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引き続き屋上からの中継をお楽しみください

「まさかうちの主将が負けるだなんて……どう思いますか円歌さん」

「そりゃもう名誉挽回、汚名返上、果し合いの肩代わりしかないでしょう灯歌さん」

「蘭ちゃんは真剣で」

「風雅は無差別格闘技」

「だったら私たちは」

「二人がかりで挑戦だ!」


 灯歌と円歌は同時に頷くとギュッと帯を締め直した。言葉遊びのような台詞はいつも通りだが表情は真剣そのもの。ここまで観戦していて気付くことがある。蘭も風雅も双子も、そしてうさ男にも共通している点があるのだ。

 それは本気で好きなことをやっている奴は楽しそうだし滅茶苦茶に格好がいいってこと。その境地に至るまでにどれほどの努力を重ねてきたのかは易々と語れるものではないだろう。

 俺は自分の指先へ目を落とす。ギターの練習でずいぶんと固くなった指先だ。これは俺の意志のようなもの。練習を続ければ固くなるし、ギターを辞めればすぐにやわらかい肉に戻るだろう。

 文化祭もとうに終わった。これから受験、もしくは就活がある。進路をまだ決めてないのかと親や担任に言われるような情けない俺だけど、少なくともギターの練習は続けたいと思った。

 皆のようになりたい。皆に追いついて本気で遊びたい。


「いってこい! 怪我すんなよ!」


 俺の声援に灯歌と円歌、うさ男までもが頷き、手を振ってくれた。

 今はまだ椅子に座っているだけだが、すぐに立ち上がれそうだ。まあ俺は指傷つけたらマジで洒落にならないんで殴り合いは勘弁だけどな!


「では、うさ男君……覚悟ォ!」


 灯歌と円歌は駆けだした。

 さて実況の灯歌がいなくなり、解説の俺だけを残してしまった以上、のんびり観戦するほかないだろう。喉も渇いてきたことだし、このあとの懇親会であける予定のジュースを机に持ってこよう。夏の水分補給は大事だからな。

 俺が席を立とうとしたところで風雅が灯歌のいた席に着席した。さわやかな笑みを俺に向ける。うん、なんか嫌な予感。


「実況、灯歌に代わって俺、風雅が担当するぜ! よろしくな春葵!」

「あ、はい。どもっす」浮かせた腰を下ろす。ジュースは潔く諦めよう。

「まずは灯歌が正面からうさ男に挑む! 二歩遅れて円歌が追っているな。さーどうでるか!」

「ノリノリっすな。風雅」

「おうとも! お堅い審判役より超楽しいぜ!」


 コイツも灯歌と同じように適当な相槌だけでよさそうだ。早々に見切りをつけ観戦を楽しむことにする。

 先にうさ男の元へ到着した灯歌が間髪いれずに右回し蹴り。相変わらず柔道着を着ている意味が分からないがまあいい。灯歌の狙いは頭のつもりではあるがリーチが足りないので、着ぐるみの隙間から除くうさ男の首筋へ一直線だ。当たったら死ぬほど痛そうである。

 うさ男は蘭の太刀筋を捌いた時と同じく、一歩後退し軽々とかわす。


「やあっ!」


 気合の入った灯歌の声。空振りした右足を軸にし、そのまま左回し蹴りを放つ。一発目の勢いが続いているのでかなりの早さだ。うさ男は左腕で蹴りを受け止めた。避けるよりも早く対処できると判断したようだ。


「えぇい!」


 一瞬の膠着(こうちゃく)の隙をつく様に円歌の声が響く。灯歌のやや右から駆け抜け、うさ男を挟み込む位置から蹴りを放つ。灯歌よりも狙いは低め、うさ男の腰をめがけてするどい一撃。

 うさ男はまず、受け止めている灯歌の足を押し返し、その勢いのまま灯歌の蹴りまでも押し返す。二人はそれぞれバランスを崩しながらもしっかりと受け身を取って床を転がる。

 一連の動きに風雅が感心したようにおーと言った。


「すげぇな。うさ男」

「だなー」俺の相槌は適当だ。

「蹴りを押し返す腕力もすげぇんだけどさ、二人をきっちり助けてる」

「助けてる?」

「挟み撃ちって言っても、円歌は右後ろの方からだっただろ? だから左の方へ避けるか、それこそ屈めば思いのほか簡単に捌ける。だが、それをすると先に攻撃を外した灯歌へ向かって円歌の蹴りが当たっちまう」

