夢恋路 ~青年編~5
【おリョウ】
数日後、女将さんに呼ばれた。
部屋に行ってみると女将さんはいつも通り綺麗な着物を着て少しばかり改まった感じで座っていた。
「おリョウちゃん、はい、お疲れ様。」
そう言って女将は貨幣の包まれたふくさを渡してくれた。
「ありがとうございます。」
私は膝を付いて深く頭を下げた。
これでお雪にかんざしを買ってあげよう。でも、おばあさんは何がいいかな?
「おリョウちゃんは何か買いたいものとかあるの?」
女将の言葉に私は顔を上げる。
「女将さん、少しお知恵を拝借できますか?」
「あら、何かしら。」
女将はニコニコしている。
「最初のお給金でお雪ちゃんとおばあさんに何か買ってあげようと思っているんです。」
「さすが、おリョウちゃんね。」
「で、お雪ちゃんにはかんざしをと思っているのですが、おばあさんには何がいいのかわからなくて、何か、良いお知恵はありませんか?」
「おばあさんねぇ・・・」
女将がうーんと言いながら考えている。
「あまり大きい金額だと驚いちゃうから、帯飾りとかはどうかしら?」
聞いて大正解と思う、女将はおしゃれだからおばあさんも喜ぶだろう。
「すてきです、ぜひ、そうさせてもらいますね。」
その言葉に女将は急に声のトーンを上げる。
「そうだ、おリョウちゃん!桂様にお供いただいたら?」
「・・・小五郎に、ですか?」
女将の言葉で思い出した、そー言えば小五郎にそんな事を言われた気がする。
でも、なぜ女将が小五郎を指名するんだろう?
「そうそう、一緒にいる時間が長い方が何かを思い出すかもしれないじゃない。」
女将は、たぶん、私と小五郎を見て楽しんでいる・・・目がかなりニコニコしている。
「でも、小五郎とは時間が合いませんよ。」
「じゃぁ、次に桂様がいらしたときに行ったらいいわ。お暇あげるから。」
「・・・女将?」
「はい?」
「楽しんでます?」
「あらやだ。だって、桂様ってかわいいんですもの。」
女将は、だいぶ楽しんでいる。
まったく。電話もメールもない時代にいったいどうやってこんだけの人間の山から小五郎を探すことができるんだか、そもそも道場と藩の往復の様な人間、会う確率は極めて少ない。
「・・・何も、ないですよ?」
「あら、そんな事男と女だったらわからないわ。」
冗談きついよ・・・
私はこの世界で静かに暮らして、帰れる時を待っているだけ!小五郎とどうにかなる!?まず絶対にダメ!!晋作君も宗次郎君もダメ!歴史が代わっちゃったらどーすんの!?
小五郎が私に懐きすぎているのが怖いと言うのに、この女将は!
「・・・うまい事、時間が合えば、ですね。」
私は反論をあきらめて溜め息をついた。
どこの時代でも女と言うのはなぜこうも恋愛話が好きなのだろう。
女将は、お雪が小五郎を好きな事、知らないのだろうか・・・?
「あっ、あとおリョウちゃんにこれをあげる。」
そう言って女将は小さながまぐちをくれた。
赤と黄色でちょっと派手だけれど可愛らしいがまぐちの財布。
「お金をもらっても容れ物がなければ不自由だわ。これは私からの初給金のお祝いよ。」
「ありがとうございます!」
私は再び頭を下げて部屋を出た。
とりあえず、お金はお部屋に置いて、がまぐちに少しのお金を入れて懐に入れる。そして表の掃除を始めた。
お雪とおばあさんへのプレゼントを考えると自然と笑みがこぼれてしまう、いつ買いに行けるかな。
そんな事を考えながら、鼻歌を歌って掃除をしていると・・・あれ?
大きな男達の集団に連れらて歩く小柄な青年、いつもとは違う袴姿で、いつもとは違う雰囲気で、思わず見逃しそうになったけれどあれは・・・
「宗次郎君・・・?」
私は思わずつぶやいた。
聞こえなかったはずなのに、宗次郎君はこちらを見る。
・・・あっ、目が合った。
すると宗次郎君はいつも通りニコニコと笑いながら静かにだまーって私の方に軌道修正。
「・・・・おい。」
しーっ。
宗次郎君は人差し指を立てて私に合図する。しかし・・・
がしっ。
「あっ、気が付きました?」
宗次郎君の後ろ襟を掴んだ大きな手、宗次郎君は何も悪気はないと言わん気にニコニコとその手の主を見上げた。
「お前の逃走癖には随分手を焼いているからな。」
「もぉ、逃走癖なんて人を病気みたいに。ただの寄道ですよ?」
「一緒だ。」
「・・・・・・・」
私は唖然とその光景を見てしまった。
「と、言う事でおリョウさん、失敗したんでまた今度。」
「・・・・えぇ・・・・」
バイバーイと言う感じで大きく手を振って引きずられて行く宗次郎君・・・私は箒を持つ手を止めて、呆然とその光景を見つめていた。
宗次郎君の襟足を掴んでいる大きな男はちらりと私を見るや軽く会釈しそのまま宗次郎君を引きずって歩いて行く。
無骨で無愛想な男達、特に宗次郎君の事を掴んでいた男は愛嬌がなさそう。
あれは、近藤勇か土方か・・・?
