夢恋路 ~青年編~8
【おリョウ】
宗次郎君が来る回数は減ったけれど、いつも通り毎日小五郎や晋作君と顔を合わせた。
いつも楽しそうな晋作君、それをちょっと上から見ている小五郎とはとてもいい組み合わせだといつも思う。
小五郎は晋作君に私の事を話している。
時折私の会話に不思議そうな顔をしているが私も黙っていればもう江戸時代の住人、言葉もきちんと選んでいるので事情を知らなければ私の事を疑う者などいない。
ただ、これが対日本人以外となるとちょっと困ったことになってしまうんだけど・・・
「あら、今日は非番?」
早い時間にやって来た小五郎に私は驚いた。
「今日ね、城下を異国人が江戸城に向けて通るんだよ。姉さんも行ってみない!?」
「えぇ!?」
「異国の人なんて滅多に見られないよ?」
「でも、仕事が・・・」
「おリョウちゃんおリョウちゃん!!!」
女将がバタバタと走って来る。
「あら、桂様、いらっしゃいまし。」
小五郎は女将の慌ただしさに目を丸くするも頭を下げる。
「おリョウちゃん桂さん聞いた!?馬車道を異国の方が通るんですって!!」
・・・・・・
「みんなで見に行きましょ!ねっ!!」
「・・・だってよ、姉さん?」
「女将には負けるわ。」
「えっ、なに!?」
尚もそわそわしている女将に私は笑う。
「もしかして桂様、場所ご存じ!?」
「はい、知っています。」
小五郎が女将に微笑んだ。
「じゃ!みんなで行きましょう!!!」
「だって。」
何も起きなきゃ、いいんだけど・・・
馬車道は人であふれていた。みんなどこからこういう話を聞くのだろう、ツイッターやフェイスブックの様な物があれば拡散は早いのだろうけど、そんな物がある訳がなく、江戸っ子は噂話が好きだっていうのは有名な話だが、確かにね。
「晋作君は?」
私はふと、いつもセットの晋作君がいない事に気が付いた。
「あぁ、あいつならずっと前に行ってるよ。」
「性格そのままね。」
私は笑った。
馬車道は見物人でとんでもない人だかり、例えるならスポーツ選手の優勝パレードの様な・・・
通りはぎゅうぎゅうで、私たちもその中に混じっていた。
「小五郎、稽古は?」
「今日は誰も来ないんじゃない?」
小五郎は笑う。
「そりゃまた一大事ね。」
「そりゃそうよ!異国の人なんて見れたもんじゃないんだから!」
女将がうきうきしている、この女将、なかなか若いな。
「どんなふうにここを通るのか小五郎は知っているの?」
「藩の人たちの話だと、馬で通るみたいだけど・・・どうなんだろうね。」
馬ってあれよね、サラブレッドみたいなんじゃなくって、農耕馬よね、この時代・・・確か、ポニー程度じゃなかったっけ・・・?
今までに何度か行った事のある日本の過去の世界では、農耕馬たちはみんな骨が太くがっしりしていて役割としては荷引きのロバに近い。それに、でっかい外人をのせてぽっくりぽっくりって・・・かわいいを通り越して笑ってしまったらどうしよう。
女将のテンションは上がりっぱなしで、他の女中さんたちもワイワイしている。
私は何となく、そんな楽しげなみんなと一緒にいるのが嫌で・・・嫌と言ったら語弊があるんだけど、何となくがやがやしている中にいるのが心許なくて咄嗟に小五郎の袖を掴んで人ごみを引いて歩いた。
「・・・どうしたの姉さん?」
小五郎が不思議そうに声をかける。
私は、小五郎を人垣の切れた角に連れ出した。
「どうしたの?何かあった!?」
「・・・いや、まだ、ない。」
「まだって・・・?」
小五郎が私の言葉に首をかしげる。
「いや、だって・・・私はほら、この時代の人間じゃないから・・・もしも、今から通る異国の人を見て、みんなと違う反応をしてしまったら・・・」
小五郎がハッとした顔をした。
そうなのよ、私にとって外国人なんて珍しいものじゃないのよ・・・
むしろ国によっては言葉が理解できてしまうと言うとんでもない事態が起こってしまう。
「そうか、そうだったね・・・」
「そう、そうなの・・・」
「知っている人かもしれないって事?」
「いや、それはないと思う。さすがにそんなに確率は良くないでしょ。」
この時代の外国人って誰?ザビエル?ペリー?両方とも違う気がする・・・あぁぁぁこんな事ならもっとちゃんと勉強してくるべきだった!
