3話 俺、ここで生きていきます
この話でここまで行きたい!と思ったとこまで書いたら、過去に類を見ない長さになっちゃった。おかげで昨日投稿するはずが今日にずれ込んでしまいました。
でも大事な回だから見逃さないでください!
俺がシャルルの所有物になったところで、ようやくレイモンドがソファーから立ち上がった。
「それじゃ、ユウキ。我らが連合国空軍へようこそ、だな」
「へ?」
「俺はレイモンド=ミスト=クライアエル少佐。この連合国最大の機動空母『アトラス』の艦長を務めてる、とっても偉い上司だ。尊敬しろ。答えはハイか了解のどちらかだ」
「うん、ハイハイ」
「なあシャルル、この新入り俺のことナメてないか?」
レイモンドが俺のことを睨んだままシャルルにそう尋ねたのだが、シャルルはニコニコしたままだった。ただ、このままだとそこにある窓から捨てられそうなので、俺は適当に弁解しておくことにした。今はシャルルが味方でいてくれるだろうから、ちょっとふざけてみる。
「いえいえ、とんでもないであります少佐。『うん』というのは俺・・・じゃなくて私が元いた世界では最上級の承知を示すために古くから使われ続けてきた言葉なのです。そしてそこにハイを2回続けることでより強い忠誠心を表現してきました。軍隊でも上官の命令には『うん、ハイハイ』と答えるものです」
「そ、そうなのか・・・?」
俺もレイモンドもウソを見抜く力があるらしいシャルルの方を見た。結局のところ、俺の命はシャルルの反応次第だ。まぁ、実際はあまり心配してないのだが。
予想通りにシャルルは白々しい顔で驚き、こう言った。
「おー、なんと。これはホントみたいッスね。私もビックリッスよ」
「マジかよ・・・そんな返事したらこっちの世界じゃ魚のエサだぞ」
―――バカめ、ひっかかったな!
シャルルがこっそり俺に目配せをしてウインクしてきた。なんだろう、こそばゆい。しかしシャルルもシャルルでなかなかの悪い子らしい。平気な顔をして上官をだまくらかすなんて良い根性をしている。
レイモンドは煮え切らない唸りを上げながら髪をぐしぐしと揉んでから、俺の方を向き直した。バカの顔がなおさらバカっぽい。
なのに、レイモンドは甘いマスクだからそれはそれなりにアリな感じがしたので、俺はむしろイラッとした。
「仕方ない、今のはスルーしてやる」
「ありがとうございます。あの、そんな少佐の広い心に甘えて1つお願いがあるんですが」
「なんだ、言ってみろ」
「俺、まだこの世界に来てから間もなくて・・・。こっちの文化に慣れるまではしばらく今まで通りの言葉遣いでお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「この・・・。さっさと慣れろよ」
レイモンドの許可も得られたので、俺はこれからさりげなくこいつにタメ口を利くことにした。今まではやけに俺にばかり厳しくする学校の先生にナメた口を利いたときには、味方のいない俺はひたすら怒られるしかなかったのに、今は違う。超スッキリ。
そんな俺の黒い内心にも気付かずに、レイモンドはデスクの上にある装置を少し弄ってから戻ってきた。
「それで、お前も自己紹介くらいしろ」
「俺はサクマユウキって言います。出身は日本、年齢は・・・あれ?0歳って言うべきなのか?まあいいや、17歳で。趣味は読書、血液型はA型」
「よし。とりあえずお前の身分証明書を作んないとだからな。親の名前も言ってみろ」
「いや、その、俺の親はいないんじゃないですかね?俺がここに生まれたとき、完全に俺1人だったし」
「つまりお前はなんにもない虚空からニョキニョキ生まれたってか?」
「うん」
「・・・。まあいい、仕方がないから俺が名義上の責任者になっといてやる」
「へっ?」
「あ?なんだ、文句があるのか?」
「い、いえ、ありません」
レイモンドって、実は良い奴なのではないか?俺はそんな風に感じ始めた。さっきまで確固たる意志を持ってレイモンドをナメてかかろうと思っていたのに、なんだか出鼻を挫かれた気分だった。まさか躊躇いせずに俺の責任者になるなんて、思いもしなかった。
「それじゃ、書類はこんなもんで良いか。次はその格好だな。その防御力が2しかなさそうな服をなんとかしねえと、俺の艦のクルーだなんて冗談でも言えないぞ」
「いや、多分3か4はありますよ」
「知るか。ちょっと待ってろ」
レイモンドは吐き捨てながら、艦長室の奥にあった扉の奥に引っ込んでいった。
レイモンドの背中を見送って、シャルルが俺の来ている患者服の裾を引っ張った。なにかと思って顔を寄せると、シャルルも俺の耳元に口を寄せてきた。
「それにしても、ユウキって不思議な人ッスね。おとなしめの人かと思ったッスけど、まさかあんな堂々と少佐にウソ吐くなんて。私たち気が合いそうッスね、フフン」
「イケメンは敵って決まってるんですよ」
「なるほど、君は超フツーの顔ッスからね」
分かっていても可愛い女の子にそんなことを言われると傷付く。むしろちょっと悪いくらいに言ってくれた方が落ち込みつつもリアクション出来るのに、フツーとか言われるとどうしようもない。
俺がしょげていると、シャルルは肩に手を置いて慰めてくれた。お前がこうしたんだろ、とは言わない。
「あ、そうッス」
「なんです?」
「ユウキ。私には別に敬語を使う必要はないッスよ。私はフォーマルなのが苦手なんスよ」
「いいんですか?」
「むぅ・・・」
「あっ、ごめんなさ、じゃなくてごめん!これで良い、のか?」
「それで良いッス」
今までクラスの女子と会話するときもずっと敬語だった俺からするとシャルルの要求はだいぶ胃がもたれるものだった。でも、満足そうに頷いているシャルルを見ていると、俺も嬉しくなってきた。
こうして見ているとシャルルは俺の監督官というよりも友達みたいな感じがした。・・・友達というのを俺はあまり知らないが。やめろ、あまり想像するんじゃない。
とはいえ、さっきはシャルルにちゃんと敬語で話しかけていた女の子がいたような気がする。俺にガンを飛ばしていたあの赤髪の子だ。俺はその少女についてシャルルに聞いてみた。
「そういやでも、確か下の階ではシャルルに敬語で話しかけていた子がいたと思うんだけど」
「あー、ココアのことッスね?あの子は何回言っても聞いてくれなくて。よっぽど尊敬されちゃってるんスかね、私。でもフレンドリーですし、私も気にはしてないッス」
「俺に対してはすげえ恐かったんだけど」
「ドンマイッス」
なんとも投げやりなシャルルの応援に俺が肩を落としていると、奥の部屋からレイモンドが帰ってきた。レイモンドが、落ち込んでいっそう酷いなで肩になっている俺を見て指を差して笑うので、俺は悔しくて歯軋りをした。なで肩はどうしようもないと言っているではないか。いや、言葉にしてはいないが。
