しょぼくれ
その9
浮かれていたんだ。天を覆う竜を見た、それを穿つ神の槍を見た。白銀に輝く角を持つ美しい馬と戦った。小鬼に囲まれ、もう終わりだと思った窮地を武者に救われた。自分の武器を手に入れた。自分には怪物と戦うことのできる力があると言われた。
まるで夢の中にいるような現実感の無い体験、私は婆さまのことを忘れてしまっていたんだ。
帰れないと分かってから実感するなんて。ここが普通の場所じゃないことははじめから分かっていたのに。
「まだ元気にならないみたいね。」
「みたいだな。」
千鶴子と伍作の声が聞こえる。
家に帰るまで私はまともに考えることができなかった。部屋に戻った私は寝床に伏せた。
もう元の世界には帰れない。婆さまにも会えない。
本当にそうか?
伍作さんが知らないだけで帰る方法があるんじゃないか。神様がいるんだ。それぐらいできるかも知れない。この世界に私を引き込んだ者にもまだ会っていない。望みがないわけじゃない。
そこまで考えると私は立ち上がった。探さなくては帰る方法を。そのためにはこの世界を生きていく力がいる。ならこんなところで寝ているわけにはいかない。
「私に戦い方を教えてください。」
「お、復活した。」
「教えてるだろ、普通に」
「実戦的なのです。素振りだけじゃなくて。」
「この際だから言っておくがお前の体じゃまともに戦えない。3ヶ月もあるんだ。体をつくるところから始めろ。」
「でもそれじゃあ間に合わない。」
「なんだ、まだ諦めてなかったのか。
まあ、戦力にさえなれば俺から言うことはない。」
「言い方ってもんがあるでしょ!」千鶴子が伍作を軽く叩く。
「いいんです。無駄かも知れないっていうのは自分が一番分かってますから。」
3ヶ月は向こうの世界で15年、最低限戦う力をつけて1ヶ月以内に動き始めたい。そのために私は伍作さんを裏切らなければならない。護衛として都に行くという約束を破ることになる。
「一刻も早く都に行く理由が出来ました。強くしてください。」
「稽古はつけて欲しいが護衛はやらないと、そういうことか?」伍作は低く言う。
「,,,はい」馬鹿なことを言ってるのは分かっている。でも、今の自分にはまともな条件を提示する手段がない。
「稽古はつけない、だが毎朝勝負してやる。俺に勝てたら好きにさせてやる。3ヶ月勝てなかったらここで働け。都にも連れて行かない。飯は狩りをして自力で獲物をとってこい。割合に応じてくれてやる。武器は倉庫にあるのを好きに使え、必ず研いで返せよ。
これが俺からの譲歩だ。これで嫌なら今すぐ出てけ。」
伍作さんの要求は優しさにあふれていた。ここで生きていくための当たり前の条件だった。
だから答えなら決まっている。
「よろしくお願いします。」
「いいのね。こういうとき伍作は手を抜かないわよ。」
「いいんです。こちらこそ優しくしてもらったのに仇で返すようなことを言ってすいません。でも決めたので。」
次の日から私とこの世界の本当の戦いが始まった。