4話 俺、楽しく暮らしてます
エタると思いました?しないですよ。
俺がこの世界にやってきてから、もう3週間くらいが過ぎようとしていた。
宙に浮かべた画面ではピンク髪の美少女が棚の上の方にあるものを取ろうとして頑張って背伸びしているのだが、なかなか届かなくてプルプルしているその子の足をローアングルで覗き込んでいるところだ。真っ白な太ももがなかなかそそる。そしてヒラヒラ躍るワンピースがめくれてパンツが見え・・・見え・・・見え、ない。見えないけど、堪らん。
「ぬふふ、けしからんですなぁ、けしからんですなぁ!今の見たかアスキー、くぅう、絶妙なとこ突いてくるなぁ!ちくしょー!」
「(◉◞౪◟◉)」
「・・・お前、そういうのどっから拾ってくるんだ?」
俺と一緒に画面を覗き込んでいるのは、お手伝いロボットのアスキーだ。
俺は使った記憶のないよく分からない顔文字をおいそれと繰り出してくるアスキーに軽く尋ねたが、アスキーは器用なマニピュレータでグッドサインをするだけだった。妙に人間くさいことがあって、俺は最近コイツの中には実は人間が入っているんじゃないかとか思うのだが、1日中一緒にいてもトイレに行ったり飯を食ったりはしないから、どうにもそんなことはないらしい。
ところでみんな。俺は1つ、確認したいことがある。
部屋に籠もってぬくぬくと遊んで暮らす。これ以上に快適で幸せな生活があるか?
―――いや、ない。
確認と言ったが、やっぱり答えてくれなくても良い。聞くまでもなく答えはノーで決まっている。これが至上だ。
この世界は素晴らしい。ホントに。
なにがそんなに良いかって言うと、映像技術がすごいのだ。俺の元の世界ではどんなに金をつぎ込んだ映画でも再現できないような圧倒的ハイクオリティの画質だ。
おかげさまでこの世界のアニメは最高だ。神作画にもほどがある。いくらでも見ていられる。というか実際何時間見続けていたかもう分からん。
俺は飯と風呂とトイレの三大イベントを除く全ての時間を、与えられた自室にて有意義に消費している。
寝て起きて、アスキーと一緒にアニメを見て、寝る。クッソ最高。強いて言うならファンタジー系の作品がほとんどないことがネックだが、現代日本のオタクの一般イメージである萌えやお色気は満足度300パーセントだから、俺でもかなり楽しめる。鼻の下が伸びっぱなしだ。
まさかこんな世界に来ても俺の価値観に添う文化があったとは、思いもしなかった。俺はタダでもらったポルックという超絶便利アイテムを最大限に活用してSF世界を満喫出来ている。
コンコンというノックの音。ということは、あぁ、もうそんな時間か。俺はノックに気付きながらそれをスルーする。
『ユウキ、おはようございますッスよー』
シャルルの声だ。最近はこうして毎日シャルルが朝部屋に来てくれるのだが、俺は引き籠もりたいのだ。銀髪に綺麗なオッドアイ(実際は違うのだが)の可愛い女の子が起こしに来てくれるのは嬉しいが、正直アニメ見ている方が楽しい。
『まったく、君という人はホントに根っからのニートッスねぇ。やればデキる子なのにもったいないッスよ』
と、締めていたはずのドアのロックがあっさり解除されてガチャリという音がした。
「失礼するッスよ」
「・・・シャルさぁ、ホント勝手に鍵開けないでくれない?」
「こうでもして連れ出さないと、ユウキは一日中部屋に引き籠もってモヤシも真っ青の真・モヤシ男になっちゃうッスよ」
「良いじゃん別にぃ。俺はこの艦を救ったヒーローなんだぜ?ちょっとくらい好き勝手させろよぉ」
「もうだいぶ好き勝手やってると思うんスけど、気のせいッスかね?」
「気のせいっす」
俺が素っ気ない返事をしていると、シャルルがちょっとムッスリしたのが分かった。
「はぁ。ヒーロー気取るんだったらもっと堂々とみんなの前に出てきましょうよ。ほら、私と一緒に来るッスよ。少なくとも私は君なしでは退屈で仕方ないッスから」
シャルルの言うことはいちいち俺の童貞心をくすぐるから困る。俺はなんか、そこまで買い被られるようなことをしただろうか。
いや、したわ。
俺に似たのか出不精のアスキーが残念そうな顔をして俺に手を振っているので、どうやら打つ手はないらしい。さすがにシャルルの権限には敵わない。
