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夢恋路 ~青年編~1

現世

白石流華シライシリュウカ


安政5年8月

おリョウ・お市・計・幾松(32)

桂小五郎(25)

高杉晋作(19)

沖田宗次郎・沖田総司(1844生まれ 14)

お雪(17)

おサチ・さっちゃん(17)

江戸川屋女将さん

お雪の祖母

近藤さん(24)

土方さん(23)

藤堂平助(14)

伊藤君


夢恋路  ~青年期~


【おリョウ】

「まぁたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

見たこともないどこかの町外れと思われる場所で思わず一人叫んでしまった。

比較的人通りの多い舗装されてない土の道、街路樹になるのだろうかそんな木の下で私は座っていて、通行人たちは皆私を物珍しそうに見てはひそひそと何かを話している。

もうこの事態に慣れてしまっているせいか今更気にはならないけれど、これで一体何度目の騒ぎだろう。

木陰に座ってきょろきょろ見渡す私と皆が目を合わせまいとする、みんな着物姿、じゃ、私とは目を合わせないよね。

スキニージーンズにアジアンチックなウエッジソール、トップスは胸元が大きめに空いたロングTシャツ、手元には幸いにもバッグがある。

「と、言う事は外出中か・・・」

はぁ・・・

ため息をついてみるものの自分の力ではどうなる事でもない事をすでに何度も経験済みで、こうなると諦めも早いわけで。

「まず、ここは・・・?相変わらず、過去ってわけかな・・・」

言葉が通じればいいけれど。そう思わざるを得ない。アジア圏内であれば見た目ではわからないし。

時代と場所によっては方言がきつすぎて会話が成立しない場合もある。以前1年ほどいた場所は方言がきつくて大変な目を見たなぁ。

「いったいどうしたのかしら?」

「異国の方かしらねぇ・・・」

日本語!?

しかも標準語だ!

「よし!!」

ならば何とかなる。

いつも通り記憶喪失決め込んで、歴史の表には出てこないようなところでひっそりと暮らそう・・・。どこかの旅館かお店で下働きでもさせてもらおう。

「今回もまた、良い人に当たれば良いんだけど・・・」

とりあえず立ち上がり周囲をうかがってみると・・・少し先に若い娘とおばあさんだろうか、がやっている茶店がある。人のよさそうな優しそうな娘さん、私よりずっと年下でしょうね。

私はその店に向かって歩いた。歩いている最中も容赦ない視線、何度も思うがもう慣れた。

茶屋の娘が私に気が付いた、まぁ気が付くよね。こちらをじっと見ている。

私は砂利道をその茶屋に向かって歩いた。



【お雪】

お客さんたちが何だかざわついている・・・?

会話を耳にしてその視線の先へと目を向けてみればそこには見たこともない着物の人・・・

「・・・女の人?」

なんか、とても細い人だけど、女の人なのよね・・・?

なんか、まっすぐに私にに向かって歩いてくるようだけど・・・

どうしよう、怖い・・・

でも、フワフワした黒い髪にきれいな顔、目が離せないのはなんでだろう。

「ご、ごちそうさま!」

お客さんのがお金を置いて走る様に行ってしまう・・・

どうしよう・・・動けないよ・・・




【おリョウ】

「おや。」

客は私を見て逃げていくのに、この子は怖くて動けないのかそれとも見かけによらず気が強いかな?

私のこの姿を見ても逃げない様子に自然と笑みが漏れる

「お願いだから、いきなり斬るのはなしね・・・」

そう呟いて、私は女の子ににっこり笑って見せた。



【お雪】

「笑ってる・・・?」

あの人、私に笑ってる・・・?

悪い人じゃなさそうだけど・・・?



【おリョウ】

「あの、すみません。」

「はっ、はい!!」

声が届きそうな場所まで近づいてからそっと声をかけてみる。娘は背筋を伸ばして狼狽える、やっぱり怖くて動けなかっただけか。

そう思うとかわいらしいわね。

「あのぉ、ここって、どこですか?」

私の突拍子もない言葉に女の子は急にきょとんとした。

「えっ、江戸城城下ですが・・・?」

江戸城城下?ってことは皇居あたりかな・・・?

