表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/40

25話 俺、意外とすんなり理解しました


 「・・・い。・・・さです・・・。・・・ウキ様」


 「ん・・・?」


 声をかけられた気がして俺は目を開いた。というか、いつから目を閉じていたのだろう。もしかして、昨晩小説を書くのに没頭しているうちに寝落ちでもしたのだろうか。だとしたら、せっかくの高級ベッドを目の前にして初日からもったいないことをしたもんだ。

  

 で、しょぼつく目を開けると、鼻先数センチに顔があった。


 「のぉぉぉあっ!?」


 「おはようございます、ユウキ様」


 「・・・って、ステラさんか」


 「はい!なかなかお目覚めにならないので夕べはさぞお疲れだったのでしょうね。142回ほどお名前をお呼びしたのにぐっすりと」


 「な、なんかすみません手間かけさせてしまって・・・?」


 「いえ、お気になさらず。その代わりと言ってはなんですがユウキ様の寝顔を存分に観察させていただきましたので♪」


 「シュタルアリア家の人間も全滅してんなぁ」


 寝起きで低血圧の俺はツッコむ気力すらなく、しみじみと残念美人メイドを眺めていた。果たして俺はこのメイドさんから見たらどういう存在なのだろう。「お嬢様のご友人」から逸脱しすぎていなければ嬉しいのだが。


 「あれ?でもなんでステラさんがわざわざ俺を起こしに?しかも部屋の中にまで」


 「いえ、お嬢様がユウキ様のことをお呼びでしたので。お嬢様はメイドロイドで十分だとおっしゃりましたがここは私が是非にと押し切りまして」


 「寝顔を観察するために?」


 「そう、まさにその通・・・げふんげふん。そのような下劣な趣味などございませんなのです。お嬢様の大切なご友人であるユウキ様に対して心ない機械で対応するのは失礼かと思いまして」


 「メイド流はぐらかし術を修得すべきだと思うわ」


 果たしてそんなものがあるのだろうか。あったらなんかカッコイイな。まぁ結局ステラの場合は素が出ないように気を付けていれば良いのだろうが。


 さて、なんだかんだ言っても起きてしまったし、呼ばれているなら二度寝するわけにもいかない。長年連れ添った夫婦なら知らないが、恋人のフリをすることになった以上あんまり冷たいリアクションをしたらシャルルも可哀想だ。眠い眼をこすって俺は腰を上げ・・・。


 「ぁぅっ」


 そりゃ一晩中椅子に座って寝ていたら足に力も入らなくなるわな。


 ひとりでに膝かっくんした俺は重力加速度を身にしみて感じるレベルで顎を机にぶつけ、あまりの苦しみに床を転げ回って悶絶した。クッソ痛い。非弾性衝突だったのではないだろうか、すごい音がしていた。おい机、テメエの弾性係数はいくつだ。いつか覚えてろよ、こんちくしょう。

 というか、なんだろう。今俺は死ぬ前に高校で習ったような物理の用語を並べて自分の苦痛を表していたような気がする。顎打っても頭っておかしくなるんだな。顎殴って脳震盪っていうのも納得だ。

 苦しみエネルギーを床に拡散させてから、俺は泣きたいのを我慢して立ち上がった。


 「お見苦しいところを・・・」


 「いえいえ。今のもナイスです!」


 この人もこの人だ。ナイスとか言う前に助けてくれよ。シャルルがステラは年下なら性別問わず守備範囲的な発言をしていたが、こういうことだったのか。


 「それで、シャルは今どこに?」


 「お嬢様なら今は地下実験施設にいらっしゃいます」


 「え、ここって地下にそんなものもあるの!?」


 「なにを今更。本館がこの有様なんですから地下にそういうものがあってもおかしくありませんでしょう?」


 「確かにね!!」


 顎を打ったから目が覚めたらしい。ツッコミをする気にはなってきた。

 それにしても、このカラクリ屋敷にして地下実験場ということか。言われてしまうと急に違和感がなくなる。

 シャルルはそこでなにをしているのだろうか。実験施設と聞いただけではなんの実験をしているのかは分からない。まぁ、おおよその予測はつくが。


 「まぁ、じゃあ案内してください―――と言いたいんですけどまず着替えて良いです?」


 「お手伝いいたしましょうか?」


 「金髪美人のメイドさんにお着替えのお手伝いとか男なら誰でも喜びそうなシチュエーションなのに警戒心しか湧かない俺は虚しい人間なのだろうか」


 「美人だなんてもう、しょうがない方ですね!そうご遠慮なさらずに、さぁ!」


 これが遠慮する人の顔に見えるのならそう言ってくれて構わないと思う。

 なんか興奮した様子のショタコン(いや、俺はショタじゃねぇだろ)ともロリコンレズビアンとも分からない駄メイドを俺は部屋の外に追い出し、待っておくようにお願いした。あと、敢えて覗くなとは言わなかった。多分、そういうノリだと思いまして、とか言ってドアを薄く開いて覗き始めるに違いない。そうじゃなかったときはごめんなさいだが。