これから俺はシャルルに引きずられて『アトラス』の迷路のような通路を練り歩くだろうから、その間に俺がこんな自堕落な生活を営めるにまで至った経緯を回想していこうと思う。
●
「はい、バリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺はその瞬間、体の奥底からゾゾゾっとなにか得体の知れないものが湧き出すのを感じた。でも、俺にはそれがなんなのか、すぐに分かった。だって、それは俺がその瞬間に一番望んだ結果を掴んでくれる「力」だったのだから。
俺が想像していたのは、俺がシャルルに救われた後気が付いたときに閉じ込められていた、あの透明の壁だ。強固で透明で、まるでバリアみたいだ―――と、そう思ったから。実際には魔法ではなくて純粋な科学力の結晶だったが、それは俺にとって些細な問題だったので、俺はそのイメージでバリアを張ろうと思ったのだ。
下から無数にさえ思えるミサイルの群れ。裸足で飛び出すように出撃したシャルルたちの操る巨大ロボットの必死の迎撃。断続的な爆発。連続的な光。部屋の外でドタドタという足音。逃げ惑う悲鳴。
艦の表面を覆う巨大で透明な壁。『アトラス』の形を思い浮かべ、それをすっぽり覆うバリア。
鳴り響く脱出の勧告の中で、俺だけはそんなことを叫んでいた。
そして、その1秒後にはすごい爆音がして、艦がグラグラ揺れた。1回じゃなくて、何回も何回も、大爆発の音がした。まるで核ミサイルでも撃ち込まれたんじゃないかと思うような閃光が窓から飛び込んできた。直後には窓のブラインダーが勝手に機能したけれど、既に俺は目を焼かれてしまっていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!目がぁ!目がぁぁぁぁ!!」
とある大佐の気分を味わった俺も、その瞬間ばかりはそんなくだらないことを考えている余裕なんてなかった。床を転がりながら、俺は結局ダメだったんだな、と直観していた。だって、こんなにも眩しいし、揺れに放り出されて体中を床や壁にぶつけて痛いのだから。
それもそうだ。チートも使い方が分からなかったら役に立つわけない。ましてや緊急事態に付け焼き刃のイメージで魔法が使えるほど俺は器用でも主人公でもない。
―――なんて思っていたのだが、俺はそれでも床にうずくまっている。それはつまり・・・?
『ミッ、ミサイル185弾が船体に直撃!!し、しかし艦外壁周囲の空間に謎の力場を確認、爆発は全てその空間に遮られた模様!?被害ありません!!』
「・・・あれ?」
俺は耳を疑った。だって、失敗したのではなかったのか?めっちゃ爆発していたのに。
「・・・もしかして、マジで成功した?」
確かに、船体が破壊されていたら俺はこうしていないわけで。
というか、まともに食らっていたら死んでいるだろうし。
以上より背理法で『アトラス』は無事であると証明された。
まだ光に目が眩んだままなので俺は立ち上げれないでいたのだが、そんなとき俺のポルックに連絡が入った。画面は見えないが、声でそれがシャルルだと分かった。
『ユウキッ!無事ッスか!?大丈夫なら返事してくださいッス!!』
「シャルルか?うん、なんか、無事だわ。俺だけじゃなくて、『アトラス』全部」
『え、マジッスか!?はぁぁ・・・よかったッスよ・・・』
「シャルルは、みんなは無事なのか?」
『私たちは無事ッスよ。いやぁ、それにしてもホントよかったッスよ』
シャルルの声しか聞こえないけれど、でもそれで十分にシャルルが安心しているのが分かった。俺がしたことで救われた人がいるのだと、ようやく実感した。俺でもなにかの役に立つことがあるんだと思うと、今まで溜まりに溜まっていたフラストレーションがスゥッと消えていくような気がした。言いようのない感動があって、俺はへなへなと床に寝転がった。
「うまくいって、よかったよ・・・」
『うまく?・・・もしかして、ユウキがなにかしてくれたんスか?』
「まぁ、なんていうか、バリアをな」
『―――君、本当に魔法使いかなにかッスか?』
「そうかもなぁ」
