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23話 俺、完全犯罪に挑みます


 「(◉◞౪◟◉) 」

 「・・・・・・」


 ―――アスキー先輩、一生ついていきます!


          ●


 ことは数分前に遡る。


          ●


 俺はアスキーに連れられてシュタルアリア邸の中を駆け回っていたのだが、正直なところ、そろそろさすがに、俺の小便は臨界点のゴールテープが見えそうなところまで来ていた。コイツは放っておけば必ず完走してくれる根性のあるランナーだと知っているから早くトイレに行かないと廊下のど真ん中で、しかも下半身から熱い涙を流すことになりかねない。

 だが、俺がいくらアスキーにトイレへ案内してくれと頼んでも、アスキーは満面の笑みでスルーしやがった。お手伝いロボットとしての職務をマスターの前でだけは放り投げるひねくれたポンコツ寸胴鍋に俺は苛立ってきた。


 「ア、アスキー!いい加減どこに行くのか教えてくれ、そして俺を導いてくれ!トイレに!」


 「ユウキ、今ハソレドコロジャナイヨ!」


 「この探検ごっこにお漏らし回避を上回る重要性があるのか!?」


 「アル!」


 あ、はい、あるんですね。


 じゃなくて。


 「つか、走ってたら余計ヤバくなってきたんだけど!」


 「モウチョットダ、我慢シロユウキ。楽園ハスグソコダ!」


 「楽園ッ、それはトイレッ!」


 アスキーは館内部の構造は完全に把握したと言っていたが、それは確からしい。俺からしたら探検ごっこでも、アスキーの足取りに迷いは見えない。こういうところがロボットらしいなら、もう少し他でもそれらしくしてくれれば良いのに。

 豪奢なカーペットの上を走り続けて1分ほどしたら、とても見覚えのある、なおかつ俺が求めて止まなかった部屋が見えてきた。


 「お・・・おトイレ!!アスキー、ストップ、ストップぅぅ――――――ぅぅぅぅ・・・」


 見えてきた、だけでした。


 「ァ,、’`,、 (◍◉౪◉◍)’`’`,、」


 地味に強いマシンパワーに引きずられ、俺はアスキーを引き止めることさえ出来ずにウォータークローゼットの前を通り過ぎた。そういえば、W.C.って書いたらワールドカップって読んでみたくなるよね。・・・いや、すみません、こんなくだらないことを考え出す程度にはおしっこがしたいんです。

 それにしても、本当にアスキーはなにをそんなに興奮しているのだろう。トイレの前を過ぎ去ったことで絶望感と共に諦めの境地に達した俺は、だんだんそっちの方が気になってきた。


 「なぁ、ホントにお前今どこを目指してるんだ?」


 「ユウキ、君ニハ浪漫ガアルカイ?」


 「ロマン?あると思うけど」


 「ソウダロウトモ。サァ、ココガ楽園、アスキータチガ求メタ桃源郷ダヨ!」


 「だから楽園だの桃源郷だのって―――」


 どこでそんな言葉を覚えてきたのだろうか、日本文化がない世界にしては日本語力抜群(というかアレは漢文だったっけか)のアスキーはなにもない広間の、なんでもない壁の陰で止まった。


 しかし、俺はアスキーが指差したなんでもない壁に嵌め込まれたなんでもない柵状のデザインの、その隙間から覗くニライカナイには掌を返す結果になった。


 「間ニ合ッタミタイダネ」


 「これは―――ッ!!」


          ●


 オシャレのつもりなのか、それとも屋敷に仕掛けたカラクリの露出部分なのかは知らないが、なにはともあれ今、俺はとんでもない犯罪行為に手を・・・いや、目を染めていた。

 いや、でも仕方ないよ、せっかく親友のアスキーが連れてきてくれたんだもん。その心遣いを無碍になんて出来るわけないもんね。


 大広間の真ん中と言ったが、前述した通りに今俺たちがいる大広間の構造は複雑極まりない。言ってみればウエディングケーキみたいに段重ねになっている中央があり、その頭上には天使の輪っかみたいに上の階の渡し廊下が3重に被さっている感じだ。いや、今の説明をして俺が理解する自信もないが、とにかくすごく立体的な構造の部屋に来ているのである。