たぶん、どちらかだろう。
しかし、恐ろしい物を見た・・・。
次期の新撰組だよ。
宗次郎君はニコニコしていたけれど、大丈夫なのだろうか・・・?
夕刻、女将に玄関前の打ち水を頼まれて玄関前で水撒きをしていると、現れる時は現れるものだ。
「姉さん。」
「あら、小五郎。」
・・・ん?そう言えば、宗次郎君をおぶってた時も、この時間帯だった気が。
「いつもこの時間頃に帰って来るの?」
「そうだね、いつもこのくらいかな。」
おや、電話もメールもないけれど、このたくさんの人ごみから小五郎を探す方法を見つけてしまった。
と、言うか、女将にはめられたことに気が付いた。
「いつもこの前を通ってるの?」
「うん、姉さんいるかなって、思って。一人の時はいつも・・・」
あぁぁぁ、かわいい!!!!
晋作君といるとお兄さんだけれど、一人だと随分と子供に見えるものだよ。
そうだ、女将の策略に乗るのは癪だけれど、聞いてみるかな。
「ねぇ、小五郎。今度、買い物に付き合ってくれない?」
「いいよ、どこに行くの?」
嬉しそうな小五郎、ちょっと笑えてしまうのはなぜかしら。
「かんざしと帯飾りよ。」
「あぁ、お雪ちゃんとおばあさんのだね!」
「そう、時間はあなたに合わせるわ。私の方は、時間をくれるみたいだから。」
私は女将の楽しげな顔を思い出して苦笑した。
「そうだなぁ・・・道場に行ってからしかわからないから、明日もこの時間にここで、どうかな?」
「えぇ、いいわよ。」
好きな子をデートに誘う高校生の様な小五郎を見てクスリと笑った。
「おリョウさん!」
私と小五郎は突然かかったその可愛らしい声のする方に目を向けた。そこにはお雪がいる。
「お雪ちゃん!」
私は声を上げて雪を呼ぶ、お雪は私に気が付いて小走りになったが、ふとその正面に立っている小五郎を見て急に顔を伏せてしまった。
まぁまぁ・・・かわいらしい事。
「お使い?」
「はい、あのっ、おばあさんのお友達の家に。」
「今帰るところなの?」
「はいっ、」
お雪はそわそわしていて早くこの場から逃げたいと言わんばかりの様子。
「小五郎、お雪ちゃんを送ってあげたら?」
「えっ・・・?」
「いえっ、そんな、大丈夫です!」
お雪は急に顔を上げて私を見つめる。私はにっこり笑った。
「もうじき暗くなるし、私のかわいいお雪ちゃんに何かあっては大変よ?」
私の顔を見て小五郎は優しい笑顔を取り戻す。
「・・・そうですね、ご一緒しましょうか。」
「いやっ、そのっ!」
狼狽えるお雪、私ははたと何かを思い出した様な表情を作り声を上げる。
「さて、私はまだ仕事があるから中に行くわ。お雪ちゃん小五郎またね。」
「おリョウさんっ!!!」
「じゃ、明日ね。」
「はい、明日。」
小五郎がそう一言だけ返した。
【桂小五郎】
お雪ちゃんはずっと顔を伏せている、困った。
姉さんはなぜお雪ちゃんを送って行けと言ったのだろう、まだ明るいし、一般町人が藪から棒に襲われるほどここは荒れてもいない。
僕の後ろを歩いているお雪ちゃん、このまま送って行けばいいのかな?
「あっ、あのっ!」
お雪ちゃんの声に僕は後ろを振り返る。
妙に赤い顔をしてこっちを見ているお雪ちゃん、はて、どうしたかな?
「あのっ、送ってもらっちゃって、そのっ、ありがとうございます!」
あぁ、それを気にしていたのか。僕は笑って答える。
「いいえ、姉さんの大切な人なら、僕にとっても大切な人ですから。」
姉さんが守れと言うのならもちろんお雪ちゃんも守るよ、だって、姉さんが悲しむ顔は、見たくないから。
お雪ちゃんはちょっと黙って、それからこちらを見上げた。
「桂様は、そのっ、おリョウさんと、どういうご関係なのですか・・・?」
思わずお雪ちゃんの問いかけに、考えた。
どういう関係・・・?
