14話 俺、上陸!
いろいろな都合で町の名前に括弧つけるのやめました。
「おあぁ・・・これはなんと言いますか・・・半端ねぇな」
映画のワンシーンみたいだ。思わず俺は窓に顔を押し付けて入港の様子を見ていた。
そう、今日は遂に『アトラス』が本国の主要軍港に入港する日だ。港と言っても空港みたいなものだったのだが、巨大な船艦がその何十倍も巨大なターミナルに入っていく様子は圧巻だ。
「そっか、ユウキは初めてッスもんね。ここが私たち連合国空軍の本拠地でもある、トレアノ基地ッス」
「空軍の、本拠地・・・」
『アトラス』の中での生活はなんというか穏やかなものだったが、さすがに本拠地ともなればそうもいかないだろう。きっとあちこちに今度こそ俺が想像していたような堅物のベテラン軍人さんがいて、なにやら珍しい姿をしている俺のことを訝しげに見てくるに違いない。
ヤバイ。そう思うと緊張してきた。ドキドキが止まらない。
しかもさらに緊張を煽る理由があって、それはシャルル隊メンバーは艦を降りるときにはレイモンドが先頭を歩くのだが、アイツの後ろについて出ることになっている、ということだ。なんでそうなったのかと言うと、特に大きな活躍をしているいわば『アトラス』のスターとも取れるメンバーが俺たちなので、目立つところに配置されたわけだ。
軍隊とはいえ凱旋ともなればギャラリーも多いという話だし、確かにそれならパレードじみたことをするのも分かる。・・・分かるのだが。
艦を出る準備を進める中、俺は緊張で過呼吸寸前だ。最後尾になるオペレーターさんたちが俺たちを降りる順番に並ばせるために誘導をしてくれている。
「なに緊張してんのよユウキ。昨日まで自信満々な顔してたくせに」
「アンフィさん・・・いやね?それとこれとはだいぶ別な気がするんですけど」
「というかなんで原始人があたしたちと一緒に並んで歩くことになってるんですか?シャルル隊の面汚しですよ?しかもこんなに緊張してたら途中でこけそうなんですけど」
「そんなことはないッスよ、ココア。ユウキの活躍には目を見張るものがあるッスから、我が隊に相応しいと私は考えてますが」
「うん。にぃは入隊したばかりなのに『アトラス』守ったりお姫様助けたりしてるから。十分すごい」
ココアはともかくとしてもシャルルとサーシャのフォローはありがたい。それで緊張が止まるかと言えばそんなことはないのだが。上がり症云々の前に俺は元コミュ障だったのだから、大勢の視線に晒されるのは勘弁願いたいところなのだ。
・・・でも、それは叶わない願いなので今日だけは血の涙を飲んで我慢する所存です。
前にいたレイモンドが声を潜めてシャルル隊メンバーに耳打ちをした。
「おい、お前ら。特にユウキ。心の準備は良いか?転んだり俯いたりして俺に恥かかせるなよ?世間では俺もイケメンカリスマ艦長としてもてはやされてるんだからな」
「が、頑張ります」
「よし、良い返事だ。―――それじゃ、みんな!!そろそろ着艦が完了するから衝撃に備えて手すりかなにかに捕まっておくこと!!」
レイモンドに恥をかかせられるのなら俺にとっては是非もなく喜ばしいことなのだが、今回はその代償が俺の恥にもなるので、大人しく従うことにした。
良い艦長モードになったレイモンドの指示でクルーたちは通路の手すりに掴まったり壁により掛かったりしている。俺はやっぱりこれだけ巨大なものが停止するときは相応に反動が返ってくるものなのだと思ったのだが、だから俺がしっかり手すりを握ってスタンバイしていると、みんな揃っておもむろに構えを解き始めた。
「え」
「なにしてんスかユウキ。ハッチが開きますよ。びしっと決めてください、びしっと」
「あ、はい・・・」
―――オイ。全く衝撃なんてこなかったじゃないか!!
いやいや、素直に技術がすごいということなんですね、分かります。ええ、とても良いことでしょうとも。自動車だって停止するときにガクってさせない運転手はみんなに喜んでもらえるもんね。
俺が心の中で愚痴を漏らしていると、ついにハッチが開いた。外の光が流れ込んでくる。
そして同時に聞こえてくる、観衆の声・・・いやだ!やっぱメッチャ人いる!