しばらくして『正体不明の力場』が俺の一存で消滅すると、またもやアナウンスがあって、その後に出撃していたロボットたちが艦に帰還してきた。多少の損傷はあれど全機無事だったというから、俺はホッとした。
●
・・・というのが、3週間前、俺がこの世界に転生・・・もとい転移した日の夜の出来事だった。
最終的に、俺やシャルルが乗っているこの大型母艦『アトラス』は直下に潜んだ敵から大量のミサイルを発射されたが無事で済んだ。まさしく最高の結果だった。
その後、シャルルがレイモンドに今回の件は俺の行動で被害を免れたという旨の報告をしたらしく、俺の評価は急上昇だった。もっとも俺はそんなのは向いていないから大したことはしてないと言ったのだが、謙遜なんて誰も聞いてくれないので、俺はそこに甘んじることにした。
クルーの誰もがもうダメかと思っていた中で1人、決死の覚悟でみんなを守ったヒーロー。俺の立ち位置はいつしか、珍妙な格好をした原始人からそんなところにまで上り詰めていた。
それから少しすれば、なんと本国から俺の昇級が通達された。身元すら不明と言って問題ない俺を簡単に軍の組織内に取り込み、あまつさえ入隊直後の昇格さえ厭わないなんてなにかオカシイ気もしたが、シャルルもみんなも俺のことを祝ってくれたから悪い気はしなかった。
そういうことで俺の階級は一気に准尉までアップ。勲章ものの大活躍だと称讃され、報酬として大金までもらった。いや、この世界の金銭感覚がまだ馴染まないから分からないが、それでもだいぶ多額の金をもらったらしい。
『アトラス』が本国に帰港後は正式に俺の表彰があるらしい。そこで勲章の授与もあるとのことだ。ただ、俺としてはそういう目立つのはホントムリなんだけれども。というか、引き籠もったのもそれがストレスだったから、というのが3割ほどある。
とにかく以上諸々の活躍の結果として得た名誉を俺は有効活用し、こうして悠々自適な生活を送っているのだ。さすがにそんな態度が2週間ほど続いた頃からは不審な目を向けるクルーが増え始めたが、俺はその程度のことは気にしない心の大きな男だ。
ただ、だ。
「あ、ユウキ准尉!お疲れ様です!」
「見て、あれユウキ准尉よ!ひさしぶりに見たわ!」
「ユウキ准尉ー!」
俺を見つけたクルーたちが手を振ってくれるから俺は笑って手を振り返してやった。な?俺はまだこの艦の英雄だ。こういうのはちょっと偉くなった気分で清々しい。
最初はイヤだイヤだとごねてみたが、シャルルに連れ出されてみれば、こうして廊下を歩くのも悪くないかもしれない。
「ニートってこんな自信満々な職業でしたっけねぇ。そんだけ普通に振る舞えるのに引き籠もりたがる理由がホント分からないッスよ」
「自信は消耗品だぜ、シャル。俺がでかい顔してられんのは今のうちだけだ」
「ドヤ顔でなんつーこと言ってるんスか。ダメッスよ?ユウキはこれからも我がシャルル隊の精鋭メンバーとして活躍するんスから。君にはずっとデカい顔してもらわないとッス」
シャルルは俺の顔を下から覗き込んで諭すように言ってくるが、俺は戦場になんて出たくない。部屋のドアの外にさえ出たくないのに、どうして戦場にまで出かけるっていうんだ。まぁ、今の俺なら戦場のど真ん中に放り出されても負ける気がしないのだが。
あれからも俺は面白がって魔法をいくつか練習したのだ。一度魔力を使ってしまえば、なんとなく出し方みたいなものは分かったから、後は適当なイメージに合わせて魔法を作る。
具体的にどんな魔法を開発したかというと、遠くのものを寝たままたぐり寄せられる魔法とか、喉が渇いたときに水を出せる魔法とか、指を使わずに鼻をほじれる魔法とか、か○はめ波とか。
そうこうしているうちに俺とシャルルは最寄りの食堂に到着した。
「てか俺まだパジャマなんだけど」
「なんでパジャマなんスか、だらしないッスねぇ」
「いや、シャルが無理に連れ出すから身嗜みを整える時間すらなかったんじゃないか?」
「ひ、人のせいにするなんてユウキは心の小さい男ッスねぇ・・・」
「待て、じゃあなんで目を逸らしたんだ。今ちょっと『あっ』とか思っただろ」
