『狐憑き』
月下マリアさんを精神的に追い詰め、自殺まで追い込んだのは確かに神原幹也くんです。この謎解きに間違いありません。昨日、皆さんの前でお話したとおりです。
しかし、実はこの推理には1つだけ解けない疑問が残っていました。
……そう、『狐憑き』です。
何故月下さんは狐に憑かれたと錯覚したのか。
この疑問だけが、ずっと解けませんでした。
そもそも神原くんが今回の犯行を思いついたのは、月下さんが神原くんに「狐に憑かれた」と相談したときです。
月下さんが『狐憑き』になったから、神原くんは今回の犯行を思いついた。
つまり、神原くんは月下さんの『狐憑き』には無関係だと言う事になります。
むしろ、月下さんの『狐憑き』がなければ今回の殺人事件が起こることはなかった。すべての発端がこの『狐憑き』にあるといっても過言ではありません。
では、いったい誰が月下さんに、「狐に憑かれた」という錯覚を起こさせたのか。
私はそれが、本当の意味でこの事件を解くための鍵になると、そう考えました。
さて、ここで一度、事件について振り返ってみましょう。
月下さんが「狐に憑かれしまった。死を持ってお還り頂くしか、方法はない。」と、そう書き残して死んだのが十一月の十三日。
月下さんが神原くんに「狐に取り憑かれたかも知れない。」と相談したのは十月三日。
クラスメイトの子達の話では、月下さんが始めて可笑しな様子を見せたのは十月一日ということでした。
ということは、彼女に「狐に憑かれた」という錯覚を起こさせた何かが起きたのは、それよりも前の、恐らく前一週間の間だと推測することができます。
それでは、いったい何が彼女にそう錯覚させたのか。
この答えを導き出すのは、とても大変でした。何しろ、彼女はその理由を誰にも語っていませんでしたからね。
なので、私は一度考え方を変え、再度考え直すことにしました。
『何が彼女にそう錯覚させたのか』ではなく、『何故彼女がそう錯覚したのか』とね。
彼女から『狐に憑かれた』と錯覚した、という前提で今までの調査を振り返ってみると、
‘彼女の身に何かが起きた’
のではなく、
‘彼女が自分自身で何かを行った’
とも考えることができます。
それでは、彼女はいったい何を行ったのでしょう。
その答えを探すために、実は昨日、こっそり寮母さんにお願いしてもう一度だけ月下さんと貴方の二人部屋に入れてもらいました。
事後報告になってしまい、すいません。
けれども、そのおかげで面白いものを見つけることが出来ました。
これを見てください。
これは『月刊オカルティア』という、都市伝説や怪談などを中心に扱う、俗に言う三流オカルト雑誌です。これが月下さんの引き出しの一番下に隠すように入れられていました。
これは毎月発刊されるもので、月下さんが持っていたのは今から二ヶ月前、今年の九月に発刊されたものです。
そしてこの雑誌には毎号違う特集が組まれるそうなのですが、この号での特集は『お呪い』についてでした。
……そしてこの雑誌からはお呪い用についていた紙のおまけがひとつ、消えていることが分かりました。
さて、
『オカルト』
『お呪い』
『狐憑き』
そして月下さんが書き残した『お還り頂く』という言葉。この四つを雑誌の内容と照らし合わせると、一つのお呪いが浮かび上がって来ました。
……そう。
『こっくりさん』
です。
地方によっては『分身さん』『キューピッドさん』『キラキラさま』『エンジェル様』と名前はさまざまですが、基本的にその内容はみな同じで、ペンで<はい>と<いいえ>それに鳥居と五十音を順番に書いた紙を使用し、低級霊を呼び出してお告げを聞くというものです。月下さんの雑誌からはこのお呪い用に付属されていた紙が切り取られていました。
彼女は『こっくりさん』を行っていたのです。
それも、誰にも告げずに、たった一人で。
恐らく、彼女は神原くんが貴女に恋焦がれていたことに、何となく気が付いてしまったのです。しかし、彼女が気付いたときにはまだ確固たる確証がなかった。悩んだ彼女はその真意を確かめる為、藁にも縋る様な、というのは少し大げさかも知れませんが、しかしそのくらいの強い思いで雑誌に載っていたお呪いを行ったのでしょう。