「いや、覚悟を決めるんだ佐久間悠稀。そう、そもそも相手は他人。他人の視線なんてどうだって良いだろ。無心だ無心・・・よし!」
レイモンドが歩き出して、次にシャルルが、その後ろにアンフィと俺が並んで続き、さらにその後ろをココアとサーシャが歩く。その後も同じように階級順に並んだ各隊が列になって『アトラス』を出た。
みんながしているのを真似して、俺は恐る恐るギャラリーに手を振りながら、長い長いパレードコースを見渡した。もしかして、数百メートルはあるのではないだろうか。
いや、心強い仲間と一緒なのだ。緊張することなんてなにもない。俺はシャルルの背中やアンフィの横顔を見て気分を入れ替え、開き直ることにした。
●
「ゼェ・・・ひゅう・・・おぇぇっぇえ・・・ひっぐ、うぇぇぇぇ・・・」
「シャルル。にぃが死にそうになってる。どうしよう」
「ホント、どうしましょうねぇ・・・」
死にそうっていうか、死にたい。もうどこでも良いからもっかい生まれ直したい。でも死因に「恥ずか死」って書かれるのも恥ずかしいからイヤだ。なんていうかもう、風に吹かれた塵のように儚く誰の目にも止まることなく消え失せたいくらい、恥ずかしい。
「とりあえず過呼吸になってるから落ち着かせてやんな。それじゃあ私はちょっと外の空気吸ってくるから、あとよろしく」
「そうッスね。サーシャ、ユウキを壁に寄っかからせてあげたいので運ぶの手伝うッスよ」
「らじゃ」
で、なにがあったのかと気になっている人もいるかもしれない。ただ初めに断っておくと、俺はパレード中に案の定こけたとか、そんな最初から意識しておけば大丈夫なミスを犯すようなバカではない。
でも、まさか行進中に立ち止まってお辞儀と挨拶をするとか思わなかった。おかげで俺は急に立ち止まったレイモンドの背中に顔面から激突したのだ。
挨拶の方はラフなものだったのでレイモンドが俺と肩を組んだりしてうまいこと誤魔化してくれたのだが、それにしても超絶恥ずかしい。ぶつかった瞬間に「あうっ」とかいう声出しちゃったんだもん。
しかも、パレードの後にはホールで歓迎会みたいなことまであったのだが、それがまた酷い。綺麗なお姉さんたちがレイモンドを先頭にしてクルー全員に花束を渡していくのだが、さっき赤っ恥をかいた俺に花束を渡してくれたお姉さんが「ぷっ」と小さく噴き出したのだ。
その後のレイモンドの挨拶の最中もその近くに立っている俺にはなにやら面白いものでも見るような視線が集まっている気がしてならなかった。
普段なら他人の視線などものともせず自分を貫ける俺だが、今日のあれはさすがに数が違いすぎた。緊張で汗が噴き出して、気が付いたら足下に自分の体液で水溜まりが出来ていた。歓迎会が終わる頃には水も滴る良い男になっていた俺は、退場際にその水溜まりに気付かず足を滑らせてすってんころりん。鼻血を垂らしながら会場を後にしたのである。
舞台裏で誘導をしてくれていた人たちが、俺が横を通る度に押し殺したように笑うのが分かって、俺は「笑いたいならもっと堂々笑えよ!」と涙ながらに叫んだところ、むしろそれが滑稽すぎたのか遠慮されてしまった。
以上の回想をまとめると、もうホント死にたい。
シャルルとサーシャに運んでもらって姿勢が楽になったので、次第に呼吸の方は楽になってきた。
「落ち着いたッスか?」
「一応。・・・なぁシャル。俺これからずっと笑いものにされるのかな・・・?」
「・・・・・・」
「おい!せめてなんとか言ってださい!!」
気まずそうにシャルルは俺から目を逸らした。
あぁ、俺の曲がりなりにもハッピー路線な異世界ライフもこれでおしまいか。これからは民衆の笑いものにされて、すぐにでも動画サイトに俺の醜態をネタにしたMADが大量に投稿されてネット掲示板でも散々バカにされるんだ!