それは、僕が思うのと、姉さんが思うのはたぶんだいぶ違っていて、どう説明すべきなんだろう。
「姉さんは僕がまだ長州にいた子供の時に遊んでくれた人ですよ。っていっても、向こうはいまいち覚えていないみたいですけどね。」
「そうですか・・・」
お雪ちゃんは一瞬だけ目を伏せた気がした。
「その、桂様は、おリョウさんの事、好きですか?」
「好きですよ。」
それは即答できる。
「僕にとって、姉さんは全てでした。ある時まるで神隠しの様にいなくなってしまって、僕の両親も姉さんたちもみんなとても悲しみました。いなくなってしまった理由は、今もわからないけれど、こうして再び会えてとても嬉しいです。」
きっと僕は本当に嬉しそうに話していたと思う、お雪ちゃんはじっと僕を見ていて、僕もちょっと照れくさかった。
「お雪ちゃんは、どうして見ず知らずの姉さんを受け入れたんですか?異国の着物を着ていたと聞きました、怖くなかったんですか?」
聞いてみたかった事だった。だって、砂川屋さんが受け入れてくれなければ僕は姉さんに会えていなかったかもしれないのだから。そうだ、僕はお雪ちゃんとおばあさんには感謝しないといけないんだ。
「何ででしょう・・・よく、わからないのですが、見た事もない異国の着物で、髪もふわふわしていて、とっても、怖かったんですけど、とっても美しい人だなって思いました。細くって初めは男女の別もわからなかったけど、しゃんとしていて賢くて、本当に美しくて・・・私の憧れのお姉さんです。私も、おリョウさんみたいになりたいって・・・」
「ありがとう。」
「・・・えっ、」
僕の言葉にお雪が真っ直ぐ僕を見上げる。
「だって、お雪ちゃんのその勇気がなければ、僕は姉さんに再会することはできなかったんだから。だから、ありがとう。」
「いえ、そんな・・・」
お雪ちゃんはまた、顔を伏せてしまった。
「それに、砂川屋さんのお団子があんなにおいしくなかったら、僕は砂川屋さんに行ってなかったかもしれないしね。これもお礼だね。」
「そんな・・・その、」
お雪ちゃん、そんなにうつむいて歩いて転ばないのかな、僕は少し気になったけれどお店まで何とか送り届けた。
「桂様、あの、送って下さってありがとうございました。」
「いいえ、お安いご用です。」
僕は頭を下げて砂川屋さんを後にした。
僕の頭の中には明日姉さんと再び会えることしかなかった。
明日、あの時間に行けば再び会える。
文を出すほどの距離ではないのに、目の前にいるにもかかわらず滅多に会えない姉さん。本当は毎日でも会いたいのに・・・
町人だったらどれだけ楽か、こんなに武士の身分を恨めしいと思った事は人生で一度もないよ。
【お雪】
桂様のおリョウさんに対する気持ちは一体どんな感じなのだろう・・・そう考えると胸が苦しかった。
明日ねと二人で言っていた、毎日会っているのかな・・・
あんなにはっきり「好きだ」と言う桂様、その好きだという想いは恋しい思いを意味しているのか、家族を意味しているのか私には解らない。
ただ、おリョウさんはきっと、私の桂様に対する想いに気が付いていている。だからあんな事を言ったんだ。
お姉さんはやっぱり、お姉さんだ。
『姉さんの大切な人なら、僕にとっても大切な人ですから。』
それは、おリョウさんあってと言う事ですよね、桂様・・・
桂様は、私の後ろに、おリョウさんを見ているんだわ・・・
【桂小五郎】
「小五郎さん、帰るよ~。」
稽古終わりに晋作が声をかけてきた。
でも今日はどうしても寄る場所があるんだ。
「先に帰っていてくれ、寄るところがある。」
「ふ~ん・・・」
晋作は意味ありげな答えを返す。
「えっ、だったらお供しますよ?」
誰かがそう言っているが、それは冗談じゃない。
「いや、先に帰っていてくれ、大した用じゃないから・・・」
「あー、だったら伊勢屋の団子買ってきてよ。」
晋作がニヤニヤ笑いながら僕を見ている。伊勢屋は江戸川屋の近くの団子屋、晋作はわざと言っているな。
「あぁ、わかった。今後も高くつきそうだな。」
僕の言葉に晋作はケラケラと笑い皆を連れて先に帰った。
時間はもらえた、さすがに一日って訳ではないけれど昼過ぎには上がらせてもらえる。
最近の僕の行動を不思議に思っている奴はいるかもしれない、でも構わない。
今は姉さんとの時間が最も優先されるべきものだから。この十数年の鍛錬を考えれば、そのくらい許されるはずだ。
晋作たちが帰る道はわかっている、はやる気持ちとは裏腹に少し遠回りして歩いた。
【おリョウ】
さてと、そろそろかわいい子が来る時間ね。
私は何気なく箒を手にして玄関前に行った。
いいわね、こういうのって。ちょっと若返った気分。高校の時に校門で待ち合わせして帰った時の様な感じかな・・・って、そんな事したことないけどね。きっとこんな感じなんでしょう。
朝掃除したって言うのに、砂埃ってのはどこからともなくやって来る。私はそう思いながら歌を口ずさんで掃除をしていた。
「相変わらずきれいな声ですね。」
