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放送室

「はーい、皆さんこんにちは。放課後ゲリララジオ放送の時間です!」


 にぎやかなBGMを鳴らしながらその人物は軽やかに語りだす。


「メインパーソナリティーを務めるのは3年6組廿楽(つづら)灯歌と!」

「同じく3年6組廿楽円歌でございます! いえーい!」


 あまりにも唐突に始まった校内放送。蘭ですら顔を上げ、目を瞬かせ呆気にとられていた。たぶん俺も同じ顔をしている。何だこれ。

 俺達の状況なぞ当然ではあるが知る由もなく、双子の明るい声が響き渡る。


「今日は一学期最後の日。明日から夏休みですね。校内に残っているのは夏休みを部活に捧げようとしている超頑張り屋さん達じゃないですか?」

「夏の大会は何も運動部だけじゃないですよね。吹奏楽部や演劇部、美術部や書道部だってコンクールを控えているよね」

「そんな頑張る皆の為に、私達も頑張って放送室をジャックしちゃいましたー!」

「夏休みのように楽しい時間をお届けしちゃうよ! それでは早速、スペシャルゲストのごしょーかーい!」


 ドラムロールのSEの後、灯歌が自信に満ちた声で言い放つ。すでに予想のついていた俺ですらごくりと喉が鳴る。だってさ、もうアイツしかいないからな!


狐鬼こぎ祭バンド発表にて彗星のごとく現れた伝説のスリーピースバンド。そのドラムを務めたうさぎの大男、うさ男君の登場でーす!」

「ラジオとしては致命的ですが、うさ男君は着ぐるみポリシーに則り筆談での参加となります」

「よかったら放送室に直接遊びに来てねー!」


 やっぱりか! ていうかそれでいいのか!

 底なしに明るい声に俺は思わず笑った。そりゃあ確かにとにかく広い範囲を明るくしてくれって言ったぜ。まさかこんな手段を取るとは思わなかった。


「あ、これだけじゃうさ男君がここにいる証拠にならないって? 疑り深いね、そこの君!」

「メディアリテラシーがしっかりしているのはいいことさ! でも私達のことは信じてほしいな! そんなわけでうさ男君!」

「自己紹介代わりの演奏をお願いしまーっす!」


 放送室にドラムセットなんてあっただろうか?

 そんな疑問と同時にシャラシャラとした金属音が鳴る。その音には聞き覚えがあった。


「タンバリンだ」蘭が呟く。


 タンッと鳴る太鼓の音と同時にシャンと鐘が鳴る。

 トンッ、タンッ、シャラララ――トトンッ。

 タンバリン本体の叩く場所と、手の平や指先で叩く場所を変えると音の質が全く違う。

 ドラムの基本であるビートを刻むのは小太鼓もといスネアドラム、足で演奏する大太鼓バスドラム、足で開閉したり直接叩くことで音を出すハイハットシンバルの三つだ。

 つまり最低でも三種類の音を正確に鳴らすことができれば机だろうと食器だろうとそれこそ身体を叩いてもドラムとして成り立つのだ。


 言葉で言うには簡単だがそう易々と行えるものではなく、だからこそパフォーマンスとして認められている。

 うさ男は三つの音を基本に8ビートを刻みながら、隙間を埋めるように別の音を出す。どこをどういった手さばきで演奏しているかは分からない。目の当たりにしたとしても、目に見えない速度で手が動いていることぐらいしか分からないだろう。

 高速でありながら正確無比。文句なしのドラムパフォーマンスだ。


 聴き手を飽きさせないめぐるましい演奏が終わった時、奇妙な時間感覚に襲われる。じっくりと聴き惚れていたにも関わらず、一瞬で演奏が終わってしまったような感覚。それでいて心を揺さぶりどうしようもない感動が込み上げてくる。それはきっと演奏をもっと聞いていたいという想いからくるものだろう。


