屈辱的で、背徳的で、敗北的
「だぁーくそっ!当たれやオラッ!
…………って、あれ?」
気が付くと、俺は知らない部屋に居た。見覚えのない部屋だ。
そして俺は今、恐らくベッドと思われる場所に両手両足を縄か何かで拘束された状態で寝かされていた。御丁寧に両手両足の繋がった囚人服のような状態にされた上で、その上からベッドその物に皮か何かで体を拘束されているというオマケ付きで。
そこまで状況把握が出来た段階で、自分に何が有ったのかを思い出した。
そうだ、俺、フェルトさんの態度にキレて攻撃したんだった。
思わず溜め息が漏れる。
来た甲斐が有ったと思っていた矢先に、自分の居場所を無くすような馬鹿な行動をしてしまった……。軽く自己嫌悪だ……。
そうして自分のやった事に対して色々考えていると、部屋に誰かが入ってきた。
「お、目覚めてるね。気分はどうだい、ジャック君」
どうやら入ってきたのはフェルトさんらしい。
俺は起き上がれない、身動きがほとんど出来ないなりに動き、フェルトさんに精一杯の謝罪を行った。
「フェルトさん、すみませんでした。拾っていただいたのに、いきなり感情に任せて殴り掛かってすみませんでした」
「アハハハハ、良いよ良いよ。わざと君を怒らせるように準備して、最終的に怒らせたのは俺だからね。君は何も悪くない」
フェルトさんのその物言いに、思わず怪訝な表情を俺は浮かべてると思う。
今この人、なんて言った?
「それは、どういう……」
「訓練1、自力でその拘束を解こう。
その拘束は君の属性を使えば簡単に切る事が出来る。
1度は無意識的にも出来たんだし、意識的にも出来るだろ?
拘束を解いたらこの部屋から出ると良いよ。
その次は、俺を見つける事が訓練2だ。
当然だけど、君はその拘束を解いて俺を見つけるまで飲まず食わずの垂れ流しでいてもらう。それが嫌なら頑張れ。
じゃあ頑張れ。いつまでも君1人に時間を割いてられないしね」
言いたい事だけ言って、俺の言葉を1つも聞かずにそのまま出て行った。
え、ちょっと待てよ。なんだよソレ!訓練って、まさか例の地獄のようなコースってヤツか!?
そうだったら確かに地獄のようなコースだ。初手がいきなり、人の尊厳という精神攻撃なんだから、正に地獄のような訓練だ!!
俺の中でフェルトさんの評価が『鬼畜』へとランクアップした。
閑話休題。
さて、俺の今の状況の理由と、何をしなければならないかはわかった。じゃあ、具体的に何をすれば良いのか、何をしなければならないのかを考えないとならない。
幸いにもフェルトさんはヒントを残してくれた。
それがどういった意図なのかはわからないけど、まぁ、ヒントはヒントだ。
確かフェルトさんは、俺の属性なら簡単に切る事が出来ると言っていた。それに1度は無意識的にも出来ていたとも言っていた。つまりその無意識的に出来ていた事をやるのが今回の訓練の目的という訳か。
今回の目的がなんなのかの検討をつけたところで、次にその方法をどうするのかを考える。
まず属性云々言っていたから魔力なんだと思う。それは、わかる。でも、それまでしかわからない。
いったいどうしろと?
アレか、アニメとかの気を感じろとか、そういう痛々しいのをやれって事か。
だったらより一層の精神攻撃だ。精神が大人の奴に「魔力を感じろ!」とか、痛々しいにも程がある。前世を含めると現在の俺の年齢は30歳だ。
30歳のオッサンが気とかチャクラとか魔力とかを感じろとか、完全に通報ものだ。気とかチャクラは実際に人間の生命エネルギーの事で存在はしているらしいってのをテレビで見た事は有るし、霊力とかいうのは『霊感』って言葉で何度か聞いたことが有るけど、それでもそんなの本気で言うのは武道の達人とか実際に『そういう雰囲気のある人』だけで、一般人の俺が言えば事案だ。
なんという訓練だ。正に地獄のような訓練だ。
そしてそれを乗り越えない事には、俺は前に進めない、進むことも戻ることもさせてもらえないらしい。
ならもう、やるしかないだろう。
「って、言ってもな……」
本当にやり方がわからない。まず、そもそも魔力とか属性ってなんだ?
この世界に純粋な状態で生まれてたなら『そういうもの』としてどうにか出来たかもしれない。でもなまじ魔力や魔術なんてものが無い世界で25年も生きてきた記憶と知識と人格が有る俺からすれば、全く訳がわからない代物だ。
こういう時、転生ものの小説や漫画を読んでいたなら、もしかしたらその中にヒントのようなものが有ったかもしれないが、生憎俺の読んでいた物はサブカルチャーだとアニメ化された小説ぐらいだ。あとはサブカルチャーのようなものではない賞を取るような部類の本ばかりだ。
さて困った。
あぁでも、気とかチャクラとかいうのを全面に押したバトルアニメだけは観た事が有るな……。確か日曜の朝とかにパッと起きた時にたまたま観たんだっけか。
アレを意識してみるか……。
アレって確か、人の気配とかそういう類いの物だっけか?まぁ何でも良いか。取り敢えず目でも瞑って集中するか。
目を実際に瞑り、周囲に何か無いかを探す。
と言っても、んなものすぐにわかる訳もなく、そもそも『気配を読む』とか所謂『殺気を感じる』とかどういう理屈かわからん。
一旦諦めて目を開ける。
すると目の前には、なんかよくわからない、透明な何かがジッと俺の事を見ていた。
「?!」
思わず声を出しそうになったが、なんとか堪える。
いつの間に入ってきた?
