アトラス王国騒動編─2
「何を勝手に入って来ているのですか死んでください」
第三王女との初対面の彼女の第一声がそれだった。
翌日、フェルトさんは宣言通り俺を連れて再びアトラス王国の王城へと足を運んだ。
王城の門に着くと「やぁ。じゃあ入るね」とフェルトさんが手を上げながら言うと、門番達は最敬礼でお辞儀をして、完全な顔パスで通る事が出来た。
その後も何十人かと擦れ違うものの最敬礼のお辞儀をされ続けた。
途中何人かは遠目にこちらを忌々しそうに見ていて、決して俺達の近くには来なかったけど、それ以外の人は皆お辞儀をしていた。
そして今俺が居る部屋の前に着いた時にフェルトさんに「じゃあ頑張ってね」と言われて置いて行かれた。
全く知らない場所、なんの部屋かもわからない部屋の前に取り残された俺にはこの場から別の場所に移動しようとする力もなく、仕方なく入る。するとそこには今の俺と同い年ぐらいの幼女が居て、そして第一声がさっきのだった。身形からして、恐らくこの幼女が第三王女だ。
いやまぁ、確かに、いくら小さいとはいえ女性の部屋に無断で入れば怒られても仕方ないとは思う。
思うが、流石に6歳児の使う言葉じゃないだろう……。どうなってんだ、王族の教育……。
しかしそれはさて置き、言われっ放しも腹が立つ。言い返さねば。
「そういうアンタ」
「聞こえなかったの?死んでくださいと言った筈です。可及的速やかに死になさい」
OK、このガキは死にたいらしい。
別に良いよな?どうせコイツが死のうが悲しむのはあの国王だけだし。
別に良いよな?明らかに王女ということで調子に乗ってるクソガキに色々教えてやっても。
別に良いよな?言葉遣いには気を付けないとならない相手が居るって事を。
俺はクソガキへ向け歩き出した。
「何をしているのですか?何度も言わせないでください。可及的速やかに」
「言葉には気を付けろよクソガキ。そんなに死ね死ね言うクソガキにはその意味を体に教えてやる」
クソガキの前に辿り着き、その首を掴み、持ち上げる。
魔力を体に纏うと普段以上の力が出るのは把握済みだ。こんなクソガキを片手で持ち上げることぐらい造作もない。
「テメーが死ね」
そして、いざ手に断頭台の刃をイメージした斬属性の魔力を纏おうとした瞬間、
「はーい、ストップな、ジャック」
何処からともなくフェルトさんが現れて、俺の腕を掴んだ。
「何をするんだフェルトさん。裕福な暮らしをして調子に乗ってるクソガキに言葉の意味を教えてやろうとしたところなんだが?」
「だから待とうよ。大丈夫。今回君が被害者なのは、ここに居る第三王女以外はみんなわかってるから」
『ここに居る第三王女以外は』?どういう意味だ?
そう思い周りを見ると、アトラス王や、その他の昨日謁見室で見たような気がする人達が居た。
いつの間に……。
俺は状況を把握し、手を離した。
すると瞬間、顔面に1発入れられた。
「………………………………」
「ケホッケホッ、何をするのですか野蛮人さっさと死にな」
フェルトさんに掴まれていない方の手で思いっきり顔面を殴ってやった。後悔は無い。むしろ清々しい。
「イ……………………ッタァァァアアアアアアア!!
何をするのですかこの野蛮人!!レディーの顔を、しかもこの私の顔を殴るだなんて!今すぐその首引き裂いてやります!