「すみません、今は何年の何月何日ですか?」

「安政5年、8月2日です・・・」

この人は何を言っているんだろうと言った感じ、そりゃそうよね。

「安政・・・江戸後期だったかなぁ・・・やばいなぁ、わからない・・・」

「えっ?」

娘さんの言葉にふと事態を思い出した。

「あの、私、記憶がないみたいで、気が付いたらここにいて、助けてはもらえませんか・・・?」

いつものパターンでとりあえず縋って見る。

お願い!良い人でありますように!!!

「・・・あの、それは、お困りですよね・・・とりあえずそんな身なりですと目立ちますから中へ。」

ラッキー!!!

私は恭しく頭を下げて茶屋の中へと入れてもらった。

「おばぁちゃん、お客さんが・・・」

ちょっと困惑気味に娘は祖母に助けを求めている。

「はいはい、どちらさまで・・・・?」

土間の奥からやって来て私を見た老婆が話途中で口を止めた、そりゃそうよねと思わず苦笑する。

「お雪、この異国の方は!?」

「はい、お記憶がないそうで・・・困ってらっしゃるそうです。」

おばあさんの寿命を知事目る事にならなきゃいいんだけど・・・

私は困っている祖母にできるだけ困惑した表情で事情を説明してみる。

「申し訳ありません、気が付いたらこんな事になっていたので私にもよくわからなくて・・・たまたまこちらの、えーっと、お雪さんでよろしいですかね、にお声かけをさせていただいたんです。」

「そう、だったんですか・・・」

それでもだいぶ困惑気味の祖母に私は必死で続ける。

「ご迷惑はおかけいたしません、どこか下働きをさせていただける所をご紹介いただけませんか?行先が決まりましたらすぐに退去しますし・・・あの、お願いできませんか?」

下手に下手に私はお願いしてみる。

ここでしくじってしまってこの格好のまま外に放り出されてしまったら本当に困ってしまう、恩は返せないかもしれないけどお願いだから助けて!

「おばぁちゃん、江戸川屋の女将さんがお女中さんが辞めちゃって困っているって言ってなかった?あそこはお忙しいし下働きのお女中さんは欲しいんじゃないかしら・・・」

おっ、でかしましたお雪さん!

「そうだねぇ、江戸川屋の女将さんにはお世話になっているし、何よりとても良い方だから事情も分かって下さるかもしれないねぇ・・・」

お雪と老婆が私を見ている、私は苦笑して、でもニコニコして見せた。

「あの、お姉さん、ご自身のお名前は・・・覚えていますか?」

「名前?」

「はい、お姉さんのお名前です。」

どーしよっかなぁ・・・

「・・・リョウって、呼ばれていたと・・・思うんです、」

咄嗟に出て来たそれらしい名前、これは私が過去の日本に行った時に使う名前の1つ。

私の本名は「リュウカ」、その名の通り流れる華と言うこの名前のせいで時代を転々としているわけで・・・この時代では珍しい名前だと思うので、まぁ、源氏名です。

「おリョウさんですね、良かった、ご自分のお名前は覚えていらして。」

雪と言う娘は本当に純粋無垢な娘なのだろうと思う。

この子は疑う事を知らないのね・・・

「時代かしら・・・」

ちょっとした罪の意識を感じつつ小さくつぶやいて私は演じ切る。

「あの、お願いできないですかね・・・」

そんな私におばあさんが口を開く。

「お雪、こんな南蛮のなりでは目立ってしまう。着物を貸してあげなさい。」

「そうですよね、御上にでも見つかったら大変・・・おリョウさん、どうぞこちらへ。」

ありがとうございます!!

