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第四章「木枯らしの季節に 7」

 朦朧(もうろう)とした意識のなか、誰かが体を激しく揺すってきた。ぼんやりとした鼓膜に届く、聞き覚えのある声。早苗はゆっくりと重い瞼を開いてゆく。すると目の前には、見慣れたボーズ頭が心配げな表情を浮かべていた。


「清水……あんたが、どうして?」


「偶然、お前が知らねえ男とこの店に入ってくのを見かけてよ。そんでなんつうか、ちょっと心配になったっていうか……」


 清水は曖昧に言葉をにごすと、早苗からすっと視線を外した。すると彼女は誰もいなくなった個室を、ぼんやりとした視線で見渡してゆく。


「……あいつらは?」


「警察呼んだぞっ! って叫んでやったら、蜘蛛の子散らすように逃げていったぜ」


「私……私、あいつらに――」


「大丈夫、心配すんな。お前はなにもされてねえよ」


「本当?」


「ああ、俺が保証する」


 清水の優しい言葉に安堵した早苗は、ゆっくりと瞼を閉じた。気を失う直前、彼女はなぜか如月の声が聞こえたような気がした。そんなこと絶対にあるはずもないのに……。眠剤のきいた頭でそんなことを思っていると、不意にまた早苗の意識は途切れた。



                      ☆



 目が覚めると、見覚えのある天井が早苗の目に飛び込んできた。隣では後輩の清水有紀が、まるで子猫のように縮こまり寝息を立てている。早苗は可愛い後輩を起こさぬように、ゆっくりとベットから体を起こした。

 

 少し眠ったせいか、頭のほうは意外とすっきりしていた。石神に飲まされた眠剤の影響は、もう殆ど残っていないようだ。。早苗はそう思いつつ静かにベットから抜け出した。

 そしてジーンズのポケットからスマートフォンを取り出した。画面に目を向けると時刻は午前2時を示している。彼女は静かにベット脇に腰を下ろすと先程の出来事を瞼を閉じて思い起こした。

 

 いきなり豹変した石神の顔と、周りの男たちの卑下た笑い声。そして怯えた表情の女子大生たち。昨夜の恐ろしい光景が、早苗の脳裏にフラッシュバックしてゆく。あの時、もし清水が助けてくれなかったら今頃、私は……。

 

 そう考えると途端に体がガタガタと震えだしてきた。早苗は咄嗟に両腕を抱えながら体を縮こませる。誰かの声が無性に聞きたくて仕方なかった。だが寝ている後輩を起こす気にもなれない。早苗は瞼を閉じて、震えが収まるのを只ひたすら待った。

 

 すると丁度その時、彼女のスマートフォンが着信を告げてきた。涙目のまま画面に目を向けると、相手は小夜だった。早苗はすがるようにスマートフォンを手に取ると、すかさず画面をスクロールさせ耳元に押し当てた。


「もしもし」


「……寝てた?」


 暫しの沈黙のあと、受話器からは聞きなれた声が聞こえてきた。すると不思議なことに早苗の震えはピタリと止まった。いまの彼女にとって、親友の声はなによりも心強いものであった。


「ううん、起きてたよ」


「そっか……」


 小夜はそう言って暫しの間、口を閉ざした。いまの早苗には彼女の心のうちが容易に想像できる。幼馴染の二人は昔から幾度となくケンカをしてきた。そして仲直りの際は、強情な小夜に変わっていつも早苗のほうが先に折れていた。ようするに今回の電話は仲直りの催促ということだ。


「それで、こんな夜中にどうしたのさ?」


「別に……用がなきゃ電話しちゃいけないの?」


「あのねえ、私たちはケンカ中なんだよ」


「なによっ、ケンカ中だったら電話しちゃいけないのっ!」


 文句のつけどころのない逆ギレ。酔ってんなこいつ……早苗はそう思いつつ苦笑いを浮かべた。その表情からは先ほどまでの悲壮感は、綺麗さっぱり消えている。程なくして二人の間に沈黙が流れだした。そして数十秒が経ったころ、小夜が静かに口を開いた。


「言っとくけど……私はこないだのことは悪いと思ってないわよ」


「はいはい。わざわざ言われなくても分かってますよ」


「あの男のことはやっぱり好きになれない」


「だから分かったって……」


 早苗は呆れ声で答える。だが心の奥ではちくちくと痛むものがあった。なぜなら小夜の言っていたことは、全て正しかったからだ。親友への嫉妬と劣等感……目が曇っていたのは私のほうだった。