 それで俺は自分の着替えを用意したのだが、思えば、俺の服は『アトラス』の制服しかない。今までは公的な外出ばかりだったこともあってそれで事足りてきたが、プライベートに外を出歩くとき(そんなときがあるか分からないが)に困りそうだ。早い内に適当に2、3着は用意しておこうと思った。

 とりあえず制服に着替えて、俺は部屋を出た。

 

 「寝癖が残っていますが、いかがいたしますか?」


 「あぁ・・・まぁ直さないと、かなぁ」


 「承知いたしました。では少し、失礼いたしますね」


 「え」


 なんということでしょう。あんなにしつこかった直毛ビンビンの寝癖がまるでなかったかのように収まったではありませんか。

 鏡を見せられて、俺は目を丸くした。メイドってすげぇ。

 

 「すげぇ!なんか、すげぇ!」


 「ご要望がありましたら多少は髪型を整えることも出来ますが?」


 「あ、いや、これで十分です、ありがとうございます!いやぁ、まさか。俺いっつも寝癖直すのでかなり苦労してたのに・・・コツとかあるんです?」


 「こうやって・・・こう?」


 「なるほど、分からないけどすごい」


 体内エネルギーを練りながらやったら忍術が発動しそうな手捌きをやってみせたステラに俺は感心だけした。どうやら真似は出来なさそうだ。

 そうだ、今度魔法で寝癖を直す練習でもしたら良いではないか。こういうときの魔法だ。すっかり失念していた。


 ステラはさっそく地下室に案内すると言って、俺の前を歩き始めた。


 「そういえばステラさんってなんでここでメイドしてるんです?」


 「と、言いますと?」


 「いやぁ、なんかさっきのテクニックを見たら美容師になれたんじゃないかなって思って。他にもいろいろ出来そうだし」


 「あぁ、そういうことでしたか。一応そういった免許は大方取っているので、やろうと思えばすぐにでも出来ますよ」


 「ふぁっ」


 出ましたスーパーマン。いや、スーパーウーマンか。なんでもそつなくこなせてしまうタイプの人間ということか。なるほど、だったらあの変態っぽい側面があっても不思議ではない。優れた人間ほど頭もおかしくなるものだ。多分。


 「さ、さすがというか、なんというか・・・」


 「でへへ・・・じゃなくてうふふ、あまりおだてないでください。それに、ここでのお仕事はきっと他のどの仕事よりも素晴らしいですよ?お嬢様がいて、こうして時折お客様が来て、目の保養に困りませんもの」


 「質問を変えよう。なんでこんな下心満載のメイドを雇ったんだあの人は」


 「はうっ。そ、それ以外にもあるんですよ?一応。例えば、お給料が良いとか、そもそも理髪店なんて機械にでも任せてればオッケーなんですから」


 「それは寂しい世の中っすね」


 前世ではコミュ障だった俺には理解しがたかったが、床屋なんてのは髪を切ってくれる店員さんとの会話を楽しむ場所でもあると誰かが言っているのを聞いたことがある気もする。確かに、ずっとだんまりで髪を切ってもらっている最中は俺ですら気まずい思いをしていたようにも思う。

 あれ?そう思えば機械化された理髪店なんて俺得じゃないか。店員との気まずい空気を味わわずに済む。でも『アトラス』に入っていた美容室は普通に人間の従業員しかいなかった。もしかすると、あれが贅沢の形だったのかもしれない。


 そうこうしゃべっている間に、俺とステラは地下へのエレベーターに到着した。理系のイメージとかけ離れた豪奢な内装のエレベーターに乗り込むと、ステラがすかさず操作盤の前に立った。なんかデパートで見たことのある光景だ。いや、デパートに行くこと自体が人の多い街に繰り出すのと同義故に俺には苦痛だったので、そこまで記憶に強いわけではないが。

