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夢恋路 ~青年編~4

【桂小五郎】

「ごめんくださーい!」

晋作が大きな声を上げて江戸川屋の玄関で叫んでいる。

「はーい!ただいま!」

その声に若い女中の女の子がやって来た。

「お泊りでございますか?」

「いや、泊りじゃないんだけど。おリョウ姉さんいますか?」

「おリョウさんですか?はい、裏で洗濯をしていると思いますが・・・?」

「あ、そう?んじゃちょっと上がらせてね~!」

「あのっ!?」

「晋作!!?」

晋作はそのまま廊下を走って行ってしまった。

「あのぉ・・・・」

女中の女の子は困惑している。

「すみません、少しおリョウさんとお話をしたいのですが構いませんか?」

「えぇ、でもおリョウさんお仕事中ですよ?」

「お仕事のお邪魔は致しません。」

僕は晋作の脱ぎ捨てた草履を持って、自分の物を懐に入れて廊下を進んだ。



【女中たち】

「今のって、長州の桂様じゃない?」

「えぇ、おリョウさんに用があるって・・・」

「今日はおリョウさんへのお客様が多い日ね。」



【おリョウ】

   バタバタバタバタバタバタ!!!

「ん?騒がしいわねぇ・・・・」

「そうですね・・・」

「あーっ!いた!!」

そう叫んで駈け込んで来たのは晋作君だった。

なーいすバッティング!これはいったい・・・?

「あら、晋作君じゃない。」

「こんにちは!・・・ってあれ、君は・・・?」

晋作君は足元にちょこんと座っている宗次郎君に気が付いた。

「こんにちは。」

宗次郎君はニコニコと笑っている。

   べしっ!!!

「いってぇ!」

「今日は一体何かしらねぇ・・・」

後ろからやってきた小五郎が草履で晋作君の頭を叩いた。

「お前は、草履ぐらい自分で何とかしろ。」

「あぁ、ごめんごめん。」

そう言って晋作君は小五郎から草履を受け取った。

「あれ、宗次郎君。」

小五郎が宗次郎に気が付き声をかける、名前を呼ばれた宗次郎は自分の事を知っている二人に小首を傾げ不思議そうに見上げていた。そうか、宗次郎は眠っていたため小五郎の顔は全く知らないんだっけか。

「これ、宗次郎。」

私は手を休めて宗次郎君の横に立って声をかける。

宗次郎君は更にポカンとした顔で私を見上げた。

「この大きなお兄さんが眠っていたあなたをおぶって家まで連れ帰ってくれたのよ?ちゃんとお礼を言いなさい。」

小五郎と晋作君もポカンとしていた。

はぁ懐かしいこのお説教、昔誰かさんにも散々やったなぁ・・・

宗次郎君はハッとした顔して立ち上がり、深く頭を下げた。

「ご迷惑をおかけしました。」

「いや、気にしないで。」

小五郎は宗次郎君に笑いかけた。

「ねぇ、君は、白河藩の子なの?」

晋作君が首をかしげる。

おっと。この会話はこれ以上禁止。私はすぐに口をはさむ。

「あら、この子は私のお友達よ?それでいいかしら。ね、宗次郎君。」

私は宗次郎君の首に手を回し背後からぐっと自分の方へ引き寄せる、宗次郎君は驚きながらもされるがままに私を見上げた。

うん、かわいい子。

「そうだね、この子は宗次郎君で姉さんの友達。それでいいね。」

小五郎が空気を読んでくれている、大人になっちゃってまぁ。でも、空気読めなければ会いに来るなと言っている以上、小五郎は小五郎で必死なのかもしれないね。

「僕は小五郎、こっちは晋作。よろしくね。」

「はい、よろしくお願いします。」

宗次郎君は私に抱きつかれたまま微笑んだ。

「ところで、宗次郎はおリョウ姉さんと何してたの?」

晋作君は縁側に腰を下ろしながら好奇心の塊のまま次々と質問を浴びせてくる。こいつはちょっとめんどくさい奴だなぁ、思わず笑う。そんな晋作君を見て小五郎も腰を下ろす。

「あら、お話をしていただけよ。ねー。」

「はい。」

宗次郎君は未だ私の腕の中でニコニコしているけれど、こいつのこの純粋無垢さは、実はこの場限りだったりするのだろうか・・・?

