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閉演

 校門を通る頃には、すでに夕陽が半分以上も沈んでいた。

 蘭は険しい表情のまま刀を鞘に納める。


「あー……俺の財布ぅー」


 中央から真っ二つに断ち切られた財布を手に風雅が嘆く。紙幣を入れるところにはレシートしか入っていなかったのがせめての救いか。ちなみに蘭は風雅の財布事情にも精通しており、小銭の入るポケットは避けたと後に語っている。


「私のあずかり知らぬところでよからぬ取引をするからだ」


 蘭はフンッと鼻を鳴らし、腕を組む。

 ほんの数分前の事だ。一早く下校をする為、蘭が急ぎ足で靴を履き替えていたにも関わらず、風雅は灯歌と円歌と話し込みながらもたもたと靴を履き替えていた。しびれを切らして近寄った蘭が目にしたのは、先程の写真をいくらで売買するかという闇取引の現場であったのだ。問答無用で風雅の財布を切断し、鬼の形相で写真の削除を迫るのに些か時間を費やしてしまった。


「迷いのない良い太刀筋だったってうさ男が言ってるぞ」


 春葵が苦笑まじりに褒めたたえ、うさ男がぐっと親指を立てる。悪い気はしないものの素直に喜べない。


 ぞろぞろと校門を抜け歩き出す。身長を要因とした歩幅の差が必然的に蘭を最後尾にした。あるいは意図的に蘭が歩みをゆるやかにしたせいかもしれない。

 全員の背を目にすると、蘭の胸中に感慨深い想いが込み上げてくる。

 完全下校時刻を過ぎているのだから帰らなければならない。いつも通りの自分の考えがどういうわけかちっとも働かず、そればかりか帰りたくないとすら思っている自分の気持ちに気付く。

 なぜだろう? 蘭は自分の思考へ疑問を抱きつつふと足を止めた。誰かに呼ばれた気がして校舎を振り返る。


 無言のまま佇む校舎。バトルロワイアルの会場だった屋上に人影を見つけた。

 目を凝らすとスカートとスカーフが風にはためいており、女子生徒だとすぐに分かる。目元は半分に切られた書道半紙に覆われており、表情を伺うことはできなかった。けれど蘭は全てを理解する。

 眉間に皺を寄せ、呆れとも喜びともとれる感情を唇の端に浮かべて言い放つ。


「まったく……時計も読めぬのか――バカな奴だな」


 蘭が笑い飛ばすと屋上の少女はスッと消えた。それを見届け、前を行く仲間の元へ駆け寄る。


 全員にきちんと礼を言わなければといつも通りの自分がいた。その隣に顔を赤くして悩んでいる自分もいる。そちらの自分はたった一人の後ろ姿を見つめてやまない。

 恋仲となった彼は新しい財布を必要としている。だから礼や詫びの気持ちを込めて自分がプレゼントしても不自然ではない。自分の贈り物を彼が肌身離さず持ってくれるチャンスだ。財布を斬ったのもそういう考えがあったのだと後付けのように自分を納得させる。


 少女はすぅっと息を吸う。

 ちゃんと言葉にすればいい。不器用でも格好がつかなくとも本気の言葉ならば本気で受け止めてくれる相手だ。


 彼女は意を決して彼の名を呼ぶ。彼は振り返った。彼女の中の決心も固まる。


「明日朝10時! 駅前西口にて待つ! 私とデートしてくれまいか!」


 彼は一瞬目を見開いた。それからすぐに太陽のように輝く笑みを浮かべる。心の底から幸せな顔を見て、彼女もまた幸福感に満たされた。


 返答は言うまでもないだろう。






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