気付き
それは唐突に起きた。
俺が自分で服を作って洗濯物が乾いた翌日。俺がフェルトさんに、現時点で俺の外出がフェルトさん同伴ではあるが、活動を許されているアトラス王国王都の呉服屋や食べ物屋、商業ギルドや冒険者ギルド、果てには娼館などの場所の案内をしてもらい、帰った後の夕飯の時の話だ。
唐突にフェルトさんが俺を抱き上げ、自分の膝の上に置いた。
その直後だった。俺の座っていた椅子は真っ二つになり、そこには赤黒い色をした斧が突き刺さっていた。
斧の先に徐々に視線を向けて行くと、今度は相手の顔が見えるであろう位置に達した時には大きな手が目に写った。手だけが写った。
それもフェルトさんは俺を抱え上げる事で躱して逆にその伸びていた手を掴んだ。そして捻ると、その腕の持ちは斧から手を離し床に転がった。
床に転がった事で、ようやくその人の顔が見えた。
髪は茶髪でソフトモヒカン。服はタンクトップのようなシャツ、腰にはフェルトさんと同様のポシェットをしていて、顔には両目と鼻の所に縦に傷が有る男だ。
「い、いててて。痛い。痛いってフェルトさん!」
「俺に攻撃するようなゴミが生きてられると思ってるのかい?」
傷の男がフェルトさんに離して欲しそうに言うが、当のフェルトさんの声は冷えきっており、盗賊共に組み付いていた時よりも冷えていた。
その声を聞いて、傷の男は途端に顔色が真っ白になった。
「あのよぅエイリークゥ。このギルドの絶対の掟はぁ、なんだったぁ?」
「そ、そそれ、は……」
「『ギルドマスターには如何なる理由が有ろうともギルドマスターが許可した以外に危害を加えることを固く禁ずる。破れば相応の死を』、だったよなぁ?
で、死ぬ覚悟は出来たか、血斧のエイリーク」
「ま、待ってくれフェルトさん!!俺は、俺は!別にアンタを攻撃した訳じゃなくそこのクソガキを」
「俺がコイツを庇った時点で俺が新しく仕入れたガキなのは言わなくてもわかることだよな?お前もそうやってこのギルドに入ったんだもんな?
なのにテメーはこう言いたい訳か。
自分は良いけどガキは駄目。見下げた根性だな。お前みたいなのが居るから、裏ギルドはより一層犯罪組織だと言われるんだよエイリーク。
俺達はビジネスで殺しをしてるんだ。なのにそこに趣味の殺しを加える事を何度も見逃してやってたのは、テメーが触れちゃならん掟を破ることだけはしなかったからだ。
だが、なぁ?遂に手ぇ、出した、なぁ?」
「ひぃぃぃ!!すまねぇ!本当にすまねぇ!!意識を改める!改めてこれからは必要以上の殺しはやらねぇ!だからぁ!だから命だけは!"無限の地獄"だけは!!」
「ほぅほぅ、無限の地獄をお望みか。ならそれで殺してやろう」
「あー、フェルトさん?お取り込み中悪いんだけど、ゴミ掃除は待ってくんないか?」
傷の男が、あまりにも哀れでつい止めてしまった。
勿論フェルトさんが俺を殺そうとした奴の命を奪うのなんてどうでも良いけど、その前に聞いておきたい事はある。
その前に殺されるのは、俺としては都合が悪い。
「ジャック、邪魔、しないでくれる?」
「いやいや、誰も殺すななんて言ってないだろ。なんで俺を殺そうとしたゴミの掃除を止める必要が有るんだよ。
そうじゃなくて、掃除前にコイツに聞きたいことが有ってな。それを聞いてからじゃないと、俺としては少々都合が悪い」
俺の話を聞いたフェルトさんは何かを考えたあと、「まぁ良い経験か」と呟き、俺に質問する事を許してくれた。
よし、今の内に聞きたいことを聞いてやる。
「なぁアンタ。エイリークって言ったか?アンタにいくつか聞きたいことが有る」
