事件の真相。
探偵の言葉に、九十九折は息を呑んだ。
すぐに何か、反論を行わなければならないことはわかっている。しかし、なんと案論すべきなのかが九十九折にはわからなかった。
なぜなら、今探偵が語ったことはすべて真実なのだから。
正しいことを否定するための嘘を付けるだけの冷静さが今の九十九折には無かった。無意識に手首の時計をさすりながら、彼女は必死に頭を働かせていた。
そんな九十九折をちらりと一瞥して、探偵は言葉を続けた。
「雑誌を借りに来ていた生徒が貴方だと分かった時、すべての謎が解決しました。貴方と月下さんは同室で、しかも親友だった。そんな貴方には、神原くんのことで月下さんが悩んでいることなど簡単に察することが出来たでしょう。貴方はそこを逆手に取ったんですね。」
口調とは裏腹に、探偵の言葉は確信に満ちていた。九十九折は一度目を伏せ、深呼吸をすると言葉の先を促す様に探偵に向かって淡く微笑んだ。
その笑みに促されるまま、探偵は謎解きを続ける。
「ここからは私の予想ですが……おそらく、事件の真相はこんな感じでしょう。
その日、貴方はわざと机の上に『月刊オカルティア』を、それも『こっくりさん』の特集ページを開いた状態で置いておき、月下さんの目に留まるようにした。
どんな女の子でも占いには興味があるでしょうし、悩み事を抱えているのであればなおさら興味を示したでしょう。
貴方の狙い通り、雑誌に目をとめた月下さんはそのお呪いに食いつき、それを実行した。
まぁお呪いと言っても、『こっくりさん』は少し儀式めいているので外で行うのは憚られた筈です。月下さんが貴方のいない日を選んで、寮の部屋で行おうとすることも貴方には簡単に予想できたはず。
おそらく貴方の予想通り、貴方が出かけた部屋で月下さんはお呪いを行ったのでしょう。そして月下さんがお呪いを終わらせようと『こっくりさん』を返す儀式をしていた時、それを邪魔するために貴方はあえてその部屋に入った。そのため彼女は返す儀式を中断せざるおえなかったのです。
たしか『こっくりさん』には参加者以外の人間に見られてはいけない、というルールがあったはずですから。
なんにせよ、儀式を完結させることが出来なかった月下さんは段々見えない何かに怯え始めた。
そしてそれが、今回の事件に繋がっていったのです。
すべては、貴方の思考通りにね。」
そう言葉を締めくくった探偵の顔は、とても悲しげだった。
おそらく彼に九十九折を問い詰める気はないのだろう。現に探偵の瞳は嫌悪とともに同情の色で染まっている。
しかし今の九十九折にとっては、その瞳を向けられることの方がただ嫌悪されることよりも何倍も辛かった。
いっそのこと、糾弾してくれればいいのに。
そうしてくれたほうが、どんなに楽か。
しかしそんなことを言う資格が無いことは誰よりも九十九折自身がよく分かっていた。
なんせ彼女が、月下マリアを自殺に導いた真犯人なのだから。
そう自覚した時、彼女の中で、何かが反転した。
それは、彼女が変わった瞬間だった。
「それで、謎解きは終了ですか?」
そう問いかけた九十九折の顔を見て、探偵は息を呑んだ。
彼女はもう笑ってはいなかった。
先ほどまで見せていた淡い笑みは完全に消え、その端正な顔には何も浮かんではいなかった。
能面の様に、蝋でできた様な美しい少女の顔だけがそこにはあった。
「……えぇ、そう、です。」
これで謎解きは終わりです。
そう答えるのが、彼にとっての精一杯だった。
嫌な汗が、探偵の背中につたった。
何かが彼女の中で変わったことは探偵にも理解できた。
しかしその何かが何なのかが、彼にはわからなかった。
理性か、感情か、道徳心か。少なくとも開き直ったわけではないことは確かだった。
しかし、彼女の中で何が反転したのかを推し量るには余りにも二人の仲は浅すぎた。それこそ月下マリアならば、理解できたのかもしれないが。
頭をフルに回転させる探偵とは反対に、ゆっくりと紅茶に口を付ける九十九折はどこまでも優雅で、どこまでも人形じみていた。
そんな九十九折から目をそらすために、探偵は珈琲を一口、口に含んだ。冷えた珈琲が、探偵の頭を落ち着かせる。
カップから、少しだけ視線をあげ九十九折を見る。珈琲を飲んで落ち着いたせいか、今度は彼女の顔に恐怖を感じることは無かった。
――その顔に人形じみた印象を受けたのは変わらなかったが。
まるで探偵が落ち着くのを待っていたかのような絶妙なタイミングで、九十九折は口を開いた。
「でも先生、肝心の動機は? 動機は、いったい何だと思いますか? 」
純粋な疑問とも、肯定とも取れるその言葉に探偵はゆっくりとかぶりを振った。
「それだけがどうしてもわかりませんでした。月下さんと貴方が親友であったというのは本当だと、私は思っています。周りや、貴方自身がおっしゃっていたように。だからこそ、余計にわかりません。
一体何故、貴方は彼女を追い詰めるような真似をしたんですか? 」
それは彼の、純粋な疑問だった。
探偵の言葉に九十九折は椅子の背にもたれかかると、ゆっくりと目をつぶった。
その姿はまるで一枚の絵の様に美しかった。
「……愛していたんです。」
「、は?」
「私は彼女を、月下マリアを愛していたんです。」
九十九折の言葉を、探偵は上手く咀嚼することが出来なかった。だって、それは余りにも彼の予想からかけ離れた言葉だったから。
余りの驚きで、探偵は瞠目した。否、瞠目することしかできなかった。
「えっと、すいません。わかるように、説明してもらえませんか。」
ようやく出てきた言葉がそれだった。余りにも間抜けなその言葉に、言った本人が気まずそうな顔をしていた。
それは質問を受けている私がするべき表情ではないのだろうか。
九十九折は何もなかった表情に、ほんの少しだけ呆れを浮かべ、そしてゆっくりとした口調で事件の真相を語り始めた。