お雪はそう言って私を部屋の奥へ入る様に言ってくれた、有難く私は雪の後に続く。

一段談を上がって部屋へ、中は障子で仕切られた畳敷きの小さな生活空間だった。

作りとしては決して裕福ではない、どちらかというとかなり質素な生活だろう、きっと町中の長屋より小さい。

しかし何て親切な人たちに出会えたのだろう!非常に運が良かったよ・・・着物なんてこの時代、何着も持っているわけじゃないのにわざわざ貸してくれるだなんて。本当にご迷惑をおかけして申し訳ない・・・

店の外から若い男が呼ぶ声がする、祖母ははいはいと言いながら表に向かって行った。

奥の部屋に上げてもらってお雪は箪笥(たんす)から着物を出して、そしてその手にしている着物と私を交互に見つめて一言。

「でも、おリョウさん・・・見た事のないお姿ですね。一体どこにいらしたのでしょう・・・?」

「さぁ・・・」

私は苦笑しかできない、大体いつも来たばかりの時はこんな風になってしまう。

いろんな物事を探り探りで理解しないといけないのできちんと理解するまではあまり話す事すらできない、何が引っかかってしまうかはわからないからね。

「ごめんなさいね、雪さん、上がり込んじゃって・・・おまけにお宿のお話しまでいただいちゃって。」

「いいんですよ、困ったときはお互い様ですから。江戸川屋さんの女将さんは本当に優しくて良い方なのできっとわかって下さると思います。場所も近いですし、私も一緒に行きますからきっと大丈夫ですよ。」

雪は可愛らしく笑う。本当にいい子だ・・・

「おリョウさん、着物の着方はわかりますか?」

「・・・何となく、」

正直自信がないと思った。以前は田舎町だったからこんなにきちんとした訪問着を身に付けずに来たけれど、ここは江戸城下町の様でそうはいかない様子。

「ならばご一緒してもよろしいですか?」

「お願いします。」

私は頭を下げた。

雪は淡い黄色の春めいた訪問着を畳に広げる。

「お気に召せばいいのだけれど、」

それは雪の年齢を考えると少々大人っぽい着物だった、クリーム色の生地に淡い紅の牡丹の花。これは比較的豪華な物だ。

「素敵ね。でも、雪さんにはちょっと大人っぽい物ね。」

そう微笑んで言った私に一言

「えぇ、母の形見なんです。」

微笑むお雪・・・母の、かたみですって!?

「いやいやいや!そんな物お借りでいないですよ!?」

私は思わず声を上げた。そんな私を見て雪は優しく笑っている。

「いいんですよ、着物はたまに袖を通さなければ痛んでしまいます。その代り、落ち着いたらぜひ返しにいらしてくださいね。」

「それはもちろん・・・」

こういうのってご厚意に甘えてもいいのかしら・・・そう思っていたらお雪がちょっともじもじし始めた。

「私、兄姉がいないもので、ずっとお姉さんがほしいって思っていたんです。だからおリョウさんがこうしていらしてくれたのも何かのご縁じゃないかって・・・」

お雪は頬を赤らめてちょっと照れくさそうに着物の準備をしていた。

かわいいなぁ・・・でも。

「お雪ちゃん、歳はいくつ?」

「はい、十七です。」

やっぱり、この時代の子達はみんな若い・・・

「若いのね。私、32歳だけど、そんなに年上でお姉ちゃんになれるかしら?」

「三十二歳!?信じられない・・・」

お雪は声をあげて手を止める。

「こんなにお綺麗でお若いのに・・・お肌だって、とてもきれいなのに。」

そりゃー、現代の力と言いますか・・・

「お綺麗です、おリョウさん。」

お雪は憧れの眼差しで見てくる、そんな目で見られると困っちゃうなぁ。そもそも雪ちゃんの方が肌きれいだし。

「いやいや、歳は歳よ。」

もう笑うしかない。

お雪は一層キラキラした瞳で私に食らい付いてくる。

「そんなことありません、江戸川屋の皆さんがお歳を聞いたら驚かれると思います!」

えっと、とりあえずこの会話を終わらせて先に薦めようかな。あんまり根掘り葉掘り聞かれちゃうと答えられなくなちゃうし・・・

「あら、お雪ちゃんなんて今でこれだけかわいいのだからあと数年したら美しくって大変ね。」

「そんな、私なんて」

お雪が照れて顔を伏せる、これで終わったかな?