「どれ、ユウキ。こいつがうちの艦の制服だ。喜べ、今日は特別にタダでくれてやる。だからさっさと着替えてしまえ」
「くれるんですか!?」
「やるって言ってるだろ」
いよいよ本当にレイモンドは良い人のような気がしてきた。ダメだ、これでは俺が勝てるものがなにもなくなってしまう。むしろ卑劣にも騙したりなんなりしている自分が悲しい。
俺はかしこまりながらレイモンドから制服を受け取った。
「ちなみにこの制服デザインしたのは少佐なんスよ」
「え、そうなんですか?」
「あぁ、そうだとも。男用も女用も俺が一からデザインしたからな」
それなりに多才らしいレイモンドの作品に俺は袖を通していく。一旦患者服を脱がないといけなかったのだが、さすがにシャルルがいる前で脱ぐのはいろいろ恥ずかしかったので躊躇っていると、レイモンドがさっき入った部屋を更衣室で使って良いと言ってくれた。
鏡がないので今の自分がどんな見た目なのかは分からないが、サイズ自体はピッタリだ。俺の身長はギリギリ170センチに届かないくらいなので、サイズが合って安心もした。軍人と言うとなんとなくガタイの良い巨漢を想像するからだろう。実際はそんなこともないから、考えればサイズがあって当たり前なのだろうが。
そんなことを考えていると、自分が軍の預かりになったのだな、なんて今更思う。
「俺、これから大丈夫なのかな・・・。また戦場に放り出されたりしないよな・・・?」
シャルルに助けてもらえなかったら、俺はあの瞬間にも消し炭だっただろう。今思い出しても身震いする。あんな思いは二度とゴメンだ。
『おい、まだ終わらんのか?』
『はやくするッスよー』
ドアの向こうからレイモンドとシャルルの声がした。
やれやれ、せっかちなことだ。俺は急ぎボタンをかけて2人のところに戻った。
「お待たせしました」
「おー、似合ってるじゃな・・・プッ」
「どうしたんです?」
「い、いや、ホント似合ってるぞ・・・ふひひ」
「だから女性クルーは普段からこうやって違う服着てるんスけどねぇ」
レイモンドは俺を見るなりなぜか笑い始め、シャルルも呆れた顔をしていた。もしかして俺はこの服の着方でも間違えたのだろうかと心配になる。でも、これのどこを間違えれば着方が分かりませんなんてことになるのだろう。
「ユウキ、そこにある鏡で自分の格好見てから疑う相手決めた方が良いッスよ」
「というと・・・」
鏡を見て、俺は初心を思い出した。
イケメン死すべし。イケメンに本当に優しい奴なんていない。イケメンは一般及びそれ以下に位置する同性を余裕の笑顔で踏みにじって自らだけが利益をむさぼり、女どもを一手に引き集めて種の繁栄にさえ支障をきたす害虫みたいな存在なのだ。なにを考えていたって表面上良いことをしていれば「キャーステキー」扱いだ。爆発すれば良いのに。
鏡の前でプルプル震えている俺をレイモンドは今度こそ指差して大爆笑した。
「なーっはっはっはっは!!よーく似合ってんぞ!ユウキは肉がなくてやせっぽちだから女の子用の制服でピッタリだ!ぎゃははははは!」
「よーし!ようく分かりましたよ!!アンタやっぱり最低だ!!ちょっと実は良い人なんじゃねって思ってしまった俺の純情を返してもらおうか!!」
俺が着ていたのは、なんだかひたすら露出度の高い服だった。布の感触はあるのに、実際に肌が隠れているのはワンピース水着並の面積しかない。ビキニじゃないだけマシなのかもしれないが、どちらにしても制服と言うには過激すぎると思う。ここは空飛ぶ市民プールかなにかのつもりだったのだろうか。
シャルルが俺を見たときに言っていたことの意味もようやく分かった。俺が女だったとして、男も大勢いるこの艦の中でこんな格好をするくらいなら、服の見た目に相応しく海に飛び込んでやるところだ。
それと、俺は元末期ガン患者だったのだ。肉がなく痩せ細っていてなにが悪い。本当はもう少しくらい筋肉もあった。本当に少しだけ、だが。
レイモンドに詰め寄ろうとした俺の前にシャルルが割り込んできた。
「まあまあ、どうせ少佐なんてそんな人ッスからユウキも早めに慣れちゃってくださいッス。いちいち相手にする方がかえって調子に乗って好き放題やり始めるタイプの人間ッスよ、この人」
「子供かよ」
レイモンドは「うぐっ」とか言って引き下がった。どうやら図星らしい。こんな男がこの艦を仕切っているとは到底信じがたい。
「じゃあ少佐、あとの手続きはお任せするッスよ。私たちはこれで失礼するッス」
「シャルルだって入室から退室まで十分好き放題していくじゃんか・・・」
「気にしない気にしない。ほら、ユウキも行くッスよ」
「分かった」
俺とシャルルは、なんだかいたたまれないレイモンドを冷徹に放置して艦長室を後にした。
●
とりあえず女物の水着(みたいな制服)を着たまま艦内を歩くのはマズいので、俺は元の患者服に着替え直していた。ただ、そんな防御力2の装備の俺は相変わらず「変な人」である。
シャルルと並んで歩き続け、俺はひたすら順路も分からない複雑な通路を巡る。たまに、というのも何回か美味しそうな良い匂いがしたのだが、もしかするとこの艦は食堂的なものがいくつもあるのかもしれない。
というかこれ、本当に戦艦なのだろうか?俺の知ってる世界目線で見たらここはちょっとしたアミューズメントパークかなにかと変わらないんだが。中は綺麗だし、景色は良いし、美味しそうな匂いはするし。それに広場みたいなものが艦内にあって、そこにはいろいろな店まであるときた。ホント、なんだここ。
俺は幻想的で開放的な景色を堪能しながら、実はずっと答えが分からないでもやもやしていたことをシャルルに尋ねることにした。まだシャルルに対しては慣れないタメ口を、出来るだけ自然に使うよう心がけてみる。女の子と対等にしゃべるのって緊張するな、ホント。
「なあ、シャルル。お前、魔法って知ってる?」
魔法のような能力。魔法のような技術。魔法のような華やかさ。なんとなく俺の想像するファンタジー要素は揃っていた。
正直この質問をするのは俺としてはだいぶ勇気が必要だった。だって、俺の夢がかかっているのだから。ファンタジー世界でチート片手にぼちぼち活躍して楽しくファンタジることを、俺がどれだけ嘱望していたことか。
「魔法?知ってるッスよ?」
「マジで!?」
「マジッス。あれッスよね、なんたらかんたらって唱えたら、炎とか水がぶわーって出るやつ」
「・・・というと、シャルル自身は魔法は使えない・・・?」
「そりゃそうッスよ。アレは架空の話ッス」
結局、予想通り。ああ、あのペルセポネとかいう自称女神。マジで滅びれば良いのに。俺が手にしたこの圧倒的魔力でかめ○め波でもぶっ放して滅却してやりたい。
そう、俺はやっぱり自分の魔力自体は感じている。だからもしかしたらこの世界にもちゃんと魔法があるのかと思ったのだが、まあ、こんなものか。
