町へ
5歳になった。
同年代の子供達や大人達が働いている間もずっと走り続けた私は、気付けばこの村の中で、大人達にも劣らない速さを3分も維持出来るようになった。
5歳の子供が大人と競走して、良い勝負を出来る速さを出せるというのは、凄い事ではないだろうか?
今の私の、ちょっとした自慢だったりする。
ただ、5歳になったのと、私がずっと走っているからか、村長は私に3時間のノルマを4時間に増やしたのは、5歳という子供に対して酷いように思う。
まぁ私自身、体力作りが大切な事は重々わかっていたから、苦もなく続けたが。
そうして5歳になってから半年以上経ったある日、今の私の両親に真剣な表情で話し掛けられた。
「ジャック、大切な話が有る」
珍しく真剣な両親に私は内心驚きながらも「なに?」と返した。
「ジャック、お前が5歳になって半年が経ったな?」
父親は何を話したいのだろう?訳がわからないが、取り敢えず私は頷いた。
「5歳になって最初の年末の日、その日に私達は近くにある教会に行かなければならない」
「? なんで?」
「母さんから魔術については聞いているな?」
魔術。私がこの世界を異世界だと断定した判断材料の内の1つだ。
この世界の住人は、有機物無機物問わず、多い少ないに問わず、必ず魔力という物を持っているらしい。当然この世界に新たな命として生まれた私も、その例に漏れず魔力を持っているという事になる。
魔術とは、数学の難しい公式や数式のような物を組み合わせて自分の思う現象を具現化して行使する術の事で、魔力は魔術を行使するためのエネルギーだ。
唐突に魔術の話が出て来てより一層訳がわからなくなったが、取り敢えず「うん」とだけ頷いた。
「5歳になって最初の年末、その日に子供達は近くの教会に行って、この魔術の適性や現時点での魔力の量なんかを計る事になっているんだ。まぁつまり儀式だ。
そして年末まであと半月ほどだろ?あと半月もすればお前はこの村の同い年の子供達と一緒に町へ行かなければならない。しかも一緒に行ける大人は4人だ。
その4人の大人達に、他の同い年の子供達も一緒に町に行かなければならない訳だが、ジャック。お前、他の子達との仲はどうだ?」
此処まで父親に言われて、ようやく何故こんな真剣な表情で話されてるかがわかった。
つまり、走ってばかりいずに、残り半月で他の子供達と遊んで仲良くしろということだろう。
そこまで考えて察した私は、父親へ向け「私は大丈夫」とだけ返した。
両親が表情を顰める。
「ジャック、そう言うがな、俺は大人になった頃のジャックを心配して」
「父さん」
話している父親の言葉を遮って、父親が話すのを止めて続ける。
「仮に将来、俺が村八分の扱いを受けるようになったとしても、それは俺の自業自得でしょ?だから気にしないで良いよ。母さんもね。
というか、そういうのも含めて自由にさせてくれると嬉しいかな。
世界はこの村と町だけじゃないんだし」
「ジャック、お前…、まさか……」
「話はそれだけ?じゃあ明日も走らないといざという時に逃げられないし、僕はもう寝るよ。おやすみなさい」
そう、一方的に話を切って、私は私の布団の中に入った。
布団と言っても、下が木の板で藁の敷布団に上はシーツのような草臥れた布切れという物だが、それに包まり私は眠った。
完全に眠る前、両親の「何故あんな子に育ってしまったんだ」「何処で教育を間違えた」という会話が聞こえて来たが、そのあとに母親の艷声が聞こえて来て、私は呆れながら聞こえないように、微睡みに意識を預けた。
☆ ☆ ☆
半月が経った。父親の言っていた通り、村の町側の入口には私と同い年の子供達と5人の大人達が、町へ行くために集まっている。
子供達の名前は正直わからない。本当に話さず関わらずでずっと走っていたから、交流そのものをしていないから、私が彼等の名前を知り得る筈がなかった。
大人達はなんと私の両親と隣に住む夫婦だった。
この夫婦を揃えるという構成は大人達の間違いが起こさないという事と、父親は男が守る精神から、母親は子供達の精神安定の為からという理由で生まれた構成らしかった。…大人達の間違いという理由があるということは、つまりそういうことなのだろう……。それに父性と母性という意味で夫婦を引率者にするのは、確かに理に適ってると思った。
私はなんだかんだで一応私が私として生きて30年の月日が経っていて、少なからず落ち着きはあるつもりだが、まだ5歳の子供達は何かとやんちゃだ。それを思うと、諫める人と落ち着く人という人選は納得が行く。
この4人と、私達の出発を見送りに来た村長、私を含めて計10人が村の入口に集まっていた。
「気を付けてな」
「わかってます」
村長がそう言って、隣の家の男性が返事をすると、私達は大人達に連れられ出発した。
私以外の子供達は、初めて村から出るためか物凄く興奮していて、今にも走り始めそうだ。
それを私の母親ともう一人の女性が子供達の手を握って諫めている。
ちなみに私は私の父親の腕の中だったりする。
「父さん?」
「お前は確かに落ち着いているが、お前の場合他の子達とはまた違った問題を起こしそうだからな、こうやってしっかりと拘束させてもらう」
私の頭をくしゃくしゃと撫でながら父親がそう言ってくる。
半月前の件をきっかけに、私の両親は私に対する態度をより厳しい物へと変え、まるで私を完全に監理するような言動や行動をするようになった。
我が親ながら酷い。どうやら私の今の両親も、良い親という訳ではないらしい……。
本当に酷い話だ。
しかも私が実の父親に抱き上げられるている事が他の子供達にとっては羨ましいのか、私の悪口や「代わって」などの言葉を飛ばされる。
私だって好きでこうされてる訳じゃないのに……。
そんな出だしで村を出発した私達は、どうやらなんの大きなトラブルもなく町に到着することが出来た。