「……………………」
「『誰がガキの話なんか聞いてやるかよクソガキ』だってさ」
「…………あぁ、フェルトさん。通訳しなくて良いよ。その代わり答えなければ、ソイツの腕や脚を切り落とすから。ちょうど俺でも簡単に出来そうな感じだし」
俺がそう言った途端、傷の男は見てわかるほど目を見開き慌てた様子になった。額からは汗が噴き出ている。
俺は気にせずフェルトさんから降りて、傷の男のフェルトさんが拘束してる方とは逆の腕の肩の部分に手を置いた。
そして断頭台のイメージで、斬属性の魔力をその肩へ向け放った。
すると肩は驚くほど簡単に落ち、鮮血が舞う。
断面図はとても綺麗で、グロい筈なのに全く気持ち悪くなかった。
「あ゛ああああああああああああ!!腕!テメークソガキィィイイイイ!!」
傷の男は腕を無くした痛みからか吠えながらジタバタする。しかし片腕は今もフェルトさんに抑えられてる為、マトモな動きが出来ず、起き上がろうとしたようだがまた腕を捻られて床に腰を打った。
「俺の命を狙った理由はなんだ?」
「フェルトさん!!なんで俺がこんな事されてるのに黙って」
「あと2機な」
俺の質問に答えずフェルトさんに話し掛けた為、足の片方にも腕と同じ末路を辿ってもらった。
再び男の絶叫が響く。
ただしそこには、俺とフェルトさんに対する恐怖の色が伺えた。
「俺の命を狙った理由はなんだ?」
改めて、一語一句違わず聞いてやると、ようやく状況をわかったのか忌々しそうな表情をしながら俺を睨んできてこう答えた。
「新人の癖に挨拶に来ねぇクソガキに先輩との接し方を教えてやろうとしたんだよ」
……それがいきなり命を奪うというのはどうなんだ?
フェルトさんの方を見る。
しかし彼はニヤニヤしながら「普通の事だよ」と言った。
怖ぇな裏ギルド!殺伐とし過ぎだろ!!
かくいう俺も、今まさに大の大人の男の腕と脚を切ったんだが……。
ホント、なんでなんの抵抗も覚えず出来たんだ?
まぁ、今はそれを置いておこう。それよりも早いところ聞くことを聞かねば。失血死されてしまう。
とか思っていると、傷の男の傷口が燃えた。
人の肉の焼ける嫌な臭いがする。
これをやったであろう犯人に視線を向けると、「サービスだよ」なんて言ってウインクしてきた。
ウインクっておまっ。
「叫んでるところ悪いが次の質問だ。
他に俺に対してよく思ってない奴ってどのくらい居る?」
「知るかよクソガキ」
残る脚を切り落とさせてもらった。
直後に傷口が焼かれ、止血される。
何故だろう。何故だか楽しくなってきた。
「他に俺に対してよく思ってない奴ってどのくらい居る?」
「グガァ、ァ、ァ、ァアア……。本っ当に!知らない!!」
この様子から察するに、本当に知らないのか……。
んー、残機があと1つしかないんだが、んー……。
「フェルトさんに俺が抱き上げられたのに攻撃した理由は?」
「……………………頭に血が昇っていたからだ」
「お前は頭に血が昇ると人を殺そうとするのか?」
「……それも有るが、何より人を切った時の肉を断つ感触が快感過ぎて、セックスより気持ち良いからやるだけだ」
5歳の子供相手にセックスとか、それよりも殺人とか人を傷付けることが快感とか、頭おかしいだろコイツ……。
快楽殺人鬼というヤツか。
「もしもそれで、本当にフェルトさんに当たって、それが原因で大怪我や最悪死んでたらどうしたんだ?そこまで頭が回らなかったのか?」
「…………………………」
