バレンタイン:彼等の本能
「げ……」
「ルーカス様、遅いです」
幼馴染みのラングを見てすぐに引き返す。
いつもの講師だと思い、部屋に入れば積まれている大きなカゴ。それから溢れそうな程の大小様々な綺麗なラッピング。
何の日かを気付いたルーカスはすぐに逃げるが、いつものイベントなので当たり前のように捕まる。
『逃げる事が多いから、これは覚えて損はない。特にルーカス様は国王同様に暴走が早い』
最初に聞いた時、強すぎる魔法だと思った。
人により魔法の強さは千差万別で、種類も多い。その中で国を治める王族は自然とその力が強い。
剣術よりも魔法力の方が強い。
と、言うのもあり得る。そしてこの国の王族は、代々魔法力が強い傾向だ。
『犬のように、外や王都に行くからな』
『……』
先ほどまで魔法の暴走に関してだと思っていたラングは、父の言葉を理解出来なかった。思わず『は?』と言わずにいたのを誉めて欲しい。
「あまい匂い、やだ」
「ルーカス様に、との事です。すべて」
にこやかに圧をかけ、肩に込める力も強める。
痛がる王子に食えとばかりにチョコを放り込む。
「ふぐっ……!!!」
「まだあるから、安心しろ」
「むむっ!!!」
もう涙目のルーカスは、逃げるために窓に手を掛けるが父から教わったように、魔法で開かなくした。
「ん、んぐっ!?」
何でだと言わんばかりに窓を叩くが、ラングは次に取り出したのは柑橘系の香りの小粒なチョコ。
ピンク色の袋は綺麗にラッピングされ、さりげなく名前が書かれている。
ルーカス・フォン・ラーゼルン。
王子であり時期国王としての教育を受けている天才。剣術、魔法力も6歳とは思えないほど強い。同年代の中でルーカスに勝てる人物は限られている。
魔法力は既に魔法師団中では、折り紙付きと言われ師団長からは〈魔法の友〉とまで言われ2人して居なくなる時はどこかの訓練所が破壊されている。
遊びついでで破壊するなと、副師団長と宰相に睨まれるが……反省などない。
「あれ、ルーカス様にラング様。大変だねー」
今日も暴れているルーカスにへらっと言うのは、騎士団団長の息子であるリンド・ペーデラム。クリーム色の髪に青色の瞳は、子供ながら愛くるしいと呼ばれ王子の次にチョコの量が多い。
ルーカス宛のチョコを放り込みながら、名家の名前を事務的に覚えていくラングと、もう食べられないと泣くルーカス。
カオスな状況でも、彼は理由を知っているし手助けはしない。絶対に。
「人気ですよねルーカス様」
「やだ」
「バレンタインデーですからね。仕方ないです」
「もう、やだ」
「来年はもっと多くきますよ」
「来なくていい。くるな」
「名家のアピールですから。妃にとね」
「ぜったいに、えらばない。このチョコ、全部やだ」
チョコと柑橘系は相性がいい。
そうでなくても、ラーゼルン国は香水が多く作れている。その香りを使って料理にいれたり、お風呂の香りにと様々な形で楽しむ風習がある。
バレンタインデーは、特にその香りを使った物が多くルーカスにとっては嫌いなイベントだ。
「よし、覚えた。ルーカス様、全部食べて下さい」
「やだ!!!」
「終わるかなぁ、今日で」
「ラングとリンドが食べて!!!」
鼻がよい彼は、チョコの香りは好きだがそれを消す程の香料は嫌いだ。香水が嫌いなのは、国王も含み母親には絶対に付けないようにと毎日お願いしている位に。
魔法で冷却し溶けないようしている。その努力を踏みにじるな。
ラングからのプレッシャーでそう感じとり、冷や汗をかきながら逃げるプランを考える。その隙に、リンドはさっとルーカスの腕を交差し、捕縛の魔法をかけた。
「……」
つい、リンドを見る。
変わらずニコニコしていて、底が読めない。同い年でルーカスに剣術では勝っている。魔法ではルーカスが勝っているので、腹いせかと思って睨む。
「わがままですよ」
「うぐっ……」
冷ややかな視線を受け、涙目でラングを見るも彼は肩を落とす程の溜め息。そんなに邪険にしなくてもと、涙腺が崩壊するぞ!!! と思っていると……ルーカス宛のチョコをその場で1つパクリと食べる。
「ん、ちょっと甘いな。オレンジ味も少しあるが……これでもダメなんだろ?」
「うんっ……」
「ほら、せめてそういった香りがないのだけでも食べてくれ」
「うんっ……!!!」
「だから簡単に泣くな」
「うれし涙!!!」
そう言って抱き着くルーカスにラングは面倒そうに、だけどどこか嬉しそうに頭を撫でればスリスリと甘えて来る。リンドは小声で「飼い主と犬」と今の状況を言いちょっとだけ楽しいと思える自分もいる。
「しょうがないですから、私も一緒に食べますよ」
「やった!!! 性格悪いと思ってた」
「……そう」
さっと訓練場に行こうとして、思い切りルーカスに捕まり謝罪を繰り返す。今はまだ剣術では勝っているが、いずれは追い越される。それをどこか分かりながらも、頭を下げている王子が本当そうなるのか分からない。
だけど、予感がある。
ルーカスは大きくなって、自分を追いこすのだろう。それがちょっとだけ寂しくも思い、いずれ来るのであれば恩を売るのもありかと考えてニヤリとなる。
「仕方ないから手伝うよ」
「ありがとう!!!」
こうしてその部屋にあるチョコの制覇を行う。これも、例年通りになり初めに贈られて来たのは4歳の時。その時はバレンタインデーが嫌になるなど思いもよらなかった。
しかし、ここである問題に気付いた。それは――。
「……甘い」
「チョコだから」
「あとどれくらい、ある?」
「……言いたくない」
「ルーカス様は?」
「気絶した」
「またか……」
子供3人では収まらない量のチョコレート。
大きさの違うチョコならば味付けも違う。甘さだけはどうにも勝てない。どんなに香り付けで変わろうが、甘いものは甘いのだ。
胃がもたれてしょうがない。
ラングとリンドは思わず、これがあと何年続くのかと考えてしまう。これがもしあと10年も続くのかと思うと……2人でどう逃げるかと相談するのは早かった。
「これは……ルーカス様には早く、見付けて貰わないとな」
「うん。この国の未来の為だ」
決して自分達の安全の確保ではない。
そう言い聞かせながら、剣を振ったりと軽い運動をしてはチョコを消化しようと黙って食べるのだった。