「姉さんの時代では、異国の人たちは自由に日本を出入りしているの?」
「うん、まぁ・・・ある程度は自由よ。きちんとした手続きをしたら出る事も入る事もできるの。もちろん異国の人と伴侶になる人も大勢いる。混血の子ってとってもかわいいのよ?」
「そうなんだ、じゃぁ世界中の言葉はみんな同じになるの?」
・・・そう、だよね。
そう言う発想になるよね。
「言葉は違うまま。でも、みんな自分の知りたい異国の言葉や文化を勉強して言葉を覚えるのよ。」
「未来の人たちはみんな勉学に熱心なんだね。」
「みんながみんな、そうでもないわ。その証拠に私は対して何もできないもの。」
「姉さんで何もできないなんて言ったら未来は一体どうなっちゃうんだよ。」
小五郎が笑った。
いやいや、本当・・・でも、まぁ、英語ぐらいなら、ちょっとはね。
ってか、今から通る異国の人って、どこの国の人?
オランダとかポルトガルだったっけ、交流あったの。中国とか?・・・ん、中国ってこの時代の名前じゃないよね、今って、何て国名・・・?清?明?そんな名前じゃなかったかな・・・わかんない。
「姉さん、来たよ!」
周囲がざわめき出した途端に見えてきたのは、金髪に長いひげ・・・あれ、馬がちょっと大きい気がする。
私のイメージしていた可愛らしい馬ではなく、これは明らかに外国産の血が入った馬だ。農耕馬より頭一つ以上大きな馬、この人たちが連れて来たんだろうか。
よかった、笑いそうになくて・・・
結構お歳が行っているのかな?恰幅の良い大きな体はさすが外国人と言ったところか、グリーンの瞳もそうだけど、何もかも全てが日本人と違う。
なるほど、これでは籠には入るまい・・・・
馬を引いている男の人、この人を馬子と言うんだったっけ。そしてもう一人の若い外人さんと、ちょっと位がありそうな男の人が横を歩いている。
この人はおじいちゃんだから馬に乗っているんだろうか?
「すごいね、初めて見たよ・・・」
私も、いろんな意味で初めてだけど・・・馬に乗っているせいかこの人は大きくて、見慣れているはずのこっちとしてもちょっと萎縮してしまう。
しかもよりによって・・・・・目が合ったよ。
お願いだからやめてと願う私の思いとは裏腹に、このでっかい外人は馬を止めてしまった。
小五郎が驚いてしまっている。
私も、驚いているんですけど・・・?
でっかい外人は私を見て首をかしげている、残念ですが、私はあなたを知りませんよ・・・?
『この女性に、以前会った事はないかと聞いてくれ』
あっ、英語だ!?
でっかい男は横を歩いていた若い外人に英語で話している、その男は英語とは違う言葉で日本人の男に話しかけ、その男が私に問いかけた。
「ハリス公が以前会った事はないかと聞いている。」
ハリス?
なんか、教科書で聞いたことがあるようなないような・・・?
個人的には存じませんが。
小五郎が驚いて私を見ている、私も驚いて小五郎を見た。
「いいえ、存じ上げませんとお伝えください。」
私はハリスに微笑みながら通訳の男に答えた。
『ならば、母親は私と会った事があるか?と聞いてくれ。』
ハリスは私をじっと見つめて話す、私は瞬きを一つ、長めに行った。そんな私の仕草を見て、ハリスは何やら微笑んだ。
「母親はハリス公と会った事はあるか?」
「いいえ、母は幼い時に他界しておりますとお伝えください。」
『ヘンリー、日本人では珍しい顔立ちだと思わないか?』
『はい、そう思います。美しい方ですね。』
・・・そりゃ、どうも。
私は二人に苦笑した。
確かに、今の日本では目の細い女性が美しいとされているからね、私はその美の定義からはだいぶ逸れる。
『この女性は我々の言葉を理解しているな。』
『どうやら、そのようです。』
二人は私を見ながら英語で話している、横の日本人は英語がわからない様だ。この若い男が英語から他の国の言葉に通訳し、それを日本語に訳しているのか。
じぃさん!頼むから、これ以上関わらないでくれ!!!