だんまりを決め込んだシャルルは目が泳いでいる。しゃべらなければシャルルの持っているウソ発見器も通用しないのでそうして頑張っているのだろうが、目は口ほどにものを言うのでやっぱりシャルルが悪い。俺は深く深く溜息を吐いて、元来た道を戻ることに―――。
「あ、あれ?そういや俺の部屋ってどう戻ればいいんだっけ??」
「君、そろそろ艦内の通路ちょっとは覚える努力をしてくださいッス」
「いやだって、俺はずっと部屋に引き籠もらなきゃいけないんだし」
「なんの義務ッスかそりゃ」
ニートをしていた俺は艦内の移動に関してもシャルルに引っ張られてが多かったので、実は3週間経った今でも全然通路のパターンを覚えていない。食堂の目の前に来ながら、着替えていないという事実のせいで一度部屋に戻らないといけないのに、1人では帰れない。いや、実に困った。
「あ。にぃ」
コットンみたいにふんわりした女の子の声がして、俺はそっちを向いた。そこにいたのは栗毛を可愛いショートボブにした女の子だった。そう、マイスイート妹、サーシャだ。いや、実際は血も繋がっていないんだけれど、なんか妹みたいだったから。
サーシャが「にぃ」と言ったのは俺のことで、サーシャもサーシャで俺を慕ってくれているのだ。しっとりまん丸な瞳が俺を見ている。やべえ、俺、絶頂期。
「って、サーシャ、お前までパジャマかい」
「ん?・・・あ。ほんとだ。にぃとおそろい」
「ユウキ、なにニヤニヤしてるんスか」
「いや、うん」
だって、なんて微笑ましいんだろう。もういっそサーシャと一緒にパジャマで朝食っていうのもアリな気がする。幼さを色濃く残すサーシャの圧倒的破壊力に勝てる男なんていないのではないだろうか。
でもさすがに他の人たちの目もあるから、俺は結局着替えるために部屋に戻ることにした。
「おそろいなのは嬉しいけど、さすがにだらしないから着替えてからにしような。俺、一旦部屋に戻るから」
「部屋・・・?じゃあサーシャもついてく」
「へ?いやいや・・・」
「本のお話。続きを聞かせて欲しい」
「くぅ・・・」
サーシャに袖をつままれると立ち止まるしかない。だがダメだ。ここは兄として威厳ある―――いや、こんな格好と生活をしている時点で威厳もクソもないが、それでも最低限サーシャの前でくらいちゃんとした人間をやってみせないといかん。まずは身嗜みを整えて朝食を摂り、用事はそれから。
悶々としながらも俺は耳元で囁く悪魔に打ち勝ってサーシャのお願いを食後に先延ばしした。
俺は1人じゃ帰れないので、シャルルと一緒に元来た道を引き返す。その途中、シャルルがなんだか頬を膨らして俺に突っかかってきた。もしかして、妬いているとか?いやいや、さすがにそれは俺も思い上がりすぎだ。ニートに惚れる女とか俺が真っ先に引くわ。
「ユウキってなぜかサーシャの前では常識人演じるッスよね。なんでッスか?」
「それはほら、いつもは信号を無視する短い横断歩道でも小学生が待ってたらそのときは無視しないでキッチリ待つじゃん。あんな感じの気分」
「『おーだんほどー』っていうのがなにかよく分からないッスけど、まぁそういうことにしとくッスよ」
「なんでそんなに不機嫌なんだよ」
「なんだか取られた気がして悔しいんスよ。忘れたとは言わせないッスよ?」
「なにを?」
「ユウキは私の所有物ってことッスよ!」
「あだっ!?」
怒ったシャルルに指で鼻を突かれて、俺は思わず仰け反った。たまに飛び出すシャルルの理不尽な暴力が、意外に痛い。
しかも、まさか本当にそんなことを考えていたなんて。俺は別にシャルルになんにも格好良いところとか見せた覚えはないのに、こんなことってあっていいのだろうか。今頃学校で勉強に部活にと頑張っていて成果も上げているのになぜか人気の出ない非リアたちに申し訳ない。
部屋に戻るまで俺はずっとシャルルを宥めながら歩いたのだが、途中で部屋にいるアスキーに頼んで制服を用意しておくようにお願いしておいた。艦長のレイモンドがデザインしたちょっとオシャレな制服だ。
俺がメッセージを送ると『エー・・・』という言葉が返ってきたときは俺もさすがに耳を疑ったが、そうは言ってもやってくれるはずだ。・・・はず、だよな?だってアスキーの本職ってお手伝いロボットだろ?・・・あれ?