 さて、それで俺たちが隠れている壁は天使の輪っかの縁に立てられたものなのだが、柵を透かして下が覗けるようになっている。


 で、なんで俺がアスキーに感謝しているのかというと、だ。別に部屋の景色に感動したわけではない。

 そうじゃなくて、見えちゃっているのだ。いやいや、建設会社はなにを考えていたのだろう及びマルコお父様はなにを間違えたんだろう、風呂場の脱衣所が、ごく限られた隙間を覗くことによって割とハッキリ、見えちゃっているのだ。ドアはあるのに、なんで天井が空いてるんだよ。意味ねえな、そしてありがとう。


 もちろん、そこにはさっきまで俺と一緒にいたシャルルとココア、そしてアンフィの姿が。

 

 「ドウダイ?」


 「お前、これを俺に見せるために・・・」


 「( ΄ ^◞౪◟^ ` )b」


 「俺・・・俺、アスキーのこと誤解してた・・・俺を困らせるだけのヤツじゃないのかって・・・でも違ったんだな」


 「分カッテクレレバ良インダヨ、ユウキ。アスキーハ、アスキーノマスターノタメニ、コノ場所ヲ見ツケタンダ」


 アスキー・・・お前は本当に良いヤツだよ。多分、お前自身の欲望もあったんだろうけれどな。俺がお色気成分多めのアニメを見ていたときにもいつも一緒にニンマリしていたくらいだもんな。


 嗚呼、しかし気付けば、昔の俺はこんなことを出来る人間だっただろうか。否、断じて否。俺はヘタレだった。バレないと分かっていても脱衣所を覗くなんて出来なかったはずだ。それが今、俺はアスキーの助力を得てではあるが、女の子たちのパラダイスをこの両眼で捉え未だ逃げずにいる。俺もこの世界にきて急激に成長したんだな。

 普段はアレな3人だが、外見は文句なしの一級品な美女・美少女揃いなのだ。それこそなんでその見た目で金を稼ごうと思わなかったんだとさえ思うほどの女の子たちのストリップショーを見られるなんて、まさに特権だ。

 ただ、シャルルにはなんか裏切るみたいな気持ちもあってちょっと罪悪感がある。アンフィに至っては恨みもないから超ごめんなさいである。ココアに関して言えば、まぁ、普段の行いがある分俺に罪悪感はない。これでチャラにしてやろう。

 

 「総合すると、この背徳感堪んねぇな」


 「デショ?」


 しかし、ガールズトークだか知らないが、なかなか服を脱ぎ始める様子がない。なんだこれ、焦らしプレイってやつか?


 「く、くそ、すげぇドキドキするよアスキー!」


 「オ、オチツケ、マダ堪エルンダ」


 「そういうアスキーこそ顔がヤバイぞ」


 「༽΄◞ิ౪◟ิ‵༼」


 さっきからアスキーはとっくにヤバイ顔だったが、次から次へと変態性を増していく。でも、その気持ちはよく分かる。いや、むしろアスキーが俺の気持ちをよく分かっているのかもしれない。ロボットの身でアリながら男の無邪気で下心満載な欲望を知っているなんて。あぁ、やはりアスキーは心の友だ。

 俺とアスキーに覗かれているとも知らずキャッキャウフフとピンクい声で盛り上がっているシャルルたち。百合は最高とのたまう俺だからこそ、あの光景がさらに楽園に見えるのだ。そう、俺はこういう離れたところから女の子たちが良いことしてるのを見る方が向いている。

 服を脱ぎ始めたら、今に胸の大きさとか気にしだして女子同士のセクハラごっことかが始まるのだ。ガール・トゥ・ガールのお触りは合法にして至宝、シャルルがアンフィの胸を後ろから鷲掴みにする画とか想像しやすすぎるくらいだ。あとはすってんてんなココアが平均的には発育しているシャルルやそれを通り越してモデル体型のアンフィに嫉妬したりしていても面白そうだし、アンフィがそれでドヤってても良い。


 「てかもう、なんでもオーケー」


 「アクシロヨ」


 俺もアスキーも痺れを切らしそうになっているところを必死に我慢しているのだ。さっさと脱ぎ脱ぎイチャイチャし始めやがれってんだ!