「じゃあさ、もし、もしも、俺が魔法使えるって言ったら、信じる?」
「そうッスねぇ・・・じゃあちょっと待ってくださいッス。・・・よし、じゃあ、もっかい今の台詞をお願するッスよ」
「ウソを見抜く力、だったよね。魔法みたいだよなぁ。『俺は魔法が使える』。これでオッケー?」
俺はやっぱり、自覚がないだけでシャルルは魔法を使っているのだと思った。「全てを見通す目」の廉価版、人の心を覗く力がある程度鳴りを潜めて、ウソついたら分かりますよ、くらいのレベルで稼働しているような、そんなもん。
「オケッス。ふむふむ。じゃ、私は君の言うことを信じるッス。俄には信じがたいッスけど、まぁそれも含めて君という人はつくづく私の興味をそそってくれるッスねぇ」
「まあ、実はまだ魔法なんてなにも覚えてないけど」
「それもマジみたいッスね。出来るもんなら今すぐ見たかったッスけど、ま、それは後のお楽しみにしとくッスよ」
「それはそれとして、なんていうか、俺にこの世界がどんな世界なのか軽ーく教えてくれないかな?戦艦とか連合空軍とか、意味は分かんだけど、よく分からん」
「結局分かるんスか、分からないんスか。・・・そうッスねぇ。ま、要は大国同士が楽しくドンパチやってる世界ッスよ」
「なるほど、分からん」
なんかボクサーの真似事みたいにジャブとストレートをジェスチャーするシャルルは、本当に軽ーく説明してくれた。
「今の説明のどこが分からないんスか?」
「主に戦争なんて楽しくないものだと思いますが」
「そうは言われてもッスねぇ。ただの陣取りゲームッスよ、こんなの」
「いやいや、それはないだろ。人が死ぬんだぞ?」
「え?なに言ってんスか。人は死なないッスよ」
「え?」
シャルルはすっとぼけた顔をした。
戦争って、悲惨なものだよ。そう言われてきた日本人の俺はシャルルの言っていることがよく分からない。だってほら、戦争って空から爆弾落としてドッカーンしたら、まるで人がゴミのようだってなる、あれだろう?冗談でも陣取りゲームなんて言いたくはない。
それが、人が死なないとはどういうことだろうか。
「君は本当に私たちとは常識がズレてるみたいッスね。私はまずユウキの世界の科学水準を疑うッスよ。こんなお遊びで人が死ぬような世界って、どんな原始時代ッスか」
「それは酷い!全面的に俺の故郷を否定したな!?確かに窮屈な世界だったけど面白いものだっていっぱいあったんだぞ!原始時代とか言うなよ!?」
「あまりおっきな声出さないで欲しいッス。さすがの私もビビるんで」
「・・・。思ったんだけど、シャルルたちの世界って銃と科学の世界だよな。俺本当は剣と魔法の世界に生まれたかったのになぁ。これじゃあ真逆だ」
言いながら、俺は自分が意趣返しをしているな、と思った。ちょっと罪悪感。
シャルルもさすがに少し機嫌を損ねたらしく、頬を膨らせる。
「まぁ、言ってしまえばそうッスかね。すみませんね、剣も魔法もなくて。でも、私はユウキと会えたのは良かったと思ってるんスよ。そこのところ、ちゃんと理解していただきたいッス」
「ごめん、俺も言いすぎた・・・。そう言ってくれると安心する」
空を大きな金属の塊が飛んでいるのも、巨大ロボットが音速で走る戦車を撃破するのも、全部科学。俺の知識では到底仕組みの分からないものがそこら中にある。トンデモ科学としてなにかの雑誌に寄稿してみたいくらいだ。
でも、意外に俺は口で言うほどガッカリもしていなかった。もちろんメチャクチャ残念なのだが、なんだかまだ許せる感じもしていた。多分それは、俺自身は魔法が使える可能性を持っているからだろう。
「ユウキ」
「ん?」
「私は君が言う剣と魔法の世界っていうのも気になるッス。いつか、暇なときにでもお話を聞かせてくれると嬉しいッスよ」
「―――うん、いくらでも教えるよ。一日二日じゃ語り尽くせないくらい、俺はファンタジーにどっぷりだったから。きっとシャルルもやみつきになるぞ」
「それは興味深いッスねぇ、ワクワクッス」
そんなこんなで、いつの間にか俺たちは服屋・・・みたいなところに来ていた。
「ユウキにはまずここで制服買って着替えてもらうッスよ。ずっとそんな雑巾みたいな服で歩いてたら君の評価も下がるッスからね」
もう服に関してはツッコまない。そう決めた俺であった。
「買うって言っても、俺金ないよ?」
「そこは私に任せるッス。私、実はとってもお金持ちなので、その気になればこの店を店員さんごと買収できるッスよ?」
「・・・しないよね?」
「・・・」
―――なぜそこで黙るんだ?もしかして今までにそういうことをした実績があるのか?
「そ、そんな目で見ないで欲しいッスね!いやらしいッスよ!」
「なんで今のでいやらしい認定されにゃならんのだ!」
「き、キチンと管理運営をしてるからなんの問題もないッスよ!繁盛してるッスよ!趣味で店買うような世間知らずじゃないッスからね!!」
「ゲロるのはやい!てかやっぱやってたのかよ!」
と、俺たちが店頭でギャーギャー騒いでいると、奥からよぼよぼのおばあさんが出てきた。
「おやおや、お客さんとはめずらしいのぅ」
「あ、どうもッス」
「あれ、どちら様かえ?」
「私ッスよ、シャルル=シュタルアリア」
「新春シャンソンショー?」
俺もシャルルもなんも言えなかった。どこからどうツッコんで良いのかも分からない。なんも合ってない。いやでも、じっと見てるとなんだか似てるような気もしなくもなくも・・・いや、しない。
このおばあさん、耳が遠いとかそう言う次元ではないのだが、なぜシャルルはこの店を選んだのだろうか。
「もう新春さンしょンショー・・・新すんシャンソンそー・・・ええい!もうなんでもいいッスよ!」
「あ、諦めた」
多分「もう新春シャンソンショーでいいッスよ」と言いたかったのだろうが、遂に言い切ることすら出来ないでシャルルが地団駄踏んでいた。なんか可愛い。そしておばあさんの滑舌がすごい。
「それよりも、男物の制服1着くださいッス!」
「おこぼれの洗濯物?そりゃあいかんねぇ、海に落としたら拾うのも面倒だからねぇ」
「お!と!こ!も!の!の!せ!い!ふ!く!を!く!だ!さ!い!ッス!」
「おおシャルル、遂にお前さんにも服を見繕うような男が出来たのかえ、いやぁ良かった良かった・・・」
「余計なお世話ッスよ!・・・私だってその気になれば男の1人や2人なんてすぐに引っかけられるッス」
「・・・へっ」
「ちょっとおばあさん。今鼻で笑ったッスよね、聞こえてたッスよね。ねぇ?」
もうなんの会話をしていたのかも分からないが、今は一応俺の制服を手に入れようとしているところだ。
というか、シャルルってモテないのだろうか。見た目はこんなに良いし、性格だって温厚なのに。