いくらここは人気が少ないとは言え、一般の人がたくさんいるのだから。
『ずっとこの地に住んでいるのか?と聞いてくれ。』
私は短めにひとつ、瞬きをする。
「この土地の者かと聞いている。」
「はい、生まれも育ちもこの地でございます。」
『・・・横の男は、フィアンセか?』
私はハリスの言葉に一瞬、小五郎を見てしまった。
「その者はお前と恋仲かと聞いている。」
私は改めて小五郎を見上げる、小五郎が驚いた顔で私を見下ろしていた。私はくすっと笑って、小五郎の腕に抱きついて見せた。
「えぇ、そうです。」
「ちょ、姉さん!?」
小五郎が狼狽えている、もう、こんな時は堂々としなさいよ。
『そうか、幸せになれ。これは訳さなくていい。』
そう言うと、ハリスという人は私に微笑む。そして私も短い瞬きを一つしてみせた。
するとなぜかハリスは胸ポケットから懐中時計を取り出してまるで私に見せる様に開けて見せる。
・・・ん?
懐中時計・・・・?
金の懐中時計・・・?
あれ、見覚えが・・・?
私の表情を見てハリスはにっこりと笑った。
私達は、ハリスとヘンリーと言う二人の外国人が過ぎ去って行くのを見送った。
「・・・姉さん、」
「・・・何よ、」
「・・・・・姉さん?」
「私も、よくわかってないから・・・続きは別の場所で、いい?」
「うん・・・・・・・・でね、」
「何、」
「そのぉ、手・・・」
「あら。」
私は腕に抱きついたまま小五郎を見上げて思いっきり笑って見せた。
【桂小五郎】
「あらぁ、嫌だった?」
そう言って微笑んでくる姉さんに僕はもう完全に固まってしまった。
嫌なわけ、ないし・・・・
しかも、恋仲かと聞かれた質問に・・・・
ここに晋作がいなくて本当に良かったと僕は思った。今の僕はとんでもなく情けない顔をしているんだと思う。
それにしても、姉さん、ハリス公の言っている言葉、完全にわかっていた。
すごい・・・
やっぱり、姉さんはこの時間の人間じゃないんだ・・・僕は今の事ではっきりと思い知らされてしまった。
それは、現実を突きつけられているようで、僕にとってはあまりいい事ではない気がした。
ハリス公が去って行くと人だかりも自然と引いて行った、僕たちはその人込みにまぎれながらその場を立ち去る。
「ちょっと、遠回りして帰ろうか。」
姉さんの言葉に僕は黙って頷いて人ごみを避ける様に裏へと入って行った。
僕達はしばらく無言で歩いた。
姉さんは何かを一生懸命考えている、その姿はあまりに必死に頭をひねっていて、僕は思わず笑ってしまった。
「ん?」
姉さんが笑った僕を見上げている。
「ごめんごめん、何か、あまりに必死に考え事してるから、思わず・・・」
僕が笑っているのを確認して、姉さんは笑った。
「ちょっとぉ、そんなに珍しい?」
「いや、」
裏通りにはほとんど人はいない、ここならば誰かに聞かれることもないかな。僕たちはほぼ真横に並んでゆっくりと足を進めながら話を始めた。
「あの馬上の異国の人、知り合いだった?」
「いいえ、知らない・・・・と、思うんだけど・・・」
姉さんは相変わらず頭をひねっている。
「ただ、あっちの口調じゃ、私の事を知っている様な感じだったよね・・・」
あぁ、やっぱりだ。
姉さんは言葉を完全に理解している。
「姉さん、異国語、わかるんだ・・・」
「あっ・・・」
姉さんは非常に驚いた顔をして僕を見上げた。
「・・・他の人も、気が付いていたかな、」
「いや、たぶん気が付いていないと思うけど・・・やっぱりわかるんだね。」
僕はちょっと、複雑な気持ちになった。
「目で、答えていたよね・・・」
「さすがね・・・」
姉さんは『はい』の時は短く。『いいえ』の時は長く瞬きをしていた。
あの時きっと姉さんを見ていたのは僕だけだ、それ以外の人はみんな異国人の方に釘付けだったはずだから。
姉さんはふぅと息を吐く、そして僕に微笑んで一層小声で答えた。
「こんな事、教えてもいいのかしら・・・。あれは、英語と呼ばれる言葉よ。イングリッシュって言った方がいいのかしら・・・」
イングリッシュ、それなら知っている。
英語・・・あれが本当のイングリッシュなんだ。
「別にぺらぺらと話せるわけじゃないのよ、言っている事は大体わかる程度。世間話ぐらいはできるけれど・・・それを超えるとさすがにわからないわ。」
「姉さんの世界では、みんなそうなの?」
姉さんの世界、そう、ここは姉さんの世界じゃない・・・
「得意不得意があると思うけれど・・・。私たちの時代では、教育というものは世の人間全員が等しく受けられるようになっていて、その中に英語と言う学問も入っているのよ。ちなみに私の評価は常に最低だったけどね。」
姉さんが笑う。
最低でも会話ができるの?