いや、いつから居た?
背中に薄ら寒い物を感じた。
そう言えば、フェルトさんが入ってきたのも俺を気にして入ってきたというより、最初から俺が起きてるのを確信して入ってきたようだった。
俺の中でのフェルトさんなら超能力的な力で俺が起きたのを知ることが出来たとも考えられるが……。十中八九目の前の何かがフェルトさんに教えた可能性の方が高いだろう。
コイツはなんだ?何故俺をジッと見ている?
というか、何故俺は透明のコイツを認識出来た?
コイツの居る位置は俺の腹の上辺り。俺に馬乗りになったような状態だ。でも重さは感じない。それどころか何故か俺に似ている気がする。
………………。
…………?!
なんで俺は今、コイツが俺に似ていると思った?!!
俺がコイツが俺と似ていると思った瞬間、コイツの顔と俺の顔との距離が縮まった。今のコイツの顔は俺に覆い被さるような位置にある。
「お、お前が俺の魔力……なの、か?」
そう口に出した途端、コイツは更に顔を近付けて来た。完全に俺の上で寝転がったような距離にコイツの顔がある。
そしてそれだけ近付いてわかった。コイツの体の色は、薄過ぎてわかりにくいが、ヘソの上辺りから上はおおまかなロイヤルパープル色をしており、ヘソの下辺りからは翠色をしており、体全体の縁は鋼色のような灰色をしていた。
ここまで近付かれてようやく気付いたのは自分の事ながら情けないが、ここまで来ればコイツがなんなのか流石にわかった。
「なるほど、お前は俺の魔力か。なら、受け入れるしかないな」
近付かれる度に、俺はコイツに対して得体の知れない物が近付いて来る恐怖を感じていたが、コイツの正体におおよその検討がついた瞬間、簡単にコイツの存在を受け入れる事が出来た。
透明なソレは、俺がそう口にすると宙へと浮かび上がり、完全に俺の顔、俺の腕、俺の脚、俺の体と重なるような格好をしてゆっくりと俺へ向け下りてきた。
恐怖は無い。
そして透明なソレが俺と完全に重なった瞬間、俺の中から爆発的に力が沸き上がって来た。
今なら何でも出来る全能感さえある。
なるほど、これが魔力か。
……これが魔力かとか、前世の世界に居た頃では絶対に言えないし考えられない言葉だな…。
そして透明なソレ、俺の魔力が完全に俺と重なった事で、俺の属性がなんなのかもわかった。そしてその使い方も。
拙いなりに魔力を動かす事を意識しながら、体表に鋼色の魔力を張るイメージをして徐々にソレを回転させる。回転させるイメージはチェーンソーだ。鋼色の魔力をチェーンソーの回転する刃に見立てて、俺自身は刀身としての役割を果たす。
目を瞑りながら鋼色の魔力を回転させ続けている内に、腰近くの脚の方から順に縄が切れて行った。
そして遂に、俺は俺の腕と脚を拘束する縄全てを切り終える事に成功した。
あとはこの皮のような物を切らずに隙間から這い出れば良いだけだが、それはなんか違う気がした。
だから更に俺は鋼色の魔力を回転させる事にした。
このときの俺はまだ、その時の選択が間違っていることがわからなかった。
ズルだとしても、1度あそこで這い出ていれば良かったなど、この時の俺は知る由も無かった。
☆ ☆ ☆
腕と脚の拘束を解いてから、この部屋に射し込む外の光が紅く染まり始めた頃。俺はまだ皮のような物の拘束を切ることが出来ていなかった。
それどころか、何故かその皮のような物はドンドン俺を逃がさないように縛る力が増して行っていた。現状それは、俺の体に軽く食い込むほどになっていた。
そして何よりも危急的速やかに完遂しなければならない問題が有った。
膀胱が悲鳴を挙げていた。
つまりおしっこしたくて堪らなかった。
精神年齢30歳の男がその歳でトイレに行かずお漏らしをする。
これほど屈辱的で背徳的で敗北的な事はないだろう。
膀胱様が悲鳴をお挙げになった事で、更に俺に悪影響が及んでいた。
膀胱様に意識が行って、鋼色の魔力を回転させる事がままならないのだ。
どれだけ意識しても、それは膀胱様を意識することに近いものが有るらしく、意識すれば意識するほど膀胱様が悲鳴をお挙げになった。
そしてそれを繰り返すほど皮のような物は俺を強く縛っていった。それと同時に何かが抜けるような感覚がして体に力が入らなくなった。
それが更に膀胱様の悲鳴に拍車を掛けた。
そうこうしている内に外から射し込む光は紅から綺麗な白銀色へと姿を変えた。
そして俺は、遂に我慢することが出来なくなり、膀胱様というダムは決壊した。