「さっ、さぁ、おリョウさんお着物を脱いで下さいまし、着付けますから。」

お着物・・・洋服ではなくお着物と言われてしまうとなんだか改まった感じがしてしまう。

見知らぬ人の前で服を脱ぐってのもちろん抵抗あるけれど、さすがにそんな事言ってらんないのは理解済みで。

堂々と脱がせていただきます。

「・・・変わった下着、これは南蛮のものなのかしら?」

「・・・さぁ」

記憶喪失なので苦笑いするしかない。

下着と言ったってごく普通の黒い上下の下着、両方ともレース素材だから何かの拍子に見えたとしても問題ないような可愛らしさもなければセクシーさもない物。この時代にはないのだから雪ちゃんが驚くのも不思議ではない。

「この上から着付けて良いのかしら、」

「たぶん、大丈夫だと思うので、そのままで。」

さすがに裸で他人の着物をきるのは躊躇いがる。

「ではそうしましょう。」

雪ちゃんが物わかりのいい素直な子で本当に良かったと思う。着物にも一応インナー的な物はあってまずはそれを着てから着物に袖を通す訳で。

「ありがとうね、雪ちゃん、身元も知れないのに」

「いいえ、困ったときはお互い様です。こちらの着物もとってもお似合いですよ。」

雪ちゃんは着付けを教えてくれた上に髪まで結ってくれた。パーマのかかったセミロングは結うのに苦労しそうだったけれど雪ちゃんは器用に束ねてくれる。せめてもの救いは黒髪だと言う事。

これで染めてたら言い訳無用よね・・・

「私は一生染められないわ~・・・」

「えっ?どうかしましたか?」

来たばかりはどうしてもつぶやきが多くなりがちで、それをお雪ちゃんに逐一拾われてしまう。

「ううん、なんでもないわ。」

相変わらず苦笑。

「気付けてもらって髪まで結ってもらって、これじゃ、どっちがお姉ちゃんかわからないわね。」

「そんなことはないです。おリョウさんはすごくお綺麗。」

「ありがとう。」

雪は本当に本当にいい子だよ・・・

「ではおリョウさん、おリョウさんのお着物はこれに包んで行きましょう。」

雪ちゃんが渡してくれた風呂敷は淡いピンク色でかわいくて、雪ちゃんのイメージにぴったりだった。私はその風呂敷にジーパンやらなんやらを包み手に持つ。さすがにバッグは入らないので、少々目立つけれど手持ちで行くしかないかな。下駄まで貸してくれたお雪ちゃん、この時代一般人は草履でしょうに・・・私は悪いと思いつつも大人しく借りた。

おばあさんは空のお盆を持ってちょうど中に入ってくる、私は深く頭を下げた。

「おばあちゃん、行ってきますね。」

私の姿を見たおばあさんが目を細め嬉しそうに笑う。

「まぁおリョウさんお似合いです、もし江戸川屋さんが無理そうでしたらお戻りくださって良いですからね、その時はまた考えたらよろしい事ですから。」

ニコニコと笑ってくれるおばあさん、こちらも本当に本当にいい人だ。

「ありがとうございました。お着物は必ずお返しいたします。」

「お雪、江戸川屋さんにこれを持ってお行き。」

おばあさんはお雪ちゃんに大福を包んで持たせた。

「はい。では行って参ります。」

「お世話になりました。」

私は再度深く頭を下げ雪について外へと出た。

明るい外、この時代の室内って薄暗いから少しまぶしく思える。ふと空を見上げて見ていたら

「あっ、桂様!」

雪の思いがけない声に私はふと顔をその方向に向ける、そこには座って団子を食べている若い侍が三人いた。

・・・ん?桂・・・・?

雪の言葉にふと何かを思い出しかけた気出したけれど気のせいだろうか。何か遠い記憶の様で、そうでもない様な・・・?

「こんにちは、お使いかな?」

桂様と呼ばれる背の高い青年は優しそうな笑顔で雪ちゃんの言葉に答えている。

「はっ、はい。ちょっと江戸川屋さんまで。」

「気を付けてね。」

「はいっ!」

雪はこの桂様と言う男が好きと見える、私は思わず微笑んだ。何て可愛らしいんだろう。

懐かしい時代だわ。

自分に欠けている物を見せられた気がして笑いそうになる。そんな時、自分に向けてられた視線に気が付いた。桂様と言うこの青年、なぜ私をそんなにじっと見ているだろう・・・?