じゃぁ、それ以外の人は・・・?
「私ね、ちょっとの間異国文化と触れる環境にいたのよ。だから、話せるのよ・・・若干だけどね。」
「そうなんだ・・・」
何でだろう、なんでこんなに悲しい気持ちになるんだろう。
「でも、あの金色の懐中時計には、見覚えがある気がするの・・・」
「かいちゅうどけい?」
その言葉がわからない、ハリスが持っていたあの丸いやつの事だろうか。
「あの金色の丸い物は懐中時計って言ってね、時を刻む道具なのよ。」
時を刻む?
外国にはやはり知らない物が多いんだ・・・
やはり僕は、もっといろいろな事を知りたい・・・そうすればきっと、もっと姉さんを知る事が出来る。
「もしかしたら・・・私はどこかで、あの人に会った事があるのかもしれない・・・」
姉さんがぽつりとつぶやいた。
「思い出せない?」
僕のその言葉に姉さんは複雑な顔をした。
「時間移動の全ては忘れるようにしているの、だから、覚えていない・・・」
と、言う事は、もし姉さんは帰ってしまったら、僕の事も忘れてしまうの?
「・・・残していても仕方のない記憶だからね。」
姉さんの言っている事がすべて本当ならば当然だ、一瞬にして数百年の時を移動するのであればその一瞬でほぼすべての人間はこの世から消え去っているのだから。
過去の既に存在すらしない、誰も知らない人間を想う事はきっと、とても寂しいだろう・・・
でも・・・
「僕の事も・・・」
「・・・えっ、」
僕のつぶやきに、姉さんが僕を見上げる。僕は恥ずかしくなってしまった。
「どうしたの?」
姉さんは僕を見て笑っている、きっと、僕の言わんとしている事なんてお見通しなんだ。
「僕の事も、忘れちゃう・・・?」
姉さんは足を止めた、それから僕も足を止めて、僕たちの間には数歩の距離が出来た。
「帰ったら、僕の事も忘れちゃう・・・?」
本当に、この場に晋作がいなくって良かった・・・
何で、どうしてこんなに悲しいんだろう。
姉さんはじっと僕を見つめている、情けないって怒られるかな・・・
「ぅん!!?」
気が付いた時、僕は姉さんに両の頬をつままれていた。
姉さんは悪戯っぽく笑っている、僕はまっすぐ姉さんを見つめた。
「言ったでしょ?私は長州での日々を忘れた事がないの、その中にはもちろんあなたもいた。だからこそこうやって良い男になってしまったあなたの事もわかったのよ?小五郎は私にとって特別・・・忘れるわけないでしょ?」
僕の顔はきっと真っ赤になっている。
本当に本当に、晋作がいなくて良かった・・・
姉さんは相変わらず笑っている、僕はうまい事、姉さんに転がされているんだ。でもそれでも、悪い気がしないのはなぜだろう。
「でも、勉強することは良い事よ?」
「・・・えっ?」
両手を放し、突然姉さんは僕に微笑んだ。
「英語よ、この時代、誰か教えてくれる人はいるのかしら・・・?」
「去年だったかな、確か幕府主導で異国文学を教える塾が出来ていた気がする。」
「行ってみたら?」
「えっ?」
「全く触れないよりはいいかもよ?覚えた言葉が正しいかどうかぐらいなら、相手できるかもしれないしね。って、いいのかなぁ私、そんなことしちゃって・・・」
「実はね。」
僕はクスリと笑う。
「少し前から勉強してるんだ。」
「なんだ!そうだったの!?」
驚いている姉さんの顔を見て、ちょっと姉さんを負かしたような気分になって・・・ちょっと楽しい。
「じゃぁ、さっきの会話わかってたの?」
「いや、それはわからない。」
「・・・ん?じゃぁ、どういう事?」
「僕が学んでいるイングリッシュはたぶんすごく偏っていると思う。造船学や政治についての事ばかりだ、だから今僕と姉さんがこうやって話している様な気さくな会話はわからない。」