「すっ……」


 マイクから息を呑む音がした。それはもしかしたら俺自身が息を呑む音だったのかもしれない。


「すっばらしい演奏でしたぁー!」


 灯歌の興奮した声が演奏を聴いた全員の気持ちを代弁する。目の前であの演奏を聴けた双子が羨ましい。俺なら惜しみない拍手どころか五百円玉を投げていそうだ。


「只今の演奏は放送室にあるタンバリン一つで行われたものでした!」

「最初は普通のタンバリンの音だったけどすぐに別の楽器になっちゃったみたい! むしろこれがタンバリンの真の実力って奴かな!?」


 興奮冷めやらぬ活気溢れる放送。これなら外部から黒い感情の影響はないだろう。後はこの空間だけ。蘭に心を開いてもらうだけだ。

 蘭はまだうずくまったままだが顔を上げていた。俺と視線が交わると自嘲気味に笑う。


「……聴いたか春葵。あれが真の天才という存在だ。私とは比べものにすらならない圧倒的な力だ」

「そんなことないだろ。蘭のベースだってすげぇよ」

「私のベースは所詮素人に毛が生えた程度だ。音楽を極めている者なら私の拙さなんて丸見え。協調性のない独り善がりの演奏で……」


 その時の俺は蘭を救おうとか闇がどうこうとか考えられなかった。瞬間的に頭が沸騰して、全身が熱くなるのをかろうじて自覚できた程度だ。


「……っとに、頭にくるな……」

「春葵? なんだ?」

「なんだ? じゃねぇよ、このっ、バーカ!」


 冷静になって考えれば幼稚極まりない言葉だったがそれしか思いつかなかったのだから仕方ない。コイツが俺の通信簿より遥かにいい評価もらっていようが、ベースや剣がすげぇだろうが馬鹿としか言えなかったんだから、コイツは馬鹿なんだ。

 蘭も俺と同じく顔を赤くし、立ち上がって叫ぶ。


「バカとはなんだ! 私はただ事実を述べただけであって――!」

「その事実が違うからバカっつってんだよ! お前めちゃくちゃベースうまいだろうが! 俺、文化祭の時マジでビビった。だってさ! いくら知っている曲とは言え数分で暗譜してパーフェクトに演奏するってどういうことだよ! どこのネコ型ロボだよ! 都合よすぎか!」

「春葵にとってはそう見えたかもしれないが私はそんなに大それた人間ではない! 買い被りすぎだ」

「お前がそれ言う!? っつか蘭がすごいのなんか皆知ってるだろ! 風雅から聞いているんだぞ、蘭がバンド発表の感想やらアンケートの集計しているってな! そこに蘭のベースを褒める奴はいただろ! 俺が断言する! 絶対いた!」


 蘭は痛い所を突かれたと言わんばかりに顔をゆがめる。さっきのしおらしさが嘘みたいだ。蘭は分かりやすいくらい自分の気持ちが顔に出てて、それを一番分かってないのは他でもない蘭自身なんだ。


「っ――それには答えない! 守秘義務だ!」

「あぁそうかよ、だったら言ってやる。俺は蘭のベースを褒めた! アンケート用紙にベタ褒めして投函してやった! 一通は100%あるよな!」

「なっ!? 身内票なんて無効だ! 春葵のだけは掲示するわけにはいかない。何と記入したんだ! 言え!」

「どれが俺のか分かんねぇほど褒められてんだな」

「ぐ……貴様、謀ったな!」

「ほらな。お前、バカだろ? いいかげん自覚しろって。そんでもってバカみたいにさ、俺らの言葉をそのまんま聞いてくれよ」


 蘭は言葉に詰まった。俺はまだ読んでいないが蘭宛てのメッセージの数々は間違いなく蘭に届いている。つまらないアンケートだと笑い、適当に書いた奴もいるかもしれない。けれど蘭の演奏に対して心無い言葉を書ける奴なんているわけないのだ。蘭の演奏は(そし)りを退ける、技術に裏打ちされた力があるのだから。

 蘭は苦し気に言葉を零す。


「私は……違う。あのアンケートに書かれているような実力なんてない。うまい、感動した……すごい……かっこいい……。皆で口裏を合わせたみたいに同じことを……。世辞なんかいらないのに。だって私は逃げてきたんだ……」

「何から逃げたんだ?」


 俺の問いに蘭は躊躇いがちに、それでも正直に答えた。


「剣道で負けるのが怖くて、居合の道に逃げた。刀も左で持つようになった。ギターよりも演奏者の少ないベースに逃げた。人と比べられたくなくて、人と違うことを極めていれば簡単に一番になれるから。そうやって逃げてきた。だから逃げた先での称賛なんて受け取れない」


