
「大きい建物がいっぱいですね」
「クルルはここに来るのは初めてなんだよな?」
「はい。正確にはこの世界の文化を学ぶために似たような場所に住んでいたことはありましたが、東京駅に来るのは初めてです」
「そっか」
特別なお店とかに入るわけでもなく、ただただ歩くだけの本当の意味での散歩。本当はもっと行けそうなスポットを考えていたのだが、クルルがそう望んだので俺はそれを叶えてあげることにした。
ーそんなクルルがふと足を止めたのは大体二時間くらい経った後
駅より少し離れたところにある雑貨屋だった。
「これ、何ですか? クロサキさん」
クルルが興味を示したのは、雑貨屋のウィンドウに飾られていたスノードームだった。
「それはスノードームって言う、見ての通り丸い形をした容器にサンタクロースとかのオブジェクトを水と一緒に密閉した置物だよ」
「スノードーム......すごく綺麗です」
すっかりスノードームに釘付けになってしまったのか、ウィンドウに張り付いてスノードームを眺めているクルル。
ちらりと値段を見たところ買えそうな値段だったので、デートスポットに使う予定だったお金をこちらに回しても問題なさそうだ。
「クルル、ちょっとそこで待ってろ」
「え? クロサキさん?」
驚くクルルを横目に、俺は雑貨屋の中に入っていった。
ー五分後
「ただいま、待たせて悪かったな。はい、これ」
「これは?」
「俺からのクリスマスプレゼントだよ。本当は事前に用意できたらよかったんだけどさ、何も思いつかなかったからクルルが今日興味持ったものを買おうって決めていたんだ」
俺はわざわざラッピングまでしてもらった先程のスノードームをクルルに渡した。
「クリスマス......プレゼント」
「もしかして嫌だったか?」
我ながら格好付けたつもりだったが、何とクルルはプレゼントを手にすると泣き出してしまった。
「お、おい、クルル?」
「すいま、せん。嬉しくて涙が」
「そ、そんなに嬉しいのか?」
「はい」
まさか泣いて喜ばれるとは思いもしなかったので、俺は少し動揺する。
(でも......そう思ってくれただけで、俺も嬉しいな)
クリスマスプレゼントを決められなかったのは男として情けなくはあるが、目の前の彼女を見るとそれでもよかったなんて思えてくる。
「喜んでくれて俺も嬉しいよ」
俺はごく自然に手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。今度は拒まれずに、彼女は受け入れてくれた。
2
それから時間はあっという間に経過して、空が暗くなった頃に俺達は丸の内駅前広場に戻ってきた。
「わぁ......」
到着してすぐにその光景を目の当たりにしたクルルが、感激の声を上げる。俺もその光景に心を奪われていた。
(想像の何倍も綺麗だな、これは)
広場一面に飾られたイルミネーションは、昼間には決して見られない鮮やかさをクリスマスの夜を照らし出していた。
「クロサキさん、すごいですよ! 一面が光っています!」
「そうだな。俺もびっくりしているよ」
「もう、もっと感想とかないんですか?」
「それはお前もだろ」
二人で広場の中心にある大きなクリスマスツリーを眺める。
(これだけでも来た価値はあるんだけど)
俺は隣に自然をやる。クルルはそれに気づくことなくしばらく目の前の光景に心を奪われている。その彼女に俺も心を奪われていた。
(参ったな......)
俺は心の中でため息をついた。
(もう、二度とこんな気持ちになることなんて思っていなかったんだけどな......)
栞の一件があって、彼女に負い目を感じていたからもう二度と誰かに思いを寄せるなんてことはないと思っていた。
ーいや、気づかないふりをしていたというのが正確なのかもしれない
啓介に「一目惚れ」を指定されたときは必死に否定していたが、その時からもう始まってはいたのかもしれない。
ーだから今日二人でここに来たのはそれの確認の意味でもあった
「なあクルル」
クルルの名前を俺は無意識に呼んでいた。
「どうかしましたか、クロサキさん」
クルルはいつものように俺の言葉に、笑顔で振り返ってくれる。
「クルルはさ、今日俺と一緒にいて楽しかったか?」
「え?」
クルルはいきなりの問いに、戸惑いを見せる。
「本当はもっと連れて行きたい場所とかあったんだ。でもただ話ながら歩くだけで終わってしまった。だからクルルは楽しめたのかなって」
今日のデートで、ずっと不安に思っていたことをつい口にしてしまった。いくらクルルがそう言ってくれたにしても、やっぱり少しだけ申し訳なさもある。
だから俺はつい聞いてしまった。
「そんなの......答えは決まっているじゃないですか」
「決まっているって?」
「私はクロサキさんといるのが楽しいんです。それ以上でも以下でもないんですよ」
まるで俺の不安を読み取ったかのように、クルルは俺の手を自分の手で包み込んでくれた。
「私はクロサキさんと一緒だから、だから......」
「クルル?」
「~っ、何でもありません! と、とにかくそういうことなので、クロサキさんは何も気にする必要ありません!」
「そうか......。野暮なこと聞いたな」
その言葉を聞けただけでも、俺はもう充分だった。
(ようやく分かったよクルル。俺はお前のことがきっと最初から)
好きだったんだ。