なんとか注文を完了したので、おばあさんが店の奥に引っ込んで、すぐに戻ってきた。見せてもらった服は今度こそちゃんとした男物の制服だった。艦内でもよく見かけた、水色ベースで襟の立派なジャケットである。幾何学的な模様や絶妙な切り込みなんかのデザインはそこはかとなくおしゃれな感じがする。
確か制服は男女どちらもレイモンドがデザインしたはずなので、女子の制服を水着にするような変態野郎でもセンス自体は悪くないのだな、なんて思った。まぁ、8割方ニートだった俺がオシャレを語ってもなんの説得力もないのだが。
試着室で俺は原始人から『アトラス』のクルーにジョブチェンジした。見た目の割に制服のジャケットは軽く、患者服の方が重かったようにさえ思える。こんなところにも感じるトンデモ科学だ。
お支払いはシャルルが済ませてくれたので、俺はシャルルと連れ立って店を出た。
「さて、続いてはどこへ向かうんですか、お嬢さん」
「お嬢さんはやめて欲しいッスね。次はシャワールームに行くッスよ。君、だいぶ汚れてるッスからね」
シャルルに言われて俺は自分の体を見るのだが、確かに言われてみれば体中砂がついているような感じがした。戦場のど真ん中に生身でいれば、こうもなるか。汗だって相当かいたはずだ。
シャワールームへは、先ほどの呉服屋から最寄りのエレベーターで艦の下から3番目の階まで降りて、ちょっと歩くくらいだった。ちなみに、この船は何階あるんだと思うかもしれないが、『アトラス』はエレベーターでいけるうちでは既に15階はある。
●
「お湯加減はいかがッスかー?」
「あ、イイ感じです―――」
「それじゃ、お背中お流しいたしますッスよー」
「ふあぁ・・・ほげぇ・・・」
なんだろう、生まれてから溜まり続けていた垢がこの一瞬で全部流れ落ちていくようだ。これもトンデモ科学の為せる御技なのだろうか。まるで天にも昇るような気分だった。実際に天に召された俺が言うのだからまず間違いない。これは極上の気分だ。
―――じゃなくて。
「なんでシャルルが一緒に入ってんの!?」
「大丈夫ッス、ちゃんと水着着用してるッスよ」
「似合ってるよ!無難なビキニがとてもお可愛らしいですが俺にはそれでも刺激強い!」
「そう言いながら指の隙間からジロジロ見ないで欲しいッス。私もちょっと恥ずかしいッス」
そう言ってシャルルはキュッと身を縮こまらせて顔を逸らした。小柄な少女の体が丸まると、大きくも小さくもない胸が寄って俺の心を破壊し尽くす。他にも、細い腰とか、出かけの尻とか、きめ細かい白肌とか、水に濡れた銀髪とか。
頭の横に二重の輪っかにして結んでいた髪型も今は外していて、さっきまでは薄かった色っぽさが絶大になっている。
「恥ずかしいならなんで入ってきたんだよ!?」
「そ、それはユウキが1人でちゃんとシャワー使えるか心配だったからッスよ!?」
「俺はどんだけ原始人扱いなんだよ!」
確かに俺はこの世界のテクノロジーにはまるで疎い。でも壁にシャワーの操作パネルみたいなものが取り付けられていたが、なぜだか日本語に似ている言語で文字が書かれているし、それをなんとなく読めばこれくらい、俺だって使える。なんだか悔しくて堪らない。この世界で俺が知識チート出来る画が想像出来ない。
「とっ、とりあえず入っちゃったものは仕方ないッスから今日は特別に出血大サービスで私がユウキの背中を流してあげるッスよ」
「う、うん・・・」
頭の中で俺は「じゃあ俺もシャルルの背中を流してやるよ(きりっ)」と言うのだが、もちろん現実の俺には美少女相手にそんなことが言える根性などない。シャルルの真っ白な肌は俺では触るだけでもおこがましいような気がするほど綺麗だった。
背中にタオルを当てられている間、俺は視線のやり場に困っていた。俯いていたら良いのだが、ずっと俯いていても空気が気まずい。俺はチラッと鏡を見て、お湯を出しているのに曇らない鏡に感心した。もっとも、これくらいなら俺の知ってる科学のレベルで十分実現できるのだろうが。おかげさまで俺の背中をせっせと洗うシャルルの姿が見えてしまう。
と、俺はそんなシャルルの重大な変化に気が付いた。
「あ、あれ!?」
「どうしたんスか?」
「シャ、シャルル、お前、目の色が両方一緒になってるぞ!?」
俺の記憶では、シャルルの右目はサファイア、左目はルビーと表したはずなのだが、今のシャルルは両目ともサファイアブルーだった。意味が分からず俺はじっと鏡の中のシャルルの顔を見つめていた。人の瞳の色がコロッと変わるようなことがあるだろうか。
「あー、そこッスか。私元々両目とも青ッスよ?」
「いやだって、さっきは左目赤かったはず」
「あれはカラコンみたいなもんッスよ。実際はQちゃんの操縦をやりやすくするために私が開発したウェアラブル多機能演算補助装置なんスけどね。寝るときとお風呂のときは外すんスよ」
「Qちゃん?ウェアラブル・・・なに?」
「ま、その辺はいずれ教えるッスから気にしないで良いッスよ」
「ただひたすらに天と地ほどの科学力の差を見せつけられてる気がする」
「思ったんスけど、ユウキの世界の科学の最先端ってどんなもんだったんスか?」
「核融合炉の研究してますよ・・・くらい?」
「何千年前ッスかそれ」
「ほら見ろ!ちきしょー!」
俺からしたら核融合炉の完成ですらなかなか漕ぎ着けない話だと思っているのに、シャルルからしたら核融合炉なんて何千年前の技術だ。これでは数多のSF作家さんも涙目の遠未来じゃねえか。
俺が敗北感に打ちひしがれているうちにシャワータイムは終わっていた。
●
「シャルル、俺さ、すごいサッパリしてない?」
「そッスねぇ。さっきまでは原始人スタイルだったので見違えたッス。ちょっとステキッスよ?」
「す、ステキ・・・!」
風呂上がりに伸びかけていた髭も剃らせていただいて、確かに俺はさっきまでとは比べものにならないほど小綺麗になっていた。服も軽くて体も軽いと、心も軽い。
本当は入院してるときになかなか切れなかった髪がそのまま伸びっぱなしだったのでなんとかしたいのだが、俺もシャルルも美容師ではないので諦めた。
この世界にまだ美容師があることに驚くが、考えればどの店にもAIに経営を任せている様子もない。不思議な話だ。
ステキという素敵な響きで俺が緊張していると、シャルルが次の目的地を指さした。今回はなんの部屋だろうか。
「着いたッスよ、ここが私のプライベートルームッス!」
「段階飛ばしすぎぃ!」
確かに、部屋のドアには『CHARLES=STARALIA』とある。外国語は英語以外サッパリの俺は特に読めるわけでもないが、シャルル=シュタルアリア、と読めなくもない気がした。
シャルルはその部屋のドアを開けて、俺を手招きしている。
でも、考えて見ろ。女子の部屋だぞ。俺が、シャルルの部屋に、だ。本当に良いのだろうか?