「!!!?」
驚いて振り向くと、そこにはにこやかな小五郎が立っていた。
「あら、立ち聞き?」
「人聞きが悪いなぁ、でも、晋作に自慢はできそうだ。」
小五郎はニコニコとしていた。
「お疲れ様、道場からここまでってどのくらいかかるの?」
「半刻もかからないよ。宗次郎君の家よりはずっと近い。」
「あれはちょっと・・・私には遠いわね。」
私は笑う。片道2時間以上歩いたんだもの、遠いよ。
そうそう、宗次郎君と言えばよ。
「そう言えば昨日、宗次郎君を見かけたの。」
「また遊びに来たの?」
「いや、大きな大人の人たちと一緒に歩いていて、ちょっと雰囲気が違ってたんだけど・・・」
「出稽古かな。」
「それが、宗次郎君、私を見つけるやふら~って隊列を抜け出して私の方に来ちゃって・・・、で、体の大きな男の人に見破られて、首根っこ持たれて、連れて行かれちゃった・・・・」
「・・・・・・・。」
小五郎が呆れた顔をしている。
「結構ねぇ、逃走癖があるみたいで、手を焼いてるみたいな感じよ?」
私も苦笑した。
「笑顔で、またね~って言いながら、手を振りながら引きずられて行ったよ・・・」
「大丈夫かな、あの子は・・・」
さすがの小五郎も完全なる苦笑。
「どんな人だった?」
「えっ?」
小五郎の言葉に私は首をかしげた。
「宗次郎君を連れて行った人。色は白かった?黒かった?」
「えっとねぇ・・・こんな言い方したらよくないんでしょうけど、無愛想で、体が大きくて、色は黒くて、全体的に大きいって言うか・・・」
オーラ的な物かな・・・?
「きっと近藤さんだね。」
近藤勇・・・あの男が・・・
「落ち着いた感じの人だったでしょ?」
「えぇ、見た目には荒っぽさがあったけど、落ち着いた空気の人だったと思う。」
「まず、間違いないね。近藤さんだよ。」
「近藤さんとは知り合い?」
「う~ん、知り合いでは、ないなぁ・・・」
何この歯切れの悪さ。
「あらそう、じゃ、有名なのね。」
「まぁ、ね。」
小五郎が何かから逃げている、ちょっと白状させたいけど今日は問い詰めるのをやめておこう。後々の事を思えば、私はあまり聞かない方がいいのかもしれないし・・・
「小五郎、時間はもらえた?」
私は話を変える。
「あぁ、もらえたよ。明後日の午後だけど、どうかな?」
「私は構わないと思うわ、女将が時間をくれるって言ってくれているし。」
私は女将の楽しそうな顔を思い出して苦笑する。
「なら良かった。本当は一日時間を取れたらよかったんだけど・・・」
残念そうな小五郎がかわいい。
「いいのよ、私も全く仕事をしないって訳にはいかないもの。ちょうどいいわ。」
「そう・・・良かった!」
小五郎の表情が晴れる。
「晋作君が付いて来たいって大騒ぎしそうね。」
「さて、どうやって巻くかな。」
小五郎が楽しそうに笑った。
【桂小五郎】
「でも良かった、ありがとう。」
姉さんが僕を見て笑っている、どうしよう、どうして僕はこんなに姉さんの笑顔に弱いんだろう。
再会して一月もたたないのに、僕は姉さんの事しか考えられない。
本当はそれではよくないんだ。僕たちは吉田松陰の志を受けて、造船学を学び、日本を異国に負けない国にしなければならないのに。そのために勉学に励み、剣術に精進しなければならないのに。
あの夜、姉さんの喉元に刀が突き付けられた時、僕は全てを失ったとしても姉さんを選んだ。
姉さんが再びいなくなるなんて考えられないんだ。
でも、どうしてだろう、どうしても姉さんは手に入らない気がする。
また、消えてしまう気がする・・・
何だろう、この恐怖は・・・そう感じた瞬間に僕は、すでに口を開いていた。
「ねぇ、姉さん、」
「なぁに?」
「姉さんは、今までどこにいたの?」
その問いに姉さんは固まってしまう。聞いてはいけないんだろうけど、そうわかっているんだけど、どうしても聞きたい。聞かないと、姉さんがまたいなくなってしまう気がして。
「どうして・・・?」
姉さんは目を細めて返事をする、あぁ、きっと、聞いちゃダメだったんだ。
でも僕は素直に言った。
「なんか、姉さんがまた、いなくなってしまいそうで、」
姉さんは瞳を伏せて視線を足元で泳がす、そして、妙に悲しそうな顔になってしまう。
「聞いちゃいけないって、どこかでわかっているんだけど、どうしても・・・」
僕ももうどうしていいかわからない、でも、姉さんを失いたくない。
「例え何を言われても、どこの誰でも、どんな過去でも・・・僕は姉さんの事を理解するから、だから、」
「明後日まで、待ってもらえるかな・・・」
「・・・えっ?」
姉さんの切なそうなつぶやきに、僕は思わず聞き返してしまった。
「明後日まで、ねっ。」
そう言うと姉さんはいつも通りの笑顔に戻り指で僕の口を塞ぐ。
「あまり、女を焦らせるものじゃないわ。」
「・・・・・・・。」
「じゃぁね小五郎、また、明日。」
そう言うと姉さんは江戸川屋に消えていった。
あんなに悲しそうな顔をさせるつもりじゃなかったのに・・・なんで、あんな顔をしたの?
