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15/40

俺は、咲坂雪菜の影にも光にも関わるしかないらしい。

 俺は、スタジオ内をブラブラしながら咲坂を待つことにした。


 皆が忙しく走り回る現場で、一人暇そうにしているのは居心地が悪いものだ。


 ましてや咲坂に近しい男疑惑と、社長の派手なパフォーマンスで注目されつつあるから、なおさらだ。


 結局、俺はスタジオの端の方で目立たないように時間を潰すことにした。


 ただ、静かに目立たなくしていたはずなのに――


 しばらくすると、見たことのある女性がツカツカと俺に近づいてきた。


「何ですか? 露骨に面倒くさそうな顔しないでくださいよ」


 そう顰め面をしたのは、高校生モデルのMISAKIだ。


 さっき俺と上條社長がスタジオに戻って来た時に目を真ん丸にして見てたから、そのうち来るとは思っていた。


「いやマジ面倒くさいからなあ、お前」


 俺はわざと顔を歪めてそう返した。


「うわ、ヒドイ! 人気モデルにそんなことを素で言うとか、マジであり得ないから」


 本気で感情をぶつけてくるMISAKI。


 最初に会ったときはあれほど猫かぶっていたのに、この変わりようは尊敬に値するな。


「人気モデル? お前ホント人気あんのかよ? 全く聞いたことないんだけど?」


 ちょっとからかおうといっただけだったのだが……


「な、何なんですか? これから人気出るんですよ……!」


 MISAKIの声が小さくなってしまった。


「なんだよ、ホントに人気ないのかよ? 言った俺が罪悪感感じちゃっただろ?」


 俺は少し慌ててしまった。


「感じてくださいよ! 全力で反省してください!」


 この世界で名が売れるのはそう簡単なことではないのだろうなと、同情した。


 まあ俺ごときに同情されたくはないだろうが。


「で、なんだよ? まあ、だいたい言いたいことは分かるけど」


「そうですよ!櫻井さん、社長と二人でいきなり外出とか、何やらかしてくれてんですか? もう訳わかんないですよ?」


 元気が戻ったMISAKIが挑みかかるようにそう言った。


「あり得なくはないだろ? 人気モデルYUKINAの大切な友人だ。丁重に扱われて当然だろ?」


「私と違ってYUKINAさんが人気あるみたいに!なんですか?その傷をえぐる言い回し?」


 MISAKIの怒りも本気モードだ。


「そんなつもり無いって! それは被害妄想が過ぎるぞ?」


「全く、いつも無表情なYUKINAさんがあなたの前だと色んな顔見せるし、普段怖くて近寄りがたい社長まであんな機嫌よく大笑いしてるとか、櫻井さん、あなた一体何者ですか?」


 MISAKIはほんとに理解できないという顔で聞いてきた。


「どうでもいい男にはみんな気楽になれるんだよ」


 俺も頭でその明確な答えを持っている訳ではないので適当に返事をしてしまった。


 そして続けた。


「それにお前だって俺に遠慮がないのはそういうことだろ?」


「わ、私は……も、もちろんそうですよ。全く対象外な櫻井さんに猫かぶる必要ないし」


 照れたようにそう答えたMISAKIはモデルというよりは普通の女子高生のように見えた。


「ちがうだろ、お前の場合は、好きな相手にこそ猫なんかかぶらないで素で勝負しろよ。俺は素のお前の方が魅力的に見えるぞ?」


「な、なにちょっとカッコいいこと言ってんですか?櫻井さんが言っても気持ち悪いだけですから!」


 女子高生に気持ち悪いとか言われる俺も大概だなと苦笑した。


 それにしても高校生なMISAKI相手だと気が楽だ。

 上條社長の後だから、その落差を余計感じるのだろうが。


 俺はせっかくだからさっきの上條社長の話で出てきた気になっていたことをMISAKIに尋ねることにした。


「そういえば、IZUMIってモデルのこと知ってる?」


「はあ? 誰に聞いてんですか? モデルの私にそれ聞くって、落語家に“柳家小三治知ってますか?”って聞くようなもんですよ?」


「なんだよそのシブい例え……ってか、お前落語好きなのかよ。ギャップ萌えポイント高いな」


 MISAKIは、フンとばかりにそっぽを向いた。


「で……IZUMIさんがどうしたんですか?」


 MISAKIはつまらなそうに話を戻した。


「そのIZUMIって、咲坂に似てるのかと思って。例えば顔立ちとか」


「いや、あんまり似てないんじゃないですか?」


 MISAKIは二人の顔をイメージしているのか、少し眉にしわを寄せながらそう答えた。


「そうなの? 上條社長が咲坂を見るとIZUMIを思い出すって言ってたけど?」


「ああ、それは違いますよ。それは業界のポジションの話じゃないですか? 業界ではYUKINAさんは“ポストIZUMI”って言われてますから」


「え? 咲坂ってそういう存在なの?」


「なに今さらそんなこと言ってるんですか? YUKINAさんの近くにいれば分かるでしょ? あんな完成度高いモデルなんて、そうそういないですよ?」


 え? え? え?