 今にも泣きだしそうな顔で、差し出された祝福から目を背ける。受け取って微笑むだけでいいのに、自分で作った負い目から受け取れずにいる。

 バカだなって思うよりもその不器用さに俺は惹かれる。今なら風雅の気持ちが分かる気がした。蘭の言葉には嘘が無い。

 本当に怖かったんだ。剣道で勝つたびに得られる称賛や期待を裏切るのが。逃げ出したいのに周りからの善意を裏切れなかった。居合もベースも蘭が掴み取った自由なのだ。しかしその代償は負い目という形になってしまった。蘭の性格ゆえの負い目だ。


 俺は柔道を辞める時、ここまで悩まなかった。一緒に通ってた風雅やお金を払ってくれた親にはちょっと申し訳なさもあるが、義務じゃないのだから思い詰めるものでもない。本気で取り組んでなかったせいだろう。


 蘭は本気で取り組んだから、本気で悩んでる。こんな黒い感情にまみれながらも蘭は純真だ。そんな蘭だからこそ俺は助けたい。


「蘭、逃げたかどうかは関係ない。与えられた評価を受け取るのは蘭の義務だ。どんなものだろうと受け取れ」

「でも……」

「まして、それがすっげぇいい評価なんだぜ! 勿体無い事すんなよ! それに、評価を受け取らないのは評価した俺達に対する侮辱だ!」


 俺が120点だと思ったことをそれ以外に書き換えろなんて、たとえパフォーマー自身からのお願いであっても承認できない。俺の意見は他人に干渉されない代わりに干渉もしない。ただ存在を認められるべきだ。それを脅かすなら怒りもするだろう。


 俺は形のない称賛を蘭に差し出す。


「受け取れよ。そして認めてくれ」

「春葵は、卑怯だ……! そんな言い方をされたら、私は! 私は――っ!」


 もう怒鳴る必要はないだろう。握りしめていた刀を床に置く。

 蘭に触れてもいいだろうか。抱きしめるのもやぶさかではないがさすがに誤解されそうなので自重しよう。

 ポンッと蘭の肩に手を置き、笑いかける。そして穏やかな沈黙が訪れ、ない。


「衝撃の事実が発覚しましたー! なんとバンドは文化祭より前に一度解散していた模様! 道理でパフレットのメンバーと出演者が違うわけです! つまりドラムもベースも飛び入り参加!?」

「ガラスの向こうにいるギャラリーの皆さんも驚きの表情だー! 私と同じ顔してるー!」

「あれれ? それじゃあうさ男君の正体は!? 謎はますます深まります! 今、私の隣にいる彼は何者なんでしょう!?」


 スピーカーからラジオのにぎやかな音が響き続けている。しかもいつの間にやら放送室の前にギャラリーまでできているらしい。

 さすが盛り上げ上手の灯歌と円歌。そこにパフォーマンスで会話する程のスーパーパフォーマーのうさ男が加わると鬼に金棒という奴だ。双子とうさ男。ごはんと味噌汁並みのベストマッチだと証明された。


「一度、解散済み……?」


 蘭が驚いた顔で俺を見る。思わずガッツポーズした自分がいた。

 これは誤解を解くチャンスだ。サンキュー放送室ジャック犯! ラジオのおかげでバンドメンバーの誤解が解けましたのお便りを送りたいくらいだ!


「この間も説明しただろ。文化祭より前に俺のバンドは解散してたんだって」

「それは私に気遣っての優しい嘘というものでは?」

「何度も言わせんなバカ。一緒にバンドした仲間にそんな変な気の使い方なんてしねぇよ。蘭の周りは蘭が勝手に塗り固めた嘘ばっかりなんだ。俺を買い被りすぎてるところとかな」


 よし言ってやった。これで俺は凡人であると証明できたわけだ。ちょっと情けない気もするが過度な期待を寄せられても困るしな。

 蘭がそれなら……と俺に疑問を投げかける。


「春葵はどうしてあのステージに来たんだ? そんな状況なら謝りに行くのも辛かろう。しかも春葵一人で」

「そりゃ俺だって行きたくなかった。そのままサボって帰るつもりだったのも事実だ。ケド、適当な理由を作ってはバンド発表の時間まで居続けて、会場まで走ってた。単純にバンドがやりたくてしょうがなかったって気持ちもあった。でもそれ以上に琴音や風雅、灯歌に円歌、そして蘭とうさ男が頑張っている姿を見て力をもらったんだ。正直あの場所に行くまでは勢いで走っているだけだった。もし蘭とうさ男がいなきゃ土下座でもしてるか、下手なギター一本で一曲歌って終わりだっただろうな。だから蘭とうさ男にはすっげぇ感謝してる。ありがとな」