 と、そんなとき、遂に待望の瞬間がやってきた。


 最初に服の裾に手をかけたのはアンフィだった。持ち上げられた布地の下からくびれた腰が覗く。そして・・・。


 「ぐはっ!!」


 「ド、ドウシタユウキ!?マダオヘソガ見エタダケダゾ!?」


 「そ、そういえば俺は童貞だった・・・」


 「ハッ!?マ、マサカ・・・ソウカ、ユウキニハ大人ノオ姉サンノ色気ハ刺激ガ強スギタンダネ!?」


 「ど、どうやらそうらしいな・・・くそ。でも、俺に構うな。アスキー・・・お前は、まだ戦えるはずだ・・・!」


 「ユウキ、ダメダユウキ、マダ諦メチャダメダ!立テ、立ツンダ!ココデ負ケテタラ、次モ勝テナイ!」


 「・・・!!そうだな・・・俺としたことが、なにを弱気になってるんだ」


 「ユウキ・・・」


 「アスキー。お前の力を貸してくれ、一緒にここを戦い抜くんだ!そして、一緒に笑おう!」


 「ウン!」


 さぁ、第2ラウンドと行こうじゃないか。俺はアスキーの肩を借りてもう一度覗きを開始した。人間の視力では限界があるから、ポルックのカメラを利用して映像を拡大し、アスキーと同じ世界を共有した。俺の元の世界ですらスマホのカメラで撮影した画像を解析して指紋を盗める時代だったのだ。この世界のカメラの画質は、もはや肉眼で見る世界となにも変わらない。まるで俺の視力がその次元まで拡張されたようにアンフィの肌が見える。鼻血が垂れてきたが、もう俺は倒れない。隣には友がいる。

 アンフィはそのままズボンにも手をかけた。

 

 「ぐ・・・!!」


 「ユウキ、シッカリ!」


 「分かってるさ!」


 なんてセクシーな下着なんだろうか。あれが脳筋中二病患者の使うものなのか?俺は心の中で今犯している罪を即時的に清算できるほどの勢いで「ごめんなさい」と叫びながら、ランジェリー姿のアンフィを凝視していた。

 

 そして、次に服を脱ぎ始めたのはシャルルだ。やっぱり家の人間だからかして遠慮のない豪快な脱ぎっぷりだ。いや、シャルルの場合元々男勝りなところもあるから、自分の家とかそんなのは関係ないかもしれない。

 前に水着姿のシャルルと一緒にシャワーを浴びたことはあったが、シャルルの下着姿は初めてだ。

 ごめんなさい。よくあるラブコメ主人公のハプニング方式ではなく今の俺は完全に能動的なセクハラを仕掛けています。本当にごめんなさい。そしていただきます。

 するりと服を脱いでカゴに放り、シャルルの柔肌が晒された。というか、シャルルの下着ってピンクだったのか。意外に可愛いところがあるんだな。てっきり普段のイメージカラーからして白か水色くらいかと思っていた。いや、別に普段からシャルルのそういうあられもない姿を想像しているわけではないんだからねっ!?

 

 俺が心の中で激しく言い訳をしていると、シャルルは俺が予想、あるいは期待していた通りにアンフィにセクハラを始めた。期待を裏切らない素晴らしい隊長だ。それもなんと、後ろから揉みにかかるどころか、まさかの正面から谷間にダイブするという大技だった。アンフィが顔を赤くしてなんか言っているが、さすがに声までは聞こえない。でも、シャルルを振り払おうとしているから、想像は出来る。


 けしからん、実にけしからん。今夜にでも夢で見そうだ。


 ほら、そこで1人発育の悪い体を気にして服を脱ぐのを躊躇いモジモジしている腹グロリ(16歳)も顔を赤らめてないで百合の花園へと飛び込みたまえよ。本当は今すぐにでもシャルルに抱き付いてあんなことやこんなことがしたいんだろう?なにを恥ずかしがっておるのだ。


 「でゅふ、でゅふふふふ・・・」


 あかん、変な笑いが溢れてきた。


 が、そんな俺でも酔いを覚ますような音が隣から聞こえた。


 カシャッというシャッター音だ。


 「え、おいアスキー、それはマズいんじゃないのか?」


 「大丈夫、バレナケレバ犯罪ニハナラナイノサ」


 「その発言の全てがフラグだろ!?」


 「フッ。ユウキハアスキーノコトヲ舐メテルヨ。アスキーハ最新ノ技術ヲ惜シマズ投入シテ生ミ出サレタ謂ワバ最強ニシテ最高ノオ手伝イロボット。写真ノ隠蔽ナンテオ手ノ物サ!」


