表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/26

第四章「木枯らしの季節に 4」

 週明けの月曜日。3年D組の生徒たちは、休日の余韻を引きずりながら退屈な授業に耳を傾けていた。ご多分にもれず早苗もその一人である。そんな中、教壇のまえでは教科担任の平田の姿があった。彼は巧みなジェスチャーをまじえながら、ご自慢の英語を披露している。


 相変わらず、平田の身振り手振りは強烈にキモい。特にあの腰のクネリ具合がなんとも……ああ、早く終わんないかなあ。早苗はそう思いつつ豪快にあくびをもらした時だった、ジャケットのポケットの中で、スマートフォンが振動をはじめた。彼女は教科書で隠しながら画面を覗き込んだ。するとそこには、小夜からのLINEのメッセージが映しだされていた。


【昼休みになったら、いろいろと聞かせてもらうからねっ。覚悟しときなさいよっ!】


【へいへい、わかったわよ】


 溜め息を漏らしながら返信を送ると、早苗は素早くスマートフォンをジャケットのポケットに戻した。

 ったく一体誰が小夜にチクったのよっ! このぶんだと昼休みは、根掘り葉掘りの質問攻めだろうなあ……ああ、参ったなあ。昼飯どきは当然ながら向かいの席にはあいつもいる。ほんと、ツイてない。もう、最悪……。もう一度、溜め息を漏らすと早苗は窓際の最後列の席を静かに見つめた。




 陰鬱な気持ちのまま、4時限目が終了をむかえた。重い足取りのまま、早苗はいつものように窓際の席へとむかう。すると小夜は両手を広げながら、慈愛のこもった笑みで彼女を招き入れた。


「さあ、どういうことなのか一から説明してごらんなさい」


 早苗が椅子に腰を下ろすと同時に、小夜は悪戯っぽく小首をかしげた。すると彼女はその問いかけを無視して教室内を見渡すと、如月は? と逆に問いかけた。


「お昼時に彼がいないってことは、だいたい分かるでしょ?」


「ああ、ズボラ担任の雑務要員ね」


 早苗の答えに小夜は眉をひそめながら頷いた。

 よし、取りあえずは助かった……それにしても、ナイスタイミング。たまには、あのズボラ担任も役に立つわね。


「うん、だから今日は久しぶりに二人きりのお昼よ」


「そうね。いつもはあんたの愛しき仏頂面と、あの騒がしいバカがいるからね」


「騒がしいバカはいい過ぎでしょうが」


 小夜は呆れ顔のまま、苦笑いを浮かべた。本日、騒がしいバカこと清水信二は風邪のため欠席していた。因みにこれは丈夫な彼としては、かなり珍しいことでもある。


「それで、あんたにチクッたのは一体どこのどいつ?」


「いえない。こっちにも守秘義務があるからね」


 早苗の問いかけに、小夜は悪戯っぽく微笑んだ。すると暫しの睨み合いが二人の間に流れた。そして程なくした頃、根負けした小夜は、優香よと答えた。

 北田優香――権藤さんの仕事を手伝ってた子。小夜にどっぷり心酔している子。2年前のあの日、如月に助けられた子。悪い子じゃないんだけど、かなり天然なのよねえ。


「べつにあの子だって、悪気があって私に教えたわけじゃないの。あんたが珍しく男と二人きりでお茶してるのを見かけたから、それでビックリしたのよ」

 

小夜は微笑みながら静かに早苗を見据えると、ニヤリと口角を上げたまま更にこう続けた。


「随分とイケメンらしいじゃない。ほら、さっさと白状しなさい。それとも親友の私にも秘密にしなきゃいけないっての?」


 色素の薄い大きな瞳が私を見据えてくる。どうやら逃げ切るのは無理みたいね……。


「はい、はい。分かりました、全部話しますよ」


 早苗は大げさに肩を落とすと、先日の出来事を語り始めた。

 小夜たちとブックカフェで遭遇したあの日、白瀬華純と別れたあと早苗は性懲りもなくまた街中をぶらついた。特にその行為に意味があったわけではない。ただ、なんとなくこのまま家には帰りたくなかった、というのが彼女の本音であった。


 暫くの間、早苗は目的も意味もなく、ただボンヤリと街中をぶらついた。すると先程と同様に、一人のナンパ男が彼女に近づいてきた。はじめは新鮮で多少は嬉しい気持ちはあったが、いまとなってはただ鬱陶しいだけの存在でしかなかった。というわけで、断りの言葉も先程とは打って変わり、自然とぞんざいなものになる。


 素っ気ない早苗の態度に、ナンパ男は当然のように激高した。そして突然、彼女の腕を強引に掴みにかかる。すると負けん気の強い早苗は「なに気安く触ってんのよっ!」と、いって男の手を振りほどいた。


「このクソ女がっ!」


 ナンパ男はそう叫びながら、早苗に飛びかかってゆく。一方、彼女は咄嗟の出来事にその場から動けずにいた。や、やばっ! 早苗が心の中で叫び声をあげた時だった、一人の長身な男性がナンパ男の前に立ちはだかった。