「宗次郎君、今日は道場はどうしたの?」

「えっ!?」

小五郎の言葉に宗次郎君が疑問の声を上げた。

「どうして・・・?」

宗次郎君はまっすぐ、ちょっと目を細めて小五郎を見つめている。腕の中の身体に少し力が入ったのがわかった。

「この前、君のお姉さんから聞いたよ、たまにふらっと抜け出しちゃうって。今日は道場はお休み?」

その小五郎の言葉を聞いてまたにこりと微笑む宗次郎君。わずかに感じた地からは今はもう感じなくって、何だろう、さっき一瞬空気が変わった気がした・・・

「今日は他稽古なんです。」

「あっ、そうなんだ・・・って、じゃ、お前ここにいたらまずいんじゃないの!?」

晋作君が驚き余って腰を浮かせて突っ込む。

「はい、たぶん近藤さんは怒ってます。」

「おいおい、帰れよ!?」

「僕も、行った方がいいと思うけど・・・?」

「私も。」

「僕も。」

   ・・・・・・。

宗次郎君があっけらかんとニコニコ言う。

「じゃぁ行けよ!!」

晋作君の言葉に私も小五郎もうなずいた。私はそっと腕の力を抜いて、宗次郎君の身体を手放す。

「はい、そうします。おリョウさんの歌も聞けたので。」

「歌!?」

あぁぁぁぁ、言っちゃった・・・

「じゃ、僕は行きますね。」

失礼しますと頭を下げてトコトコと去って行く宗次郎君、私達三人は呆然と目で追ってしまった。

「・・・なんだ、あいつ。」

ポカンとしたまま晋作君が言う

「ちょっと、変わっている子なのよ・・・」

「ちょっとじゃないよーな・・・」

「・・・一応、ちょっとにしてあげてよ。」

これって、フォローになっているのかしら・・・?

「おリョウさんは妙な奴に好かれるんだね。」

晋作君の言葉に私は思わず吹き出してしまった。

「あらぁ、じゃぁあなた達も妙な奴よ?ねぇ、小五郎?」

私の笑顔に晋作君がやられたと言わんばかりの顔をした。

「とばっちりです、やめてください。」

小五郎が笑った。

「で、あなた達はどうしたの?何か用があったんじゃないの?」

元気のいい晋作君がハッとした顔をする。

「おリョウさんって長州の出なんですよね!?」

「たぶん、」

私は小五郎を見上げて苦笑した。小五郎も苦笑している。

「しかも、記憶がないんでしょ!?」

「えぇ・・・」

「俺たち今日非番なんですよ!一緒に町に行かないかと思って!」

・・・・ん?

「ちょっ、ちょっと待ちなさい!私は仕事中よ!?」

私はあわてて声を上げた。でも晋作君はそんな事はわかっていると言う顔をする。

「そう!だから待ってようと思って!ねっ、小五郎さん!」

「・・・どーいう事かな?小五郎先生・・・」

私は小五郎を見つめた。

「姉さんごめん、晋作がどうしてもって聞かなくて・・・」

困った顔の小五郎、私はふぅと息を吐いた。

「大丈夫よ、聞かん子には相っっっ当慣れてるから。」

私は小五郎に笑いかける。真っ赤になる小五郎、それを見て晋作くんがケラケラ笑った。

「じゃぁ、大人しくしていてちょうだいよ?」

「わかりました!で、おリョウさんって、」

これは・・・仕事が終わる頃には私はぐったりしてないだろうか、小五郎がとてもおとなしく見える。

やんちゃさ丸出しの晋作君、時折小五郎にたしなめられてはしゅんとしぼんで、でもすぐ復活してくる。

私は笑いが止まらなかった。

「で、おリョウさんって、うた歌うの?」

・・・きたな、晋作!

「歌わないわよ。」

即否定しながら洗濯物を干し続ける。

「でも、宗次郎が言ってたよ?」

負けずに食らい付いて来る晋作。

「仕事中に口ずさむ程度よ、それを気に入られちゃったみたいね。」

「えっ!どんな歌!?俺も聞きたい!」

このガキ!

「やめてよ、子供じゃないんだから。」

「 ~なーくなよーやヘイヨーヘイヨー~ 」

まさかの小五郎の歌に私は両手をそのままに絶句して固まった。小五郎は私を見てニッコリ笑う。

「姉さん昔、こんな歌歌ってくれなかった?」

・・・歌った。確かに。確かに歌った。

若干音程はずれているが、これは沖縄の民謡だ。

なんで、覚えてるのよ!?