思えばこの世界に来てから俺はずっと、男の俺よりもずっとたくましいシャルルによって振り回され続けているのではないだろうか。
いやしかし、シャルルが良いと言っているのだ。これはチャンスだ。緊張するが、女の子の部屋に堂々とお邪魔するなんてニート少年にとっては夢のまた夢だったじゃないか。まあ、既に一緒にシャワールームに入るというワンステップ上の展開を経験済みなのだが。
軍人とはいっても、シャルルは見た目相応にエルフ族なんですとか言い出さない限りは年頃の女の子だ。そんな彼女の私室ともなれば、可愛らしい内装なのではないだろうか。俺は淡い期待に胸を高鳴らしながら、シャルルに続いた。
念願のイベントに俺はゴクリと唾を飲んだ。
「なにを緊張してるんスか、ユウキ。別になんも気まずいことなんてないッスよ?」
「それじゃあ、お邪魔します・・・!」
招かれるまま俺はドアをくぐり、瞑っていた目を開けて、絶句した。
これは酷い。俺はさっき呉服屋のおばあさんが「シャルルはモテない」的なことを言っていた理由が今よく分かった。
一応生活出来るだけのスペースはある。あるんだけれども、汚い。とにかく雑だ。許し難い。
床に放り出された本は言うまでもない。脱ぎ立てとは思えないシャツが椅子にかけられていて、ベッドの上の掛け布団はグッシャリ。デスクの上は散らかっていてなんの作業が出来るのだろうかと心配になるレベルだ。
一瞬で俺の「女の子の部屋」という聖域への期待は打ち砕かれた。そうそう、現実なんてこんなものなのだ。俺みたいな童貞男子が想像する女性像なんて悉く儚い夢想に過ぎないんですね、分かりますとも、はい。
俺はシャルルの部屋に入ることが出来た喜びなんて捨て置いて、腹の奥底から込み上がってくる堪えがたい衝動を感じていた。
「ま、適当なところに座ってくださいッス」
「シャルル・・・」
「?」
「片付けするぞオラァ!!」
「ひぇ!?ユウキが豹変したッス!」
「しゃべっている暇があったら手を動かせ!本は本棚に!服はタンスかクローゼットに!ベッドメイキングがなってない!デスクの上にものを置くな!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
涙目でせっせと働く上官に俺はテキパキと指示を出していく。俺はこう見えて、かなり綺麗好きな人間だ。ひと昔前のアニメとかの印象でニートやオタクの部屋というのは暗くてなんとなく散らかっている印象が強いのだが、実際はそんなこともない。
俺がこの人生の多くを過ごしてきたマイスイートルームは自画自賛しても罰が当たらないくらい綺麗だった。全てものが本来在るべき場所にあるべき形で美しく収納され、突然の訪問者にもなんら焦ることなく招き入れられる自慢の部屋だ。
そう保つことで、俺はゆっくりと安心してファンタジーの世界に浸ることが出来ていた。
俺ほどにもなれば、お片付け素人でも指示に従うだけであっという間に部屋は綺麗になる。なぜか?決まっている。元々本棚やタンスがないのに本や服が置いてある部屋なんてない。片付ける場所があるのにそれを怠るから散らかるのであって、俺はそれをキチンと使わせているだけなのだ。
「機械を足下に置いてたら蹴って壊しちゃうでしょ!あとこのなんかよく分からないモン!踏んだら痛そうだろ!」
「これは今制作中の機械に使うぶひ―――」
「知らぬわ!今はまず片付けることに集中するんじゃ!」
「ぶひー!ユウキがしゃべり方まで変なことになってきたッスぅ!」
「そこ!とりあえずでベッドの上に置かない!それはそこの引き出しにでもしまう!」
結局、俺とシャルルが部屋を片付けるまでにかかったのは10分ほどだった。本当ならもう少しやりたいのだが、さすがにシャルルが可哀想になってきた。
それにもう十分部屋は綺麗になった。余裕でくつろぐスペースがある。ついでの換気で俺は部屋の窓を開けた。潮の香りが流れ込んできて爽やかだ。
「おお・・・これはスゴいッスねぇ」
「だろ?やっぱり自分の部屋くらい綺麗にしといた方が気持ちいいからね」
「そうッスね、なんか空気が美味しくなったようにも感じるッスよ。なんで私がこんなことって思ってたッスけど、これはユウキに感謝ッスね」
シャルルは大きな伸びをひとつして、ベッドに倒れ込んだ。俺の前で大胆な無防備だが、まあ俺は紳士だから大丈夫だ。
片付いたところで俺はもう一度シャルルの部屋を見渡した。色合いは艦内の通路と一緒の白くてのっぺりした感じで、小物が置いてあったりもしない。
「もしかしてピンク色の壁紙とかお人形だらけのベッドとか期待してたッスか?ユウキの脳内もピンク色スねー、んははは」
「し、してないからね!」
「どうせユウキは今まで女子の部屋にきらびやかさを期待し続けてきた夢見がちな男の子ッスよね」
図星を突かれて俺は項垂れた。だって、良いじゃん。ベッドの枕元にはお人形がたくさんあって、明るい色の壁紙が貼ってあって、ちょっとした小物が部屋を飾っているような、そんなお部屋を想像してなにが悪い。そういう部屋でベッドに寝転んだ少女が足をパタつかせながらなにかしてるのを想像するだけでキュンキュンするじゃん。・・・アニメの見過ぎかな。
「しっかし、ユウキは今までなにをしてたんスか?ロボットにも負けない素晴らしい掃除の腕だったッスけど。もしかしてプロの清掃業者ッスか?」
俺はシャルルの何気ない質問で心が痛くなった。だって、俺はなんにもしてなかったのだから。学校も出席日数だけは稼げるように顔を出しつつ早退を繰り返していたくらいだ。
テストだけは家で教科書を読みふけってなんとか及第点を取って凌いでいたが、結局、それが俺の学生生活の全貌だ。
入院する前の話だが、普段は家でずっとラノベを読んで、深夜になったらイソイソとアニメを見て、たまに思いついてゲームをする。飯は親が作ってくれるし、洗濯だって別に俺がする必要もなかった。風呂とトイレと食事以外はずっと部屋に籠もってそんな感じに生きていた。
実に怠惰な生活だ。恥ずかしくて言えたもんじゃない。
「そ、そうなんだよ!俺は実は依頼を受けて人様のお家を綺麗にする掃除のプロ・・・」
「ウソって出てるッスけど」
「お前本当にそのウソ発見能力鬱陶しいんだよ!いやがらせじゃん!」
「えー、面白いじゃないッスか、人がウソ言ってるかどうか分かるんスよ?特にユウキなんてしょっちゅう見栄を張るので、からかい甲斐があって私的には大好きな部類ッス」
「その大好きは嬉しくない・・・」
「ウソってなってるッスけど」
「嬉しー!美少女に大好きって言われた!やったー!」
泣きたい。とことん人の恥ずかしい内心を暴きやがって。そうだよ、嬉しいよ。理由はともかく大好きとか言われたことないし。
「で、実際君、今までなにをしてたんスか?」
「高校生だよ、高校生」
「あのぅ、ユウキ。そろそろ本当のこと言って欲しいんスけど」
「なんで学生で間違いになるんだよ!分かったわ!ニートだよニート!」
「ニートってあのニート?日がな一日碌になにかすることもなく、徒然なるままに日暮らして親に迷惑かけるあのニートッスか?」
「やめて・・・!」
メッチャ心に刺さる。ごめんねお父さんお母さん俺迷惑な息子だったよね。日がな一日ずっとラノベ読んで徒然なるままに日暮らしちゃってたよね。しかもガンになって治療費かさませたあげくぽっくりお亡くなりになったもんね!葬式代ごめんね!