「あ。にぃが泣いた」
「サーシャ。こういうときは落ち着くまでそっとしておいてあげるのが正解ッスよ」
「なるほど。シャルルの言うとおり」
「あ、でもユウキ。もう私たち次の予定が差し迫ってるッスから早く泣き止んで移動の準備するッスよ」
「言ったそばから!?そっとしといてくれよ!」
「仕方ないでしょう。後でいくらでも胸を貸してあげますから今は立って歩いてください。今から表彰式ッスから、キリッとキメてもらわないと困るッス」
「今の俺を見てそんなことが言えるシャルに驚きだよ!」
表彰というのは、俺の場合は『アトラス』を単独でミサイルの奇襲から守ったことと、例のエルミィ拉致事件を解決したことへの表彰だ。シャルルとココアもエルミィの件が同様だが、2人についてはそれ以外にもいくつか成果を出しているらしい。それから、アンフィもなにかしら表彰されるらしい。
ココアはそろそろ階級が上がってもおかしくないとか言っているが、どうだろうか。
アンフィが帰ってきて、シャルル隊は再び全員が揃った。その後からも続々と表彰式に参加するらしい『アトラス』クルーが集まってきて、最後にレイモンドが現れた。もうそろそろ移動らしい。
とにかく予定が決まっているからには仕方がない。俺は涙を堪えて腰を上げた。
「そういえばシャル、移動ってことは表彰式はまた別のところでやるのか?」
「はい、その通りッス。さっきのホールよりちょっと大きな会場を使うので、ここからは車で会場まで行くんスよ」
「車か。この世界の車ってどんな感じなんだろうな」
「ユウキの世界の自動車がどんなのか私には分からないッスからなんとも言えませんが、別に想像を絶する超技術ってことはないはずッスよ」
「ふーん・・・じゃあ自動運転が当たり前になってる、くらいか」
適当な想像をしつつ、俺はみんなと一緒に建物の外に出た。
それでもって、俺は目に飛び込んできた町並みに不覚にも感動してしまった。SF世界のくせに、SF世界のくせにっ!
「ファンタジック!」
どこをどう見てもSFの世界そのものなのに、街の至るところにファンタジー性がある有機的な装飾があった。機能美を追求した建築物が林立する無機質な風景が、噴水から発して空中でうねる水流のアーチやカンテラを思わせる街灯で生命力を得たかのようだ。空を鳩くらいの大きさの白い鳥が飛んでいて、遠くには中腹に中世の城のような建物を構えた緑の山まで見える。
「気に入ったッスか?」
「まあな。思ってたのと違った」
「それは良かったッス。私のハイスクール時代はここの学校に来ていたので、トレアノには愛着があるんスよ」
「そうだったのか。なぁシャル、あそこの水が空中でウネウネしてる変な噴水すごいな。まるで魔法使ってみたいだ」
「あぁ、あれッスか?あれは私がハイスクールの卒業制作で作ったものッス」
「えっ」
「磁場による水分子の制御システムを応用してなにか面白いものでも作ってみようとなって、せっかくだから見栄えの良いものがいいなぁって思ったんスよ。そしたら市長さんにえらく気に入られちゃいましてね、ここに置かせてもらえることになったんスよ。あぁ、懐かしいッスね」
「ふ、ふーん・・・」
予想外の返答をされてしまったが、確かに見栄えの良い綺麗な作品だと思う。磁力制御ってことは近付いたら通信障害が起きたりしないのだろうか。まぁシャルルクオリティーなら大丈夫なのだろうけれど。
ここにもポルックのカメラを構えた一般の人たちがたくさん構えていた。どんな世界でも市民というのは有名人と聞いて集まってくる生き物なのだろう。
さて、そして俺たちを会場に運んでくれるらしい車だが、どこからどう見てもリムジンだ。黒ではなく純白の車体だが、やたら長いフォルムと無駄のないシックなきらびやかさ、間違いない。
中からハリウッド女優とか皇太子様ご夫妻とかリッチ感のある方々が降りてくる、とりあえずセレブ御用達で、庶民なら一度は乗ってみたいと憧れる、あのリムジンだ。
そのリムジンが、目の前に何台も停まっていた。
「ウソだろ?これリムジンだよな?これに乗るってことだよな?」
「なに?ユウキこういうの初めて?」
アンフィがおちょくるように言うが、チラッと他の連中を見ると、中には少なからず俺と同じように緊張しているヤツもいる。それを見たらこの世界でもリムジンが当たり前に乗れる車ではないことが分かってホッとした。
「そういうアンフィさんは乗ったこと何回くらいあるんですか?」
「私?私はそうだなぁ・・・これで3回目かな。シャルルもおんなじで、ココアはこれで2回目、サーシャも2回目かな?まぁサーシャは今回は表彰はないみたいだけど」