私の絶句している姿を見て、晋作くんが不思議そうにしている。

「姉さんこのうた歌ってよ。」

じょーだんじゃないぞ小五郎!これは子守歌だ!

幼き長州時代だったらまだしも、なんでこんな大人に子守唄を歌わないといかんのだ!

「何それ!歌なの!?俺も聞きたい!おリョウさん歌ってよ!」

晋作っ!!!

「あんた達!その歌、子守唄よ!?なんで大人のあなた達に歌うの!?」

死んでしまいそうに恥ずかしい!小五郎のバカ!

「僕も久しぶりに聞きたいな。」

「~~~っ、じゃぁ、仕事しながらだからね!聞こえなくても文句言わないでよっ!」

なんで、こんな期待の眼差しを受けなきゃいけないのよっ!

ちょー恥ずかしい!!

私はシーツの影に隠れて一呼吸して、いつもより少しだけ大きい声で、少しだけはっきり歌った。

   天からの恵み 受けてこの地球ほし

 生まれたる我が子 祈り込め育て

   イラヨーヘイ イラヨーホイ

   イラヨー かなしい思産子うみなしぐゎ

   泣くなよーや ヘイヨーヘイヨー

   太陽てぃだの光 受けて

ユーイリヨーヤ ヘイヨーヘイヨー

健やかに 育て ~~~~

「~~~、満足!?」

無反応は、やめてよね。恥ずかしかったんだから・・・

「・・・おリョウさん、すごいきれいな声なんだね・・・」

「やめてよ。私は別に歌い手でもなんでもないんだから。」

「いや、本当にきれいな声・・・」

「小五郎までやめてって!」

もぉ、顔から火が出そうだけど!

「もっと歌ってよ!」

「それじゃ宗次郎君と一緒じゃないよっ!」

「宗次郎君がわざわざ来る理由がわかった気がする。」

お願い、やめて。騒がないで。人に聞かれたら何て言い訳するのよ!

「・・・でも、聞いたことのない歌だ。俺たちが知っている歌とはまるで違う・・・」

ほら、でしょ!?

この時代の歌と言えば和歌か、歌舞伎のようなもの。音楽性の強いメロディーなんてのは存在しない。

「どこの歌?異国?」

異国は異国だけど、それを認めるとちょっとまずいよね・・・

「琉球の、歌、民謡よ・・・」

「琉球!?おリョウさん!琉球に行ったことあるの!?」

「さぁ、どうかしら。」

これならギリギリセーフだと思うんだけど。どうせ沖縄なんて行った事ないでしょうし、それに、この時代の沖縄の文化なんて知らないでしょ?