 お上品なぽーんという音で到着が知らされた。どうにも移動時間が長かったが、それはつまり結構な深さまで潜ったということなのだろう。気圧が変わったからかして、耳に違和感がある気もする。

 

 「到着になります。足下にお気をつけて歩いてくださいね」


 「足下って、別に気にするほどのものなんて―――」


 言った瞬間になんか踏んで俺はスッ転んだ。いや、まさか本当に踏んだらまずいものが転がっているなんて思わないだろう。足下にお気をつけてなんて言うとき、実際にそこまでの危険があることの方が稀だ。

 転んだときに踏んだ物体が転がったのか、地面に迫る俺の尻と床の間にうまく滑り込んで来やがった。ケツの穴が増えたかと思うほど痛くて俺は跳び上がったのだが、果たしてそれは正解だったのだろうか。逃げた先で手をつけばあからさまに金属的な触感が掌にめり込んだ。


 「う゛ぃっだい!?」


 「美大?」


 「痛いッ!!察してくださいよ!!」


 「冗談ですって。大丈夫ですか?」


 「だいじょばないかもしれない!尻に穴が空いたかもしれない!!ホントに痛いなんだあれ!!」


 「それは大変!私が確認して差し上げま―――」


 「それは良いから!!」


 「年下のお尻・・・」


 本当に残念そうな顔をするのでゾッとした。もしかしたら俺はステラのことが恐いのかもしれない。ともすれば以前俺に双子の社長令嬢に婚約を迫られたときより貞操の危機を感じている可能性すらある。

 俺は念のために『キュアー』でケツと掌を治療してから、俺をここまで苦しめたものがなんなのかを振り返って確認した。


 「手で踏んづけたのはネジとして・・・あれはなんだろ」


 俺の体に穴を増やそうとした破廉恥な金属塊を拾い上げて様々な角度から観察するが、正体不明だ。正四面体からクラゲの足みたいにたくさんの導線が生えている。


 「ステラさん、これはなんですかね?」


 「さぁ・・・さすがに私でも分かりかねます。お力になれなくて申し訳ありません」


 「あ、いや気にしないでくださいって」


 「ありがとうございます。お嬢様の作るものはしばしば私の理解を超えてしまいますので・・・」


 「良かった、理解出来ないのは俺だけじゃなかった」


          ●


 実験施設の中を歩くのだが、これがなかなか広い。ゴウンゴウン―――というそれっぽいSFサウンドエフェクトが充満しているが、それに留まらず区画分けされたスペースは大きさはまちまちだ。中を覗けばどこも面白そうな機械が置かれている。

 ただ、それよりも気になったことが1つあった。


 「汚え」


 「・・・分かります?」


 「分かる。とても分かります。どんくらい分かるかっていうとものっそい分かる」


 さっきトラップを踏んだ時点で予想していたが、なんていう散らかりようだろうか。床にはまるで森に生える草のように金属部品が散乱している。今すぐにでもキレイサッパリ俺が掃除してあげたい。困ったことにシャルルがいると部屋のエントロピーは体積に関係なく急速に増大するらしい。なに言ってるんだ俺。 

 とにかく、シャルルの散らかし癖は部屋が狭かろうが広かろうが健在というわけだ。ここまでの規模ともなると一種の現代アートかと思ってしまう。今度空中写真でも撮って美術展にでも出展してやろうか。