バッグのせいかな。

この時代に知り合いがいるわけでもないし、人違いか物珍しさか何かで見ているのだろう。

私は桂様と呼ばれる男に軽く会釈し、雪と共に店を後にした。



【桂小五郎】

雪の連れているあの人、どこかで見た事のある女の人だけど・・・?

僕は何かを思い出しそうになっていた。

「今日もお雪ちゃんはかわいいね~。」

「鉄太はお雪ちゃんが好きだね。」

「だって小五郎さん、かわいいじゃないっすか~。」

確かにお雪はかわいいが、それよりも横にいた女が気になって仕方がなかった。僕は立ち上がり店の中に入る。

「おばあさん、ちょっと。」

「はいはい、なんでしょう?」

前掛けで手を拭きながらおばあさんはやって来る。

「お雪ちゃんと一緒にいた女の人は、知り合いですか?」

「えぇ、知り合いと言えば知り合いですねぇ。桂様はあの方をご存知ですか?」

「・・・いや、どこかで見た事があるような気はするんですが・・・思い出せなくて。」

そんな僕の言葉におばあさんは驚いた顔をする。

「本当ですか!?」

「・・・えっ、えぇ・・・?あの女の人、名前は?」

「リョウと名乗っておりましたが、何せ記憶がない様子で・・・」

記憶がない?

「見慣れぬ着物を着ていて、記憶がないと言って助けを求められてきましたので、江戸川屋さんへのご奉公をご提案したんです。何か訳ありのご様子で・・・」

見慣れぬ着物・・・?

訳あり・・・?

「江戸川屋さんって、長州藩邸の近くの?」

「えぇ、そうです。女将さんからちょうどお女中さんを探しているとうかがってましたから、事情を説明してお取次ぎをお願いしようと思って行かせたんですよ。」

・・・記憶がない・・・

なぜだろう、その言葉を前にも聞いた気がする。見慣れぬ着物って言うのも気になる・・・

「桂様、おリョウさんをご存知ですか!?」

「・・・いや、きっと人違いだ・・・」

僕が記憶しているその人があのおリョウと名乗っている女だとしたら歳が合わない。

十五年も前の人だ、あの姿のはずがない・・・・



【おリョウ】

お雪と城下を歩きなら周囲をきょろきょろしてしまう私、とりあえずこの時代と空気を早めに理解して大人しくしておこう。当然歩いている人たちは着物で、祖母が大好きだった時代劇を思い起こしてしまう。しかしこれは現実で、でも私の元の世界も現実。いつどんなタイミングで戻れるかは現世の私次第、どうせまた意識飛ばして倒れているか寝ているのだろう。不甲斐ない。

まぁ、今回はバッグがあるだけまだましかな・・・

でも元々あまり物を持ち歩かないから、バッグの中には必要最小限の物しかないのよね。何持っているのかも覚えていないし、あとでしっかり把握しておかなければ。

そもそも江戸川屋さんって所が受け入れてくれればいいんだけど・・・

「おリョウさん、何か思い出せそうですか?」

「・・・いいえ、」

お雪の思いやりに笑顔で答えてみる。

思い出せるものなんて何一つある訳がない、初めて来たのだから。ただ、毎度毎度過去に飛ばされるので若干日本史には強くなったとは思うけれど現世に帰るとほとんど忘れてしまうので意味もない気がする。

「とりあえず、大人しくしておこう・・・」

   はぁ・・・

ため息をつかずにはいられないわよ。



【お雪】

おリョウさんがまたため息をついている、これで何度目かしら・・・?

きっと何も思い出せなくて不安なんでしょう・・・

かわいそうなお姉さん、こんなに美しいなりでどこかの遊郭の花魁さんなのかしら、それともどこか大きなお屋敷の娘さん?お子さんやお相手の方はいらしゃらないのかしら・・・