答えなかった。傷の男はそこで完全に黙り込み、表情も真顔になった。そして下卑た厭らしい表情で笑ったかと思うと、こう続けた。
「今後ここで生きていくテメーに、ここの先輩であり死に行く俺が良いことを教えてやるよクソガキ。
全員が全員、フェルトさんに付き従ってる訳じゃねぇんだよクソガキ。フェルトさんの命を虎視眈々と狙ってる奴も居るんだよ、受付のリューシュンとかな。
俺もその内の1人で、正直当たって大怪我でもしてくれたら万々歳だったさ
この事はフェルトさんも知ってる。というか心を読まれて読まれてる。それを承知で俺達はその人の下に居る。だから、テメーみてぇな見るからにお荷物な奴が居れば、そりゃ狙いたくなるもんさ。
しかもフェルトさんはお前を庇うときた。でもその人は物凄くシビアでドライだから、テメーが1人で知らないところで死のうと死んだのか程度にしか思われないだろう。
クソガキ。今後、お前が1人の時はそういう理由で狙われるかもしれないし、そんな雑事する必要は無いと助かるかもしれねぇ。
だがな?その人と居る時だけは確実に狙われる。だから命が惜しければ、その人から離れるのも手だぜ?」
「よく回る口だな。ご忠告ありがとう。俺はそんな話をしろとは言ってない」
俺は傷の男の、最後の残機を切り落とした。
傷の男はダルマとなり、食堂の床に伏す。
「ジャック君、一応体裁って物が有るから、トドメは俺が刺すよ?わかってるね?」
「…………わかった」
物凄くイイ笑顔でそう言われては、俺も命が惜しい。素直に引き下がるしかなかった。
本当は最後のフィニッシュとして『こうしたい』ってのが何故か頭の中に浮かんだが、それも我慢するしかない。
俺が傷の男から離れたところで、刑が執行される。
「さて、君との付き合いも1年か。長いようで短い1年だったね」
「ハッ。アンタはこうなることを予想していたんじゃないのか?」
「予想はしてたけど、流石に早過ぎだと思ってるよ。だって、予想してたより半年も早いなんて」
「……ハッ。つまりどちらにせよ俺の命はあと半年程だったと?」
「君が足を洗う。それぐらいの可能性で生きる確率は有ったよ」
「じゃあ無理だ!俺は人を断つ感触から離れられねぇ!!
にしても、エライ頭のおかしいクソガキを拾ったな、アンタ」
「これは俺も予想外。君を何かしらの方法で傷付ける事で、今後の彼を育成する上で必要な物を得てもらおうと思ってたら、予想の斜め上以上の結果を残してくれたんだもん。しかもまだやり足りないらしい。
彼のそういう部分を出してくれたという意味では、君は最後の最後に俺に有益な物を齎してくれたよ」
フェルトさんの顔がピエロのような笑みに変わる。
それからもいくつか2人は言葉を交わしたあと、遂にその時がやってくる。
「さて、そろそろ時間だ。これから彼には、ここの掃除をしてもらわないと駄目だからね。
全く、君はなんでギルド内で仕掛けてきたかな?」
「ハッ。んなもん、目の前に断ちたい物が有ったから以外に理由なんて要るか?」
「そうかい」
その言葉と共に命の華が1輪散った。
傷の男の表情は何故だかとても晴れやかで、満足しているようだった。
俺はこの日、初めて人を必要以上に傷付け、初めて人の散り際を見た。
その光景はとても鮮烈で、それでいてとても、何故だかとても甘美なものだった。
その事に気付いた時に俺は気付いた。
俺はどうやら最初から、壊れていたらしいことを。
この世界のここの人達は主人公含め、あらゆる意味での社会不適合者の集まりでも有ります。
当然、そこに入れるのは、同じ人種か別側面の才能が有るものや訳有りだけ……。