「さぁ、もう歌はいいでしょ!?早く仕事しないとあなた達一日ここにいるだけになるわよ!?」

「おリョウさんの歌が聞けるならそれでもいい!」

「あら、高いわよ?」

私は笑って逃げた。

「おリョウちゃーん!おリョウちゃーん!」

女将が大きな声で叫んでいる、縁側に座っている二人は後ろ向いて、私はその二人の見る先を見た。

「あら、お客さん・・・?」

小走りに来た女将は小五郎と晋作くんを見て急ブレーキ、

「あっ、お客さんじゃないから大丈夫ですよ。」

「お邪魔してます。」

小五郎が頭を下げ、晋作君も頭を下げた。

「あら、お友だち?」

「お友だち、ですねぇ。」

なんとも表現しにくい関係、私は思わず小五郎に目をやる、小五郎も複雑そうに笑っている。

「あの、女将さん?なにか用向きがあったんじゃないですか?」

「そうそう!そうなの!お使いに行ってもらえないかしら!」

女将はここに来た理由を思い出した様で、急に焦りだした。

「はい、行ってきます。」

「助かるわ。弥七さんで鳥を一羽買ってきてもらえないかしら。」

「わかりました。・・・・えーっと、場所は、」

引き受けたはいいが、私は場所を知らなかった。

私が首をかしげると、すかさず小五郎が声をかけてくる。

「弥七は川沿いの弥七ですか?」

「えぇ、そうです。」

女将は小五郎に向いて答える。

「ならば、僕たちも行こうか晋作。」

「はい!」

「えっ、二人も行くの?」

私は思わず叫ぶ。

「だって姉さん、場所わからないんでしょ?」

「・・・はい、」

「見知らぬ我々にお代を持たせるのは女将も心もとないでしょうし、かといって姉さんは場所がわからない。ならば僕らがお供してお連れします。」

「でも、お侍さんにお使いだなんて・・・申し訳ないわ。」

女将が困った顔をしている。それを見て小五郎は優しく微笑んだ。

「いいえ、僕達今日は非番なのでかまいませんよ。」

むしろ行きたいと言っているようにしか私には感じないんですが・・・特に晋作君の目が。

「そうですか・・・なら、すみませんが、お願いしてもよろしいでしょうか。」

女将は私にお金の包みを渡した。

「あの、女将さん。ちょっと確認したい事があるんですが・・・」

「はい、」

そう言うと小五郎は何やら女将と小声で話をしている。その内容は私にはわからないけど、女将が笑っているんだからきっとお使いの事だろう。

「では姉さん、晋作、行きましょうか。」

「おぉっ!」

晋作君は楽しそうに立ち上がり、二人は廊下を歩いて行く。

「ちょっと、小五郎!晋作君!」

何で私が置いて行かれてんのよ!!

私は女将に会釈し二人の後を追いかけた。

江戸川屋を出てしばらく歩くらしい。すぐ近くと言う二人の言葉がいまいち信じられないのはこの前の宗次郎事件があったせいだろうか・・・?

陽が高いせいか町にはたくさんの人がいる、江戸城下は長州とは違ってだいぶ騒がしく、都会ってやつなんだなぁと思ってしまう。ちょっと歩く速度を間違えたら確実にはぐれるね。

「ごめんねー、付き合わせて。ありがとう。」

とりあえず一言言っておかなければならない。だって、本当にわからないのだから。

「歌のお礼、かな。」

小五郎が笑った。

「そうそう、そもそも一緒に外に行こうって誘っていたわけだし!」

晋作君が笑う。

私は二人の少し後ろをついて歩く、これは暗黙のルール。

「そうね、今度改めてこの街を教えてね。一度ゆっくり歩いて見たかったの。」

私は二人に笑いかけた。

「おリョウさんだったらいいですよ!」

素直に思いを口にできる晋作君は、今の小五郎とはどうやら性格が違う様だ。今の小五郎はずいぶんと大人びていて物静かな印象を受ける。悪童だった時代の面影などはどこにもなく、渡し船をひっくり返しては怒られていたあの時のクソガキの面影は全くない。

ちょっと意外だった。

どちらかというと、晋作君の様になっていると思っていた。

年齢を度外視すれば小五郎は頼れる男だ。

この時代で25と言えばもう立派な大人どころか、社会的には中堅の位置に存在する。20代までで亡くなる人間が多いこの世で25歳と言えばもう所帯を持っていてもおかしくない。もちろん、私の年齢ではすでに子供が数人いるんだろうけど。

私は、旅先はもちろん現世でも伴侶を得るつもりはない。そう決めている。理由は簡単、いつどこで、こんな事が起こり、帰れなくなるかもしれないし、突如帰るかもしれない。

帰れなくなる事を考えると現世で伴侶は無理だし、突然消え去ることを考えるとこの異世界の恋愛なんてまっぴらごめん。恐ろしすぎて手も出せないよ。

「あそこだね、弥七。」

晋作君が指を指したそこには・・・・籠に入った・・・・かわいらしい、鶏が・・・

「・・・・生きてる、けど。」

「そりゃそうだよ、鶏でしょ?」

あぁぁ・・・そうだよね。

この時代に保存方法が確立されているわけもなく、生きたまま保存が一番新鮮だよね・・・

「あの中から、選ぶの・・・?」

「そうだよ?」

晋作君は何を私が困っているのか皆目見当がつかない様子・・・どうしよう、小五郎。

私は小五郎に助けを求めてみる、小五郎はそんな私の視線に気が付いて笑っている。

通じないか・・・?