 「お手伝いロボットに求められる性能ってなんだっけ・・・?」


 「( ´艸`)」


 言っている間にもアスキーはカメラ機能をフル活動させている。いや、どこにカメラが埋め込まれているのかは見てもよく分からないのだが、とにかく盗撮しまくっている。恐らく写真だけではなく動画も撮っているはずだ。

 これはさすがにマズいんじゃないか・・・と思っていたのだが、まだあちらは俺たちには気付いていない様子だ。ちょっとだけ冷静さが戻ってくるのを感じながら、俺は恐る恐る、もう一度隙間を覗いてしまった。

 これだけ不安を感じておきながらやめられない自分が悲しい。今更ながら覗き行為に勤しむ自分を冷ややかに眺めているもうひとりの自分がいるのが分かるのだ。これくらいなら前みたいなヘタレのままでも良かったのではなかとさえ思う。


 ・・・でも、覗いちゃう。


 もういっそ、覗きたくなるような見た目をしているお前らが悪いんだぞ、と開き直ってみてはどうだろうか。黒い俺がそう言う。

 いやいや、バレたら怒られるのは変わらないんだから危険は犯さないべきだ。灰色の俺が言っている。

 覗きなんてダメだよ、みんなが可哀想でしょ!白い俺が・・・いや、そんな俺はいない。全く思っていないわけではないが。


 「む」


 今度もまた、シャルルがなにかし始めた。どうやらココアを脱がそうとしているようだ。


 「もしかしたらシャルはこうしてみんなが泊まりに来ることがあんまりないから、風呂入るだけでもテンション上がってるのかもな」


 思えば昨日はうまく時間が合わせられず、シャルルは1人で風呂に入ってきたんだったか。

 こんなお屋敷でお風呂がちっちゃいユニットバスなわけがないので、というか俺も実際使わせてもらったからその広さは分かっているのだが、みんないるのにあそこに1人でいるのは寂しい話だ。・・・もちろん、俺は1人だったけれども。


 というか、なんか抵抗している割にココアは嬉しそうだ。みるみるうちにシャルルはココアの衣服を剥ぎ取ってしまう。あれは誰だ、賽の河原の脱衣婆かなにかか?この道80年くらいですとか言い出せるほど完成された追い剥ぎ技術である。よく分からん。

 それと、さっきからアスキーの立てるシャッター音の周期がさらに早まっていく。よく学校に行くとスマホのカメラの連射機能でパシャパシャ音を立ててゲラゲラ笑ってる連中がいたが、今のアスキーはそれの比ではない。

 

 「ブヒー!」


 「な、なぁ、アスキー先輩?いい加減にカメラはやめた方が良いと思うんですけど」


 「アー、ココアタソー、コッチ向イテー!ウヘヘヘヘ」


 「お前やっぱ絶対中の人いるだろ」


 シャルルのおかげで、結局真っ先にすっぽんぽんにされたのはココアだった。ただ、シャルルの体が壁になってココアの様子は見えない。下着が宙を舞ったのが見えたからそう判断しただけだ。

 それに反応したアスキーは少しでも「見せられないよ!」の光景を撮影しようと必死に身をよじっているので、俺はアスキーに押し退けられてしまった。

 

 「いでっ!おまっ、なにすんだよ!」


 「クソー、見エナイ!ホンノチョットデ良イカラ右ニズレテクレナイカナァ」


 「聞けよ!?」


 おーい、ご主人様がお前のせいで尻餅ついてるんですが。というか、今受けた衝撃で思い出したが、俺は早く小便に行きたかったのだ。

 突き飛ばされて完全に冷めてしまったので、俺はアスキーもバレていない今のうちにさっさとトイレに行くことにした・・・いのだが、脳裏から肌色が離れない。これはアレだ、テスト勉強のときに限ってやたらと普段やらないゲームまでやりたくなる心情と似ていると思う。

 絶対にやらないと後悔するようなことを前にして、突如としてその存在感を増してくるやったらほぼ確実に後悔する娯楽。


 で、でも、俺はやるときはやる男だ。そうでなければ普段学校に行かない俺が高校2年生に進級を許されているはずがないのだから!さぁ、あの日々のように目の前の快楽を振り切ってトイレへと行くのだ、俺!