フェルトさん!不敬罪です!早くそのガキを殺してください!!」
「黙れよ脳内お花畑の自己中馬鹿。マジで殺してやろうか」
「ほらフェルトさん!今明確にこのガキは私を殺そうと」
「やめんかアマリエ!!」
いよいよ俺の我慢がゲージから限界突破しようとしたその時、今まで黙っていたアトラス王がクソガキ向かって叫んだ。
この場にアマリエなんて女の名前は目の前のクソガキしか当て嵌まる奴が居ないから、恐らく目の前のクソガキの名前だろう。他に女は居ないし。
「お父様!何故止めるのです」
「フェルト殿が真っ先に殺していない時点で気付きなさい馬鹿者!そちらに居る少年は新しい裏ギルドの方だ!昨日散々話はしただろう!」
アトラス王の怒鳴り声は、怒鳴り声というより慟哭のように聞こえた。実際、額は汗で一杯だ。
それを見て、ようやく俺はフェルトさんの言葉の意味を理解して冷静になった。
『大丈夫』、ね。確かにこれなら大丈夫そうだ。
俺は腕の力を抜いて自然体になった。
すると俺が冷静になったことをわかったのか、フェルトさんも手を離してくれた。
それを見て更にヒートアップする者が居た。
第三王女だ。
「フェルトさん!何故その逆賊を」
「アマリエ、いい加減にしないと死ぬのはお前だぞ」
アトラス王の口から冷えた声が出る。
それはとても、依頼書に書かれていた愛娘へ対する言葉ではなく、興味を無くし今すぐにでも打ち首にしようかという、正しく王のそれだった。
第三王女は急にそんな声で実の父親から死刑宣告を受け、茫然としていた。
そして頭が追い付いて来たのだろう。顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「何故私が我慢などせねばならないのです!明らかに悪いのはそちらのガキでしょう!なのに!どうして私が諫められなければならないのですか!!」
「もう1度言う。そちらの少年は新しい裏ギルドの方だ。その方にお前はさっき、何を言って何をした。
言葉を選べアマリエ。死にたくはないだろう」
「死にたくッ、ですから!それがどうだと言うのですかお父様!高々裏ギルドに礼儀を知らないガキが入った事と、私に無礼を働いた」
「アトラス王、どうやらこの国とはもう、関係を終わらせなければならないらしい。次代を担う子供がこれなんだ。先は知れてる。
じゃあね。俺が君に手を下す事も必要無さそうだ」
唐突に、本当に唐突に、ニコニコニヤニヤしながら本当に愉快そうな笑みと声色でフェルトさんは話をぶった斬り、俺を連れて帰ろうとした。
「待ってくれ!」
それを急いで扉へ回り込み、今にも土下座をしようとさえする勢いでアトラス王が止めた。
いやホント、急展開でしょ。毎回思うけど、フェルトさんの切り口はいつも唐突だ。
「何を待てば良いんだい?ジャックへの謝罪かい?それとも第三王女の失言をかい?それともこの国からの撤退をかい?それともウチのギルド員に、『この国では好きに暴れて良いよ』と通知することかい?それとも今言った全部をかい?」
「…………全部を待っていただきたい…」
そう言って、アトラス王は土下座した。
国王が、裏ギルドのマスターとそこのガキを相手に、家臣や娘の前で、土下座した。
この場に居たクソガキ以外の人間もそれに倣ってアトラス王の横や後ろに移動して土下座した。
もう1度言うが、クソガキを除いた王国側の全員が、その場で土下座した。
「んー、それは流石に、都合が良過ぎるんじゃないかい?」
フェルトさんは嬉々として、土下座するアトラス王の頭を踏みつける。
アトラス王から呻き声が漏れるが、それでも気にせずグリグリと、まるで靴底の汚れを拭くかのように、アトラス王の頭をグリグリと踏みつける。
我等がマスターよ、アンタホントにスゲーのな。
改めて俺は、この世界、少なくともこの国での裏ギルドの権力を思い知った。
突然自分の親を含めた知り合い達が土下座するという異様な光景を見たクソガキは、「えっ」やら「なんで」やら漏らしているが、同じように土下座を、少なくとも謝ろうとする気は無いらしい。
「当の本人は全く悪いことをした気は無さそうだ。
ねぇジャック。君が彼女の立場ならどうする?」
「何が起きてるかわからなくても、流石に国王が土下座するほどの事態だと考えて、同じように土下座するな。
俺は普通の子供とは違うが、それでも親が謝っていれば子供も悪い気にはなって謝る。
例え特別な地位の者でも、特別な地位の者だからこそ、そういうことには敏感だろうから、俺がクソガキの立場ならさっさと土下座するな」