俺が部屋に戻って今度こそちゃんと自分のキーでドアのロックを開けると、なんか中でバタバタと音がした。
「ワー!」
「アスキー、服取ってくれた・・・か・・・って」
俺はあいにくの光景に頭を抱える思いだった。
洋服ダンスの前には焦って引き出しを開けようとして、勢いよく飛び出した引き出しのロケットアタックを受けたアスキーが部屋の床を転がっていた。
「ヤ、ヤァユウキ、オ帰リ」
「アスキー。お前ホントにロボットなの?ちょっとそのドラム缶みたいなボディー脱いでみてよ」
「(//∇//)」
「いっちょ前に照れんな!」
「(´・ω・`)」
これで本当にアスキーに中の人がいないとしたら、この世界のAIの技術はまさに前の世界で偉い人たちが予見していた、明るい方の「人工知能の将来図」だ。こんな風に人間の生活に馴染める機械なんてありえないと思っていたが、それがこの世界では実現してしまっている。
その分、AIらしい優秀さを見せてくれないのが残念極まりないのだが。
ションボリしたままアスキーは俺の制服を用意して、ベッドの上に置いてくれた。俺はひとまずシャルルを部屋の外において着替える。
未だに感動するのが、制服に袖を通したときの服の軽さ。まあ、もう細かくは言わないけれど、とにかく空気のような着心地なのだ。
キッチリ服を着てから適当に寝癖も直し、俺はもう一度アスキーに手を振って部屋を出た。
「さて、今度こそ大丈夫ッスね。私はもうお腹ペコペコッスから、さっさと行くッスよ」
「あいあい・・・」
スタスタ歩くシャルルに続いて俺は本日2度目の食堂への道程を歩く。俺としても3週間いて道を覚えていないのはマズいと思ったから、とりあえず今日から頑張って順路を覚えていくことにした。
そうこうして2分ほど歩けば、さっきの食堂に再到着。入ると、食堂の奥の方で俺らに手を振るヤツがいるのが見えた。・・・が、そいつは俺に気付くと途端に笑顔が凍り付いていた。
そんなことは気にしないシャルルと俺はそのテーブルに向かう。シャルルはさっそく手を振っていた赤髪に空色の目をした部下に挨拶をする。
「ココア、おはようございますッス」
「おはようございます、中尉っ!今日もお可愛らしいですね!ほれぼれしちゃいます!」
「おはよう、ココア」
「おや、誰かと思えば原始人じゃないですか。まだ生きていたんですか。さっさと部屋に籠もって好き放題自慰行為に勤しんでテクノブレイクしちゃえばいいのに」
「この腹黒ロリ・・・!!ホントにお前ってやつはぁ!」
「腹黒ロリ!?あたしがですか!?聞き捨てならないですね・・・!!」
ココアはさっそく瞳孔全開で俺を睨み付けてきた。相変わらず可憐な見た目に似合わない醜悪な表情である。なにがあったらこんな顔になるのだろう。
「ロリにロリって言ってなにが悪いんだよ。腹黒いのも間違ってないだろ。そうだ、腹黒ロリを略してお前はこれからグロリーだ」
「ああああ!!この原始人、言わせとけば好き放題言いやがって!!ロリロリうっさいんですよ!医学的なロリの範囲は13歳までであって、16歳であるあたしはロリじゃないんですけど!ロリ枠ならサーシャがいるでしょう!」
