溝
町に着いた。
町の門の前は長蛇の列で、荷車を引く馬や、この世界規準で高そうな服を着る人、それに私達のようなグループを作った人達が並んでいた。
「よぅ、久し振りだな」
その列の1番後ろ、私達のようなグループの男性の内の一人に私の父親が話し掛けた。
男性は振り返って父親を確認すると、嬉しそうな表情をして「久し振りじゃないか!」と言って父親とハグをした。
当然ながら、父親の腕の中に居た私は挟まれる形となり、大変暑苦しくむさ苦しい胸板2つに挟まれる事となった。控えめに言って気持ちが悪い。
「またこの時期がやって来たな。ソッチは見たところ、今年は6人か?」
「あぁ、そういうソッチは……4…5人か?」
「あー、一応5人だ。コイツは俺の息子なんだが、少しやんちゃでな。こうしていないとすぐやりたいことだけをやり始める」
「ははっ!まるで昔のお前みたいじゃないか。
奥さんも久し振りだな」
父親と男性がそう会話をし始めたのをきっかけに、大人達は大人達で固まり、子供達は子供達で固まって交流を開始した。
勿論だが私は父親の腕の中だ。解せない……。
そうして待つこと体感数時間。ようやく男性達のグループの番になった。
「おっと、順番が来たな。じゃあな、また後で」
「おう、また後で」
父親達がそう言うと、前のグループは前へ進んで検問を受け始めた。
「ジャック、次は俺達の番だぞ」
私に言い聞かせるように父親はそう言って、私の頭を乱暴に撫でた。
先の事が有ったからか、はたまた違う理由か、どちらかはわからなかったが、何故か私はこの時、不快感を覚えた。
☆ ☆ ☆
私達の検問も終わり、私達9人は町の中へと入った。
他の子供達も皆初めての町にはしゃいで見える物、気になる物へと近付こうと四方八方に散らばろうとする。それを母親達が抑える。
かくいう私も、この世界に来て初めての町だ。なんだかんだ周りの物が気になる。ただ、何故か私の場合、父親が私が向いた先に手を持って行って、視界を塞いでくるのが腹立つ。
……半月前の件が原因でこんなことをされているのか、それとも別の理由か。なんにせよ、子供が興味を示す物をすぐに取り上げるというのは、子供を教育する親の立場としてどうなのだろうか……。
「父さん?」
「我慢だ」
「でも他の子達は」
「我慢だ」
聞く耳すら持ってくれないらしい。
村を出た時からそうだったが、本当にこの親は、私に何も与えたくないらしい。
私は、今生も親に恵まれなかったのかと、胸中で落胆し悲嘆した。
☆ ☆ ☆
3時間後、宿に着いた。私以外の子供達は移動とはしゃぎ過ぎで疲れたのか、時間が夕暮れ時の刻で夕飯を食べた為か、宿泊する宿のベッドで寝てしまった。
私は私で寝かされたが、疲れようにも父親にずっと抱かれていて、はしゃぎ疲れようにも父親に全て邪魔され、強いて疲れてると言えばそんな父親の態度による心労ぐらいのため、寝れるに寝れなかった。
そんな私達子供組は置いといて、大人組は宿の食堂で酒を煽っているようだ。
何故私が彼等がしていることをわかるかと言うと、部屋から脱け出したからだ。そして水を貰おうと食堂の方に向かうと、食堂の中から陽気な父親や母親、お隣の2人に町に入る前に出会った男性声が聞こえて来た。
私は食堂に入ることを止め、入口の陰に隠れながら父親達の会話を聞いた。
「いやぁ、それにしても久し振りだな!まさか俺達が同じタイミングで引率者になるとは思わなかった!」
「それを言うならコッチは、村を出て行ったお前が、こうして嫁さんと子供を連れて目の前に現れたんだ!嬉しいったらないぜ!
なんで連絡をくれなかったんだよ?」
町に入る前に出会った男性がそう言うと、途端に話し声は途切れた。
そして辛うじて聞こえた声は「子供、ね……」という自棄になったような父親の声だった。
………………この反応は……。
「……んだよ、その反応…。子供が居るって事は、欲しくて作ったんじゃねぇのかよ?あ、そういえばさっき会った時に腕に抱いてたが……、訳有りか?」
「まぁ、な。
……おかしいんだよ、アレは」
アレ……。
話の流れ的にアレとは私の事だろう…。アレ……。
「おいおい…、実の我が子をアレ呼ばわりは流石に……」
「あぁ、わかってる。わかっているさ!俺だって我が子をアレなんて呼びたくないさ!!だがなぁ?アレは子供の姿をした別の何かだ!」
途端に父親の口調が荒いものへと変わる。
「お前にわかるか?!初めて出来た我が子!可愛くて可愛くて仕方ない我が子!そんな我が子が将来結婚して、孫を見せてくれる。俺の後を継いで村で猟師として幸せに生きていく!俺はそれが今の夢だ!!だが、だけどなぁ!アレは村の掟以上に走ったり他の子供とは違うような反応ばかりするんだ!!他の子達と遊ばない!ただ走り続ける!理由を聞いても死なない為と返ってくる!!5歳の子供の発言とは思えねぇ!!」
「……村の掟が何かは知らないけど、そこまで言うほどなのか?確かに聞いてる感じだと変わった子供ではあるが…それほど忌避するようなものか?」
「俺だって忌避なんかしたくないし、ちゃんと可愛がりたいさ!だけどアレは、俺やコイツがいくら大事に可愛がろうとしても、まるで意に返さないんだ!
だがまだ、まだそれだけなら良い!良かった!だが……」
「………………あの子、半月前の話ですが、今日のことを思って夫があの子に他の子達と遊ぶよう促すことを言ったら、『仮に将来、俺が村八分の扱いを受けるようになったとしても、それは俺の自業自得でしょ?だから気にしないで良いよ。母さんもね。というか、そういうのも含めて自由にさせてくれると嬉しいかな。世界はこの村と町だけじゃないんだし』と言ったんです……。
5歳の子供が、ですよ?村八分だとか自業自得なんて言葉を教えていません。子供特有の聞いた難しい言葉を使いたいという感じでもなかったんです……」
話の途中から母親が話に参入して、話し終えたら泣き声が聞こえてきた。
……………………………。
それほどおかしかっただろうか?確かに子供らしくない事をしていたとは思うが、ここまで言われるほどだったんだろうか?
私はこれ以上聞くのが怖くなり、話を聞いてより一層乾いた喉を無視して部屋へと戻った。