私が俺になったとき
「では質問を致しますので、正直に答えてください。答えられない場合は素直に答えられないと答えていただければ、それ以上我々共からは追及しません」
流石裏ギルドというべきか、答えられない事への追及をしないというのは、なかなか出来る事じゃない。答えられない事情を抱えた人も登録するのだろうか?
私は受付の女性、リューシュンさんの言葉に「わかった」とだけ返した。
「では質問を始めます。名前は?」
「ジャック……、」
ジャックまで言って、家名を答えるかどうか悩む。
しかし、すぐに答えは出た。
「ジャック=キリサキだ」
家名は捨てる。でも、家名は無いと不便だと思い、前世の物を使うことにした。
桐崎ジャック……。切り裂きジャックみたいだけど…、ある意味裏ギルドに所属するならそれぐらいのインパクトは有っても良いと思う。思うことにする。
その後も質問は続いた。
「年齢は?」
「5歳」
「出身は?」
「答えたくないほど答えることが億劫だが、ザリーという村の猟師の家出身だ」
「扱う得物は?」
「見ての通りまだまだ子供だから、その辺はこれから決めようと思う」
「魔術属性と魔力値は?」
「属性は正直なんなのかがわからない。司祭の言ったどれにも当て嵌まらない色をしていたから。
魔力値は5000だ」
「……5歳の儀式を受けたのは何時?」
「今日だ」
「…………当ギルドを知ったのは何時?」
「貴女とフェルトさんが話していた今さっき」
「………………何故裏ギルドマスターフェルトと会った?」
「儀式の帰りに盗賊に襲われて、俺が拐われて連れて行かれた場所にフェルトさんが居た」
「…………将来の夢は?」
「……まだ、正直わからない。村では他の子供達とは遊ばずに、村の掟である体力作りに奔走していたから、目標という物は無い。
ただ、自分の身は自分で守れるぐらいの強さは欲しいとは思ってる」
「…………最後です。あなたは貴族と関係は有りますか?」
その質問は、今必要な質問なのかと思った。
しかしリューシュンさんの発した声色には、相変わらず淡々とした抑揚の無い物だったけど、確かに憎悪の感情が言葉に載ってる事がわかった。
ここで初めて、フェルトさんの言っていた事を理解する。
この人も、貴族に何かされて恨んでいる人なのだろう。
まぁ、だったとしても、私の答えは変わらない。最初から決まっている。
「そもそも貴族なんかと関わりが有る筈が無い。俺はさっきも言ったが、猟師の息子だった。貴族なんかと接点を持つ機会など皆無だ」
私がそう答えると、数秒置いた後、「お疲れ様でした。これにて質問を終わります。あとの詳しい話は、ギルドマスターの部屋にてギルドマスター本人からお聞きください」と言ってお辞儀をしたあと、また机に突っ伏した。
「コラ寝るな馬鹿」と言ってリューシュンさんは頭を叩かれているが、起きる素振りは無い。
フェルトさんはそれを見て肩を竦めたあと、「じゃあ俺の部屋に行こうか」と言って扇動を始めた。
私もそれに着いて行く。
この時、私は、自分の背中を射殺さんばかりに睨む、この場に居た全ての先輩達の事に気付かず、後で大変な思いをしたが、それはまた別の話。
☆ ☆ ☆
「さぁて、何から話そうかな?」
この建物の最上階。そこにフェルトさんの部屋は有った。
部屋の中は一言で言うと社長室だ。入って正面に縦長の窓が有り、その前にフカフカそうな背凭れ付きの椅子と大きな書き物机。
フェルトさんはその書き物机の椅子に座ったあと、私にそう切り出して来た。
「何から、と言われても、俺には何から話してもらえば良いのかすらわからない。
強いて聞きたいのは、リューシュンさんとのやり取りは必要なのかという疑問だけだな」
「早速実践してくれてるなかで悪いけど、別に2人きりの時までその話し方はしなくても良いよ。その喋り方、普段と違う喋り方で疲れるだろ?」
「…………前の世界には切り裂きジャックという殺人鬼の話が有る」
「……は?君がどうしたの?」
「俺じゃない。
切り裂きジャックというのは夜な夜な街を歩くうら若き乙女達の首を何人も切り裂いたジャックという男の事で、その切り口から大男で語られる事が有る」