観念しかけた時、小五郎はとても優しい声で私に言葉をかけてきた。

「姉さん、ここで待ってる?」

「えっ、どーしてだよ?」

晋作君が声を上げた。

「・・・お願い、してもいい?」

「あぁ、もちろん。」

「ん?何?どーしたのおリョウさん??」

私は黙って小五郎にお金を渡した。

「じゃぁ、ちょっとここで待っていて。行くよ晋作。」

「えっ!?」

晋作君には理解できないでしょうに、と、言うかこの時代の人間には理解できないでしょうけど。

魚でさえペットになる世界で生きている現世の私にとって、生き物の命を奪う光景はあまり向かい合う事のない光景。

スーパーで売られているのは無機質化した肉片で、子供たちは画用紙の海に魚の切り身泳がせる時代だ。

ましてや、自分で選んだ生き物を、その目を見てしまった命を、殺すために連れて帰るなんて・・・できない。

慣れないといけないんでしょけど・・・小五郎が長州でのことを思い出してくれて良かった。

やがてすぐに、小五郎と晋作君が帰って来る。

晋作君が持っている袋の中身は・・・動かない?

「落としてもらってきたから、早く帰ろう。」

・・・えっ!?

「生きたまま連れ帰るのは、嫌でしょ?」

「なんだー、そうだったの?」

晋作が笑う。

「女将には落として帰って来ても構わないと言われているから、大丈夫だよ。」

あの時の小声での会話は、それだったか。小五郎は始めからこうなる事がわかっていたんだ、そして、だから自分も行くと言ってくれたんだろう。

私は後ろからじっと小五郎を見つめた。

小五郎は晋作君と楽しげに話をしている。本当に、良い男になったなぁ・・・私は一人で笑った。

女将は私達が帰ると待ってましたとばかりにやって来て、晋作君から鶏を受け取ると横にいた女中にすぐに渡した。

「本当に助かりました、ありがとうございます。」

女将は小五郎と晋作君に頭を下げる。

二人は気に留める様子もなく、ただ笑って返していた。

「ところで、お二人は長州のお侍さんですか?」

「はい、いかにも。自分は桂と申します、この者は高杉。」

「桂様と高杉様は、おリョウちゃんの事ご存じなのですか?」

きた!!!

私が返すよりも先に、なんと、小五郎が口を開いていた。

「えぇ、身の上は砂川屋さんに伺いました。実は自分の同郷の知り合いに突然消えてしまった女の人がいて、非常によく似ているもので、自分はそうなのではないかと思っているのですが・・・」