「なるほど」


 とっさに避けるだけなら俺でもできるかもしれない。しかしその後二人がどうなってしまうかを予測するまでは至れないし、仮にできたとしても対処法をとるのはまず無理だ。

 それにしても風雅、実況までもなく解説までやってくれるとは本当に助かる。楽だ。料理番組で調理しながらしゃべってくれる先生を彷彿させる。


「いやーあのコンボは戦い慣れてる奴こそ引っかかるんだけどなー。俺もあの技受けた時、二人に怪我させるわけにはいかねぇって思った結果、両方の蹴りを受けたんだぜ」

「お前らしょっちゅう無差別格闘技してんの?」

「まあな!」

「柔道しろよ」


 受け身を取った二人はそれぞれ立ち上がり、あからさまに地団駄を踏む。その表情からはありありと悔しさが見て取れるし、事実二人は同時に悔しいと叫んだ。


「必殺技だったのにー!」

「左腕しか使わせてないー!」

「かくなる上は……」


 二人の視線が一瞬だけこちらを向いた。意味ありげなアイコンタクトだったが俺には意図が分からない。俺から声を掛ける間も無く再びうさ男へと気合が飛ぶ。


「もっと本気でやるんだから!」


 言うが早いか二人が動き出す。今度は円歌からだ。うさ男の着ぐるみに付いている蝶ネクタイを目掛けて手を伸ばす。当然うさ男は軽く後ろへ跳んでかわす。そして今度は灯歌が同じように掴みかかり、これもまたうさ男はかわす。それの繰り返し。交互に繰り出される攻撃は先程の蘭の剣劇と同じようにかわされていく。

 素人目でもよく分かる。うさ男の方が優位だ。


「これ、さっきの合体技の方がよかったんじゃねぇの?」

「確かに。リズムは完全に読み取られているな」

「つかマジで柔道しないのな」

「しないというより、うさ男がさせないんだ。柔道は相手に触れてからが勝負。逆に触れなければ何もできない」

「前襟のあたり掴めるのか? あの着ぐるみじゃ難しいだろ」

「幸いっつーか、うさ男がデカすぎて首が見えているだろ? 胴体の方の隙間へ手が入ればどうにかなるかもしれない」


 風雅の解説を聞きながら三人の攻防を見守る。一目瞭然とはこのことか。


「風雅、あいつらの身長じゃそこまで届かねぇよ?」


 絶望的なまでの身長差。こればかりは覆せるものではない。

 風雅もだよなーと呟きつつ、真剣な顔で見入っている。


「とするなら……狙いは柔道技じゃないのか……?」


 何度目かの掴みかかりが空振りに終わり、灯歌がついに仕掛けた。


「うさ男君! 大好き!」


 唐突な告白と共に灯歌が大きく跳んだ。

 傍から見れば感動の再開を果たしたカップルのように両手を大きく広げ、うさ男へ抱き着いていくかのようだった。受け身なんて一切考えておらず、もしうさ男が避けようものなら顔面から固い床と激突するだろう。

 俺でも分かるくらいのあからさまな罠。先程の戦いから見てもうさ男は相手が怪我をしかねない状態になると助けに入る。特に小さいお友達には一際配慮しているのだ。姑息ではあるが効果的な手段を用いる双子のしたたかさには舌を巻く。自分の武器と相手の弱点を的確に利用している。


 案の定、うさ男は回避行動から一転、両手を差し出して灯歌を受け止める態勢へと移った。

 そこへ円歌がサッカーのスライディングの要領でうさ男へ足払いをかける。なぜそこでスライディング? もっと他に手はあったハズだと俺は叫びかけたが時すでに遅し。うさ男は円歌の動きを見ることなく地を蹴ってかわし空中で灯歌を受け止める。うさ男にとってはあまりにも容易い誘導であっただろう。

 しかし、双子の表情は狡猾さのにじみ出る笑みであった。


 疾風迅雷。空間さえも超越しかねない程の早さでうさ男へ刃が近づいていた。

 蘭だ。刀を鞘に納めたまま距離を詰めている。双子の「もっと本気」とは三人がかりを意味していたのだ。

 うさ男の両手は灯歌を抱えていることで封じられている。足も空中では自由が利かない。それに下手な避け方をしたら灯歌が危ういのだ。うさ男は蘭の接近に気付き、身を(よじ)らせながらも決して灯歌を蘭の方へ押しやることはしなかった。