 蘭がいつものように笑った。当然と言わんばかりに誇らしげで、それでいてどこか照れくさそうに。冷静にふるまおうとしているのに口元が少し緩むのが抑えられない。どこまでも嘘を付けない蘭らしい笑い方だ。


「私は春葵を買い被ってなどいない。強いな、春葵は」

「バカなんだよ。そんでそんなバカで良いって周りが言ってくれるから笑ってられるんだ」

「そうか……。そうか……」


 蘭が言葉を噛みしめるように沈黙すると、ラジオの音がよく聞こえた。俺達はしばらくの間、その賑やかなトークに耳を傾ける。


「せっかくなのでうさ男君に残りのバンドメンバーの紹介をしてもらいましょう。まずはボーカル兼ギターの真藤(しんどう)春葵君について教えてください!」


 キュキュッとマーカーを滑らせる心地よい音が響く。うさ男用にフリップボードのような物が用意されているらしい。

 カチッとキャップが閉まる音がすると、高らかに灯歌が読み上げた。


「彼は正義(ジャスティス)! ひたむきな心が音によく表れている。努力次第ではとんでもない化物(アーティスト)になるだろう。(ハート)に火をつけるあの声は羨望にやまない。ブラボー! ブラボー!」


 ……なんかめっちゃ恥ずかしい。顔や背中のあたりがむずむずする。

 蘭も俯いたまま肩を震わせている。笑ってんじゃねぇ。


「ギター初心者でありながらも光る物アリ! あの声も魅力的でしたよね。録音して目覚めのアラームに設定したいくらいですよ!」

「すっごい爽やかな声だもんね! ラジオ映えしそうだし今度はぜひ放送室へ遊びに来てほしいな!」

「さぁ、続いてベースの花菱蘭ちゃんについてお聞かせください!」


 再びマーカーの滑る音。こんなにも期待に満ちた沈黙は初めてだ。

 ややあって円歌の声で読み上げられる。


「彼女は真実(トゥルー)! たゆまぬ努力に裏付けられた紛れもない実力者だ。その演奏には熟練の技が詰め込まれている。それでいてなお初心の初心である、ただベースが好きで好きで仕方ないと楽器を通じて叫んでいた。技術、心構え、あらゆるもの全てを踏まえた上でひたすらに称賛したい。春葵にも言えることだが同じ舞台に立てたことを心の底から誇らしく思う」


 ザザッとノイズが走る。ブツリと乱雑に放送が途絶えた。闇だけが空間に取り残される。


「アレからしてみれば聞くに堪えない話だっただろう」


 蘭が冷静に狗からの妨害を推測した。俺も同じ意見だ。

 得体のしれない力を持つ狗が俺達を狙っている。けれどもう不安は無かった。目の前の蘭は文化祭の時と同じく頼もしい。


「春葵、刀を渡してくれないか」

「あぁ、いいけど」


 なんでわざわざ俺に頼むのだろうと思いながらも俺が置いた刀を拾う。両手でしっかりと握り、蘭と対峙するとその疑問が解けた。

 蘭はこれから一人で戦わなければならない。けれどそれは孤独な戦いではないのだ。

 まっすぐに蘭と向かい合う。

 俺達がいると想いを込めて刀を差し出す。

 蘭は両手で受け取り決して手放さないと言わんばかりに握りしめる。

 蘭から渡された信頼を何倍にも重ねて蘭に渡すことができた。


「今の蘭なら大丈夫だ。自信持っていこうぜ」

「風雅と同じことを言うんだな」

「誰だって同じことを言うだろうさ。蘭は自分にしか嘘をついていなかった。俺達はいつだって裏表のない真っすぐな蘭を見ているんだ」

「あぁ、確かに受け取ったぞ。感謝する」

「礼を言うにはまだ早いだろ。とりあえずアレを探さないと」

「探さなくとも分かる。アレの狙いはあの男だ。私を一番見てくれて、私を一番大切にしてくれて、私が一番拒絶した男だからな」


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