それにしても・・・きれいな人・・・

「ん?どうかした、お雪ちゃん?ずっと見てるけれど。」

お姉さんの笑顔ではたと気が付いた、ずっと見ていたなんて恥ずかしい。私はきっと赤い顔をしているのだろうと思って思わずうつむいてしまった。

何か、話さなきゃ・・・

「あっ、あのっ、おリョウさんは、お名前以外なにか覚えていることはないのですか?」

苦し紛れに問いかけてみて、おリョウさんはそんな私に微笑んでいる。



【おリョウ】

「う~ん・・・」

何か覚えていることねぇ・・・何か言った方が良いのかなぁ。

「無理に思い出さなくても大丈夫ですよね。きっとすぐに思い出せますから。」

お雪が優しく笑っている、この子は本当にいい子だわ。

本当に私のことを心配してくれている。

「ありがとう。しかし、この辺は大きな屋敷が多いのね。」

ふと気が付けば周囲にお侍と呼ばれる帯剣者が多い気がした。商店街のごとく並ぶ商店の間に立派な外壁や門が見られるようになった。建物も一つ一つが大きくなり外壁からちょろっと見える屋根や植木もだいぶ立派。雪も同じように周囲を見渡し私に答えてくれる。

「はい、城下はいろんな藩のお屋敷がありますから。お侍さん達がたくさん出入りしてます。」

なるほど、江戸城下と言ってたよね。だから急に多くなったわけか。

「江戸川屋さんの近くには長州藩の藩邸があります。」

「長州・・・」

私は思わずつぶやいてしまう。

「長州に何かお記憶が?」

すぐに反応するお雪に私は咄嗟に否定をした。

「あっ、いや・・・、」

長州かぁ、懐かしいなぁ。そーいえば、とんでもないクソガキがいたっけなぁ。

私は妙に懐かしくてクスクス笑う。

良い人達だったなぁ・・・

私が記憶として残している唯一の過去への旅行、とてもいい家族に巡り合えて過去最高に長くいた場所で・・・あの時はさすがに帰って来た時に泣いた覚えがある。帰りたくないと思った、人生で初めての場所。

もしかしたらもうみんな大人になって、その子供たちの時代になっているのかな。どこかで会えちゃったりして・・・そんなことを思ってしまう自分がふと馬鹿らしく思えた。

期待や希望は持つべきじゃないわね・・・

「あっ、あそこに見えてきたのが江戸川屋さんです。」

お雪が指した場所には木造二階建ての大きな建物がある。戸の前の大きな暖簾に江戸川屋と書いてあった。

「ここはお侍さん方の出入りが多いので忙しいかもしれないですけど、女将さんは優しい方ですし下宿もできますからよいお話になればいいのですが・・・」

「あら、お雪ちゃんじゃない。」

そう私に話してくれるお雪と私の背後から女性が声をかけてくる。私たちは立ち止まって振り向いた。

そこに立っている女性はとても高価そうな着物を着ていてお化粧もして、にこやかだった。

「ご無沙汰してます女将さん、」

雪が微笑んで答えた。

「あの、女将さんお出かけですか?」

どう考えても帰って来ているだろと突っ込みたくなったが、ここは我慢だ・・・

「今帰ってきたところよ、お連れさんはお友だち?」

ちょっと歳の離れた私に女将さんは不思議そうな顔をしている、私は深く頭を下げる、すると女将はにこやかに会釈した。

「これからお出掛け?」

「いえ、あのっ、女将さんにご相談がありまして、」

その言葉に女将さんは小首を傾げた。

「あら、私に?何かしら。こんな所では何だからさぁ中に入って。」

さぁさぁと女将さんは私達を中に連れて行く。背を押される形で私達は暖簾をくぐって玄関から中に押し込まれた。

「さっちゃーん!砂川屋さんの雪ちゃんとお連れさんをお部屋に通して差し上げてー!ちょっと待っていてね、仕度したらすぐに行くから。」

女将さんはそう言うと私たちに笑顔を向けて急ぎ足で中に入った。

女将さんの呼び声にやって来たのはこちらも若い女の子、歳は雪と同じくらいかな。女中さんの着物を着て前掛けをしている。

「あっ、雪ちゃんいらっしゃい、こちらへどうぞ。」

「こんにちわおサチさん。おリョウさん、こちらはおサチさんです。」

「初めまして。」

雪は私にさっちゃんと呼ばれるおサチを紹介してくれた。

「はじめまして。」

おサチはにこやかに頭を下げた。

私達はおサチに中へ通される。中央には大きくて立派な庭園がありとても手入れが行き届いていた。この旅館、相当広い。廊下も梁もきれいに磨かれていてとてもいい旅館であることがわかる。