「う~ん、もったいないわねぇ。むしろ私は小五郎が勉強している方がわからないわ。・・・Can you speak English? 」
「・・・・えっ、」
姉さんの口からあまりに自然に出てきた異国の言葉に僕は思わず目を丸くする。
英語、なんだと思うけど、あまりに僕が習っている英語と音が違う。
姉さんが笑う。
「あなたは英語は話せますか?」
「姉さんには敵わないね。」
僕も一緒になって笑った。
【おリョウ】
こんなに小五郎にいろいろ話して、果たして歴史上許されるのだろうか・・・
でも、すでに英語を勉強しているって事は、私が話しても問題はないよね・・・
まさかこの時代でアメリカ人に出会うとは思っていなかった。と、いうことはやはりここは幕末の明治前なのね。
ハリスと言う名前も聞いたことがある、たぶん、日本を開国の方向へ向けた人。あぁぁ無知と言うのはこういう時に何も役には立たない。
人通りが多くなってきて、私は小五郎の横から少し後ろを歩く。
これはこの時代の暗黙。
江戸川屋に付くと女将さんと・・・晋作君?とお雪ちゃんとさっちゃん?が玄関先で話をしていた。
「あっ!帰ってきた!!」
晋作君が私たちを見て大声で叫ぶ、良くもまぁそんな大きな声で・・・
でも嬉しそうな晋作君を見ると、笑えてくるから不思議。
「あらあら、やっと帰って来たわ。」
女将が意味ありげな笑みを浮かべる、これは・・・何か企んでいるな。
すごく嫌な予感がするんだけれど・・・
私達は四人の所へたどり着いた。
「小五郎さん見た!?あの馬!」
「あぁ、日本の馬じゃなかったね。性格も大人しそうだ。」
「すっごいね!異国にはあんなに大きな馬がいるんだね!!」
「お雪ちゃんとさっちゃんも見た?」
「はい、異国の人って髪が黄色いんですね。」
「とっても大きかったです。」
「もぉ、二人ともどこに行っちゃってたのよ~、急にいなくなっちゃって。」
出来るだけ、女将に話を持って行かれない様にお雪とおさちに話を振ったんだが・・・これはまずいぞ。
ニヤニヤしている・・・悪い顔だ。
「もぉ!昼から二人で逢引きしちゃったかと思ったじゃない。」
逢引き!?
「・・・・・・?」
私以外の四人が声を上げた。
・・・はて、逢引きとは、何だろか?
私一人だけがぽかんとしているのを見て、女将が笑う。
「あら、おリョウちゃんわからないの?」
「あいびき?あいびきって、何?」
豚肉と牛肉のひき肉、あれだろうか・・・?
私は思わず小五郎を見上げた。
・・・あれ、小五郎が狼狽えている。
晋作君がゲラゲラと笑い、お雪とおサチが真っ赤な顔をしている・・・
これはー・・・、俗にいう放送禁止用語的なやつなのかな?
「おリョウさんわかんないの?」
晋作君が息も絶え絶えに話しかけてくる。
「えぇ・・・?」
女将も笑っている、やりやがったな女将!!
「そりゃ、小五郎先生に聞いた方がいいよ!ねっ、せんせっ!」
「晋作!!女将さんも!!!」
小五郎が真っ赤になって怒っている、これはきっと・・・・
なんとなーく、わかったような・・・現代的に言う、ラブホに行った的な感じか?
「さっ、稽古だ晋作!行くぞ!!!」
「えぇぇ!?今から!?」
「あたりまえだ!!!」
小五郎はまるで逃げる様に晋作君の襟を引っ張って去って行った。
「あのっ、私も帰ります。」
お雪ちゃんが言う。
「あら、上がって行けばいいのに、ねぇ女将。」
私は女将に振るも、女将は微笑んでいるだけで何も言わない・・・あれ?
「おリョウさん、ではまた。」
そう言うとお雪もまた、逃げる様に帰って行った。
「さぁ、私達も入りましょ!」
女将の言葉にさっちゃんも逃げる様に入って行く。
「・・・・・・・・」
・・・どういう事、かな!?