本当に、聞いちゃ、いけなかったの・・・?
「・・・また、明日・・・」
僕は去りゆく姉さんの背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
【おリョウ】
「姉さんは、どこにいたの?」
直球ど真ん中で浴びせられた言葉に私はただただ呆然とした。彼は私に疑うことない素直な言葉を向けている。疑われても仕方ないこの不審者をあの子は信じようとしている。
胸が痛かった。
私はこの子を、騙しているの?
でも、どうしたらいい?
何て話せば良い?
どうしてこんなに苦しいんだろう・・・知り合いだから?
とりあえず、考える時間がほしかった。
明後日を約束して別れたけれど、答えが出る気がしなかった。正しい答えなんてなくて、私がどうしたいかが答えだから・・・腹をくくるか、貫き通すか。
でも、あんなに切なそうな顔をされて、私はまだ騙しきれるのだろうか。純粋で、真っ直ぐな瞳をしたあの子を私は、騙している・・・?
「やばい、つらい。」
部屋で思わず呟いた。
次の日一日、私はぼーっと考えていて、夕方もぼーっと玄関の掃き掃除をしていた。
歌を口ずさむわけでもなく、ただ、掃き掃除をしているだけ。
「おリョウさん!」
「わぁぁ!」
「何!!」
不意を突かれてかけられた声に私は悲鳴をあげて箒を落とした。
その声に驚いたのは晋作君、そしてその横で同じく驚いている小五郎がいた。
「はぁぁ、ごめんごめん。考え事してたから気がつかなかったわ。」
私は胸を撫で下ろした。
「なんだ~、俺何かしちゃったかと思った。」
晋作君が笑う。
「で、何考えてたの?」
出たな、直球勝負師!
「あらぁ、そんなこと聞くの?」
「えっ、ダメ!?」
本当、昔の小五郎そっくり。
「考えとくわ。」
「えー、考え事を話すことをまた考えるの?」
晋作君はケラケラ笑う。
「あらぁ、女は秘密が多いほど引かれるもんじゃない?」
「確かに。」
楽しそうな晋作君に少し救われた。
「今日もお稽古お疲れさまね。」
その言葉に晋作君はふぅとため息をつく。
「今日の小五郎先生はきつかったんだよ~。」
「えっ、そうだった?」
小五郎が首をかしげている。
「そうそう、なんか自分を律してるような、ねっ。」
黙る小五郎、仕方ない、助けてあげるか。
「あら、そうなの?じゃあ、晋作君なんて正座からね。」
「えぇっ!うそっ!?」
この言葉に小五郎が笑った、良かった・・・
「相変わらず姉さんは上手いこと言うね!」
小五郎は笑いが止まらない様子。
「だてに長くは生きてないかもよ?」
「俺、そんなおリョウさん大好きです!」
おっと、いきなりか。若いな。私は笑った。
「争う相手は案外多いかもよ?」
私は一瞬小五郎を見た。小五郎は私の視線に驚いた様子で瞬きをする。
「さぁ、日が暮れるわ、疲れているでしょ、帰りなさい。」
私は二人の背を見送った。
【桂小五郎】
「なぁ、昨日おリョウさんに何言ったの?」
晋作の言葉に僕は黙る。
「なんかすごい、悩んでるみたいだったけど?」
僕は、黙るしかできない。
「もぉ!あんたがさあ、おリョウさん信じなかったらいったい誰が信じるんだよ?誰もあんな素性の知れない女の事なんて信じるわけないじゃん。」
晋作には、姉さんの考えている事がわかるの?僕はじっと晋作を見てしまった。
「小五郎さんってさぁ、すごい素直だから、剣に迷いがすぐに出ちゃうよね。かーわいぃー」
「・・・・・・」
黙ったままの僕に晋作はあきれ顔でため息をつく。
「ふーん、まぁいいや。」
晋作は突然延びをして、僕の顔を覗き込んできた。
「俺、さっきの言葉、本気だよ?」
「えっ!?」
驚いて足を止める僕を置いて晋作は歩いて行く。
「小五郎さんがしくじったらもらっちゃうから。」
「・・・・・」
唖然としている僕に晋作はゲラゲラと笑って歩いて行った。
「信じてあげないとおリョウさんかわいそうだよ~。」
晋作はそう言って先に歩いて行ってしまった。
【おリョウ】
女将はあっさりと今日の外出を認めてくれた。と、言うよりは今すぐ道場まで小五郎を迎えに行けぐらいの言い方で、私は咄嗟に逃げ出した。
「姉さん!」
「お疲れ様~、」
小走りにやって来た小五郎に私は手を振った。
「待たせたかな。」