 刀身が光に反射する。一瞬のことだった。


「――――」


 これは誰の沈黙だったのだろう。

 うさ男は両足で着地をすると抱えていた灯歌を下ろした。ポンッと灯歌の頭に手を置いた後、スライディングを終えた円歌へ手を差し伸べる。


「ありがと」


 円歌が立ち上がると、うさ男はそのまま円歌を撫でた。

 一連の動きを蘭は睨むように見つめていた。抜かれた刀は手の僅かな震えを隠すことなく伝えている。渾身の一撃だったのだと言葉はなくとも理解できた。

 うさ男は俺に向かってタイムを要求する。誰にでも分かる簡単な合図だった為、風雅がタイムを宣言した。全員がそれに従う。

 その後のうさ男のジェスチャーは少し複雑な内容で、蘭と双子を指さしながら奇妙なダンスを踊るようにも見えた。あまり口にしたくない内容だったが仕方あるまい。俺は立ち上がって翻訳を述べた。


「――灯歌と円歌は合格。素晴らしい作戦とコンビネーションだ。だがしかし蘭、君はよくない。そんな迷いだらけの太刀筋では君自身が怪我をするだろう」


 パーフェクトな翻訳感謝する、そう締めくくられうさ男はうやうやしく礼をする。

 蘭は一度、虚空を切るように刀を振るい、切っ先をうさ男に向けた。


「私の何が分かるというのだ」


 拒絶を伴う明確な敵意を向けられてなお、うさ男は怯まない。それどころかできるだけ自分の心配が蘭に伝わるよう言葉を選んでほしいと俺に前置きをした上でジェスチャーをした。


「全てを分かるとは言わない。しかしブレが生じているのを君自身気付いているはずだ。何か悩み事があるのではないだろうか? 君の本来の実力を是非とも拝見させてほしい」


 ここ数日の蘭の変化をうさ男は言い当てる。やはり只者ではない。

 蘭は構えを解かず、ハッと笑った。相手を貶すことを良しとしない蘭らしからぬ笑いはきっと自嘲なのだろう。


「そんな偉そうな口をきくというなら、私の全てを見切ってからにするべきだ」

「……――!」


 うさ男の腹部から腰にかけて切れ目が入っていた。かなり浅いものだが触れると綿が出てくる。本調子ではないといえ、蘭もまた実力者なのだ。

 うさ男が両手両膝をつき盛大に落ち込む。ずーんという言葉が目に見えるかのようだ。

 蘭は刀を納め、フンッと鼻を鳴らす。勝ち誇っているというより、自分を落ち着ける為のようであった。


「うさ男君大丈夫だよー」

「それくらいワッペン一つで直っちゃうからさー」


 双子がフォローするもうさ男は首を振るばかり。どうやら切られたことよりも格好よく決まらなかったことが恥ずかしいらしい。

 俺と風雅も近寄ってみるものの警戒する素振りすらなく、かなりの落ち込み具合と見た。

 俺が双子に肉体(着ぐるみ)の傷より心の傷を癒すようにと耳打ちをする。


「いやー、それにしてもうさ男君かっこよかったねー」


 灯歌、わざとらしすぎるぞ。

 円歌も同じノリでかっこいいーと言うと、うさ男がぴくりとわずかに反応を示した。こんな露骨なフォローでいいのかよとツッコミを入れたいところだがグッと堪える。


「しかも優しいー。風雅にしか攻撃してないよね?」

「そーそー。アクロバティックでかっこいいし優しいとか最高だよねー」


 顔が見えないどころかジェスチャーすらしていないというのに俺には分かってしまった。

 コイツ、めっちゃ喜んでる。

 俺はなるべく自然を装いながら、フォローへ加わってみた。


「強かったなー全くー……。強くて優しいってホント、なんていうか、あ、そうそう正義の味方そのものだよなー!」


 うさ男が首を振るのを止める。無言で次の言葉を期待しているようだ。

 俺は双子と目配せをし、効果有と確信した。この路線を貫こう。


「ヒーローかっこいいー!」

「傷は立派な勲章だね! ひゅーひゅー!」

「さっすが俺たちのヒーロー! 熱い戦いだったな!」


 厳密に考えれば熱い戦いの相手はこの双子でもあるのだが細かいことはいい。うさ男が立ち上がったのだから結果オーライだ。


「いよっ! ヒーロー!」


 双子がわざとらしいまでの拍手で復活を讃える。うさ男はすっかり気を良くしたのか、俺に向かってよく分からないお願いをしてきた。

 今から格好いいポーズを取るので、格好いい台詞をアテレコしてほしいとのこと。


「俺が恥ずかしいじゃん」と言うと小さなお友達の為だと返されてしまう。

 こんなところでいつまでも落ち込まれていても困るしな。それでうさ男が満足するというなら仕方ない。

 俺が渋々承諾すると、うさ男はさっそく第一のポーズを取った。左手で右目を隠し、右手を身体に巻き付かせる。なんつーか、ビジュアル系? なポーズだ。ビシッ! という効果音を全身で発し、俺の言葉を待つ。