「ロリ扱いされたくないならもっと身長伸ばして胸もでっかくするこったな!」
「な、なにを想像してるんですか!?さすがは万年発情期の原始人!朝から変な妄想ばかりして勃ちっぱなしで疲れてるでしょう!今すぐカットオフしてやりますよ!」
「なんでそうなる!?」
当然のように上着のポケットからナイフを取り出すサイコパス少女から俺は全力で飛び退いた。今の一瞬で股間が縮んだ思いだ。今や俺の方が階級も上だというのに、ココアときたら最初と変わらずずっとこの調子である。
出会ったそばから「死ね」発言を食らった俺はだいぶ傷付いた。普段なら「死ね」なんて言われても傷付かないが、ココアの「死ね」はマジだから恐い。俺がココアにいったいなにをしたというのか。精々が敬愛するシュタルアリア中尉どのの興味を独り占めしているだけじゃないか。ざまあみやがれ。
「あの、一応みなさん食事中ッスから、下ネタばらまくのはやめてもらえないッスかねぇ・・・」
「あっ、も、申し訳ありません中尉!罰としてなんでも言ってください!中尉のソファー係でも乗り物でもしますから!」
「いや、どっちも結構ッスよ。というかそれはココアがやりたいだけッスよね」
「はいっ!」
なにがココアをこんなにしたのだろう。ちょっと気になる俺であった。
結局ココアの罰は朝食後の下膳をシャルルと俺の分までやるという程度で済むことになった。
お盆を持って席に戻ると、そこにパジャマから独特な私服に着替えたサーシャと金髪ショートでクールな大人の女性であるアンフィが合流した。これでシャルル隊のメンバーは勢揃いだ。
「なんだ、今日はユウキも一緒なんだ」
「いやぁ、シャルに引きずり出されたもんで」
「にぃ。さっきも来てた。一緒に朝ご飯食べるのひさしぶり。サーシャは嬉しい」
「俺も嬉しいぞー」
俺はサーシャの頭をクシャクシャ撫でてやりながらアンフィに事情説明をした。アンフィは知っていたとでも言うような調子で肩をすくめ、サーシャも連れて朝食を受け取りにいってしまった。
全員揃ったところで俺は食べ始めたのだが、思えばこうしてみんなで集まって朝ご飯なんて、ガンで死ぬ前、最後にしたのはいつだったっけ。不思議な気分だ。
「それにしてもさ、シャル」
「なんスか?」
「この世界、思ったより平和だよな。戦争って言うから毎日ドンパチかと思ってたのにさ、思えばあれから3週間音沙汰なしだもん」
「まぁそんなもんッスよ。それともユウキはそういうのを期待してたんスか?」
「いや、むしろこっちの方が俺は良いけど・・・ただ、そうしたら軍人ってなにをして過ごせば良いんだろなって思って」
「そりゃごもっともッスけど、まあ『アトラス』にはいろんな施設があるッスからね。みんな思い思いの休日を過ごしてるッスよ」
「わーお、毎日が日曜日」
ニートには堪らない。平日を無為に過ごす罪悪感が吹き飛んだ。
と、そこでアンフィが思いついたようにシャルルに提案した。
「ねぇシャルル。今日散歩にユウキ連れてってやったら?」
「あー、それ良いッスね。そうするッスよ」
「散歩ですか?俺がシャルと?」
「そう。アンタもちょっとは経験しといた方が良いでしょ」
―――経験?