嬉しそうな顔をしてやって来た小五郎、あれ、着替えたんだ。
「さすがに着替えてきたのね。」
「まぁね。姉さんも着替えたんだね。」
「まぁね。」
私たちは笑った。
「じゃ、行こう!」
私の言葉に小五郎は笑顔でうなずいて歩きだす、私はその後を付いて歩いた。
考えは、まとまっていた。
もう決めた事、覚悟した。
回数を増すごとに私の現世への帰りが遅くなっていることから考えて、現世の私はあまり良い状態ではない。前回の様に帰って見たら数時間意識不明だったぐらいであればまだいい。
次は、いつ帰れるのか、もしかしたら、帰れないかもしれない・・・
そう思ったら、腹が括れた。
「あの路店だよね。」
「そうそう!」
私はあのかんざしを思い出して急にテンションが上がった。
お雪ちゃんに買ってあげるかんざし、喜んでくれるかな。
「あった!!!」
私はかんざしを手にとって思わず叫ぶ。
「うれしそうだね。」
小五郎が私に笑いかけてくる。
「よかった~、これにしようって決めてたから、もしもなかった時の事は考えてなかったよ!」
「えぇ!?」
小五郎は驚いた顔をして、そして笑った。
「姉さんらしいね。」
なんかそれ、恥ずかしいね・・・
「あれ、この前のクシはないね。」
ふと見ると、この前の黄色い鼈甲の櫛がなくなっている。
「この前のって、鼈甲の?」
「そうそう、あれきれいだったからね~。売れちゃったんだね~。」
ちょっと残念。
でも鼈甲のクシなんてきっと私は使いこなせないでしょうし、きっと高いでしょうし。私の髪はちゃんと髪結いができるほど長くもないし。きっときれいな女性が買ったんだろうな。
「欲しかったの?」
小五郎の言葉にふと我に返る。
「そうね。でも、きっと私には使いこなせないわ。ただ、きれいな作りだったなって思ってね。」
私は代金を払い、かんざしを改めて自分の物にして、かなり嬉しかった。
「本当に嬉しそうだね。」
「うれしいよ?だって、お雪ちゃんのために買ったんだから!さぁ、次はおばあさんのだね。」
私は小五郎を見上げて笑う。
「じゃぁ、呉服屋さんに行ってみようか。」
「はい。」
【桂小五郎】
嬉しそうな姉さんを見ているとこっちまで嬉しくなった。
かんざし一つであんなに嬉しそうに笑えるんだ。
お雪ちゃんの事を本当に想って買っているんだ、本当に相手を想うって、こんなにも幸せそうな顔になれるんだと思った。
姉さんは鼈甲のクシ、欲しかったのかな・・・
もらったら、喜ぶのかな・・・
【おリョウ】
何件もの呉服屋さんを回ったけれど、なかなかこれだという物に出会えなくてちょっと困った。
みんな私がイメージするよりもとても派手で、なんていうんだろう、おばあさんの様な一般の人が付ける様な物じゃなかった。それらは女将の様な煌びやかな人用で、おばあさんには似合わない。
「なかなかこれってのがないなぁ・・・」
「もう少し歩いてみよう、」
小五郎が不服そうな私に笑う。
「ごめんね、連れ歩いちゃって。」
「僕がお供するって言ったんだよ?」
「そうだったね、ありがとう。」
私がそう言うと、小五郎の顔はパッと明るくなる、相変わらず素直でかわいい子。
「あれは、雑貨屋さん・・・?」
どれだけ歩いたか、ちょっと遠くまで来たところに小さなお店を見つけた。言うなれば和雑貨屋さんと言ったところ。
雑貨屋って表現がこの時代にあったかどうかは別として、お店の外にまで並ぶ小さな小物たちに私は思わず足を止める。手作りなのは当たり前だけどどれもハンドメイドのぬくもりがある物ばかり。
店主は女性と見た。
「入って見る?」
小五郎の言葉に私は彼を見上げてうなずいて、お店の中に入った。
狭くて小さくて、まだ新しいお店なのかな。店内には可愛らしい手ぬぐいやがまぐちが置いてある。
へぇ、この時代でもこんなお店があるんだ・・・
「いらっしゃいまし。」
奥から出てきたのは若い女性、やっぱりね。私は会釈した。
「どうぞ、ごゆっくり。」
そう言うと女性は店の奥に腰を下ろし何かを作り始めた。
私はちょっと気になって女性の元まで歩み寄る。
「何を作っているのですか?」
女性はのぞき込んで来た私を見上げて、微笑んだ。
「根付の、飾りの部分ですよ。」
根付と言えば帯に欠けるポーチの様な物。女性の手元には様々な色の石や彫り物がある。