真相を、確かめたいその一心で。
まぁその結果がどうであったのかは、もう一生分らないことですが。どんな結果が出たにせよ、『こっくりさん』を行った彼女は当然、呼び出した狐の霊を返そうとした筈です。
しかし、そこで何らかのアクシデントが発生してしまった。返し方の手順を間違えたのか、あるいは誰かに邪魔されたのか……。
そこのところは彼女の遺書からは何とも判断できませんが……まぁ何にせよ、何らかの理由で手順道理に狐の霊を返すことが出来なかった月下さんは当然、狐様の祟りを恐れた筈です。
彼女は『こっくりさん』なんてゆうお呪いに頼ってしまうほど思いつめていた。
そんな彼女が、狐の霊を返せなかったことに何も感じなかった、とは到底思えない。表面上は何の変化も無かったとしても、精神的にはかなりのダメージを受けていた筈です。
それが、彼女の精神を追い詰めることになったきっかけの一つです。
さて、これで月下さんが何故『狐に憑かれた』と錯覚したのか、その謎が解明されました。しかし、此処で更なる疑問が生まれます。
『月刊オカルティア』はマニア向けの三流オカルト雑誌です。書店ではいっさい取引されていません。月下さん自身も、わざわざインターネットで『月刊オカルティア』の公式ホームページを検索して、そこから取り寄せていたことが彼女のパソコンの履歴から判明しています。
しかし彼女のパソコンの履歴には『こっくりさん』のワードはありませんでした。
学校のパソコンを授業以外で使用する場合は学生証が必要です。使用すれば当然、その履歴が学生証に残りますが九月に彼女がパソコンを使用した履歴はありませんでした。
つまり彼女は、インターネット以外の学校の中、ないしは弐棟寮の中でその雑誌を見たということになります。
では、月下さんはいったいどこでこの雑誌のことを知ったのでしょうか?
学内で真っ先に思い浮かんだのは図書館でしたが、此処ははずれでした。蔵書名簿の中に『月刊オカルティア』の名前はありませんでした。
では、いったい何処にあるのか。
これには流石の私も頭を抱えました。
インターネットでも図書室でもないとすると、残る線はご学友から借りたということになります。しかし我々の調査では、彼女にそういうオカルト系雑誌を好むような友達はいないという結果が出ていましたからね。
当てが外れてしまい、途方に暮れ職員室でお茶を頂いていたら、たまたま職員室に日誌を届けに来ていた子が面白い情報をくれましてねぇ。
彼女が言うには何でもこれと同じ雑誌を見たことがある、と。
それも学内で、とね。
その少女から詳しく話を聞き、職員室の先生方にも話を伺ってみると、なんと一人だけ、いたんですよ。私的に『月刊オカルティア』購読している教師が。
貴方もよくご存じの方ですよ。
白いだぼだぼの白衣と、瓶の底みたいな眼鏡をつけて何時もにやにやしている、三度の飯よりも化学が好きな変人教師。調査期間中、論文製作期間だと言われ唯一我々が入ることが出来なかった化学室の所有者。
ここまで言えばもうお分かりですね。
そう、化学教師の廿六木先生です。
彼は科学者の目線から超常現象を解明するのが趣味らしく、二年程前から『月刊オカルティア』を購読しているそうです。
それを聞き、私はすぐに彼の研究室に確認に行きました。彼の所に、その雑誌を借りに来た人間がいなかったどうかをね。
そしたら案の定、一人だけいましたよ。彼の所に『月刊オカルティア』を借りに来た人間がね。しかもその生徒は9月だけではなく、その生徒が一年の時から毎月ずっと借りに来ていたらしいです。
ところが、その生徒は9月以降突然借りに来なくなったらしく、廿六木先生も大変気にしていらっしゃいましたよ。
そうそう、そういえば余りにも気にしていらっしゃるようでしたので、忙しい彼の代わりに、伝言を承ってきたんでした。
「親友がなくなって大変辛い思いをしていると思うから、落ち着いてからでいいから、また前の様に化学室に顔を出しなさい。」
だそうですよ。
いい先生をお持ちになりましたねぇ、九十九折さん。