 「ですがお嬢様はこれを片付けるなっておっしゃるんです。なぜでしょうね」


 「かえってシャルの場合はこっちの方がなにがどこにあるか整理がついてるのかもですね」


 「ははぁ・・・お嬢様のことをよくご存じなんですね。私ではさっぱり理解出来ませんでした・・・!なんて悔しい!」


 「いや、俺もさっぱり理解出来てないっていうか変なところで張り合おうとしないでくださいよ」


 「ユウキ様には分かりませんよ、私がお嬢様をお慕いする気持ちのほどが!」


 「分かりたくはないから大丈夫です」


 百合は大好きだがガチレズと百合は俺の中では大きな違いがある。多分ステラのそれは前者寄りなので知りたくもない。

 足下に気を配りながら片付けしたくなる衝動も堪え、俺はようやく1つの実験室に辿り着いた。

 そこに置いてあったのは、なんだか見たことのある金属の箱だった。あれはパラティヌスのコクピットブロックだ。それに外部からいくつかの機材が接続されている。

 その装置の隣にはシャルルがいて、なにもない空間を指で操作していた。ポルックを起動しているのだろう。


 「お嬢様、ユウキ様をお連れしました!」


 「あぁ、ありがとうございますッス。お疲れ様でしたッス」


 「いえ、とんでもありません。お嬢様のためなら例え火の中水の中ブラックホールの中」


 「ブラックホールの中ッスか、それは興味深いッスね。今度実験してみましょうか」


 「あ、ちょっとさすがにそれはマズいかも・・・」


 「えー、ダメッスか?」


 「いえ、喜んで飛び込ませていただきます!」


 「「待って早まらないで死なないでくださいお願いですから」」


 俺とシャルルのツッコミがハモった。

 忠誠心も度が過ぎればただの変態じゃないか。普通大好きな相手にブラックホールの中に飛び込んだらどうなるのか気になるな、って言われても、じゃあ飛び込んでみますね、なんて言うか?マゾヒズムの極致だわ。

 シャルルも冗談が冗談として通じないので呆れ果てた顔をしている。


 「まぁ、ステラにはココアを起こしてきてもらおうと思っていたところッスから・・・」


 「かしこまりました!それで、こちらにお呼びしても?」


 「そうッスね、それで良いッス。これが終わったらステラは休憩してくれて構わないッスよ」


 「分かりました。それでは失礼いたします」


 スキップしそうなのを我慢しているのかぎこちない歩き方のステラを見送って、俺とシャルルは肩の力を抜いた。


 「あの人ってすごいよな。・・・いろんな意味で」


 「仕事が出来るから文句も言えないんスよね。メイドロイドに任せられない仕事もたくさんあるんスけど、そこら辺は大概ステラがなんとかしてくれてますから」


 「他にも生のメイドさん雇ってるんじゃないの?」


 「いますけど、スペックが違いすぎて」


 「ははぁ・・・」


 この家のメイド全員があんなレベルではないと分かるとかえって安心した。有能な変態だけが跋扈する館で生活する自信はない。

 俺は改めてシャルルになんの実験をしていたのか尋ねることにした。


 「これってなにしてんの?確かコクピットのアレだよな」


 「あぁ、これはシミュレーション装置ッス。今はアンフィが中で実際の操縦感覚を確かめているところッスね」


 「というと、例のアンフィさん用の新型機の?」


 「その通りッス。昨日いただいた《エリオッサ》のデータにアンフィの要望を加味した機体のデータを入力してVRで実際の戦闘を再現しているんスよ」


 「おー、なんかすごそう」


 「いえ、技術自体はそこまで新しくないッスよ。でもまぁ、ユウキからしたら目新しいのかもッスね。今はアンフィ用に調整してるのでアレですけど、良かったら今度これでパラティヌスの操縦を体験してみたらどうです?きっとハマりますよ」


 「まぁ気が向いたらな」


 出来る気がしない。


 「そうッスか・・・まぁじゃあそのときには行ってくださ・・・ふあああああぁぁ・・・ぁ。これは失礼・・・」


 「なんか眠そうだな」


 「実は昨日ユウキとお風呂の前で別れた後、夜通しでアンフィと機体設計について議論してたんスよ。それで寝てなくて」


 「ホントに好きだなぁ」


 「えぇ、大好きッス!パラティヌスさえあればご飯がなくても生きていける気さえします!・・・あ、でもユウキのことも―――」


 「あー、はいはい分かったから!ホントそういうことサラッと言わないでください!」


 「君はホントに女々しいッスねぇ」


 「シャルが男らしすぎるんだよ」


 「失礼な。こんなに女子女子してるのに」


 「くそ、くそう!」


 見た目さえなければ、見た目さえなければ・・・ッ!きゃるーんとキメればどんなに男気のある性格だったとしてもシャルルは妖精さんみたいな美少女だ。なんかもう、本当に悔しい。

 俺が唇を噛んでいると、シミュレーション装置のハッチが開いて中からアンフィが顔を出した。


 「ダメ!やっぱ重量バランスがおかしい!・・・って、ユウキじゃん。おはよう」


 「あ、おはようございますアンフィさん。朝から気合い入ってますね」


 「当然!なんたってこれから私が命を預ける機体を組み上げようっていうんだからね」


 「やられても死なないですけどね」


 「うっさいな、揚げ足とんなよ」


 アンフィは俺にチョップをしてから、シャルルが操作しているポルックの画面を共有してもらって、いろいろと議論を始めた。やっぱり何語でしゃべっているのかすら分からん。日本語でおけ。