こいつ、話がうまいけど・・・

私は唖然としてしまった。

「ただ、ご本人はそれを記憶していない様ですので、今あらためて知人として出直しているわけですが。」

小五郎は私ににっこりと微笑んだ。

「まぁ!そうでしたか!良かったわねおリョウちゃん!もしかしたら案外早くに身元がわかるかもしれないわね!」

「えぇ・・・」

「でも、身元がわかってもここにいてちょうだいね、あなたがいなくなってしまうととても困っちゃうから。」

女将はとても喜んでいる、この時代の人々は何て素直なんだろう・・・

「おリョウちゃん今日はもういいわ!」

「えっ!?」

女将の突然の言葉に私は思わず声を上げる。

「せっかく桂様と高杉様がお時間があるとおっしゃっているのだから、出かけてきたらいいわ!何か思い出せるかもしれない!」

「いや、女将!私まだ仕事が・・・」

「それは大丈夫よ!さっきさっちゃんが全部やってくれたから。」

「えぇ!?さっちゃん!?・・・いやいや、それは申し訳ないですって・・・」

私の言葉なんて全く聞かず、女将はまるでただの世話焼きおばちゃんと化している。

「ささっ、早く行ってらっしゃい!桂様、高杉様、おリョウちゃんをよろしくお願いします!」

「ちょ、女将!?」

「では、お預かりいたします。」

小五郎はそう言うと振り返り、私の腕を取って宿の外側へと歩き出した。

「えっ!?ちょ!?えぇぇぇ!?」

私は訳も分からず、表に連れて行かれた・・・



【女将】

「女将さん、今の悲鳴は・・・?」

さっちゃんが私の後ろから声をかけてきた。

「えぇ、おリョウちゃんが連れて行かれた声よ。」

「連れて行かれたって・・・、桂様達にですか?」

私はちょっと機嫌が良かった。

「いいのいいの、男と女の関係なんていろいろなのよ。」

桂様の顔を見ればおリョウちゃんをどう想っているかなんてすぐにわかる、女はやっぱり経験ね。私は若い青年の想いと、付いているだろう嘘を含み取る。

「年上がお好みなのね~。」

ならば私もまだ行けるかしら?って思って旦那の顔がちらついた、相変わらず悪い女だわ私って。

桂様は本当におリョウちゃんの事を知っているのかしら?鶏を落として持って帰って来てももいいかと言うあの言葉は、おリョウちゃんが生きたままを持ち帰る事が出来ない事を知っていると言う何よりの証拠。おリョウちゃんの過去を知っているとしか思えない。おリョウちゃんも桂様と親しそうだけど、おリョウちゃんは性格上それが特別なのかはわからないわね。

「でも、お雪ちゃんにはちょっとかわいそうな話かも・・・」

「えっ、お雪ちゃんがどうかしたんですか?」

私のつぶやきにさっちゃんが再び声をかける。

「何でもないわ、あなた達ももう少し大人になったらわかるわよ~」

私はとっても機嫌が良かった。



【おリョウ】

上機嫌なのは晋作君だった。

私はそんな晋作君と小五郎に連れられて一日城下を歩いた。二人は一人で歩いても道に迷わないようにといろんな道を連れ歩いてくれる。華やかな城下、みんなきれいな着物を着ていて、長州とはまるで違うわね。

