#26 奈緒と先輩
それは引退した先輩から託された夢だった。
「先輩、私のせいで......」
「奈緒ちゃん、貴女は何も気に病む必要はないよ。舞台はトラブルが付き物だしそれをカバーしてあげられなかった私に責任がある。だから前を向いて!まだ貴女達には二年も残されているんだから」
「で、も......」
「来年はもっと素敵な舞台、私に見せてね」
一年前。奈緒は一年生ながら役者の一人として舞台に立った。大きな役ではないものの、人生で初めての役者として立つ舞台。奈緒は誰よりも練習して誰よりも完璧に仕上げた。
けど完璧すぎた故によく周りに心配されていた。
「あまり固くなりすぎると奈緒ちゃんらしい演技ができないよ?」
彼女を特に気にかけてくれていたのが、当時の部長 折原菊花 だった。彼女は奈緒を演劇部に勧誘した張本人でもあり、奈緒にとってはかけがえのない先輩だった。
「そうでしょうか? 先輩はいつも完璧ですし、私もそれを目指したくて」
「だーかーら、そういうところが固いの! 私だって全てが完璧じゃないし奈緒ちゃんが目指すような人間じゃないって」
「先輩も謙遜しすぎですよ」
(私がこんなにも尊敬している人間なのに)
でも奈緒は尊敬しすぎているが故に、やはり周りの言葉が耳に入っていなかった。先輩を全国大会に連れて行きたいという一念で、奈緒は孤独の中で戦った。
そしてその結果、地区大会本番で奈緒自身が大きなミスをし県の大会どころか地区予選敗退という結果で、折原菊花との最後の舞台を終えてしまったのだった。
「あいつ協調性がないから、本番でミスしたんだよ」
「部長と仲がいいからって、調子乗りすぎたのよ」
舞台を終えて奈緒に浴びせられたのは罵倒の言葉。本人に直接言わずとも、ひそひそ話が否が応でも聞こえてくる。
「先輩、私、わたし」
今にも泣き崩れそうだった奈緒は、菊花を見つけるなり泣きじゃくりながら彼女に抱きついた。
「大丈夫、奈緒ちゃんは何も悪くない。私もちゃんとできなかった部分もあるし、貴女一人が原因じゃないから大丈夫」
「でも、やくそく、したのに。先輩の演技を全国の舞台にまで持っていくって。なのに」
「それは貴女だけの想いじゃない。皆の想い。でも他の高校が私達よりちょっとだけ上だった、それだけ。だから奈緒ちゃん、来年は今年よりも上を目指してね」
奈緒はこの時の先輩の顔を忘れない。優しく微笑んでいても、目の端に涙が溜まっていたあの顔を。
(先輩の方が悔しいはずなのに、どうして先輩はこんなにも優しいの?)
胸が締め付けられた思いを今でも絶対に忘れていない。
だからリベンジに立った。
沢山練習をして、
仲間を頼って、
部長になって。
そして今日彼女は再びこの舞台に戻るはずだった。
だけど……。
『あいつがいなければ』
『あいつのせいで』
リハーサルで舞台に立った時、奈緒は一年前のことが一気にフラッシュバックした。
「大丈夫ですか? 奈緒さん」
奈緒の異変に気づいたクルルが声をかけた時には遅かった。
「ああっ、あぁぁ」
「奈緒さん?」
「先輩、ごめんなさい、私が、私のせいで」
最後にそう言葉を残すと奈緒の意識はプツンと切れる。
「奈緒さん!」
◼︎◻︎◼︎◻︎◼︎◻︎
「分かってはいたけど、やっぱり無理だったか」
医務室に運ばれ、そこで寝かされている奈緒を見て悠は呟く。
「やっぱり、ってどういうことですか?」
「クルルは当然知らないけど、奈緒は一年前の初舞台で大きなミスをして、当時尊敬していた先輩を全国大会どころか県大会にも連れて行ってやれなかったトラウマがあるんだ」
「トラ、ウマ?」
「驚くだろ? 普段はそんな様子を一切見せない人間だから尚更」
クルルは静かに頷く。
「姉ちゃんは他人に自分の弱いところを一切見せないタイプの人間だから、俺達もいつそれが爆発するか分からないんだ。昨日まではあんなに大丈夫だって言っていたんだけど、今の現状がそれだ」
誰よりも近くにいる弟の啓介が言葉を付け足す。
「それで、その先輩は今、どうしているんですか?」
「半年前交通事故で亡くなったのよ」
と、説明したのは眠っていた奈緒だった。
「交通事故事故?」
「事故を起こした相手が居眠り運転していて、信号無視してることに気が付かず、たまたま通りかかった先輩を巻き込んで事故を起こしたの」
身体を起こして奈緒は周囲を見回す。
「ここって医務室?」
「ああ。それより身体大丈夫か?」
「大丈夫、ちょっと疲れちゃってただけだから。それよりも早く本番に」
自分が倒れた後どうなったか知らない奈緒は、医務室のベッドから起き上がり、会場に戻ろうとする。
「やめておけ奈緒」
「どうして? だってこれから本番……なのに……」
時計が目に入った奈緒は、力が抜けたようにベッドの上に座り込む。
「う、そ」
「嘘じゃないんだ。奈緒が倒れたことによって大会は欠場。もう大会は終わったんだよ」
奈緒が見た時計は無常にも夜八時を過ぎていた。
「また、わたし、のせいで」
「違う奈緒、お前は何も」
「私、私、また、先輩を裏切った。私が、また、皆を裏切って」
「落ち着いて奈緒ちゃん」
パニック状態になった奈緒を、雛が優しく包み込む。
「ひ、な?」
「去年は私もそんな事情を知らなかったから何も言えなかったけど、今なら言ってあげられる。奈緒ちゃんは何も悪くない」
「ああ。誰一人としてお前を責めてないから、自分で抱え込むな」
「ひ、な、ゆう、うぁぁぁ!」
誰もいなくなった会場の医務室からは、奈緒の泣き叫ぶ声だけが反響し続けるのだった。