 あーだこーだと言い合っているあたりからして、ここは難しい問題が発生しているということだろう。重量バランスがおかしいと言っていたが、そんなゴテゴテの機体を作ろうとしていたのだろうか。

 

 「なぁシャル、俺も見てみて良い?」


 「良いッスよ、ほら」


 飛ばされてきたのは大量の数式と桁が意味不明の数値群だった。ふむふむ、なるほど、つまり俺が見たいのはこっちじゃないってことが分かったぞ。


 「いや、俺はこういうの分からないから機体の完成予想図みたいなのを・・・」


 「おっと失礼しました。現状はこんな見た目になる予想ッスね」


 今度こそCGで描かれた機体のグラフィックだった。


 一般機は紫だった《エリオッサ》のカラーリングはアンフィのパーソナルカラーである青に変更されていてクールな印象が先立つ。《エリオッサ》の最大の特徴であったウイングは俺が前に見た実物と比べると少し大きくなっている気がする。

 それから、やはり目を引くのが背中にくっつけられた2つの縦長なコンテナだ。この装備のおかげで比較的スマートだった《エリオッサ》のフォルムはかなりゴテゴテする。実はこれはアンフィが前に乗っていた、今は亡き《ライオスカスタム》にも使われていた装備だ。俺も見たことがある。

 それと、背中のデカいコンテナとセットになるのが腰に着けられた薄いコンテナだ。こっちもアンフィが前から使っているものの流用に見える。


 「前使ってた機体と似てますね、アンフィさん」


 「それはまぁ、使い慣れた装備は外したくなくて、いろいろ新しい要素を盛り込もうかって話をしてたけどそこに落ち着いちゃったんだよね。ただ《エリオッサ》って《ライオス》と微妙にバランスが違うから前と同じ形状でそのコンテナを取り付けようとすると動きに支障が出るのよね」


 「な、なるほど・・・?」


 「分かってないなら無理に納得したフリしなくてもいいけどね」


 「なるほど」


 「そこは納得出来てんのね」


 要はアレか、スポーツ選手がチームを移籍するとしても使っていた道具は自分の使っているやつをそのまま持っていきたいのに、いざ持ち込んでみたらなんか違うスポーツになっていた、みたいな感じだろうか。


 「と、すると・・・こんな感じでどうッスかね?」


 「お、さすがシャルル、早いね」


 「背部コンテナを若干可動にして重心移動を可能にしつつ、コンテナの搭載を前提に《エリオッサ》の基本フレームを少し改造してみました。それと、腰コンテナの縮小もしました。これに伴って替え刃の本数が2本減ってますがウイングの装備を強化しているのでおつりは取れてるはずッス」


 「それだけで動くようになんの?」


 「さぁ?理論上はさっきの組み立てでも動きはするんスけど、ここはアンフィの感覚に合わせて調整していくしかないッスからね」

 

 「そりゃ失礼しました。というか思ったんだけど、背部コンテナっても少し軽量化出来るんじゃない?例えば連結部分とか」


 「難しいこと言うッスねぇ、アンフィは。システムの小型化をしろって言ってるようなもんスよそれ。ただでさえ出来てから5年程度の技術なのに」


 「5年も経ってる、じゃダメ?」


 「・・・はぁ。分かったッスよ。理論は時間が掛かりますから覚悟しといてくださいッス」


 「さっすが隊長、頼りになる」


 2人で盛り上がっているところ悪いのだが、なにを話してらっしゃるので?


 「あのさ、なんの話?」


 「ユウキは知ってますかね、このコンテナの中身」


 「えっと・・・剣の替え刃?」


 「まぁそうなんスけど、この刃って実はマイナス400度前後まで冷却されているんスよ」


 「ごめん今なんて?」


 「マイナス400度前後ッス」


 なにそれ、知らないんですが。マイナスって273度が限界じゃなかったっけ?マイナス400度って何度ですか。絶対マイナス127度ですか、そうですか。わー、魔法みたーい。てか、ホントに魔法じゃないかと疑いそうになる。


 「これはですね、5年くらい前に開発されたとある技術を応用しているんスよ。その技術というのがコネリアの超冷却理論に基づいて低温の系から高温の系にエネルギーを移動させるというものでして、巨大な単位で負温度を実現したわけッス。あとは材質の耐久性を鑑みてこの温度が適切と判断した感じッスかね」