そう言ってクソガキを一瞥するものの、クソガキは戸惑いからか俺の言葉は耳に入っていなかったらしく、ブツブツと呟いては「あり得ない」とかなんとか言って、現状を認めて謝ろうとはして来なかった。
それが自分の立場を更に悪いものにするともわからず。
「そういえばアトラス王、昨日の話だけど、敢えて依頼内容を全て話そう。勿論依頼主についても。当然だけど、依頼主には何も言及せずら無罪放免として扱うのならだけど」
「承知いたしました。お教えください」
およそ一国の王がする発言ではない言葉遣いでアトラス王は話す。
それを見てか聞いてかはわからないが、後ろでトンと何かが落ちるような音がした。
……念のため、体に斬属性の魔力でも纏っておくか。
「殊勝な態度をありがとう。
じゃあ教えよう。依頼主はこの国の第一王子だ。そして依頼内容は次の通りだ」
フェルトさんは腰のポシェットから一昨日見せられた紙を取り出し、原文そのまま読み始めた。
詳細を聞き、頭を下げててもわかるほどにアトラス王の見えている皮膚の部分が青くなる。
「金なら言い値で、そのまま欲しい物が貰えるそうだけど、俺はこの権利を使ってこの国との完全撤退を貰おうと思うんだけど、どうかな?」
フェルトさんはニコニコニヤニヤ愉快そうな表情でアトラス王に話し掛ける。
意地が悪い。アトラス王の答えが何かを知った上での、より良い物を引き出す為のヤクザのような取引の仕方だ。
我等がマスターながらあくどい。
「あくどいとは失礼だねジャック。そういう君は、まず自分の口許に手を当てることをオススメするよ」
言われて触ってみて気付く。俺もどうやら、フェルトさんと変わらない笑みを浮かべていたらしい。
と、その時、首に尖った何かが当たる感触がした。
振り返って何か確認してみると、第三王女が腰を抜かして様子で、ナイフ片手に俺を指差して「化け物」と言って後退っていた。
…………斬属性の魔力を纏っていて良かったァ!
「ジャック、顔が悪い人のそれだよ。
さて、アトラス王?より一層立場が悪くなった訳だけど、どう落とし前をつけてくれる気か、この場で聞かせてもらえないだろうか?それによってはこの国からの撤退は撤回してあげよう」
「あぁそれと、国王さん。間違ってもソコのクソガキを殺すとか、城に軟禁や幽閉するとか、糞みたいな貴族の家に嫁がせるとか、そんな生ぬるい処置をするとかは言わないでね。
俺、文字通り殺されかけた訳だし、相応以上の苦しみを抱いて死んでほしいからさ!」
フェルトさんに便乗してそう告げると、隣から「良いねそれ!採用!」って声が聞こえて来た。
たぶん今、俺とフェルトさんの事を、アトラス王達は悪魔を見るような目で見てるだろう。
フェルトさんはアトラス王の頭から足を退けて、彼の背中に座る。
俺はそれに倣って、俺は後ろに居る第三王女をうつ伏せに転がして、その上に座る。
「………………まず、第三王女をあなた様方の奴隷に……」
「命の危険を省みず寝首を掻いて来そうな奴隷なんて要りませーん」
「ッ……。……………この国をあなた様方裏ギルドの国に……」
「こんな国よりもっと良い国とも繋がってるからね……。こんな国1つ貰ったところで管理出来ないし。むしろ不利益だから要りませーん」
俺とフェルトさんがふざけながら、次々にアトラス王の要求を断って行くと、最終的にアトラス王は泣き声のような物を上げながらこう言った。
「好きな物を、好きなだけ、好きなように持って行ってください……」
「よし、その言葉を待ってた。じゃあそれで決定だね。
あ、勿論記録をちゃんと残しておいてね。『第三王女アマリエール・クレセンドル・アトラスが裏ギルドへ対して度重なる非礼を行った為、その補填の為に、裏ギルドの望むものを望むだけ差し出した』って、ちゃんと残しておいてね。じゃないと今度こそ本当にこの国を去るから。
じゃあジャック。俺は今からギルドのみんなを呼んで来るから、君は先に貰っといてよ。今回裏ギルドに最も貢献したのは君だからさ、君が欲しい物を先に君が貰っちゃいなよ。
じゃあ、また後でねジャック」
フェルトさんは本当に嬉しそうにそう言うと、俺の横を通り抜けてこの部屋の窓を開けて、そこから飛び降りて、恐らく裏ギルドへと向かって行った。
残された俺は、立ち上がってクソガキの頭を蹴ったあと、笑顔でこう言ってやった。
「じゃあ、取り敢えず宝物庫までの案内をよろしくお願いしますね、アトラス国王陛下」
アトラス王の啜り泣くような声が聴こえた。
この世界では一国の王よりも裏ギルドの方が権力が高い。そんな世界です。
世界征服?実質的に裏ギルドが既に達成させて100年以上経ってます。
そんな世界です。