私は咄嗟に、女将を捕まえた。
「女将!何かよくわからないけどとんでもないこと言いました!?」
「あら、何かしら?」
女将は含み笑いをしながらしらを切る。
「女将もお雪ちゃんが小五郎の事が好きな事ぐらい知ってるでしょ!?ここでわざわざ二人きりだったなんて言ったらお雪ちゃんがびっくりするじゃないですか!」
「あら、本当の事よ?」
「ですけど!」
「ねぇ、おリョウちゃん・・・・」
女将が急に真剣な顔になって、私は思わず女将から手を離した。
「お雪ちゃんの為って、思わない?」
「お雪ちゃんの為・・・?」
私は首をかしげてしまう、すると女将はやれやれと言わん気にため息をついた。
「お雪ちゃんが桂様の事を好いているのはよくわかるわ、私も砂川屋さんで何度かお見かけしているから・・・でも、それはお雪ちゃんの気持ちであって、桂様はどうかしらねぇ。」
「小五郎・・・?」
女将が笑う。
「おリョウちゃんが強くて賢くて優しいのは十分に知っているわ。でも、自分の事となったらまだまだね。」
「・・・・・・?」
「お雪ちゃんはまだ若いわ、すぐに次があるわよ。それを教えてあげるのも大人の優しさだと思わない?」
「・・・・・・・・・」
「さっ、仕事仕事!」
そういって女将は、呆然としている私の肩に手を置いて中に入って行った。
・・・小五郎の、私に対する想いは、何となく気が付いている。
でも、小五郎のこの先の未来は決まっている。
小五郎は京で芸妓をやっている『幾松』と言う女性と結婚する。これは、間違いない。
これを、壊すことは決して許されない。
私ではないのだから。
「・・・さぁて!働くか!!」
自分を鼓舞して私は足を進めた。
【ハリス】
『ヘンリー』
『はい、呼びましたか?』
私の呼びかけに部屋の隅で書類整理をしていたヘンリーが手を止めこちらを見る。
今日は何やら仕事になりそうにない、両手を投げて書類とペンを投げた。ヘンリーはまたかと言わん顔をしている。
昨日出会ったあの娘が気になって仕方がなかった。
しかし気にはなるが、以前私の世話をさせられていたお吉と言う女の事を思えば、ここに連れてきて話をするだけでも彼女が一体どんなことになるかわからない。
『ヘンリー、私はどうしても昨日の女性と会って話がしてみたいんだが・・・・・』
『昨日の女性とは・・・?』
『私たちの言葉を理解していた、あの女性だ。』
ヘンリーは思い出したようで大きくうなずいた。
『あぁ、彼女ですか。そうですね、興味はあります。』
『ヘンリー、お吉の事は覚えているか?』
『えぇ、覚えていますよ。』
『お吉が今、真っ当な生活を送れていないと聞いたが、本当か?』
私の言葉にヘンリーは気まずそうに黙った。
『我々に関わってしまったのですから、仕方がない事です。』
『私は昨日の女性と話をしたい、しかしお吉の様に無理やり連れて来られた挙句に迫害を受けては、申し訳ない。』
『そうですね・・・』
ヘンリーは本棚に背を持たれて腕を組んでいる。
『何とか、内密に探せないだろうか・・・』
『内密に、ですか・・・・?』
『あぁ、どうしても話がしてみたいんだ。』
『わかりました・・・ですが、日本人に我々の思いがどこまで通じるかわかりませんよ?』
言葉の壁とは悩ましい事だ・・・
以前のお吉だってそうだ、看護師を頼んだはずが愛人の依頼と勘違され連れて来られ、揚句私の看病をさせられたのだからどうかしている。そもそも英語が直接伝わらない所が問題だ、一度オランダ語に訳さないと伝わらないとは・・・ヘンリーがいなければどうなっているやら。
しかし、彼女はとても頭がいい女性だと私は思う。でなければあの場であの対応は不可能だ。
『とりあえず探してみてくれ、見つけてからどうするかを考えよう。でなければ私は仕事が手に付かない。』
『わかりました、手配してみます。』
私は彼女の容姿に見覚えがある気がした、そんなはずはないのに・・・
『どこの誰かもわからないのに・・・期待、しないでくださいよ?』
ヘンリーがやれやれと言わん顔でつぶやいた。