#36 聖夜の幻想曲 クルル編④
クリスマスデート当日。
(眠れなかった......)
昨夜のことと、今日の緊張感があったせいで俺はまともに眠れずに翌日になってしまった。
(待ち合わせは午後とはいえ、準備しないといけないし今から寝ていられないよな)
目を覚ますために顔を洗いながら、俺は今日の日程を頭に入れる。しかしどうしても昨夜のことがちらついて、なかなか集中できない。
(あんなに誰かに気持ちを吐き出すなんて初めてだったな......)
我慢をしていたわけではない。けどもう一度奈緒達の前では話すなんて事はできなかった。この前みたいに向こうから話を振ってくるまでは。
(何やっているんだよな、俺は......奈緒に辛い思いさせておいて、迷ってばかりで)
栞に対する後ろめたさがあるのも自覚しているから、俺は一歩を踏み出すことが少しだけ怖がってしまっている。
ーだから今日のクルルとのクリスマスデートで俺はきっと変われる
すぐに変われなくてもきっかけにはなれる。そう思っていた。
(そしたら、この胸にあるものも気づけるかな)
色々な思いを馳せながら俺は、時間になるまで準備をした。
ーそして約束の午後1時から30分前
俺は緊張のあまり集合時間よりもかなり早く、集合場所の川口駅に到着してしまった。
(流石に早く到着しすぎたか?)
駅に入れる二階にエスカレーターで上がり、駅前広場に到着すると更に早く来ていたのはクルルの姿がそこにはあった。
(まさか俺の方が遅刻するとは)
俺は少し申し訳なさそうに彼女に歩み寄り、声をかけようとした。
「悪いクルル、お待た......」
そこまで言ったところで俺は足を止めた。いや、止まってしまった。
待ち合わせの場所に待っているのはクルルに間違いない。間違いないのだが、
(あれ、本当にクルルなのか?)
その姿に息を呑んだ。
ーいつもは見慣れた制服や私服。
でも今日彼女が着てきたのは、そのどちらでもない少し大人びた服を着ていた。
茶色のコートの袖には手は通さず羽織っているだけで、紺色を基調としたニットと黒いロングスカートを履いている。
長い耳とかがなければ普通の女性と見間違えてしまうほど、クルルは綺麗だった。
(こんなの見とれない方が無理があるよな)
とりあえず俺は平静を装って改めてクルルに声をかけた。
「あ、クロサキさん。こんにちわ」
俺の声に振り返るクルル。その仕草だけでも心がざわついて、とてもじゃないけど平静を装うなんて難しい話だった。
「こ、こんにちわ、クルル」
「? どうしました? お顔が赤いですよ?」
「し、心配しなくても大丈夫だから。これは、その、寒い中走ってきただけだから」
「そうなんですか? でも、まだ集合時間の30分前ですよ?」
「それはお互い様だろ」
何とか俺は冷静になり、彼女の隣に立った。
「ここまで迷子にならなかったか?」
「はい、何とか。奈緒にバスの乗り方を教わっておいて正解でした」
「そんなことまで教わっていたのか」
「はい!」
満面の笑顔のクルルがすごく眩しく見える。それは初めてのおつかいを成功した子供みたいで、やっぱり可愛らしかった。
「とりあえず早く集まっちゃったけど、出発するか?」
「はい。......でも、その......」
急にモジモジしだすクルル。ここで「お花を摘みに行きたいのか?」とか言うほど俺も鈍感ではない。
ーこういうときどんな言葉を言うべきか、しっかり勉強してきた。
「似合っているよクルル。一瞬別人かと思った」
「っ、そ、そうですか? 似合っていますか? 私!」
「ああ、似合ってる。すごく、な」
白昼堂々言うにはすごい恥ずかしい台詞だが、既に駅前にはカップルが多くいるので問題はないだろう。
「さあ、行こうクルル」
「はい、クロサキさん」
この時俺達はごく自然に手を繋いでいたことに後になって気づくわけだが、それもこの中なら(以下略。
2
川口駅から京浜東北線で電車に揺られること大体30分。俺とクルルは目的地の東京駅に降り立った。
「クルル、ちゃんと付いてきてるか?」
「はい。大丈夫です!」
ただ、降り立ってから駅の外に出るのはまた事情が違う。ただでさえ広い東京駅の中を、クリスマスに歩くのだ。俺達を待ち受けているのは、人、人、人。
ある程度予想はしていたのだが、その予想を遙かに超える人混みに俺とクルルは命からがらに駅から脱出した。
「はぁ、はぁ」
「疲れました、クロサキさん......」
俺とクルルはなんとか東京駅の丸の内駅前広場に出てきて、長い一息を付いた。
「昼間でこれだったら、夜はもっと大変だろうな」
「嫌な想像させないでください!」
とりあえず疲れてしまった俺達は、近くに空いていたベンチに二人で腰掛けた。
「「ふぅ......」」
二人でほぼ同じタイミングで白い息を吐き出す。それだけでも笑ってしまいそうになりながら、俺はたった今脱出してきた東京駅を眺める。
「流石は日本の中心だったな。本当は駅地下に店が沢山あるんだけど、そっちも行ってみるか?」
「是非、と言いたいのですが、今すぐ戻りたいとは思えません」
「と言ってもまだ時間はあるから、どこかで時間を潰さないとな」
俺は今日考えてきたプランの中からいいスポットがないか考え、クルルに提案してみようとする。
「私はどこかのお店に入るより、クロサキさんとゆっくり歩きながら沢山お話がしたいです」
が、クルルがそう笑顔で言ってくると、そんな考えも吹き飛んでしまった。