 「イエスッ!キタキタ、見エ、見エルゾ!ンフフフフフ」


 「な、なに!?なにが見えたんだ!?」


 「知リタイ?知リタイ?ウフフ、遂ニココアタソノアラレモナイ姿ガシャッターニ収マッタンダ!シカモ、ホラ、今シャルルトアンフィモ・・・」


 「あうあうあうあう」


 「見ルカイ?ユウキ。今ポルックニ送信スルヨ」


 「だ、ダメだ、これ以上進んだら俺はあの3人に合わせる顔がないような気がしてきた!!」


 「ナニヲ今更言ッテルノサ、ユウキ!サッキマデノリノリダッタジャナイカ!ココデ引イタラ男ジャナイヨ!トイウカモウ覗キハシタンダカラ共犯ダヨ」


 「それは分かってるけど、あれは一時の気の迷いだったんだって!それに、俺、思うんだよ」

 

 「( ・_・)?」


 俺のポルックに通知が届いた。アスキーからの隠し撮り画像・映像が届いちゃったのだろう。いざ届くと消すか否かでまた悩んでしまうではないか。

 でも、それはそれ、これはこれ。いや、多分この写真はメモリの奥深く誰にも見つけられないほど深いデータ領域に保存しておくこととしても、俺の考えは変わらない。


 誰しも一度は思ったことがあるのではないだろうか。イタズラというのは、いろいろ考えを張り巡らせて工夫したつもりでも、割とすぐにバレてしまうものだ、と。

 テレビを点けてニュースを見てみれば分かる通り、大人たちが必死に隠蔽していた不正は連日あちこちで発覚している。ましてやこんなショボい覗き行為なんて、バレずに通す方が困難に違いない。そしてあの3人にバレたら最後、きっと殺される。魔法で怪我が治せるからって余裕こいてボコボコにされてちょっと加減間違えて殺しちゃいましたってパターンになる。通報されて刑務所に入る方が何十倍もマシと思える結果になるに違いない。

 

 それになにより、第六感というか、ホントになんとなくでしかないのだが、覗き始めた時点から実はすごく嫌な予感がしているのだ。これだけ離れていればまさか向こうからこちらを見つけてくるはずはないのだが、安心出来ない感じ。


 「ドウシタノ?」


 「いやさ―――」


 俺が以上の旨をアスキーに伝えるより先に、結果がやって来た。


 パリーン、という小気味良い音とともに、アスキーがやられた。


 「ギャアアアアアアアアアアア」


 アスキーの頭に突き刺さった軍用ナイフを見た俺は、もらった画像を全削除し、全身全霊で逃走した。



          ●



 「まったく、信じられないです。まさかあたしたちを盗撮しようだなんて」


 「ホントにこの子は中身ロボットなんスかね。最新のAIには性欲まであるとか言い出すんスか?」


 「どっちかというと脱衣所を覗ける場所を用意してあったことに驚きを隠しきれないんだけど」


 プンスカした3人の声が近付いてきた。

 俺はアスキーに連れ回された道の中で唯一覚えていたトイレへの道を辿りスッキリしたあと、また道に迷っていたところをメイドのステラに拾ってもらって、一足先に食堂に来ていた。


 ガチャリと扉を開いてシャルルたちも食堂にやって来た。湯気がホコホコしているのでちょっと色っぽい。結局のところ、俺みたいな童貞にはあれくらいの色気が一番ちょうど良いのだ。

 ただ、アンフィが引きずってきたそれを見て、俺は股間が縮んだ気がした。


 「・・・(ア、アスキぃぃぃぃぃ!?)」


 「Д´༎ຶ`༎ຶ(;)」


 なにがあった。


 「あ、あのー、アンフィさん?それ、どうしたんです?」


 「あぁ、ユウキ。もう来てたんだ。道に迷わなかったの?」


 「いや、それはステラさんに案内してもらってなんとかなったんだけど・・・それ、アスキーですよね?」


 「知らない。もうアスキーじゃないかもしれないよ」


 どういう意味ですか!?確かに顔文字の表示に失敗するのはアスキーらしからぬ無様ではあるけれども!