俺が首を傾げいているうちに話は進んでしまった。しかしそれが腑に落ちないのはサーシャだ。なにせ先約を取っていたのだから。というか、俺ってば引っ張りだこ。うれちー。・・・という幸せは束の間のものだったと気付くのはまた後の話。
「シャルル。にぃはサーシャと本の話するって約束してた。横入りはズルい」
「ごめんなさいッス。でもサーシャ、これは大事なことッス。上官命令として私が先にユウキを借りるッスよ」
「上官命令・・・命令なら仕方ない。でも。終わったら次はサーシャの番」
「分かってるッスよ」
それから、もう1人納得がいかないのがいる。
「なんで原始人だけ!ズルいです!私も散歩にお供します!」
「えぇ・・・?ココアはちょっと遊びすぎるッスから出来たら留守番して欲しいんスけど」
「出来るだけ気を付けますからぁ!」
「いや、散歩なら別に遊んでも良いんじゃないのか?」
「原始人は黙っててください!」
「あれぇ!?」
俺は今確かにココアをフォローしたはずなんだがなぁ?なんで罵られたんだろうなぁ?こうして俺は腑に落ちない人3人目となった。
とはいえシャルルは俺の発言をマジメに受け止めてくれたらしく、しばらく唸ってから小さく息を吐いた。
「じゃ、好きにしてくれて良いッスよ」
「やった!!ありがとうございます!」
●
朝食後、事前の取り決め通りにココアがシャルルと俺の盆も下げた。俺の盆を触るときだけはポケットからアルコールみたいなものを取り出して全力で盆を消毒してから下げやがったからまたイラッとしたのだが、俺は冷静な男だから我慢した。
「それじゃユウキ、さっそく散歩に行こうじゃないッスか!」
「お、おう」
「ということで私についてくるッスよ。ココアも」
「はーい!」
ノリノリなシャルルに続いて俺とココアはいずこへか歩き出す。
「にぃ。あとでちゃんとしてね」
「分かってるって。それじゃ行ってくるよ」
「ご武運を」
「ご、ごぶ・・・?まぁいいや」
サーシャとのやり取りをしてちょっと遅れた俺は小走りでシャルルに追いついた。
エレベーターに乗り込んで下に降りていく。でも、下に散歩するような場所はあっただろうか。俺は気になってシャルルに尋ねてみることにした。
「なぁシャル、散歩って言って、どこに行くんだ?」
「とっても広いところッス」
「広い?そんな場所下にあったっけ?」
「まぁそれは見てのお楽しみッスよ」
「うーむ」
さっきからココアはウキウキしっぱなしで会話に参加していないのだが、ココアは今からシャルルが向かおうとしている場所を知っているのだろうか。でも、知っていたとして俺が聞いたら「死ね」と返されそうな気がするので、結局聞かないことにした。
シャルルが俺を危険な目に遭わせるようなことをするとも思えないし、ここはもうシャルルに任せてしまおう。
やがてエレベーターが到着したのは、艦の最下層だった。
ドアが開くと、そこは鉄世界だった。
なんていう感想が漏れる程度には、そのフロアはSFっていた。上層みたいな住みよさはほとんど排除されて、代わりに現れたのはロボットアニメの定番である格納庫だった。迫るような鉄板の壁に俺は息を呑んだ。
壁には巨大ロボットが並び立ち、整備用のロボットがせわしなく行き交い、メカメカしい巨大機材が気持ち悪いくらい無音で働いている。そういう趣味の人が見たらさぞかし興奮する光景だったろう。
しかし思い出して欲しい。俺たちが今からしようとしているのは散歩ではなかったか?
シャルルは唖然として立ち尽くす俺に向き直り、両腕をバッと広げて背景を強調した。
「じゃじゃん!!見るッスよ、この素晴らしい光景を!どうッスか?」
「どうと言われても・・・凄い?」
「なんか月並みな感想ッスね。どんくらい凄いと思うッスか?」
「表現に困る程度には凄い」
「おほーっ!!ユウキも分かってきたッスねぇ!そうでしょうそうでしょう!ここはホントに素晴らしいところッス!」
ちなみに俺は単純に反応に困っただけだ。正直シャルルのハイテンションは2パーセントくらいしか共感していない自信がある。
ただ、なんとなく「散歩」の意味を察した気がした。つまるところシャルルが見たかったのはこれなのだろう。
「えっとつまり・・・このフロアを散歩するってこと?」
「それもそれでアリッスけど、残念、違うッス」
「え、違うの?」
おや、予想が外れてしまった。ロボットたちを見て回るのではないとすれば、シャルルが俺をここに連れてきた理由はなんなのだろうか。整備基地としての色が濃いここで、それ以外の話題なんてなさそうだ。俺は怪訝な目をシャルルに向ける。
けれどもシャルルは自信たっぷりに床を指差して、こう言った。
「さぁユウキ、楽しい楽しい空中散歩にレッツゴーッス!」