だが、ここで引き下がる俺ではない。ニートにだって人権はある。ネット社会の情報網は俺たちによる24時間体制の弛まぬ努力によって支えられているのだ。多分。
「知ってるか、シャルル。ニートっていうのはな、英語では『キッチリ整理された』とかそういう意味もあるんだぞ!だから俺はこうして整理整頓が上手なんだ。そう、俺はニートという立派な職業に就いていたんだ」
「それは別のニートッスね」
カタカナならワンチャン誤魔化せるかと思ったのだが、この世界は日本語だけでなく英語も通じるらしい。あっさりとスペルミスを指摘されて俺は元のニートに逆戻り。
でも、シャルルはそんな情けない過去を抱えた俺に優しく微笑んでくれた。
「まあ、私はユウキがどんな人だったとしても今は歓迎するッスよ。ようこそッス」
「シャルル・・・」
「ということで、ユウキはこれから私の部屋を定期的に掃除するという仕事を任せるッス」
「へ?」
「なにせ私は掃除が苦手ッスからね。自分で清掃ロボを作ったこともあったんスけど、いかんせん制作者の掃除への拘りが皆無なもんッスから全然上手くいかなくて。いやー、アレはこのシャルル=シュタルアリアの人生において初めての挫折ッスよ」
「でも勝手に部屋のもの弄られるのってイヤじゃない?」
「君なら丁寧にやってくれると信じてるッス」
なんとなく押しつけがましい信頼を感じるが、これは俺もつい最近やった記憶がある。でも、シャルルの無垢な瞳を見ていると断ることも出来ず。
「・・・了解いたしました、中尉どの。ふつつか者ですがこれからもどうかよろしくお願いいたします」
「よろしいッス。それで話は変わるんスけど、さっそくユウキに渡したいものがあるッスよ」
「渡したいもの?」
シャルルは自分のデスクの引き出しを漁り始めて、さっそく部屋の床を散らかし始めた。でも多分、それをいちいち指摘していたら話が1つ進む前に日が暮れる。俺は頭が痛くなるのを我慢して、今はシャルルがなにを持ちだしてくるのか待つことにした。
やがて「あったッス」とシャルルが言うので、俺もそちらに歩み寄った。
シャルルが持っていたのは、金属の輪っかだった。
「これは?」
「これはポルックっていうすごーく便利なデバイスッス」
「ポルック・・・さっき言ってたやつか」
「そうそう。これをユウキにもつけていて欲しいんスけど・・・とりあえずセットアップが必要ッスね。ユウキ、ちょっと上着脱いでもらって構わないッスか?」
「分かった」
名前の由来は分からないが、このポルックというのは俺が見えない壁に閉じ込められていたときにシャルルが俺に見せてきたあの腕飾りのようななにかと同じものだ。
デバイスと言っていたが、どんな機能があるのだろうか。SFにはそこまで熱のない俺ではあるが、未来の便利グッズが使えるならそれはそれで興味はあるから、結構ワクワクしていた。
と、俺が上着を脱ぐとシャルルは俺のインナーシャツの袖を片間で捲り上げた。それから、ポルックとやらをぱかっと半分に分けて、俺の二の腕当たりに合わせ、またくっつけた。カチッという小気味良い音がして、その直後に俺は衝撃的な光景を目の当たりにした。
「う、うおお・・・!す、すげえ!なんだこれ、空中にいっぱい画面が広がってる!!」
「さすがユウキッスね、良い反応ッス」
意味も分からない機械語が空中にたくさん現れた長方形の画面を流れていく。俺は夢中になってそれを目で追っていた。魔法ではないが、素直に感動すべき技術だ。
「シャルル、これ!これどんな機械なんだ!?」
「これは私たち人間の生態活動から生じるエネルギーの余りで稼働する超多機能携帯デバイスッス。一般人向けのSNSや通話機能とか、インターネットへの接続も可能ッスし、その一方で専門的なアプリケーションもたくさんインストール出来るので、この1台さえあれば大抵のことで困ることはないッスね」
つまり、俺が知っているスマートフォンの完全上位互換的なものなのだろう。この世界ではウェアラブルデバイスが流行っているのだろうか。
とにかく、つけていても違和感がないくらいフィットするし、多分容量も想像を絶しているはずだ。某リンゴマークの大企業が開発しているあの腕時計型デバイスよりもずっとスマートなのだろう。
「で、でもこんな高そうなもの、タダでもらっていいの?」
「良いッスよ、それは私が自分で作ったものなので」
「マジか!?」
シャルルの工学的知識も驚きだが、でも今はポルックへの興味が強い。
しばらくすると空中に浮かんでいた画面が少しずつ消えていった。
「なあシャルル、画面が消えてるけど大丈夫なのか?」
「大丈夫ッスよ。ま、私からは基本的にユウキの画面は見れないんスけどね。覗き対策として装着者本人のバイタルデータを照合しながら情報を表示してるッスから」
「ごめん、なに言ってるのか分からない」
「まあ要は自分以外に画面が見えないってことッス」
「なるほど、そりゃ良いな」
さらにもう少し待つと、画面が遂に1つになって、真ん中に「ようこそ!」と表示された。俺の名前と性別、生年月日、それから簡単な自己紹介を入力する作業があった。そういうところはこの世界でも一緒らしい。
画面は先に進み、システムが立ち上がる・・・かと思うと、画面がフッと消えた。
「あれ!?シャ、シャルル、どうしよう、自己紹介したら画面消えた!壊れちゃったのか・・・?」
「大丈夫ッスよ。そうッスね、ちょっとポルック使おうかなーとか考えながら手動かしてみてくださいッス」
「ポ、ポルック使おっかなー」
すると、画面が空気に浮き上がった。スゲえ。なにがどうなってるんだこれ。この輪っか1つにどんな技術が詰め込んであるのだろう。
ホーム画面にはプリインストールされていたアプリが並んでいる。スマホと同じ感じで操作できそうだった。結局、人が操作しやすいのは常にこういうインターフェースなのかもしれない。
「それじゃユウキ、必須アプリの説明だけしちゃいたいッスから、その画面を指で私に飛ばすッスよ」
「こうか・・・?」
俺は言われるまま、画面を指で押すような感じでシャルルの方にやってみた。すると、シャルルの目の前にも俺が表示している画面が表示された。
「上出来ッス。こうすることで自分の画面を人に見せることも出来るッス」
「ほうほう」
「さて、まずは電話帳とPINEに私の連絡先でも入れといてもらおうッスかね。あ、PINEってのはSNSアプリッスよ」
「いいの!?」
「いいもなにも、連絡取れなかったら困るッスからね」
つまりPINEというのは俺がよく知るものでいえばLI○Eだろう。無条件で女子のLI○Eがもらえるなんて、こんな幸せがあるのだろうか。地味にこの世界に来てから嬉しい初めての経験ばっかりで、そろそろ俺をこの世界に転生させたペルセポネに感謝しないといけなくなってきたかもしれない。
ちゃちゃっと自分のポルックを操作したシャルルの連絡先が俺のPINEに追加された。しかし、それだけではなかった。さらに3人の名前がピロリンという音と共に入ってくる。
「あ、あれ?なんか多いんだけど?」
「その3人は私の直属の部下ッス。隊長権限で無理矢理アクセスしてユウキのPINEにアドレスを転送したッス」
「ポルックのセキュリティー低ッ!!」
「いえいえ、この子たちのセキュリティーは素晴らしいッスよ。なんたって今のOSは、数年前ではあるッスけど当時の世界最高峰のハッキング用無人格AIのハッキングに勝ったッスからね」