「こちらで待っていてね、女将すぐに来ると思いますから。」

サチはそう言って丁寧に障子戸を閉め出て行った。

「ずいぶんきれいな旅館だね・・・」

畳もだいぶきれいだけど。

「えぇ、江戸川屋さんはこの辺りでは有名なんです。」

お雪は微笑む。

その時、障子戸が静かに開いて着物を変えた女将が入って来た。

「お待たせお雪ちゃん、お連れさんもお待たせしちゃってごめんなさいね。今日はどうしたのかしら?」

なんて綺麗な女将さんだこと、きちんとお化粧もしていて香も付けている。まさにこの時代の大人のいい女と言ったところかな。

雪の女将への眼差しは憧れと言ったところ、祖母と二人暮らしのお雪、きっとこんな女性になりたいと思っているのでしょうね。

確かに、すてきだわ・・・

「あのっ、女将さんにご相談がありまして、お力添えをいただけないかと思いまして・・・」

お雪の言葉に女将がお茶を出しながら優しげに答える。

「あら、どんなことかしら?私でよければ力になるわ、言ってみて。」

お雪は私を見て、私はお雪を見つめた。

「女将さん、こちらはおリョウさんと言います。」

私は両手を付いて頭を下げた。

「初めまして、リョウと申します。」

「まぁまぁ、お顔を上げて。」

女将さんの言葉に私は手を付いたまま顔を上げた。

「実は女将さんに、おリョウさんの身請けをお願いできないかと思いまして・・・お願いに伺ったんです。」

「おリョウさんの、身請け・・・?」

女将さんは私とお雪を交互に見ている。

「はい、実はこちらのおリョウさん、記憶をなくしてしまっているようで行き場がなくて困っているとのことで・・・女将さんの所でお女中さんが辞めてしまって困っていると言う言葉を思い出しまして・・・もしご縁がありましたらと。」

女将は私をじっと見つめている、私はできるだけ困惑した表情を作って上目で女将を見た。

「うちで働くのは願ってもない事だけれど・・・」

私は再び頭を下げる。

「どんな雑用でも構いません、お客様にご無礼があっては大変なので表へは出していただかなくて結構です。こんな素性も知れない人間に不安を覚えるのはごもっともでございます。記憶が戻りましたら速やかに退去します、ご迷惑はおかけしません。どうか、お願いできませんでしょうか。」

私の言葉にお雪が続ける。

「本当はうちで働いてもらえればいいんですが・・・そこまでの余裕はなくて、女将さん、私からもお願いします。」

「ちょ、雪ちゃんも顔を上げて!?」

お雪は私の横で頭を下げていた。

こんな事をこんないい子にさせていいのだろうかという罪の意識がわいてくる、お雪ちゃんごめんなさい・・・

この時代にいる間だけだけど、このご恩は絶対に返すから!

「お雪ちゃん、おリョウさん顔を上げて。」

女将さんは私たち二人の肩に手を置いた。

「おリョウさん、あなたがそれでよいのであればぜひうちで働いてみませんか?」

私とお雪は顔を見合わせる。

「うちもちょうどお女中の女の子が里帰りしてしまって人手がほしかったの、ここは人の通りも多いし、あなたの事を知っている人にも出会えるかもしれない。ちょうどいいかもしれないわね。」

「本当ですか!」

私が声を上げるよりも先にお雪が声を上げた。

「困っているときはお互い様、ちょうどうちも困っていたし、おリョウさんも困っていた。それだけよ。お雪ちゃん紹介してくれてありがとう。」

「ありがとうございます。」

私は再び頭を下げた。

「もう、おリョウさん顔を上げて。狭いけど住込み用のお部屋があるからそこを自由に使っていいわ。非番の時はお外に出てもかまわないし。」

「良かったですね!お姉さん!」

「ありがとうお雪ちゃん!」

私達二人は思わず抱き合った。って言っても多分私とお雪の喜びの思惑は少しばかり違くって、お雪の純粋無垢さを利用してないかとさえ感じてしまう。

騙している事に、なるわよね・・・きっと。

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