「後方援護は影が薄いし戦果も地味。サーシャもちょっと不服・・・」
サーシャがむくれている。可愛い。
後方援護はそれでも重要な役割だからと宥められながら、サーシャはリムジンに乗り込んだ。シャルルに言われるままに俺やココア、アンフィも順々にリムジンに乗り込んでいく。全員押し込んでからシャルルが乗り込んでドアを閉める。
なんて広い車内なのだろう。予想通り自動運転になっているようだが、そのため運転席が必要ないらしく、その分もさらにスペースが広くなっている。
座席も思っていたようにぐるりと真ん中を空けるような形で車の内壁に沿って備えられている。
しかもなにやら大理石のテーブル付き。その上、テーブルの横にはワインクーラーみたいなのがある。テレビで見たことがあるぞ、なんか黒服のSPかなにかがセレブにワイン取り出してグラスに注いで渡すシーンだろ?そんでセレブたちは優雅にグラスを傾けながらなんか気品の良さそうな会話をするやつ。知らないけれど。
さらに、いざシートに座ろうと思って座席を見てみるとなにやら高級感の漂うシートカバー。
「俺みたいな庶民が座っても大丈夫なのか、これ?」
「そう思うなら原始人は移動中もずっと突っ立っていてください。なんなら外に出て天井に張り付いていても良いと思いますが」
「天井は論外だけど立ってるのは移動時間にもよるわ」
「え、マジで立ってるつもりですか?キモいですね・・・」
「どっちなんだよ!」
「こらこらココア。せっかくの高級車なんだからもうちょっと大人しくしてな。あんただってホントはソワソワしてるくせに」
「うっ」
「え、なになに?お前も結局リムジンだキャーどーしよーなの?」
「う、うるさいですよ原始人!あたしだって庶民出身なのでこういうのには慣れてないんです!」
「分かった分かった。庶民同士仲良くしようなー」
「うっさい死ね原始人」
毎度毎度ココアの「死ね」は真顔なので心にくるものがある。これに慣れたらいろいろダメな気もするから、今の俺はまだ健全なのだろう。
とはいえアンフィの言う通りリムジンの中でまで喧嘩するのはムードに合わないので、俺は大人な対応でココアとの口論を切り上げた。
しばらくして俺たちのリムジンに新しい乗客がやって来た。てっきりこれはシャルル隊専用車なのかと思ったが違うらしい。
そうして乗ってきたのはレイモンドだった。くそ、このまま発車していれば俺専用ハーレム車になるところだったのに、邪魔してくれやがる。
「ようお前ら、喜べ、みんな大好きレイモンド艦長が一緒だぞ。・・・ん?なんだユウキ、そんなハーレム計画を打ち砕かれたみたいな顔して」
「なぜ分かったし」
「お前みたいな童貞の考えてることなんて俺には手に取るように分かるんだよ。まぁユウキ、諦めろ。こんなのに囲まれててもハーレムとは言えないぞ」
「いや、待ってくださいよ艦長。それ私まで女性枠に入ってないような気がするんですけど」
「は?アンフィなんてただの脳筋じゃねえか。・・・でもまぁそうだな、お前の場合他のクソガキどもと違ってスタイルは良いしダメってこともないな」
「・・・・・・」
俺からしたらシャルル隊メンバーの中でも最も高嶺の花だと思っているのがアンフィなのに、そのアンフィをして許せるレベル程度の扱いをするレイモンド。さすがです。アンフィが青筋を浮かせているところは初めて見た。
というか、シャルルとココアはレイモンドに対して割と悪態をつくから仕方ない気もするのだが、サーシャまでクソガキ枠に入っているのが俺としては許せない。
どうやらレイモンドが乗ったので最後だったらしい。レイモンドがシャルルの隣に座ると、ようやくリムジンは動き出した。なにをどう感知して無人の車が出発のタイミングを見ていたのか分からない。
さて、遂にリムジンでドライブというセレブリティなシチュエーションでございますが、こんなときはどういう会話をしたら良いのだろうか。やっぱり昨今の政治情勢についてとか、自分の会社の株がどうだかとか、奥様のつけてらっしゃる宝石綺麗ですわね、とか?・・・ダメだ、迷走し始めている。普通の話題を車内の装飾まで豪奢なせいで意味もなく遠慮してしまう。しばらくしたらいつものテンションってどんな感じだっけ、とか思い始めてきた。
居辛くなってきてチラッとみんなの顔を見ても、なにやら黙りこくって厳かに座っているだけ。俺はそれに倣ってじっと座っていることにした。
でもこれではまるで収容車じゃないか。なにこれ、実はこのまま裁判所に連れて行かれて軍法裁判にかけられるんですか、俺たち?それとも直接牢屋行きですか?