 なんだ、俺が逃げた後に一体なにがあったというのだ。いや、でも1つだけ分かることがある。


 ―――絶対、アスキーと一緒にいたという事実を悟られてはならない。さもなくば、死ぬ。絶対死ぬ。

 

 「いや、実はッスね?アスキーが私たちが脱衣所にいるところを盗撮していたんスよ。テキパキ働いて偉いと思っていた矢先にこれッスよ。ユウキもこの子のマスターならもうちょっと躾をしといてくださいッス」


 「へ、へー・・・それはいけないな。さすがの俺でも盗撮はどうかと思うぞアスキー」


 相手には完璧な嘘発見器を持つシャルルがいる。ここでは下手なことは言えない。嘘は使えず、しかし俺の罪を臭わせてもいけない。完全犯罪を成立させてきた過去の名だたる犯罪者たちはもしかしたらテレビで鼻を高くしているメンタリストたちよりずっと優れた人心掌握術を持っていたのかもしれない。

 だが、俺はやってみせる。俺はこんな軽犯罪で死刑に処せられたくはないのだ。


 「でも、えらいボロボロだけど、なにがどうなってアスキーはそんな鉄屑に変えられたんだ?まさかココアがキレたくらいじゃそんなことにはならないと思うんだけど」


 「あぁ、これは私がやったんだよ」


 「あー、なるほどアンフィさんなら納得・・・えぇぇ!?」


 「納得ってどういう意味かしら」


 いかん、笑っているが今のアンフィはヒグマを片手で殺せるスーパー地球(仮称)人だ。下手に刺激したら嘘がバレなくてもアスキーの二の舞にされる。あそこまでやられたらさすがの俺でも復活出来るか怪しいぞ。

 

 「すごかったですよ、ベーコン少尉は。まさか素手でロボットの外装を引き裂く人間がいるとは思いませんでした。しかも、『なんか視線を感じる・・・!』と言って風呂場から投げたナイフを的に当てるんですもん、敵いませんねさすがに」


 「あーいうのはコツがあるんだよ」


 ―――なんの!?


 「ん?ユウキ、なんか汗がすごいッスね。どうかしたんスか?」


 「い、いや、なんでも・・・」


 「ウソってなってますけど」


 「ごめんなさいアンフィさんがちょっと恐いって思っちゃいました!」


 「とのことッスけど」


 「恐くなんてないよ?」


 「目が笑ってないですってば!」


 ・・・いや、これはこれで計画通りだ。アンフィを多少刺激してしまったが、これで俺が隠していることはアンフィへの恐怖心だったという流れが決定した。

 さぁ、次はどう動くか。受け身でいるうちは不安が多い。ということは、恐らく俺はこの話題をこじらせる前に決着させ、次のシーンへと状況を動かすべきだ。長く戦えばボロが出るのは明白、それなら、この部屋は非常に都合が良いし、なによりあの3人が俺と風呂を覗かれていたという話を続けることに賛成意見を一致させるとは思えない。特に、シャルルはそれをよしとしてもココアが絶対に拒否するからだ。


 ということで、俺はもう「覗きはダメ盗撮はダメ」とかの話題ではなく、アスキーの心配をするところから始めた。

 

 「でも、アスキーって直るのか?いろいろアホなやつだけどいなくなるのはさすがに寂しいんだけど」


 「それなら私が後で画像データを抹消するついでに修理しておくので安心してくださいッス」


 「そ、そっか・・・さすがシャル」


 「えへへ、もっと褒めてくれてもいいんスよ?」


 やめろ、そんな本当に嬉しそうな目で俺を見ないでくれ、罪悪感が噴き出すだろ。あと、マルコお父様もなんか申し訳ありません。娘の笑顔を見て幸せそうにしているマルコを背後に感じて俺は罪悪感サンドウィッチ。なんて息苦しいのだろう。

 でも、だからといって自首はしない。多少の罪悪感に負けて自らの命を捨てるほど俺は死を甘く見ていない。1度本当に死んだことのある人間をナメるなよ。


 「じゃあ、もうみんな揃っちゃったことだし夕飯にしましょうか」


 「え?ユウキは風呂に入らなくて良いの?」


 「いや、俺は後で大丈夫ですよ、待たせるのも悪いですし」


 「ユウキもああ言っていることッスし、先にご飯にしちゃいましょうか。お父様もよろしいですか?」


 「あぁ、もちろんだとも」


 マルコが呼び鈴を鳴らし、力尽きたアスキーに代わってちゃんとメイド服が似合うメイドロイドが夕飯を運んできた。美味しそうな料理を並べられてアンフィとココアはそっちに意識が行った。となれば、これ以降の話題に風呂覗きの話は出てこないはずだ。