「じゃあシャルルって何者だよ!」
「フフン」
決め顔をされても困る。俺はそんな世界最強のセキュリティーを腕に巻きながらいつ行われるかも分からないハッキングに怯えていた。
「さて、ユウキ。君にはまだ2つプレゼントがあるッス。これは私からではないッスけど、艦長直々に君へって」
「レイモンドが?なんか怪しい・・・」
「まーまー。とりあえず私についてくるッスよー」
シャルルは機嫌良さげに部屋を出て行くので、俺も仕方なくシャルルについて外に出た。
でも、目的地はシャルルの部屋からそう遠くはなかった。同じ階ではないのだが、その1つ下の階、シャルルの部屋の真下だ。そこにもシャルルの部屋と同じドアがあって、まだ表札には名前が刻まれていない。
察しの良い俺はここで気付く。レイモンドからのプレゼントというのは、これのことだったのだ。
「さ、ユウキ。ここが今日から君の部屋ッスよ!」
「おお・・・」
シャルルが開け放ったドア。部屋の広さもシャルルのと同じで、1人で過ごす分には十分なスペースがある。まだこれといった家具はなく殺風景だが、それでも全然構わなかった。この世界でも自分の部屋があるなんて、ニート出身の俺としてはありがたい。
これからずっと艦内で寝床まで含めて男は男のむさくるしい共同生活を強いられるのかと思っていたが、まさかこんな立派なプレゼントがあるなんて。レイモンドもなかなか食えない奴だ。
と、そんな風に感動に浸っている俺にシャルルではない誰かから声がかけられた。
「ヨウコソ」
「ん?」
声がしたのは俺の目線よりちょっと下からだった。俯くと、そこには丸い印象の強いロボットがいた。ずんぐりしたドラム状の胴体の上部が透明なドームになっていて、五本指の手が生えている。足はあるみたいだが、可愛らしいことにとっても短い。でも足音がしなかったということは、青タヌキみたいに浮いているのかもしれない。腹にもポケットの代わりに液晶が取り付けられている。
そして特筆すべきは、胴体に首が埋もれたドーム状の頭だ。透明なカバーの中にディスプレイがあって、そこには顔が表示されていた。それも、顔文字で。
「(*^▽^*)」
「なんだコイツ、すごいな」
「ユウキ、この子はお手伝いロボットッス。まだ試験用機ではあるんスけど、なかなか優秀ッス。有人格AI搭載なんできっとお友達になれるッス」
「そうなんだ。それでコイツを俺に?」
シャルルは俺の質問に頷いた。
「あ、でもみんな持ってるとかいうオチじゃ」
「いえいえ、これ一機のみッス。ユウキが特別ッス」
「マジ?良いの?ホントに俺なんか良いの?それこそ便利ならレイモンドが使えば良いのに」
「言ったでしょ、ユウキが特別なんスよ。ま、仲良くしてやってくださいッス」
俺のなにがそんなに特別に見えるのだろう。この髪の毛?目?それとも猫背とか、なで肩?でも、くれるというのなら俺はありがたく受け取ることにした。
俺は改めてロボットを見下ろした。全体的に丸っこくて可愛げがあるので、早くも愛着がわいてきた。
「問オウ、貴方ガ私ノマスターカ?」
「どっかで聞き覚えがある台詞だな」
「(´・ω・`)」
「そうだよ。俺はお前のマスターになったユウキだ」
「分カリマシタ。コレカラヨロシク、ユウキ」
こうして俺は、一挙にたくさんの特別待遇を受けてこの世界に居場所を手に入れたのだった。
●
「ということで改めて、私はシャルル=シュタルアリア、華の17歳ッス。階級は中尉、機動空母『アトラス』第1小隊、通称シャルル隊のリーダーッス」
「よろしく、シャルル」
「いや中尉、待ってくださいよ!どういうことですか!なんでこの原始人がここにいるんですか!」
いろいろ落ち着いて、今はシャルル隊のみなさんと俺は夕飯のテーブルを囲んでいた。全員―――シャルル含め4人とも女性なのだが、なんだか女性と一緒にいるだけなら緊張しなくなってきた。
叫んだのは赤い髪をツーサイドアップでまとめ、空色の目が眩しい可憐な少女、ココアだ。ただし可憐なのは見た目だけだ。実際この通り、俺にはとんでもなく当たりが強い。
「まあ落ち着いて欲しいッスよ、ココア。これからずっと一緒に行動するんスから仲良くするッスよ」
「ムリ!絶対ムリです!あたしは許さないですからね!大体ですよ、原始人!」
「な、なんだ?」
「あなた、なんでそんなに中尉と親しげなんですか!?ナメてんですか!?ふざけんな!」
赤いアホ毛を揺らしてココアが吠える。それでも俺は悪くない。
「あーもう、うっさいよココア。飯くらい楽しく食べらんないのかなぁ」
金髪で左右非対称のショートヘアの女性が口を挟んだ。
それからシャルルが場を仕切り直した。
「アンフィの言う通りッス。まずはユウキ、自己紹介でココアをギャフンと言わせるッスよ」
「なにその無茶振り。まあいいや・・・俺はサクマユウキ、元ニートの17歳です。階級は伍長です。特技は部屋の片付けで、汚い部屋は許しません。趣味は読書です。あとなんていうか、俺、シャルルの持ち物になりました。これからはご迷惑をおかけすることも多々あると思われますが、どうぞよろしく。」
「ギャフンっ」
「っておい。今のどこにギャフン要素があるんだ」
「こ、この原始人め!!中尉のものとかどんだけ羨まし―――ね!!」
「なんだとこのガキ!!」
「あ?」
「ひぇっ」
冗談じゃない。俺は今日死んだばっかりだぞ。これ以上死んでたまるか。俺は股間に危機感を感じて身を縮こまらせた。
結局またシャルルがココアを宥めて、今度はシャルル隊がそれぞれ自己紹介をする番だ。
最初に椅子から立ち上がったのは、さっきの金髪ショートと深い翠の瞳の美人さんだ。絵に描いたような造形美というか、モデルさんのような体型をしている。凜々しい目つきや一文字に引き結んだ口はクールな印象がある。ワンポイントとしては、左耳に引っかけた謎の機械だ。一応、メガネのフレームの一部みたいではある。
「私はアンフィ。アンフィ=ベーコン少尉だ。シャルル隊のパラティヌス・パイロットだよ。シャルルはともかく、私は少なくともアンタより年上だから、階級含めて私にはきっちり敬語使いなよ。じゃ、よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
既に聞き覚えのない単語が登場したのだが、俺は空気が読める男だ。質問は後で手を挙げてしよう。
アンフィが席に着き直して、次にシャルルが指名したのはココアだ。ココアはご丁寧なことに、俺に敵意しかない笑顔を向けている。俺がちょっとシャルルと仲良くするだけでこんなに嫉妬するなんて、こいつは少しヤバイ子かもしれない。
未だに初対面のときに耳元で囁かれた物騒な脅しが脳に焼き付いている。俺を見るときだけハイライトが消えるココアなら、本当に男として最低限失うことの出来ない大事なものをカットオフしかねない。
「あたしはココア=シュガースイートって言います。あ、でも原始人のユウキさんには長すぎて覚えられないですよね!ココア様って呼んでくれたら良いですよ!」
「言わせておけばいちいち・・・!」
「なんです?やりますか?私これでも『アトラス』に在籍する全パラティヌス・パイロットの中で撃墜数が2位なんですよ?超強いですよ?そして1位はもちろんシュタルアリア中尉なのです。頭が高いからひれ伏して床にめりこんでください」
「うぐ・・・」
1位とか2位はよく分からないのだが、数字を聞いただけで腰が引けちゃった。俺の臆病者!