 いや、惚れた俺からすれば、思いっきり贔屓して“咲坂こそ世界一美しい”って言ってもいいと思うのだが……

 業界の評価が“ポストIZUMI”って……


 IZUMIというモデルは、上條社長がいわば“不出世”ともいえる表現でベタ褒めしていた存在だ。

 咲坂が?その後を継ぐ存在?


 マジなのか?


 そうか、上條社長が言っていた「宿題」とは、このことだったのか。


 俺はそんな存在に告白するんですか? マジですか? 何かの妄想ちゃいますか?


「そ、そうなのか……でも、見た目だけで言ったらお前も同じようなもんだろ?」


 俺は苦し紛れにそう言って、動揺を誤魔化した。


 すると今度はMISAKIが、予想以上に動揺してしまった。


「な、な、な、なに言ってんですか? 私がYUKINAさんと同じとか……」


「何うれしい顔になってんだよ? そうか、お前でも咲坂と同レベルって言われるのは嬉しいのか」


「ヤバイ、櫻井さんホント、ヤバイ! 危険! こ、こんなとこYUKINAさんに見られたらまた睨まれちゃう!じゃあ、私行くから! ホント、マジ信じらんない!」


 MISAKIは、もう我慢できないとでも言いたげに、逃げるように去ってしまった。


 なんだアイツ?


 勝手に盛り上がって、勝手に逃げやがって。

 ほんと勝手なヤツだ。


 MISAKIが去ってからは、特に何もなく暇な時間を過ごした。


 そして二時過ぎにようやく、咲坂から「撮影終わった」というLINEが入った。

 随分と待たされてしまった。


 撮影フロアが違うのか、俺が待っている間、咲坂を見かけることはついになかった。


 “人気モデルYUKINA”として撮影に挑む咲坂を見てみたかった気もするが、それは叶わなかった。残念。


 ほどなくして咲坂は1Fスタジオに降りてきて、俺を探しているのかキョロキョロと視線を走らせていた。


 本来のボッチキャラが復活していた俺は、風景と同化していたので、俺から声を掛けた。


「よう、お疲れさん」


「わあっ! びっくりした……い、いたんだ」


 心なしか、咲坂の頬が緩んだように思えた。


「なんだよ、目の前にいただろ? そんなに俺、存在感ないのかよ?」


「ほ、ほら、ここ派手な人多いから……」


 すいませんね、地味な俺で。


 だから“しまった”って顔すんなよ。地味だけに地味に落ち込むだろ?


「そ、そういえば義人、またMISAKIと話したの?」


 ジト目で俺を見る咲坂。


「ああ、先に言っとくけど、あいつから話しかけてきたんだからな?」


 俺は少しムキに言い返してしまったのでかえって言い訳じみてしまった。


「そんなことは気にしてないけど。なんか彼女、随分上機嫌であなたの悪口言いふらしてたわよ?」


 そう言って咲坂は苦笑した。


「上機嫌で悪口って意味わかんねえな。ホントあいつ、なんなの?」


「義人が気に入られてるんでしょ? まったく、何話したのよ」


 なぜか咲坂から攻められてる感じがするのは気のせいだろうか?


「いや、咲坂が綺麗だって言うから、“お前も似たようなもんだろ”って言っただけだよ。アイツえらく喜んでたけど」


 俺は特に後ろめたさはないのであったことを正直に話した。


「何それ? ムカつくんだけど」


 咲坂は明確にムスッとした。


「え? なんで? MISAKIと同レベルじゃ不満なのかよ?」


「そんなこと思ってないわよ」


「じゃあ何だよ?」


「義人にはMISAKIと同レベルとか思ってほしくなかっただけ」


「義人には、って……微妙な文法使うなよ。俺、結構現代文得意だから、その意味当てちゃうぞ?」


 冗談交じりにそういったのだが──


 咲坂は気まずそうに身を逸らした。


「そ、そういえば……もうお昼食べたんでしょ?」


 咲坂は誤魔化すように、当たり障りのない話題を振ってきた。


「ああ、お陰で社長にガッツリ食わされたよ。咲坂は?」


「私は撮影の途中で休憩があったから、そこで少し。……で、上條社長とはどうだったの?」


「いや……」


 俺は思わず、自分が“告白宣言”という恥ずかしい目にあったことを思い出して、苦笑してしまった。


 それを見た咲坂は、不安げに尋ねた。


「上手くいかなかったの?社長は上機嫌だったみたいだけど?」


「ああ、そうだな。話は悪くなかったと思う」


「そうなんだ……じゃあ良かった」


 咲坂は、心底ホッとしたようだった。


 咲坂は、俺と上條社長が舌戦を繰り広げている最中に退出したからな。


 仕事の間、ずっと気になっていたのかもしれない。


「おかげで必死に口説かれたよ」


「えっ!?」


 驚いたように大声を上げる咲坂。


「だから咲坂に協力するように、口説かれたってことだよ」


「ああ、そういう意味か」


 当たり前だろ?俺が上條社長に口説かれるわけないだろ?