 「・・・ミッションコンプリート・・・!」


 「?どうかしたのかい、ユウキ君」


 「いえ、なんでも。平和が一番だなって思っただけですよ、マルコさん」


 「ふむ」


 ・・・ん?なんとなく今マルコから見透かされたような気がしたのだが。


 いや、まさかな。


 俺は気にしないことにして、自腹では絶対に食べられなさそうな高級料理に挑んだ。


         ●


 ・・・のだが、食後に呼び出しを食らって、俺はマルコの書斎にいる。


 「・・・えっと、なんの御用件でしょうか」


 「ユウキ君。君は、見たんだろう?」


 「・・・え?」


 「いや、隠すことはない。見たのか、見ていないのか、それだけ答えてくれれば良い」


 「見たって、なにを、でしょうか・・・?」


 ―――ヤバイヤバイヤバイヤバイ。バレてる、やっぱりバレてるよお父様にはバレバレだったよ。これマジでどうしよう、マジでどないしましょう。このままでは居候させてもらう件がパーになるどころか、刑務所にぶち込まれるかもしれない。いや、お偉いさんの一人娘に手を出そうものならそれどころでは済まないかもしれない。そうだとしたら結局人生終了か?


 汗が顎でナイアガラの滝を作っている。きっと鏡を見れば俺の瞳は揺れまくってブラウン運動でもしていることだろう。


 はぐらかそうかと思ったが、シャルルの父親というのは伊達ではなかった。


 「君は見つけたはずだよ、風呂場を覗ける秘密の場所を」


 「ッ!」


 「その顔は、やっぱり知っているということだね。なら、見たんだろう?」


 「隠しても・・・無駄ですか」


 「まぁ、そうなるね」


 「・・・・・・申し訳ありませんでいたお父様!!居候の件は白紙にしていただいて結構ですのでどうかご容赦を!!」


 「ッ!い、いや、別に私は君を責めようというわけではないんだ。ユウキ君だって思春期の男の子なんだから、仕方のないことさ」


 「・・・え?」


 「そんな不思議そうな顔をしないで欲しい。そもそも、なんであんな場所があると思う?設計ミスとおもうなら、それは間違いだよ。私がそんなつまらないミスをするはずがないじゃないか」


 「それを言うならこのカラクリ屋敷の設計思想そのものがミスだと思うんですけど」


 「今本音漏らしたよね」


 「いえ、気のせいです」


 いや、分かってはいた。つまり、あののぞき穴は元々、マルコが作った、または作らせたものだったのだ。やはり、と言っても良いのかもしれない。


 「気付いたようだね。そう、あれは私が用意したものなのさ」


 「・・・でも、どうして?まさか自分の娘や家のメイドが風呂の入る様子を自分が覗くために用意したんですか?」


 「それこそまさかだよ、ユウキ君。私はもう君たちみたいに盛んな年頃ではないからね」


 「なら、どうして・・・」

 

 「君には分かってくれるだろうか・・・ちょっとした、親心なんだ。本当にくだらない話だけれどね」


 「・・・?」


 なんで風呂を覗ける場所の話でこんなにしっとりした空気に出来るんだ、この人は。さすが大統領補佐官、スピーチ力があるんだな、きっと。


 「あの子・・・シャルルはウチの1人だけの子供でね、昔から外に出る割には箱入り娘だったんだ。君も見ていて分かったとは思うが、男っ気のひとつもない。あんまりみだらに交遊していても問題だが、このままじゃあシャルルはつまらない将来を過ごすことになってしまうと思ったんだ」


 「はい・・・でも、それで?」


 「まぁだから、私はあの子が仲の良い男友達なんかでも連れてきてくれる日を楽しみにしていてね、そんな折に君が現れたわけだ。私はシャルルには良い相手を探してあげたくて―――」