「でもね、早苗がどうしてもあの男のことを好きだっていうならさ……まあ、その時はしょうがないから不本意だけど全力で応援してあげる」


 私の親友はこういう臭いセリフを恥かしげもなく時より言いだす。そして、またそれが似合ってしまうのだから、この女は最高に性質(たち)が悪いのだ。

 ねえ、小夜。どうやらあんたと違ってさあ、私は物語の主役にはなれそうにないわ……。早苗は憂いだ笑み浮かべながら、スマートフォンをきつく握りしめた。


 その後、早苗は石神とは今日で終わったことを小夜に伝えた。詳しい理由は話さず ”なんとなく冷めた” と、一言だけ添えて。普段の小夜ならそんな理由で納得するはずがない。厳しい追究が待っていたはずだ。だが今日はおとなしく早苗の言葉に納得した。

 親友との通話を終えたころには、すっかり夜が明けていた。早苗は遮光カーテンを少し開くと、窓の外に目を向ける。

 

 ああ、嫌な天気……。そこには、いまの彼女の心と同様の重苦しい鉛色の空が広がっていた。



                     ☆



 週明けの月曜日。早苗はいつものように頬杖をつきながら、退屈な授業に耳を傾けていた。あの日の悪夢のような出来事の傷も、時間が経つごとに徐々に癒えてきている。結局、彼女は色々と悩んだが警察へ通報することはなかった。


 被害届を出せば、当然目撃者の清水にも聴取は行われる。これ以上、彼に迷惑はかけられない。幸いなことに早苗が口止めしている、という理由から清水の方もあの日のことを、話題にあげることはなかった。


 そしてもう一つの大きな理由。それは小夜に真実を知られるのが嫌だったからだ。あの子だけにはバカにされたくない……。そんなくだらない自尊心が私の中で大きく膨らんでゆく。ああ、もう忘れようっ! 早苗はかぶりを振りながら、頭の中のつまらない考えを放り投げた。



                     ☆



「ねえ、如月は?」


「分んない。土曜日から連絡つかないのよ。スマホも電源切ってるみたいだし……」


 小夜は玉子焼きを頬張りながら、溜め息を漏らした。すると早苗が「あんた、なんか聞いてない?」と、清水に顔を向ける。


「いいや、俺はなにも……」


 彼は微妙な表情を浮かべながら、曖昧にかぶりを振った。


 ったく人が大変だったって時に、なに行方不明になってんのよ、あの朴念仁は……。早苗はそう思いつつ小さく吐息を漏らした。すると3年D組の窓際の一角に、気まずい沈黙が訪れる。程なくして彼女は空気を変えるように口を開いた


「大丈夫だって、小夜。あいつも子供じゃないんだし、そのうち連絡つくって」


「そ、そうよね」


「あの仏頂面のことだから、もしかしたら家でまた小難しい本でも読んでんじゃない?」


「あっ、それありえるかも」


「誰が仏頂面だって?」


 聞きなれた低くよく通る声が教室内に響き渡った。それと同時に早苗たちは、入り口の方に目を向ける。するとそこには、口元を赤黒く腫らした如月の姿があった。


「ちょ、ちょっと、どうしたのよっ? その顔っ!」


「暴漢に襲われた」


 小夜の問いかけに簡潔に答えると、如月はいつものように窓際の指定席に腰を下ろした。そして何事もなかったように、おもむろに恋人のお手製弁当に手を伸ばしてゆく。


「暴漢って……マジで?」


「ああ、日本も物騒になったもんだよ。みんなも気をつけた方がいいぞ」


 如月は淡々とした口調で早苗の問いに答えると、いつものように黙々と弁当を食べ始めた。すると二人の少女は呆気にとられながら、そんな彼を静かに見つめる。そして暫く無言の昼食が続いたあと、仏頂面の朴念仁が思い出したように口を開いた。


「それはそうと、どうやら冷戦は無事終結したようだね」


「ええ、おかげさまで」


 小夜は悪戯っぽく微笑む。すると如月は「因みに和平はどちらから提案を?」と尋ねた。


「ダーリンには内緒です」


「じゃあ、冷戦の火種となった核兵器(・・・)はどうしたんだい?」


 如月は弁当箱から早苗に視線を移すと、静かに彼女を見据えた。 ”核兵器” 石神のことを言っている。彼の問いかけにどう答えていいか分らず、早苗は俯きながら口をつぐんだ。すると彼女の親友が「核兵器は無事、廃棄したそうです」と助け船を出した。