 俺は仕方なく、ほ・ん・と・うに仕方なく台詞を叫ぶ。


「友情!」


 次に両手を真上に上げ、片足立ちに。効果音的にはスチャッ! だろうか。中々にあらぶっていらっしゃる。


「努力!」


 今度は前かがみになり、両手は翼をイメージしているのか後ろでのまま天に向かって指を広げている。

 ――シャキンッ! かな。


「勝利!」


 最後に左手は胸の前に、右手は拳をつくり高らかに突き上げる。3分しか戦えないウルトラな宇宙人が空を飛ぶよう――っていうか今までの台詞って……。


「パクリじゃねぇか!」


 思わず突っ込んでしまった。瞬間、目にも止まらぬ速さでうさ男が俺の両肩を掴み、顔を至近距離まで近づける。ものすごい圧迫感だ。

 おいおい、最後は正義ジャスティスで締める流れだろ? これを宣言することによってポーズも台詞もパクリじゃなくなるんだ。ちゃんとやってくれないと困るよ君。決めポーズっていうのはヒーローの個性を主張する一番のポイントなんだから格好よく決めないと――あぁ、だめだ。あまりのプレッシャーに翻訳が追いつかない。


「わ、悪かったよ……」


 謝罪するものの掴まれた両肩はにぶい痛みを増すばかりだ。ヤバイ。怖い。初めてうさ男に会った時のトラウマが蘇る。ピエロを怖いと思う気持ちがあるなら今の俺の気持ちを理解できると思う。無表情で何考えているか分かんないっていうかなんとなく不穏な空気あるし本来なら子供を喜ばせるような存在が悪意漂わせてるのって怖いじゃん! 俺、この手のホラー苦手だから! マジで!


 俺の瞳に涙が滲みかけた時、うさ男が突然跳躍し距離を取る。何事かと思うと背筋にゾクゾクと悪寒が走った。あからさまな敵意。俺よりも敏感に感じ取ったうさ男はさすがと言うべきか。


「続きを希望しよう」


 蘭が刀に手を置いたまま、こちらを睨みつけている。先程よりも凄みが増していた。うさ男に心の機微を読み取られたせいもあるのか壁のようなものを感じる。うまくは言えないがこの状態の蘭はよくない。俺が言葉を探しているうちに蘭の纏う壁は高く堅牢になっていき、それを前にしてなお、風雅は風雅らしかった。


「よし、じゃあ蘭ちゃん! 次は俺と組もうぜ!」


 どこまでも爽やかにそれでいてさも当然のように笑う風雅。蘭は虚を突かれた表情を一瞬だけ見せるも、すぐにまた眉間に皺を寄せた。


「お前とは組まない。一人でやる」

「そうは言っても、一人じゃ相手になんないの蘭ちゃんも俺も分かってんじゃん?」

「私は――……」


 蘭は躊躇いがちに目を閉じる。次に目を開けた時、風雅の方を見ず、うさ男だけを視界に映していた。そこにはもう迷いなど無い。ただ一つ、拒絶のみであった。


「私は一人で勝ちたい」


 うさ男は蘭を見つめ返し、ゆっくりと腕を構えようとし……中途半端な所で静止した。立ち込めた闘気さえも霧散し、あからさまに震えている。

 ゆっくりと慎重に腕を上げ、蘭に斬られた箇所を確認した。


 風に乗る薄い綿。解れた糸。

 そう、傷口が広がっていたのだ。

 あれだけ激しいポーズを取れば当然だろう。うさ男には悪いが内心で笑ってしまった。自業自得だ。


 うさ男は明らかに動揺して、おそらくは顔を真っ青にさせている。頭を抱えて取り乱したいようだが、さらに悪化するのを恐れて動けないでいた。直立不動のまま、うさ男の着ぐるみの中からごそごそという音が聞こえる。やがて金具を擦るような聞き慣れた音が響く。

 それがファスナーの開閉音だと気づいた時に、うさ男の着ぐるみは重力による落下を始めていた。


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