 「いや、それ俺完全にアウトですよねやっぱり!本当にごめんなさいでした!」


 「いや、むしろ君くらいの人が私としては好ましいんだよ」


 「頭の中まで改造したんですか!?俺シャルの風呂を覗こうとしたんですよ!?」


 娘の肌を盗み見られて喜ぶ父親なんていたんだな。新手の変態だろうか。


 「まぁ、話を聞いてくれたまえよユウキ君。なにも別に娘にセクハラをしかけてくれてありがとうとか、そういう訳の分からないことを言うわけではないんだ。・・・いや、だからダメだったとは言っていないから!いちいちそんなに怯えないでくれ!」


 「・・・」


 「つまりね、私は良いところの礼儀正しいお坊ちゃんなんかと一緒になってもつまらないんじゃないかと思うんだ、シャルルみたいな子の場合。分からなくもないだろう?」


 「まぁ?」


 端から見れば貴公子と麗しの姫君に見えても、シャルルは男勝りで機械大好きな性格だし、お嬢様っぽいところだって懐の豊かさあたりに散見する程度だ。それを思えばシャルルには礼儀正しい、もしくは陰険ムッツリで外面爽やかな御曹司なんかよりも変わったヤツと一緒にいた方が楽しいに違いない。


 「だから、むしろ普通の年頃の子供たちみたに馬鹿みたいなことをし合えるような仲の男の子がいれば良いと思ったんだ。家に招待したら親に媚びを売るような青年ではなく、コソコソ館を探検して見つけちゃったイイトコロに熱中してしまうような、そんな普通な少年がいれば、とね」


 「それで、あんなものを・・・」


 「そういうことさ」


 なるほど・・・・・・分からん。


 「いや、なに普通に良い話に持ってこうとしてんですか。マルコさんがやったことってある意味DVですよね。俺が言うのもあれですけど。というか普通の少年ってこんな豪邸で女の子の風呂を覗こうとするもんなんですか?絶対なんか他に良い方法ありましたよね、これ」


 「・・・・・・。そ、それで、もし君が良ければだが、シャルルのことを―――」


 「人の話を聞いてくださいよ!?」


 俺に非がないと言う気はないが、大体こいつのせいだった。この馬鹿親が訳の分からない劇的改造をした結果に最初に踊らされたアスキーはスクラップ寸前にまで破壊されたのだ。コイツがアスキーの仇だったのか。許せないな。


 「・・・いや、すまない。確かに私もちょっと調子に乗っていたかもしれない。こんな仕掛けがあったら面白いだろうな、と思ってつい」


 「どういうお年頃だったんですかマルコさんは・・・」


 「こればかりはクリエイターの性だから、どうしようもないかな・・・」


 そういう言い方はズルい。まるで職人の遊び心みたいになっちゃったじゃないか。確かに職人レベルではあったが。

 まぁでも、これで今回の事件は俺の中では決着がついた。損害は大きかったが、シャルルが直してくれるならなんの心配も要らないはずだ。ついでに頭のネジも締め直してやってほしい。

 

 しかし、俺の知りたかった話は終わったが、マルコが俺を呼んだ用事はまだ終わっていない。


 「で、さっきなにを言いかけてたんですか?」


 確か、マルコは『シャルルのことを―――』と言っていた。一体なんだったのだろう。あの流れからすると―――。


 「ん?・・・いや、そうだな・・・。ううん、なんでもないよ」


 そう言ってくれると、助かった。俺にはちょっとまだ難しいお話だ。 


 「あ、そうそう。それよりも」

 

 「それよりも?」


 「正直なところ、シャルルはどうだった?覗いてみて。私が言うと親ばかみたいだが、なかなか良いスタイルをしているだろう?今でも十分美人だと思うが、将来が楽しみで仕方なくてね。で、君の率直な感想を聞きたいのだけれど―――」


 「・・・あのですね、マルコさん。自分の娘を視姦させてその感想を聞こうだなんて親のすることじゃないですよね?そういうのは親ばかではなく馬鹿親と・・・」


 「わ、分かった!じゃあこうしよう!も、もう一度お父様って呼んでくれないか?さっきどさくさに紛れてそう呼んでくれただろう?あれがもう一度聞きたいんだ!」


 「嫌です」


 それも、俺にはちょっと難しいお話です、お父様。

なんかいろいろ調べていたらワコールにAMPHIって名前の”新しいかわいい”下着ブランドがあるらしいですね。さっそく軽くネタに使わせていただきました。てかお父様の壊れ具合。


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