「何かお探しですか?」
女性は私に声をかけてきた。
「実は、お世話になっているおばあさんに帯飾りをと思っているのですが、なかなかいいのに出会えなくて。」
「そうでしたか・・・なら、ご自分で作ってみますか?」
女性の微笑みに私と小五郎は顔を見合わせた。
「ここにある物で、ご自分で作ってみてはいかがでしょう?きっとその方にあった素敵なものができますよ。」
「いいんですか!?」
「えぇ、どうぞ。」
「良かったね、姉さん。」
小五郎の言葉に私はめいっぱいの笑顔で返事をした。
女性が出してくれたさまざまな飾りのパーツはどれも全て細かい細工がされている、それらは小さな枡の中に入っていてきれいに並んでいた。木彫りだったり貝だったり、石だったり鉄製だったり・・・その中で、私の目を引いたのは緑の石と赤の石、緑はどちらかというと薄い緑と白、赤はどちらかというと褐色と白って感じで、落ち着いた感じをイメージさせた。私はそれを手のひらに並べてみる。
「翡翠と瑪瑙かな?」
小五郎が上から声をかけてくる。
「そうですね、おばぁ様に素敵だと思います。」
翡翠2つで瑪瑙をはさむ形、臙脂に染められた絹のひもでそれらをきれいに編んで、女性に教えてもらってなんとか帯にかけて垂らすタイプの物ができた。
「すごいすごい!見て!」
私は思いのほかイメージ通りの物が出来て思わず小五郎の前にかかげる。
「うん、すてきだね。」
「お上手です。」
私は女性にお代を払い丁寧にお礼を言って店を出る。
かわいいお店、今度、一人で来てみようかな。良いお店を見つけたと私は心から思った。
雪ちゃんのかんざしにおばあさんの帯飾り、私の気分は相当盛り上がっていた。
「じゃぁ、このまま渡しに行く?」
小五郎の言葉にふと顔を見上げた。
小五郎は優しく笑っている。
「せっかくそんなに嬉しそうなんだから、そのまま今渡しに行こうよ。」
「そうだね!!」
二人は、喜んでくれるかな・・・
陽が徐々に傾き始めている、遅くなるとお店に迷惑かけちゃうからお店が閉まるまでに行こう!
私はきっと足元が浮いていて子供みたいにそわそわしていたんだと思う。その証拠に小五郎の笑顔はいつもよりさらに優しい。私の方が年下になってしまったような感じだ。
あまり人の事を子供子供と言えないなぁ。
【桂小五郎】
姉さんがまた一つ喜ぶたびに僕も幸せな気持ちになった。
こんなに嬉しそうで楽しそうで、心から幸せそうな姉さんを見ているとどうして僕までがこんなに幸せで和やかな気持ちになれるんだろう。
こんな気持ちは一体いつぶりで、いつから続いているんだろう。
長州でのあの日々がすでに遠い昔の事の様に思えた、あの時、姉さんは毎日僕と一緒にいてくれて、毎日笑ってくれて、時にはきつく叱ってくれた。
いろいろな事を教えてくれて、僕の視野が外へ向くきっかけをくれた人。
あの時の姉さんは毎日笑っていた。
そして僕も、毎日笑っていられた。今とは違って、何も考えずに・・・
陽が傾き始めるにしたがい僕の気持ちは少しずつそわそわし始めた。
陽が落ちれば、再び姉さんと別れなければならなくなる。砂川屋さんには申し訳ないが、早くかんざしと帯飾りを渡して姉さんと話がしたい。
一昨日の、あの話を・・・
姉さんは、してくれるのかな・・・
昨日晋作に言われた言葉がずっと響いていた。
『あんたがさあ、おリョウさん信じなかったらいったい誰が信じるんだよ?誰もあんな素性の知れない女なんて信じるわけないじゃん。』
そうだ、僕以外は誰も姉さんの事を知らない。たとえこの先何を言われても、何も言われなくても、僕は姉さんを信じるよ。
姉さんになら騙されたとしても構わないから。
「お雪ちゃん!!」
「おリョウさん!」
姉さんは急に小走りになってお雪ちゃんと抱き合った。つい数日前にも会ったばかりなのにまるで何か月も会っていないかのように、まるで姉妹の再開のごとく喜んでいる。
「おリョウさん!桂様も・・・」
僕は少し後ろに立って、軽く頭を下げた。
「今日はどうしたんですか?またお使いですか?」
「ううん、今日はね良い物を持ってきたのよ。」
「良い物・・・?」
お雪ちゃんが首をかしげている。
「おばあさん、いる?」
姉さんの言葉にお雪ちゃんは奥にいるおばあさんを呼んだ。