「ふうん、それは残念だったな。()愁傷様(・・・)


「うっさい、バカっ!」


 如月の軽口に早苗はいつものように馬鹿でかい声で返した。そして憤慨した様子で止まっていた昼食を開始する。色々あったけど、小夜とも仲直りできだし、それにこの厄介な黒縁メガネとも前のように軽口を言いあえる。私の気持ちは相変わらず宙ぶらりんだけど、いまはこのままでいいや……。


うん? それにしても、さっき如月が言った、ご愁傷様って最近どこかで同じ台詞を聞いたような……あれ、どこで聞いたんだっけ。早苗はそう思いつつ、大好物の昆布のおにぎりを頬張った。



                       ☆



 その日の放課後、城南大学に到着すると早苗は当てもなくキャンパスを歩き回った。ただやみ雲に学内をうろついたところで、石神を見つけられるとは思えない。だが事務員に尋ねて彼を呼び出すのは、いささか抵抗があった。

 

 全然、見つかる気配ないないし……っていうか勢いでここまで来ちゃったけど、石神を見つけてどうすんの? 文句の一つでも言うつもり? それもとビンタでも喰らわす? そのどちらも、呆れるほどに無意味で子供じみた行動に思えた。

 

 相変わらず、考える前に体が動くこの悪い癖は一向に直らない。さてと、どうすっかなあ……。早苗は手近にあったベンチに腰を下ろしながら、小さく溜め息を漏らした。すると先日カラオケで一緒だった女子大生の姿が、突如として彼女の目に飛び込んできた。


「ねえ、ちょっとっ!」


 早苗が女子大生の背中に声をかけると、その大声に驚いた彼女はビクッと体を震わせながら振り返った。


「あ、あなたは……」


「私のこと覚えてるわよね?」


 早苗の問いかけに女子大生はコクリと頷いた。そしてすぐに「ご、ごめんなさっ!」と、言って頭を下げた。


「あんたたちも石神と仲間(グル)だったの?」


 「違うっ、違うのっ! 私たちは本当になにも知らなかったっ!」


 女子大生は瞳に涙をためながら、必死にかぶりを振った。その表情は嘘を吐いているとは思えなかった。確かにあの時、個室にいた彼女たちの顔には明らかに同様のいろが浮かんでいた。そう考えると、この女子大生が言っていることも頷ける、と早苗は思った。


「石神はいまどこ?」


「分からない……」


「分からない? そんなわけないでしょっ!」


「嘘じゃないっ、本当に知らないのっ!」


 女子大生は頭を抱えながらかぶりを振ると、なにかに怯えるように小刻みに震えだした。


「ちょ、ちょっと、どうしたのよ?」


「あ、あなたを助けたあの(・・)()のせいよ……」


 私を助けたあの男? 恐らく清水のことを言ってるんだろう。でも……どうして、彼女はこんなにもあいつに怯えてるわけ? 早苗は訝しみながら、女子大生の顔を覗きこんだ。


「あの男のせいって、一体どういうこと?」


「あ、あの男が、あの男が石神君たちを……」


 女子大生はそう言うと、途端に口をつぐんだ。清水が石神たちを……一体どういうこと?


「ねえ、あんたが知ってること、いまここで全部話してっ!」


 早苗は怯えたままの女子大生を、厳しい眼差しで見据えた。すると彼女は観念したのか、あの夜の出来事を静かに語り始めた。


「あ、あの時、あなたが気を失ってからすぐに、若い男の人が個室に入ってきたの――」


「ごめん、ちょっと待ったっ! 一応確認なんだけど、その若い男って体格のいいボーズ頭よね?」


 早苗は手のひらをかざして、女子大生の言葉をさえぎった。すると彼女は「いいえ、違うわ」と、いってかぶりを振った。


「えっ、違う? じゃあ、どんな感じの男だったの?」


「年の頃は恐らく私たちと同じくらい……背の高い細身(・・)の人だった」


 背の高い細身の男? 明らかに清水じゃない……すると途端に早苗の脳裏に如月の姿が浮かんできた。


「その男、他になにか特徴はなかった?」


「ええと……メガネ、黒縁のメガネをかけていたわ」


 間違いない、如月だっ!