 そんなリアクションが大きすぎる咲坂が謎だったが俺は話を続けた。


「でも安心したようだぞ? こんな俺でも協力することになったから」


「そう……なんだ。義人、協力してくれるんだ?」


 照れ笑いをしながら、咲坂は嬉しそうな表情を見せた。


「まあ、成り行き上な。まんまと社長にはめられたよ。あの人には敵わん」


「だよね。 私もあの人にはホント敵わない」


 そういう咲坂の顔は明るかった。これは咲坂も上條社長を好意的に思っているということだ。


「でもその社長が、咲坂のことをあそこまで心配してくれてるのは心強いだろ?」


「ええ。私、上條社長でなければ、とっくに辞めていると思う」


 やはりそうなのか。社長の気持ちは咲坂にも通じている。


 咲坂があのスタジオの雰囲気でもなんとか仕事を続けられたのは、まさに上條社長の精一杯のケアがあったからだろう。


 そして咲坂が思っている以上に、上條社長は咲坂のことを気にかけていたはずだ。


「で、お前は社長から何か聞いたのか?」


「え? 特には聞いてないけど? 義人から重要な報告があるとは言われたけど」


 上條社長!なに話してんだよ!!


「どうしたの?顔赤いよ?」


 咲坂は不思議そうに尋ねる。


「いや、ちょっとね、色々ね」


 ムチャクチャすぎるよあの人。


「あれ? なんか怪しいぞ?社長と異様に仲良さげだったって噂になってたから……ちょっと変なことになってないよね?」


「なんだよ“変なこと”って。なるわけないだろ? 社長とは飯食っただけだよ」


 実はちょっと危ない場面はあったけど――俺の気持ち的なところに。


「うーむ」


 だから、そんな顔してこれ以上詮索してくれるな。


「そういえば、咲坂ってスカウトじゃなくて志願してモデルになったんだってな」


 俺は告白の話題を引っ張りたくないので話題を変えた。


「え? 社長そんなことまで義人に話したの?」


「ああ、しかもIZUMIとか言う憧れのモデルのようになりたいとか? 案外ミーハーなんだな、お前」


「しゃ、社長信じらんない! もう……なんでそこまで話すかなあ」


 今度は咲坂が顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにむくれてしまった。


「でも、そんなお前だからこそ……IZUMIさんの二の舞にはしたくないんだろうな」


 そう言うと、咲坂は心底驚いたように、綺麗な目を大きく見開いて絶句した。


「ん? ……どうした?」


 固まってしまった咲坂に声を掛けると、ようやく咲坂は話を続けた。


「社長、IZUMIさんがモデル業界去った話までしたんだ」


「ああ。なんか言いづらそうだったが、話の流れで話してくれた」


「IZUMIさんの詳しい話はスタジオではタブーだから、あまり知ってる人いないのに」


 そ、そうなのか? なんでそんなことを初対面の俺に話したんだ?


「でもまあ、この件は俺が無理やり聞き出した感じなんだけどな」


「社長が話したってことは、義人がそこまで信頼されたってことだよね?やっぱ義人はすごいな」


 確かに、ここまで社長が俺に踏み込んできたのは“俺だから”という自負はある。


 しかし、それは俺そのもののパーソナルとは関係ない。


 “YUKINAを助ける存在”


 その可能性があるからに過ぎない。


 俺がそんな大層な人間であるはずがないのだ。


「それはちょっと違うな。咲坂がそれだけ社長に愛されてるってことだよ。ユリ展開期待するレベルに」


「なによそれ?」


 咲坂は笑いながらそういったが嬉しそうに顔を赤らめた。


「え?すでに社長にちょっかい出されてるとか?」


「フフ……それは秘密」


 そう言って、咲坂はケラケラと笑った。


 咲坂は、俺との会話ではよく笑う明るい女の子だ。


 ただ、MISAKIが“無表情”と話していたように、このスタジオでの咲坂はそうではなかったのだろう。


 だから、相変わらず俺と話す咲坂の感情豊かな表情に、いちいち驚きのリアクションをするスタッフたちの視線がとにかく煩わしい。


 それでも、俺が咲坂を助けるという話になった。


 それに上條社長が咲坂のよき理解者であることを、咲坂自身が再認識できた。


 そして、今朝ここに来たときの暗い顔とは、まるで違う表情を見せている。


 これだけの成果があったのなら――今日ここに来た意味は十分あったと言えるだろう。


 いきなり事情も分からずに飛び込んだ割には、上出来だ。


 それにしても、すごいことに巻き込まれてしまったな。


 さすがに疲れた。


 そして俺は、ようやく咲坂と一緒にKスタジオを後にした。

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