別れ
儀式を受けてからの私の顔色は、恐らくかなり悪いものだろう。これまで父親のフォローしかしなかった母親ですら、私を気に掛けて声を掛けて来るのだ。他人から見たら、私は相当酷い表情をしているのだろう。
何か聞かれたり言われても、「うん」「大丈夫」「気にしないで」「別に悪いことが有った訳じゃないよ」と返すだけ。それがまた、母親を含めた大人達を不安にさせているのだろう。
儀式が終わってから、私は必死に考えた。
恐らく司教だと思われる初老の男性が言っていた属性は火、水、風、土の4つだけだった。それぞれを赤、青、緑、茶で表していた。
この時点で私の属性はどれにも当て嵌まらない訳だ。
唯一、翠色がそれぞれ人の見方による違いで風かもしれないが、確定ではないため、やっぱり不安は残る。
そして私は、恐らく他にもう2つ属性を持っている。これについても不安が尽きない。
おおまかなロイヤルパープル色は、はっきり言って毒のイメージが強い。だが、この世界でもそうだとは限らないし、もしかしたら未知の属性かもしれない。
鋼色についてもそうだ。魔力量や属性は、その人にとってわかりやすい形で表されると言っていたから、恐らくこの鋼色も属性の1つなんだと思う。だが、これについては予備知識も無ければ、未知の可能性も高い。
魔力量についてもそうだ。魔力量は司教曰く、私達の年齢では数値で言うと500ほどらしい。それに対して私はその10倍は有る。属性に限らず、魔力量についてだけでも自分で言うのは憚れるが規格外だと言って良いだろう。
そこまでは考えられたが、結局この3つがなんの属性なのかは私にはわからないし、魔力量についても誰かに話す事など出来ない。明らかに過ぎた力や未知の力を持った者が、迫害を受けて淘汰される事は人の歴史が物語っている。過ぎたるは猶及ばざるが如し、だ。
そうこう考えている内に、ちょうど町とザリー村の中間辺り、少し村よりの場所の森の中に着いた時に休憩になった。
私は変わらず父親の腕の中で拘束されていたから疲れてはいないが、他の子供達やその引率の大人達は違うから、この休憩の間は正直暇だ。
この時、この直後が、私が俺になって、私と俺なジャックになった時の分岐点だった。
休憩をしていて、そろそろ出発しようかというその時。私が父親に抱き抱えられたその時に私達は襲われた。
相手は恐らく盗賊や山賊の類いで、目の下を布で覆い顔を隠した革の鎧のような物を着た、手にファルシオンやタルワールを持っている。それが5人。
「な、なんだお前達は!」
父親が叫ぶ。しかし相手は気にした様子はなく、「有り金と女、それに子供を置いていけば命だけは助けてやる」と言った。
「なっ?!ふざけるな!そんなこと出来る訳がないだろ!!お前達、さては盗賊だな?国境付近の村に住む猟師の力に畏れを為せ!
炎の槍よ、敵を穿て!"ファイアランス"!!」
父親が手を今喋った盗賊へ向けそう言うと、掌の先に赤色のランスが形成される。それはメラメラと燃える火のように光っており、それが掌を向けられた相手に向かって放たれた。
相手は避ける事なくその赤いランスに当たり、身体中を燃やし始めた。
「あ、熱い゛!熱い゛い゛い゛い゛いいい!!」
相手はゴロゴロと地面を転がり、人の焦げる嫌な臭いを発する。
「貴様等!貴様等もこうなりたくなかったら、潔く退け!!」
猛々しく父親が吼える。しかし相手に怯んだ様子はなく、むしろ、口許を布で覆っていてもわかるほど、醜悪な笑みを浮かべた。
「俺達がこれだけだと、そう思っているのか?俺達がこの程度だと、本気で思っているのか?」
盗賊がそう言うと、町側の方の森から、新たに3人出て来た。
「ウォルターさん!後ろにも!」
「なっ?!」
後ろを振り返り驚く声を上げる父親。
「さぁて、この人数を相手に、詠唱しないと魔術を使えない貴様は、子供を抱えたままでどう対処するつもりだ?」
「くっ」
父親は、苦々しそうに表情を歪めると、私をその場に下ろした。
「ジャック、母さん達の所に行きなさい。
デイビットさん!後ろの3人は任せて良いですか!?」
