エスケープ!! エスケープ!!
白い半そでシャツ。うだる暑さから逃れる為にボタンは全て外されていた。引き締まった筋肉を隠すように、うさ男は素早くボタンをかけていく。その指先から汗でシャツが張り付いている腕にかけて一目で鍛え抜かれていると分かった。俺の腕がもやしに見えるくらいだ。
足は折り目のついたスラックスの為確認できなかったが、凄まじい跳躍力と脚力だ。アスリート並であると容易に想像がつく。
「……脱いで、いいのかよ?」
いくら傷が広がるからと言って、そう安易に脱いでいいものではないだろう。着ぐるみポリシーとかお友達の夢はどこへ行ったのだ。
うさ男は清々しいまでに堂々と親指を立てる。
クールビズ。これが変身後の真の姿だ! とのこと。
頭を取るつもりはなく、頭さえ取らなきゃOKらしい。果たして本当にそれでいいのだろうか……。
「服装よし!」
蘭がブレることなく宣言した。お前はそこの双子みたいに両手で口を覆うとかしないよな。うん。分かる。知ってた。それにしても着ぐるみの下にしっかり制服を着ているとは予想外だった。着ぐるみは半そで短パンでも汗だくになると聞いているので、俺なら耐え切れないだろう。その状態で格闘経験者と戯れるってマジで化け物だ。
「続いて頭髪のチェックもさせてもらおう。準備はいいか?」
蘭の問いかけにうさ男がちょんっと足元を指さす。まだ足元は着ぐるみに埋もれていてよく見えないが、言いたいことは分かった。
「あぁOK うさ男が靴紐結ばせてほしいって」
うさ男が一歩足を踏み出して、屈みこむ。有名なスポーツシューズメーカーのロゴが入った大きな靴。思わず俺は叫んでいた。
「バッシュかよ!?」
バスケットシューズだった。着ぐるみの中ってバッシュでいいの? ていうか校則的に有りなのかと思い、蘭へ視線で訴えてみる。
「放課後は部活動やその他活動に合った服装は推奨されている。そうでなければ私も刀を持ってこれない」
「それは銃刀法違反だろ!?」
俺が蘭と議論している間にうさ男はもう片方の靴紐まで結び終えていた。準備は整ったようだ。指の先を床につけたまま腰を浮かせる。
気づいた時には遅かった。
「しまっ――!!」
陸上の短距離でよくあるスタート方法。クラウチングスタートだ。
勢いよくうさ男が向かった先は屋上の出入り口であった。
「脱いだうさ男君が逃げ出しました! まさに脱兎のごとくー!」
言うが早いか、灯歌と円歌は同時に駆けだす。蘭もすぐさま後を追う。
俺と風雅も慌てて追うも距離がある。追いつけるだろうか。
屋上からまずは三階へ。
「春葵! 俺は西階段へ行く!」
「任せた!」
南校舎は真上から見るとL字型の建物だ。今俺たちが下りているのはL字の角にあたる東階段。屋上へ行ける唯一の階段でそこから三階に降りると東階段から各学年の教室を挟むように西階段が併設されている。西階段は一階に出入り口があり、そこから中庭とグラウンドへ出やすく、東階段は一階は下駄箱に繋がる渡り廊下、二階は北校舎へ続く渡り廊下になっていた。
もしうさ男が二階や一階まで下りて西へ行くなら先回りとまでは行かなくても効果的だ。風雅は三階に着くのと同時に各教室へと続く廊下の先にある西階段へと走り出した。
俺はそのまま東階段を下りていく。すぐに蘭に追いついた。階段を飛び下りていくうさ男と双子に対して、一段ずつ律義に下りていく蘭とは差がついたようだ。
手すりを掴んで下を見ると階下にうさ男のピンクの耳がちらりと見えた。まだ追える距離だ。
うさ男は二階へ到着するとそのまま北校舎へ続く渡り廊下へ向かって行く。やられた。風雅は一直線に西階段を降りている最中だろう。一人撒かれてしまった。
その時の俺が知る由もないのだが。時刻はあと数秒で17時になろうとしていた。居残りや部活動、その他用事の無い生徒は帰宅しなければならない時間だ。
残り10秒。うさ男が南校舎と渡り廊下の境目を踏んだ。
残り9秒。その境目にある防火シャッターが突然作動し、不自然なまでの早さで降りていく。
残り6秒。灯歌と円歌がためらうことなく走り続け、防火シャッターの隙間へ滑り込んだ。
残り3秒。前を走る蘭が走るのを止めた。どんなに急いでももう間に合わないと悟ったのだ。
残り1秒。防火シャッターが床と重なり、ひしゃげるような悲鳴を上げた。
そして17時ちょうど。南校舎は闇に呑まれた。
俺の背後で小さなスキール音が響く。
――誰か、いる。