恋の花咲く街
わたしは、学生街のお花屋さん。
そして、恋のキューピッド。
今日も今日とて、悩める子羊たちの背中を押す。
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春というには、まだ早い三月の初旬。
先輩くんの卒業を控えた後輩ちゃんがやってきた。
お祝いの花束だっていうけれど、きっとそれだけじゃないに違いない。
だって、選んだチューリップの色が赤だったもの。
街行く顔ぶれが変わる、四月の中旬。
大学デビューしたばかりの新入生くんがやってきた。
狙っているカノジョが、もうすぐ誕生日なのだとウキウキしていた。
サクラのアレンジメントを渡したあと、連休までお財布がもつかしらと心配になった。
日に日に暖かさが増す、五月の下旬。
メガネを掛けた冴えない法科大学院生くんがやってきた。
模擬裁判で検事役をしていた子に、生まれて初めて一目惚れしたのだという。
スズランを渡しつつ、コンタクトにしてはどうかとアドバイスした。
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長雨でムシムシしがちな、六月の初旬。
傘をさして店の前を行ったり来たりしている硬派な高校生くんがいた。
どうやら、自分のようなコワモテが花を贈るのはおかしくないか悩んでいたようだ。
バラの花束を抱えた彼の耳は、花の色と同じくらい真っ赤になっていた。
夏休みが待ち遠しい、七月の中旬。
まるで鏡合わせのように、よく似た双子ちゃんがやってきた。
二人ともカレシ持ちで、これからダブルデートなのだという。
仲良くユリの花を買っていった後ろ姿を見ながら、カレシも双子なのかと疑問が湧いた。
暑さがピークに達する、八月の下旬。
お盆休みに長野へ帰省していたという下宿生ちゃんがやってきた。
実家へは交際中の社会人くんも一緒だったというから、卒業と同時にゴールインかしら。
ヒマワリを抱えた彼女の足取りは、じつに軽やかなものだった。
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秋というわりには、まだまだ暑い九月の初旬。
先輩が引退して新レギュラーになったという後輩くんがやってきた。
新しいマネージャーが可愛い子ちゃんで、今まで以上に練習に気合が入っているそうな。
ダリアの花を持って走る彼を見るに、そのうち大怪我しないかと不安になった。
夜空の月が美しく見える、十月の中旬。
半年前にやってきた新入生くんが店を閉める直前に駆け込んできた。
カノジョが二股を掛けていることが発覚し、キャンパスへ姿を見せなくなったという。
もっと素敵な人が見つかるわと慰め、売れ残っていたガーベラをあげた。
日を追うごとに夜が冷える、十一月の下旬。
以前にバラを買っていった高校生くんの先輩ちゃんがシクラメンを買いにやってきた。
彼とは順調で、この夏は水族館へ行ってきたそうだ。
まだ手を繋ぐのも恥ずかしがるのだと語る彼女に、青春って甘酸っぱいなぁと感じた。
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街が赤と緑に彩られはじめる、十二月の初旬。
全体をモノトーンでかためたシックな大学生ちゃんがやってきた。
この春に法科大学院へ編入したばかりだという彼女は、聖夜にポインセチアを予約した。
肩で風を切るように歩く凛とした姿に、スズランの彼は惚れたのだろう。
お正月気分も抜けてくる、一月の中旬。
あとは卒論を出すだけだという下宿生ちゃんがシンビジウムを求めにやってきた。
年末年始には、今度は交際相手の実家へご挨拶に伺ってきたそうだ。
着ぶくれしている彼女のお腹に新たな命が宿ってそうに見えたのは、気のせいかしら。
温もりが恋しい、二月の下旬。
入試を終えて合格が決まった浪人生くんがやってきた。
元同級生からコンパに誘われたという彼は、スーツにネクタイでビシッと決めていた。
襟のフラワーホールにフリージアを挿し、遅咲きの春へ幸運を祈った。