「勿論です!3人ならなんとなる!出来るだけ早く倒して、ソッチ助太刀するんで、だからウォルターさんは前の4人を頼みます!」
「当たり前だ!! 」
「随分ナメられたものだ」
お隣の男性はデイビットさんと言うらしい。
父親とデイビットさんがそう話したあと盗賊がそう言ったのを皮切りに、戦闘が始まった。
大人組の男2人は、それぞれの魔術を使って盗賊達を確実に1人ずつ倒して行く。
盗賊達はそれを避けたり倒されたりしながら凌いでいた。
そうした攻防は私を含め子供達にとっては初めて見るものだ。しかも村の方から人の焼ける嫌な臭いが、町の方は今にもこちらに来そうなほどの紅い噴水が出来上がっている。
つまり死臭がするわけだ。更に目の前でそんな事が起きてる訳だから、当然ながら子供達は泣き始める。
大人の女性組はそんな子供達を「大丈夫よ!みんな無事にお父さんとお母さんの所に帰れるよ!!」と震えた声で落ち着かせようとしていた。
そんな時である。
子供の1人が、恐怖のあまりか、あろうことかまだ残っている盗賊の方、父親の方へと走り始めた。
「ハルト君?!」
どうやら走り出した子供はハルト君と言うらしい。
お隣の女性が声を上げて手を伸ばすが、ハルト君は止まる様子は無い。
何故かはわからない。
何故かはわからなかったが、咄嗟に身体が動いたのは事実だった。
私はハルト君へ向けて走り出した。
「ジャック!?」
後ろから母親が叫ぶ声が聞こえる。
その声を聞いてか、父親も振り返った。
「ジャック?!」
父親も驚いているが、私は止まらない。
今にも父親の足下を通り、盗賊の許へ行こうとするハルト君を追い掛ける為に。
そして追い付いたと同時にハルト君の手を掴んで引っ張る。
前に進む力と、後ろに引く力でハルト君の腕は引っ張られる形になったことで、ハルト君は「痛い!」と泣きながら、進む力が弱まった。
弱まったことにより私はハルト君を引っ張ることに成功する。
しかしその対価かなんなのかはわからないが、私とハルト君が入れ替わるような形になり、私は盗賊達の方に頭を向けた状態で、父親と盗賊達との間、盗賊達側の方に仰向けに倒れてしまった。
「ジャック?!!」
父親の驚く表情が目に入ったが、気付いた時には髪を持たれ、首にはナイフを突き付けられていた。
「ジャック!!」
父親が私を掴んでいるであろう盗賊へ向け掌を向ける。
「おっとぉ」
しかしそれを読んでいたかのように、盗賊は私を手前に引き寄せて、完全に密着するような形にして私の首にナイフを食い込ませた。
「どうなっても良いのかい?」
「くっ!」
父親は悔しそうな表情をしながら手を引っ込めた。
「ウォルターさん!」
父親の後ろ、後方の盗賊達の対処を終えたのか、デイビットさんが駆け寄って来た。
「非常にマズイ状況ですね……」
デイビットさんがそう言ったのに対して、父親は「あぁ」と相槌を打った。
その後状況に変化が現れる事はなく、盗賊達はジリジリと後ろへと下がった。
父親達も離された分、距離を詰めようとするが、その度に私の首にナイフを食い込ませられ、「それ以上動くんじゃねぇ!!」と叫んだ。
食い込ませられた所が少しヒリヒリして痛いから、恐らく少しは切れてるのだろう。
私は恐怖のあまり、動くことが出来なかった。
そのまま膠着状態が続き、父親達と盗賊達との距離は徐々に、着実に開いた。
そして10メートル離れたところで、私にナイフを突き付けていた盗賊は私を抱え、森の中へと走り出した。
「ジャック君!!」
デイビットさんの声が聞こえる。そしてデイビットさんの奥さんと母親の声も聞こえた。
しかし、父親の声は聞こえなかった。
私は徐々に離れていく父親の顔を見た。
そして絶望と失望をした。
父親は悔しそうな表情こそしていたが、その口許は笑っていた。安堵していたようにも見える。
他の3人が私を心配する中、父親は私が連れ去られるのを見て、心底喜んでいた。
私はそんな父親が、この上なく俗物的で、穢らわしい物に見えて、今生の実の父親を父親と思わない。赤の他人として見る事を、失望から来る怒りを糧に、決意した。