「それで、その男はそのあとどうしたの?」


「あの人は、個室に入ってくるなり石神君に――」




「お願いします、彼女から手を引いてください」


「如月君、キミも相当にしつこいね。なんど言ったら分かるんだ? それは出来ない相談だって、こないだも言ったばかりじゃないか」


「彼女以外にも女性は大勢いるでしょう」


 石神の膝の上で、すやすやと寝息を立てる早苗。如月はそんな彼女を、顎をしゃくりながら指した。


「彼女は諦めて、ほかの女を輪姦(まわせ)って言ってるのかい?」


「ええ、有体に言えば」


「キミも酷いことを言うねえ……でも悪いけどこっちにも事情(・・)ってもんがあるんでね。だからなんど頼まれても無理なものは無理だ」


 石神はそう言って気を失った早苗の頬を優しくなでた。すると如月の眉が珍しく一瞬、ピクリと引きつった。


「あれ? もしかして怒ったのかな?」


「いますぐに彼女から手を引けば、警察沙汰(・・・・)だけで済むんですよ」


 石神の軽口をかるくいなすと、如月は諭すような口ぶりで言った。すると途端に、薄ら笑いを浮かべていた彼の表情が曇りだす。


「警察沙汰? それって、もしかして俺らを脅してるわけ?」


「まさか、僕は忠告してるんです。いまならまだ(・・・・・・)()()()()、と」


「あのさあ……悪いんだけどなにいってんのか、全く意味分かんねえんだけど」


 石神は鬱陶しそうに頭を掻きむしりながら、如月のもとへと歩み寄ってゆく。そして眉間にしわを寄せながら、無表情の黒縁メガネを見据えた。


「いってる意味が分かりませんか?」


「ああ、全然分かんねえな」


「ったく……ほんと頭の悪い男だな」


 如月は心底呆れるように溜め息交じりで吐きすてた。すると次の瞬間、石神の拳が彼の口元にめり込んでゆく。後方に吹き飛びながら倒れ込む如月。途端に周りの男たちが甲高い歓声をあげた。


 一方、女子大生たちは突然の出来事に、口を覆いながら目を見開いている。そんな中、如月は何事もなかったかのように、すくっと起き上がった。そして赤黒く血の滲んだ口元を拭うと、深い闇のような瞳で石神を見据えた。


「折角、なんどもチャンスをあげたっていうのに……残念ですが、どうやら時間切れのようです」


 如月がそう呟いた瞬間、数人のガラの悪い男たちが個室になだれ込んできた。その風貌を見れば、彼らがどういった職業の人間かは一目瞭然である。石神は突然の出来事に状況が把握出来ずに、後ずさりしながら目を泳がせていた。彼の周りにいた友人たちも、同様の表情で硬直したままだ。


「お、おい……こ、これは一体どういうことだよ?」


 石神は絞り出すように言うと、引きつった顔を如月に向けた。すると暗い瞳をした青年は、珍しくにやりと口角を上げた。


「見れば分かるでしょ? その(・・)()()方々たちです」


「だ、だから、どういうことか分かるように説明しろっつってんだよっ!」


「折角のチャンスを棒に振ったのは石神さん、あなたです」


「な、なんだよ、チャンスって?」


「僕の忠告通りにしていれば、あなた方には警察の()しい(・・)取り調べと、正当な司法の裁きが待っていました。恐らく数年の懲役……いいや、運がよければ執行猶予で済んだかも。そうですよね?」


 如月が振り返りながら同意を求めると、彼の周りにいた厳つい男たちは静かに口角を上げた。


「あいにくですがこの方々たちには、そういった生温い常識は通用しません。子供じゃないんだから、それくらいは分かりますよね?」

 

 如月の静かな問いかけ。石神は唖然としたまま、答えることが出来ない。一瞬の静寂がカラオケボックスの個室に流れる――そして程なくして如月が冷たい瞳のまま静かに口を開いた。


()愁傷様(・・・)です」


「ちょ、ちょっと待てよ、嘘だろ? 冗談だよな?」


「あなた方に酷いことをされた被害者女性(・・・・・)たちも、涙ながらにそう訴えたんじゃないですか? ”嘘でしょ?” ”冗談でしょ?” ”止めてっ!” ”助けてっ! 、と」