「なんだよ、てめえは?」


「嫌がってんだろ、彼女」


 ナンパ男の威圧的な態度にも、男性は気後れすることなく答えた。するとナンパ男は、うるせえっ! と、いいながら今度は彼に飛びかかってゆく。だがその瞬間、男性は素早くナンパ男の肩関節を慣れた様子できめた。


「い、いてえ……」


 ここまで綺麗に関節をきめられると、逃れるのはもう無理だった。当然のことながら、ナンパ男は情けなく降参のタップを繰り返すしかない。すると男性は軽く吐息を漏らすと、ゆっくりと彼を開放した。


 その後、ナンパ男は負け犬のようにそそくさとその場をあとにした。早苗はそんな男の背中を、眉にしわをよせながら睨みつけていた。すると先程の男性が、大丈夫ですか? と彼女の背中に声をかけてきた。低くよく通る声……どこかあいつを思わせる落ち着いた声色だった。


「あ、ああ、大丈夫です。助かりました」


 早苗はそういいながら、ゆっくりと振り返った。この時、彼女は初めて男性の顔をしっかりと瞳に映した。優しげな目元に、ほっそりとした華奢な顔立ち。透き通るとうな色白な肌は、どこか中性的な印象を早苗に与えた。その後、程なくして軽い自己紹介が始まった。男性は石神健一と名乗った。城南大学の2年生だという。


「以上が彼と知り合った経緯。そのあとは成り行きで、近場のカフェに行くことになった。多分、優香が見たのはその時よ」


「へえ、そんなベタなドラマみたいなことあんのね。因みにお茶はどっちが誘ったわけ?」


「それは……まあ、向こうからだけど」


「連絡交換は?」


「一応、一通りは……」


「その後、彼からの連絡は?」


「その日のうちに……LINEで」


「内容は?」」


「よかったら、またお茶でもどうかな? って……」


「やったじゃんっ! 完璧にあんたに落ちたわよ、そのイケメンっ!」


 小夜がまるで自分のことのように歓喜の声をあげると、早苗は片手を振りながら「べつにそんなんじゃないって」と、いって表情を曇らせた。


「なにいってんのさ、こんないい出会いなかなかないわよっ!」


「わかった、わかった。だからあんまり興奮しなさんなって」


 早苗は慌てて小夜をなだめすかすと、困り顔を浮かべながら更にこう続けた。


「私なりに前向きに考えるから、あんまり大ごとにしないで……それとこのことは、絶対にあいつらには内緒で」


「あいつらって」


「清水や……如月とか」


「なによ、べつにテレることないじゃん。それに――」


「いいから、絶対に内緒してっ!」


「なにが内緒なんだい?」


 早苗の鼓膜に聞きなれた声が響く。振り返ると予想通り、そこには如月の姿があった。


「べ、べつにあんたには1ナノも関係ない話よ」


「ふうん、そうか。なら構わないけど」


 興味なさげにいうと、如月は自身の席に腰を下ろした。そして恋人お手製の弁当を、いつものように無言で食べはじめてゆく。暫くの間、わずかながらの気まずい雰囲気が窓際の一角に流れだした。程なくして、小夜は場の空気を変えるように、食事中の仏頂面にこう尋ねた。


「それで、今日の雑務はなんだったの?」


「図書室にある書籍の整理」


「うわっ、超めんどそう。ねえ?」


 小夜が顔をしかめながら早苗に同意を求めると、彼女は同様の表情を浮かべながら頷いた。

 因みに本学園の図書室は、大量の書籍を有する。それはもはや図書室というよりは、小規模の図書館といっても過言ではなかった。今回、如月が担任から頼まれたのは、バラバラになった書籍たちの整理。それは日本十進分類法に基づいて、並び替えるというものだった。


 日本十進分類法とは、まず全ての本を内容によって1類から9類までに分類する。そしてどれにも当てはまらないものを0類(総記)として、全部で10のグループに分けてゆく。さらにそれぞれのグループを10に分けて、細分化するというものだ。


 勿論、この作業を如月一人がおこなうわけではない。彼がやるのはバーコードラベルと請求記号ラベルから、どこに書籍を並べるのかをパソコンに入力してゆく、という作業だった。要するに書籍関連に強い彼だからこそ、出来る仕事というわけだ。そういった意味では今回に限りズボラ担任も良い人選をした、ということになる。


「まあ、確かに面倒ではあるけど、あの場所には散々世話になったからね。今回のボランティアは甘んじて受けるよ」


「そっか……まあ、確かにそうだね」


 学園生活を懐かしむように、小夜はフッと笑みを漏らした。そんな彼女の様子をみて、早苗の心にも幾ばくかの感傷が芽生えた。一方、如月は相変わらず弁当を食しながら、独り言のようにこう呟いた。


「話は変わるけど、僕と清水に内緒の話っていうのは、因みにどんな?」


 他人にはあまり興味のない朴念仁……でも私たちのことはほんの少しだけ気にかかるるらしい……。


「内緒よ、あんたたちには絶対に内緒っ!」


 早苗はニコッと微笑むと、大好物の昆布おにぎりをいつものように豪快に頬ばった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