「みんなきれいにしているのね、さすが江戸城下。」

「長州とはちょっと違うよね。」

小五郎がそう言って笑いかけてくる。

「そうね、やっぱり少し、違うわね。」

道の真ん中に荷車を置いて小物を売っている露店があった。そこにはたくさんの(かんざし)が並んでいて、私は思わず足を止めてしまう。

「かんざし?」

晋作君が横に立って私に問いかける。

「そう、お雪ちゃんにね、買ってあげようと思って。」

「お雪ちゃんって、砂川屋の?」

小五郎も声をかけてくる。

「そう。江戸川屋を紹介してくれたのもお雪ちゃんだし、お世話になってばっかりだから。」

私はその中から淡いピンクの花が揺れる小さなかんざしを手に取った。つまみ細工の小さい花が揺れる愛らしい物。

「かわいいわね~、私のお雪ちゃんの印象ってこんな感じなの。」

ふと目をやるとその奥に、鼈甲のくしを見つけた。

「すごい、あれって鼈甲?」

黄色に輝くそのクシはかなり細かい細工をされていて現世の世界でも滅多に見ない職人技。立体的に彫られた花や葉、平面的なそれとは違い厚みのある作りの飾り用のクシ。

「鼈甲って、彫るのよね?」

「たぶん、僕もよくわからないけど。でも確かに細かい細工だね。」

「きれいね・・・」

本当にきれいだった。私は多分、見とれてしまっていたんだと思う。

「確かにおリョウさんはこっちより鼈甲の方が似合うね。」

「な~に晋作君、何か言いたい?」

私がわざとらしく問い詰めると、晋作君は両手を挙げて一歩下がった。

「いやっ、ほら、おリョウさんは大人だから、ねっ。」

私と小五郎は顔を見合わせて笑った。

「行こう。」

「えっ、買わないの?」

「うん、初給金で買うって、決めているから。」

叫ぶ晋作君を置いて私は小五郎の袖を引っ張って歩いた。

「その時はまた、お供するよ。」

小五郎が晋作君に聞こえないぐらいの声で話しかけてくる。

それは、僕一人ってことなのかな?相変わらずかわいいわね、私は思わず笑った。

「えぇ、お願いね。」

二人は主要なお店を教えてくれる、そして私達は町を見回って夕刻に江戸川屋の前に戻ってきた。

「今日は楽しかったわ、ありがとう。これでお使いを頼まれても大丈夫そうよ。」

「俺達も楽しかったです、また歌って下さい!」

・・・すっかり忘れていたよ。

「さぁて、次はあるかしらねぇ。」

「絶対に!聞きに来ます!」

「言ったでしょ?高いわよ?」

私は笑って見せた。

「絶対に聞きに来ますから!」

「小五郎も大変ねぇ、この子のお世話は。」

「えぇ、まったく。」

「えっ!?ちょっと小五郎さん!?」

私と小五郎は笑う。

「じゃぁ姉さん、また。行くぞ晋作。」

「じゃぁね!おリョウさん!」

二人は背を向けて歩いて行った。



【桂小五郎】

「どう思った、晋作。」

「記憶喪失は、嘘だよね。」

「あぁ、そうだ・・・」

江戸川屋からの帰り道、僕は晋作と話をしていた。

今日晋作を連れて行く前に晋作には念を押していたことがある。

『何か疑問に思ってもその時にその事を口にするな』と。後で僕に言えと言っていた。晋作はそれをきちんと守り、話の流れがおかしくならないように努めていた。

「あんなきれいな歌も初めて聞いたし、琉球ってのも信じがたい。それにおリョウさんは相当頭の良い人だ。」

晋作はさすがだ、こいつもまた賢さでは定評がある男。

「あぁ、僕も同じ事を思う。姉さんが僕達家族と暮らしていたのは相当昔の話、僕がまだ十程度の時だ。一年ほど同じ時を過ごした後忽然と、まるで存在すらしなかったかのように消えた。そして今、目の前に現れた姉さんはあの時とほとんど変わらない姿のまま・・・」

「どういう事だよ?どっか、異国にでも行ってたのか?」

「わからない、でも、何かに追われていると言っていた。」

「それって、命を狙われているって事!?」

「わからない・・・」

僕はしばし黙って、歩いた。

「何かに追われていると言っている以上、姉さんをあまり、表には出したくない。」

「・・・・・・」

晋作は黙って、僕を見ている。

「お前に紹介したのは、もし、姉さんに何かあった時に、姉さんを守る手伝いをしてもらいたかったからだ。」

「小五郎さん、もしかして、小五郎さんの想い人って・・・」

「あぁ、あの人だ。姉さんは僕の、すべてだった・・・」



【晋作】

小五郎さんのこんな顔、見た事がないや。

いつも真面目でどちらかというと物静かで、でも剣を持つと向かい合った者が動けなくなるほどの覇気を持っていて。

常に本を読み、文学に対する鍛錬を忘れず、声を荒げる事も少ない。

今の小五郎さんの顔は、切なそうだった。

愛しい人と再会できてうれしいはずなのに、どこか寂しそうで、なんだろう、ちょっと違った。手に入らないと初めから諦めている様な、小五郎さんらしくない表情だ。

「とても、四十超えている様には見えないよ・・・」

「あぁ、」

率直な感想だ、おリョウさんは四十なんてとてもじゃないが見えない。あの人が四十なら世の遊女は化け物か妖怪だ。

まるでおリョウさんだけ、時が止まってるみたいだ。今の世には少ない、目鼻立ちのはっきりとした細身の人。

それよりも何よりも、小五郎さんがずっと想い続けてきた人。

そんな人、俺が無下にするわけないじゃん。

「おリョウさんの事は小五郎さんが守るんだ、」

俺は目を丸くしている小五郎さんに笑う。

「小五郎さんを持ってもどーしてもダメだっていうなら、俺が引き受けてあげるから安心して成仏してくれ!」

「お前などに渡して成仏できるか。」

小五郎さんはいつも通りそっけなく即答で帰してくる。それでこそ俺の兄貴だ!

「・・・わるいな、晋作。」

こちらを見ずに歩いている小五郎さん、なんだかちょっと照れているみたいで、なんだかちょっといじりたくなる。

「でも小五郎さんが、あーんなに年上好みだったって思わなかったな~。」

「えぇっ!?」

よし、釣れた。

「意外と母親贔屓だったりして!?」

「晋作!」

俺はこうやって、小五郎さんに悪戯するのが大好きだ。そんな小五郎さんの頼み、聞かないわけがないだろ?

応援してあげちゃうよ~



【おリョウ】

かわいい二人を見送って裏口の使用人通路から自分の部屋へと入った。何か荷物がある訳ではないけれど小さなたんすには数枚の着物と仕事用の着物がたたんで入っている。

バッグは一応隠してある、入っている物と言えば・・・財布、携帯、化粧道具、常備薬と家の鍵、手帳とペンなんてまぁその程度。自分の手持ちの悪さに驚くばかり。

今回の嬉しい事は常備薬があると言う事。

でも、できる限り使わない予定。この時代にはない物だから、もし見られでもしようものなら言い訳をするのが大変だから。

「あのかんざし、かわいかったな~。」

私はお雪の事を思いだしていた。喜んで、くれるかな・・・

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