 如月はいつもの無表情のまま呟くと、ゆっくり石神の耳元へと顔を近づけてゆく。


「因果応報ですね」


「分かった、早苗ちゃんからはきっぱりと手を引くっ! 今後一切、絶対に彼女の前にも表れない。誓うっ! なあ、それで問題ないだろ?」


「いいえ、問題大ありです」


「頼むよっ、俺は金で雇われただけなんだっ!」


「金で雇われた?」


「ああ、信じてくれっ!」


「詳しい話を」


 如月が事情説明を促すと、石神は震える声で話し始めた。

 石神への依頼は、数ヶ月前にメールで届いたそうだ。アドレスは簡単に取得できるフリーメールだったらしい。

 その内容は荒川早苗を心身ともにぼろぼろにしろ、というものだったそうだ。そして石神の銀行口座には、その日のうちに100万もの金が振り込まれていた。

やつが言うには、これは前金だったそうだ。成功報酬はまた別だったらしい。


「そんな与太話を信じろと?」


「嘘じゃねえよっ!」


「申し訳ないんですけど、もう時間切れです」


 如月は自身の腕時計を見つめながら呟くと、涙目ですがりつく石神の手を鬱陶しそうに振りほどいた。


「もう二度とお会いすることもないと思いますが、お元気で」


「如月君――」


「さようなら」


 その無慈悲な言葉から、全てを悟った石神はその場に膝から崩れ落ちた。そんな彼を一瞥すると、如月はソファーで寝息を立てる早苗のもとへ歩み寄り彼女を優しく抱きかかえると、一人のスーツ姿の組員に視線を合せた。


「それじゃ、あとはよろしくお願いします」


「ああ、まかせとけ。権藤(・・)さんにはくれぐれもよろしくな」


「はい」


 如月は小さく頷くと、早苗を抱きかかえながら隣の個室へと移動した。




「私が知ってるのは、これで全部……」


 話し終えた女子大生は俯きながら呟いた。


「そのヤクザ、確かに ”権藤” って言ったのね?」


 女子大生は小さくなずいた。この件には如月だけじゃなく、あの闇の住人も関わっている。一体どういうことなのよ……。石神たちは突然現れた、ヤクザたちに連れて行かれた。

 そして現在も彼等とは連絡がつかず行方不明。それを仕切っていたのは如月ハル。あいつの赤黒く腫れあがった口元。あれは暴漢じゃなく、石神にやられたものだったんだ……。


「ねえ……あのメガネの彼とは知り合いなの?」


 早苗が無言のまま思考にふけっていると、女子大生が小声で尋ねてきた。すると彼女は

「だったらなに?」とぶっきら棒に答えた。


「いや、べつに……」


「なによ? 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよっ!」


 煮え切らない女子大生の態度に、早苗の苛々が加速した。すると彼女は怯えながら、気まずそうに口を開いた。


「あの人には気をつけた方がいいよ……」


「どういうことよ?」


「私は間近で見たのっ! まるでチェスでも指すように石神君を淡々と追い詰めてゆくあの人を……」


 女子大生は身震いしながら、生唾を飲み込んだ。そして早苗を見つめながら「あれは絶対に普通の人間の目じゃなかった」と、続けた。


 女子大生は怯えながらその言葉を残し、早苗のもとから去って行った。


 如月……。


 早苗は心の中で呟くと、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。そしてとある番号を見つけると、画面を軽くタップした。以前聞いた番号、変更してなければ繋がるはず。4~5回の呼び出し音のあと、受話器からは独特の落ち着いた声が聞こえてきた。


「権藤さんですか?」


「久しぶりだね、早苗ちゃん」


 私からの連絡を予想してた様な口ぶり……。


「聞きたいことがあります」


「クラブNASUに19時」


 間髪入れずに返事が返ってきた。やっぱり私からの連絡を予測していた、ということだ。


「分かりました」


 早苗は端的にいうと、権藤との通話を終了した。彼女はスマートフォンの画面を静かに見つめる。するとそこには、不安、困惑、恐れ、そしてどこか喜びが入り混じった自身の顔が映っていた。

 ねえ、如月、やっぱりあんただったんだ、石神たちから私を救ってくれたのは……。学生たちで賑わうキャンパス。早苗は静かに瞼を閉じると、心の中でそっと呟いた。

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