「おやおリョウさん、桂様も、いらっしゃいまし。どうぞお掛け下さい。」
そう言っておばあさんは姉さんと僕に腰を掛ける様に促した、姉さんがそこに腰を掛け、僕もその横に座った。
こうやって並んで座ると自分は随分成長したのだと思い知らされる。いつもならんで横に座っていたあの時、僕は姉さんの顔を見上げていたはずだった。今横にいる姉さんは僕よりずっと小さくて、ずっと華奢で、かわいらしい。
おばあさんが僕達にお茶と団子を出してくれた。姉さんはお雪ちゃんやおばあさんと本当に楽しそうに話をしている。姉さんにとってここは実家の様な物だろうと僕は思った。
「あのね、今日は渡したいものがあるの!」
そう言うと姉さんは僕を見上げて笑う、そして僕も姉さんを見て笑った。
「何でしょう・・・お二人して?」
お雪ちゃんがなぜか複雑そうな顔で首をかしげた。
「あのね、江戸川屋さんから初給金をいただいたら、お雪ちゃんとおばあさんに何か買ってあげようってずっと決めていたの。」
「あれまぁ、そんなこといいのに!」
おばあさんが答える。
「二人にはとっても感謝しているの、だから、お礼させて?」
そう言って姉さんはお雪ちゃんの手にそっとかんざしを握らせた。
「わぁ!かわいい!!!」
お雪ちゃんは目を輝かせてとてもうれしそうに渡されたかんざしを見つめた。姉さんはそんなお雪ちゃんを見て微笑むと、おばあさんの元へと歩み、そしておばあさんにも帯飾りを握らせる。
「気に入っていただけると良いのですが・・・」
お雪に対するそれとは違い、少し敬った言葉で姉さんはおばあさんに言葉をかけた。
「これはまた、きれいな飾りだこと。」
おばあさんは目を細めて喜んでいる。
姉さんは僕をちらりと見て微笑んだ。
「お雪ちゃんにもおばあさんにも、本当に感謝しています。身元も知れない投獄さてれもおかしくない様な身なりの私を受け入れて下さり職まで手配してくださいました。これ以上ないくらいにありがたく思ってます。」
「そんな、おリョウさんやめてください。」
お雪ちゃんが慌てて声をかけている、そんなお雪ちゃんを見て姉さんはにっこりと笑い目を細めた。
「かんざし、気に入ってくれた?」
「はい!とっても!とっても嬉しいです!!」
「そう、良かった。おばあさんは?」
「おリョウさんは大変良いご趣味をしています、こんなに良い物を喜ばない者などおりましょうか。」
「うれしい。おばあさんのそれね、私が作ったの!」
「えっ!おリョウさんが!?」
「そう、実はね!」
お雪ちゃんと姉さんの会話はとことん続いた。二人の楽しそうなやり取りを見ているとそれだけで自然と笑みがこぼれてしまう、それはおばあさんも同じようで、僕はおばあさんと目が合い何となく二人で微笑み合った。
「・・・もうこんな時間か、」
遠くで鐘の音がする。
姉さんとお雪ちゃんは未だに笑い合っている、帯飾り探しに時間を使ってしまったせいかふと空を見上げれば色が変わり始めていた。
「さぁさぁ、二人とも。そろそろ時間にしましょう。」
おばあさんがそう言って二人の会話を止め僕の方を見て微笑んだ、その微笑が意味ありげであったけれどその意味がわからずに僕はポカンとしてしまう。
「あら、もうそんな時間なの!?」
「本当!」
姉さんとお雪ちゃんは顔を見合わせて笑った、本当に仲の良い姉妹みたいで、幸せそう。
【おリョウ】
「ごめんね小五郎、待たせちゃって!」
「あっ、長い事お引止めしてしまって・・・」
お雪はたった今小五郎に気が付いたと言わん気な顔をしてうつむいた。相変わらずかわいい子。
「お雪ちゃんおばあさん、また来ますね。」
「おリョウさん、これ、本当にありがとうございます!」
「次来るときは付けて見せてね。」
「はい!お約束します!」
私は二人とハグをしてお店を後にした。小五郎がそんな私の横で二人に頭を下げている。そしてそんな小五郎に二人も深く頭を下げた。
【お婆さん】
桂様の目を見れば、それなりに歳を取り経験を積んでいる女だったら誰でも分かると言うもの。
あの瞳は、ただの同郷の人間を見る目ではない。
もっと大切な、愛しい者を見つめる瞳。おリョウさんがその事に気が付いているのかは別だけれど、お雪はまだわかっていそうにない。
この子にはちょっと早いねぇ・・・
私は桂様の背を見つめるお雪の背を見ておりました。