「急に語り出してどうしたの?それより俺の質問を無視するのはいただけないかな」
そう言ってフェルトさんはナイフを取り出したが、それでも私は、いや俺は続けた。
「前世の俺の名前は桐崎達磨、タツマ=キリサキって名前で、今生の俺の名前はジャックだ。
そして俺は、前世も含めて親という物に嫌気と嫌悪感しかない。
そしてそんな奴等と関わりが有る俺の全てを切り捨てたい。
でも現実問題それは出来ないし、新しく名前を付けようにもそういった語彙力もない。
だから俺は、私を切り裂き、ただのジャックになる。
キリサキのジャックになる。
だからそのための第一歩として、まずは話し方を変えようと思った。名前をキリサキにしたのは、切り裂きジャックに肖って、だな。ほら、裏ギルドって一般的には汚れ仕事や裏方に徹する組織だし、ちょうど良いと思って」
俺が話し終えると、いつの間にか後ろに居たフェルトさんと、首に当てられていたナイフから解放される。
名前と話し方の由来を話す上で前置きをしなかったのは俺だけど、それでもやっぱり、フェルトさんは少し短気な気がする。まぁ、質問にちゃんと答えず遠回りな事を言った俺が悪いんだけども。
俺の首からナイフを離したフェルトさんは何が面白いのか、笑いながらナイフをジャグリングしながら椅子へと戻った。
「いやぁー、ごめんごめん。前置きしなかったのは君が悪いけど、少し短気過ぎたよ。確かにその前置きが無いと説明が難しい部分が有るね。少し強引のような気もするけど。
それはアレかい?君、この界隈から抜け出す気は無いって事かい?」
フェルトさんが愉快そうな表情で口許を歪める。
この人は本当に、何が楽しいんだろうな……。
「郷に入っては郷に従え。前の世界の俺の居た国の諺だ。新しい場所で生活するなら、そこでのルールに従えって意味だ。
何より、そもそも俺の元々の趣味と合わせて考えても、このギルドはかなり俺向きな気がする」
「へぇ?君の元々の趣味?」
「元々武器を眺めるのが好きなんだが、それに加えて読書も大好きだ。この2つを両立させるためには、あなたの下に居た方が叶いそうだし、何よりもう、切り裂きジャックの名を背負うと決めたしな」
そう言いながら、フェルトさんのように口許を歪めさせる。
フェルトさんの言うように、少し強引な部分が有るのは自覚が有る。
でも、いい加減理不尽からは解放されたかった。
どんな環境に居ても理不尽ってヤツは獲物である俺に襲い掛かって来る。奴等に対抗するためには、最低限のあらゆる意味での強さが必要だ。
そう考えると、この環境は正に理不尽に抗う為に必要な設備が全部揃ってるとも言える。奴等に対抗する準備が出来る環境だと言える。
なら活用しないのは勿体ない。
俺の考えを読んだのか、フェルトさんは破顔しながら嗤った。
「良いね!颯爽と親を見限ったのも個人的には評価してたけど、内に秘めた狂気は正に狂ってる!それなのに理知的な思考でそこに到っているというのが、正に狂気だ!!
君、いやジャック。俺は君に会えて良かったように思う。
でも、良いのかい?そもそも本当に俺が、君の望むものを与えるとは限らないよ?」
本当に嬉しそうに、楽しそうに嗤うフェルトさんは、目尻に浮かんだ滴を拭いながら俺に尋ねて来る。
それに対して俺も、破顔しながら嗤い、言ってやる。
「あなたが管理して、俺の望むものを与えると言ったのはあなたでしょ?」
「それがそもそも嘘だという可能性は?」
「あなたは自分が言ったことに嘘は吐かない。それがこの短時間でわかったからこそ、俺はあなたの下に就くことを覚悟したし、決めた。
俺のあなたに対する評価は検討外れかな?」
俺がそう言うとフェルトさんは噴き出した。
そして一頻り笑ったあと、お腹を抱えながら俺の前まで歩いて来て、俺と目線の高さを合わせながら手を差し出してきた。
「君は俺の想像以上におかしい奴だったらしい。
これからよろしく、キリサキ・ジャック」
差し出された手を、俺は握って笑いながら答える。
「こちらこそよろしく、フェルト・ロード」
この日、この時、私は俺になった。