 「ごめん出来れば俺に分かる言語で説明してください」


 「要はしばらく前にコネリアって人が頭のオカシイ熱力学の新法則を発表して、それに触発された技術者が目に見える規模で0カルビン以下の低温まで物体を冷却するシステムを開発したんスよ。で、今アンフィが小型化しようと持ちかけてきたのがこのシステムの装置なんです」


 「やっぱシャルの説明は分からん。アンフィさん、バトンタッチ」


 「え、今のでもダメ?・・・そうだなぁ・・・つまり今までなら考えられないくらいモノを冷たくするシステムが完成したんだけど、その機械がまだ大きくて重いからもっと小っちゃくして機体を軽くしようって話」


 「なるほど・・・!」


 「なんか腹立つッスね!」


 「いだい!」


 むくれたシャルルにグーで殴られた。理不尽だ。もっと分かりやすい説明をしてくれればなんの問題もないのに。

 アンフィの説明でなんとなく理解したが、やっぱりこの世界は頭がおかしい。ファンタジー小説は書けないくせに、科学技術は魔法でなんでもアリの世界に暮らしていたって想像出来ないような次元まで発展している。

 

 「まぁいいッス。アンフィ、冷却システム軽量化以外のデータは書き換えたのでもっかい試してみてくださいッス。それで動いたらしばらくはこのパターンでいくので」


 「はいよ」


 アンフィはそう言って、またシミュレーション装置の中に入っていった。

 

 「こういうところ見てると物作りって楽しそうだよな。これは兵器だけど」


 「兵器と言っても人を殺すものではないので、なんの気兼ねもなく楽しめるッスよ」


 「それもそうか。じゃあ普通に面白そう」


 「ユウキも時間があれば機械工学を勉強してみたら良いッスよ。なんなら私がつきっきりで教えてあげても大丈夫ッスけど―――」


 「いや、結構。シャルに先生させても俺には絶対理解出来なさそう」


 「そこまでッスかぁ?うーん・・・私もまだまだ勉強が足りてないってことッスかねぇ」


 「シャルルがこれ以上頭良くなったらありとあらゆる分野の研究者から研究成果を先取りしそうで恐いな。いつか恨みを買った研究者たちに謀殺されるぞ」


 「やなこと言うッスね、ユウキは」


 冗談ではなく心配になる。世の中というのは出過ぎた才能も悪と見なして排斥しようと躍起になる人間も多数いるのだ。頼むからもう勉強しないでくれ。

 

 「まぁ別に私もそこまで出しゃばるつもりはないんスよ。もう自分の名前つけた式だって持ってるので」


 「へぇ、どんな?」


 「自分で言うのも恥ずかしいッスけど、シャルルの法則っていってですね」


 「それはなんか温度と体積が比例しそうな響きだけど」


 「なに言ってるんスか、それはジェリオの第2法則じゃないッスか」


 「誰だし」


 そうか、この世界ではおんなじ法則でも見つけた人の名前が違うから定理の名前も違うのか。ホントに果てしなく知識チート不可能な世界に来てしまった。そういえばさっきカルビンと言っていたが、あれはケルビンだったのかもしれない。


 「ちなみにシャルルの法則とはいったいどのような法則なので?」


 「式はちょっと言葉で言うには複雑すぎるので簡単にまとめると、Qちゃんに搭載している量子テレポーテーションの基礎理論ッス。現実世界の物理法則をデータとしての仮想的な情報形態に変換するというものでして―――」


 「ポ○モンをモンスターボールに入れてパソコンでボックスに出し入れするようなもんか」


 「ユウキの言っていることがサッパリ分からない・・・!?」


 シャルルが知らないのも無理はないが、複雑怪奇理解放棄のはずだったシャルルの法則異世界バージョンは、俺の元の世界では世界的にポピュラーな例が存在していたのだった。かがくのちからってすげー!


 ・・・まぁ、それもこれもゲームの中の話なのだが。

部屋の机の上にイヤホンを置いて、風呂上がって部屋に戻ったらイヤホンの耳に当てるあのクッションみたいなラバーの部品が片方だけ消えてました。キレました。物理ェ・・・。これが不確定性原理ってやつか(すっとぼけ)。・・・こうやって愚痴るとなくなったモノってあり得ないくらい当たり前のように帰ってきますよね笑。作者の経験則ですけど笑。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