ただ、とりあえずシャルルがスゴいのはなんとなく覚えているので、それに次ぐ戦果を出しているということはココアは本当に優秀なのかもしれない。バカっぽいのに。
「ちなみにココアは階級が伍長でユウキと一緒ッスし、とりわけ仲良くしてやって欲しいッスよ」
「ちょ、中尉!階級は一緒ですけどこんな原始人と同列視するのはやめていただきたいのですが!?」
「なんだよ、お前公式でタメ口利けんじゃん。よ・ろ・し・く。ココアちゃん?」
「ぬぬぬ・・・!」
唇を噛んで悔しがるココアに俺はニヤニヤと微笑んでやった。ちなみにシャルルが付け足した分ではココアは16歳らしいので、俺の方がギリギリ年上のようだ。体型からして14歳かそこらかと思ったが、発育がよろしくないだけらしい。
「して、最後は・・・」
「む。はーひゃははーひゃひはは・・・」
「食べ終わってからで良いよ・・・」
話も聞かずに口いっぱいにご飯を頬張っていたのは、今度こそもっと幼い感じがする栗毛ショートボブの少女だ。やや無表情なのが気になるのだが、それが小動物っぽい雰囲気も出している。
こんな女の子が軍人として戦場に出ているのかと思うと、なんだかさすがに気が落ち着かない。他だってそうだ。16歳や17歳の少女が当たり前に戦っている。科学文明が進んでいる一方で、この世界はそういうモラル面の発達が未熟な気がした。
ごっくんと喉を通るか心配な量の食べ物を呑み込んだ栗毛は、くりくりしたブラウンの瞳で俺を見つめてきた。なんだろう、ドキドキする。保護欲を掻き立てられるというか、新しい扉をノックされるというか。
「サーシャは。サーシャ=ティアラ軍曹。13歳。ユウキは読書が好きって言った。サーシャも好き。今度どんな本を読んだのか教えて欲しい」
「もちろん、良いよ・・・じゃなくて、良いですよ」
「サーシャにも敬語は要らない。楽にしたまえ」
「言ってる割になんか威厳出してきたな」
「はむはむ・・・」
俺がそう言う頃にはサーシャはもう晩ご飯に夢中になっていた。
それにしても、前の世界では学校にすらまともに行けないで数人のオタク友達しかいなかった俺が今や4人もの女子に囲まれて夕飯にありついているなんて、感慨深いもんだ。あいつらには写メでも送って自慢してやりたい。もっとも、死んでしまった今となってはそんなつまらない願望も叶わないけれど。
ちょっと寂しくなったので俺は黙々と飯を口に運ぶ。すごく美味しい。SFに出てくる飯は大体美味しくなさそうだったが、ここの飯は美味い。それもそうだ。こんなに技術が進歩して、美食を追求しない方が間違っている。
「どうッスか、ユウキ。ここに、馴染めそうッスか?」
「まあ、馴染めそう・・・かな。でも正直、本当にシャルルたちが俺のこと受け入れてくれているのかって方が心配だわ。今までこんなことなかったし」
「まったく、君という人は心配性ッスね―――」
シャルルは指遊びをし始めて―――今の俺なら分かるが、ポルックを操作して、俺に画面を投げてきた。画面にはなにやら複雑怪奇なグラフと、なにかの計測結果を表示するウィンドウがあった。
「私は初めから言ってるように、君のことを気に入ってるッスよ」
画面には『ホント』と表示される。
「それが私が使ってたウソ発見アプリの画面ッス。今『ホント』って出たでしょう?それが私の本心ッス」
本当に魔法じゃなかったとか、そういうのはもうどうでも良くなった。俺は、なんだかこれだけで嬉し泣きしそうになった。だがいけない。こんなところで泣いたらみっともない。
「みんなもユウキになにか言ってやるッスよ」
シャルルが促すと、サーシャが食べる手を止めてくれた。
「サーシャも。ユウキのことは好きだ。面白い話を聞かせてくれるって約束してくれたから」
画面には『ホント』と出た。
アンフィが仕方なさそうに肩をすくめる。
「ま、アンタは悪いヤツじゃなさそうだし、嫌いじゃないよ」
画面には、また『ホント』と表示される。
「サーシャ、アンフィさん・・・」
そろそろ涙腺が限界だ。俺、こんなに優しい人がいるなんて知らなかった。こんな気持ち初めてだ。俺は、生まれて初めて嫌われないように頑張ろうって思えた。嫌われることを仕方ないと思っていたあの日々とは、もうサヨナラだ。
「私はあなたのことが嫌いです」
ココアの一言の後、やっぱり画面には『ホント』って書いてあった。
「そこはウソって出ろよ!」
●
夜になった。俺はシャルルたちにお礼や挨拶をして自室に戻ってきた。
部屋に入ると、お手伝いロボットが俺を出迎える。
「オカエリ、ユウキ」
「ただいま。そういや、お前、名前なんていうんだ?」
「ボクノ名前デスカ?」
「そう」
「( ̄∧ ̄)」
ロボットはしばらく考えてから、細いアームを上げて、器用に指まで動かし、頭をかいた。ロボットなのに人間くさいのが面白いヤツだ。
「マダナイヨ。良カッタラ、ユウキガ名前ヲ考エテクレナイカイ?」
「俺が?」
「((o(^-^)o))」
俺は少し悩んで、このロボットにちょうど良い名前を思いついた。顔文字で表現してくるなんて粋な真似をするのだから、この名前が似合う。
「それじゃあ、お前は今日からアスキーだ」
「アスキー―――ボクハ、アスキー。アスキー、良イ名前。アリガトウ、ユウキ」
と、俺とアスキーが親交を深めているそのときだった。
巨大な『アトラス』艦内に警報が轟いた。
『き、奇襲!奇襲です!!本艦の直下より300発を超えるミサイルが接近している模様!!到達予想時間、およそ3分!!パイロット各員は可及的速やかに出撃、これを迎撃されたし!!』
「奇襲だって!?ミサイル300発!?なんだそりゃ!?3分でどうにかなるかよ!?」
良いことがあったかと思えば、これだ。俺の運命なんてそんなものらしい。。
なんにせよ、そんな数のミサイルを3分以内にどうにかするなんて無茶苦茶な話だ。馬鹿げている。
でももしかしたら、この世界の技術ならそれも可能なのだろうか。
俺はポルックを使ってシャルルに電話していた。
「聞いたかシャルル!ミサイルが向かってきてるって!!」
『聞いたッスよ!!だから今超焦ってるッス!』
「なんとかなるのか!?」
『なんとかするのが私の役目ッスよ!!』
さっきまでのシャルルとは別人のような声の力強さだ。これがあの子の本気なのだ。この艦を守り、必死に生き延びようとしている。なんて格好良いんだろう。きっと、俺を救ってくれたのもシャルルの強さだったのだ。
それに比べ、俺はただ心配しているだけで、運命だと受け入れようとしている。
―――それで、良いのか?
「良くない・・・よな」
なんも出来ないまま病気で死んで、せっかく転生して、それで1日目の終わりに爆死?俺は転生してもそんなもんなのか?1つも変わらないなんてもったいない。
確か転生する前にペルセポネは言っていた。チートの代わりに、俺には因果が巡り来ると。
そう、俺にはチートがある。無尽蔵の魔力が俺の体には宿っている。
でも、俺がわざわざ好きで転生したわけでもないこの世界で必死に生き残ろうとする理由なんてあるのか?そりゃ、この世界の科学はスゴい。とにかくスゴいとしか言えない。
でも俺が見たかったのは魔法の力で明かりを灯して、剣で魔物を狩り、素朴ながらも実感的なファンタジー世界だったはずだ。ずっと夢見てきて、その世界に生まれられるならなんでもする自信もあった。いや、今だってある。
俺は今もまだファンタジー世界が恋しくて仕方ない。
『ミサイル群、到達予測時間まで残り1分です!!迎撃が間に合いません!!乗員は全員非常脱出の用意をしてください!!』
「ユウキ、逃ゲナイト!」
「アスキー・・・」
アナウンスが流れ、俺は窓の外を見た。何体もの巨大ロボットがビーム銃やバルカンを乱射している。
「あの中にはシャルルも・・・アンフィさんもサーシャも、ココアもいるんだよな」
『残り30秒!!』
「なあ女神様―――」
ペルセポネは今も俺のことを見ているだろうか。ニヤニヤしているのだろうか。だとしたらスゲえ悔しい。まるであのクソ女神の思うつぼだ。
でも。
「俺、これからは、サイエンスでファンタジーします!」
俺は気付いた。この世界も嫌いじゃないって。この世界には剣も魔法もないけど、でもシャルルたちがいる。こんな俺を受け入れてくれる人がいる。
だったら、生き残る意味もあるんじゃないか?
想像しろ。俺が『アトラス』に来て最初に出会った未来科学を。あれだ。あれが必要なんだ。
『残り10秒!!脱出を―――』
「はい、バリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺はこの日、生まれて初めて魔法を使った。それも銃と科学のこの世界で。