かれこれ7、8分ほど経ってからだろうか。トンネルが見えてきた。まぁ、それがどうしたんだって話だが。つまりそんなことでもいちいち考えてしまうほど、今の俺は暇なのだ。リムジン・・・全然思っていたのと違っていた。
なんて思っていたのだが。
「さて・・・」
トンネルに入った途端、サーシャがおもむろにテーブルの下を漁り始めた。なにをしているのかと思うとサーシャは収納されていたらしいお菓子の箱を取り出して、テーブルの上に置いた。
「お、今日はチョコレートみたいですね!」
「これ。前テレビで紹介されてた高級チョコのもっと良いやつバージョン。おいしそう。じゅるり」
子供2人が高級チョコの箱を見てはしゃいでいる。
「あれ?さっきまでの緊張感は?」
俺の疑問に答えてくれたのはレイモンドだった。
「このトンネルを抜けたら次の街なんだがな、トレアノを出るまでは出来るだけマジメな空気醸しとかないといけないんだよ」
「なんですかその謎ルール」
「知らね。どうせ昔のお偉いさんたちが勝手に決めたルールに俺たちが無理矢理従わされてんだけだろうさ」
「まさに謎ですね」
「ああ、謎だ。さってっと・・・俺もなんかいただこうかね」
「このリムジンってなにがあるんです?」
「見ての通り高級なお菓子と美味い酒、それと冷食。まぁ、冷食って言ってもセレブな冷食だけどな」
セレブな冷食ってなんだろう。スーパーの冷食コーナーで品定めしているときに美味しそうだけど他より100円高いから買うのを諦めるようなアレだろうか。
俺が気になる顔をしていると、レイモンドはテーブルの収納スペースから件のセレブな冷食なるものを取り出した。
「それは?」
「これか?『フサム牛と温野菜のロースト、トリュフソース和え』だ」
「フサム牛がどれくらいすごいのか分からないけど高そう!」
「フサム牛はグラム2万ゲルトで取引される超高級牛肉ブランドだ。お前もこの世界で生きていくならこれくらい覚えとけ。ちなみにこれは1袋で100グラムだ」
「に、2万!?そして100グラム!?えっと、えっと・・・200万ゲルト!?」
一瞬計算ミスしたかと思ったが、さすがに2×100を間違えるほど馬鹿ではない。
レイモンドはその200万を容赦なく開封して、チンして、お皿にのっける。しかもその皿が美術品みたいに綺麗な皿だ。
さも当然のようにテーブルの上に置かれたそのひと皿が冷凍食品だと言って誰が信じるのだろうか。まるで作りたてのような良い匂い。一瞬で車内が高級レストランに変わってしまった。
ほかほかと湯気を立てるレア肉と色とりどりで芸術にさえ見える野菜、そして深い香りを漂わせるトリュフソース。味を想像するだけで涎が出てくるのが分かる。トリュフソースの味なんて俺には想像出来ないのだが。
うわ、食べたい。食べたい、けど・・・手を出しづらい!
「あ、なんか美味そうなお肉ッスね。ちょっといただきー。あーん・・・」
「あ!?おいシャルルお前なに先に食ってんだよ!せっかく写真撮っておこうと思ったのに!!」
「えー、少佐ともあろうお方がケチなこと言うッスねぇ・・・。別にその気になれば自分で買えるじゃないッスか」
「それもそうだけどさぁ・・・はぁ。もう良いや。俺も食うとしよう」
「それ私もちょっともらって良いです?」
「ちょっとだけな」
「どうも―――ってホントにちょっとだな・・・」
「文句あるなら返せ。はむ・・・。うん、さすがに美味いな。酒に合いそうだ」
「飲んだらダメッスよ」
「分かってるよ」
「・・・いやいやいや!なに当たり前にパクパク食べてんの!?それ200万だよね!?」
「ん?どうしたんスかユウキ。食べたいなら勝手にとって食べれば良いじゃないッスか」
卑しいことを言いながらシャルルはまたレイモンドの皿から肉を1枚取って頬張ってしまう。アンフィはまだ味わっているようだから良いのだが、レイモンドも俺が冷食のコロッケを食べるかのように料理を食べている。
結局、信じられない光景に絶句している間にレイモンドは高級冷食を平らげてしまったので、俺はフサム牛を一口ももらえないまま終わってしまった。
もしかして、というかもしかしなくてもシャルルもレイモンドも超がつくほどのお金持ちなのかもしれない。
きっと俺はここで当然のようにフサム牛を食べるような真似をしなくて正解だったのだ。金持ちのズレた金銭感覚に合わせていたらそのうち取り返しのつかない挫折を味わうはずだ・・・と思わないと、肉を食べられなかったことのもったいなさに押し潰されそうな俺であった。
だが、そんな俺にも救いはあった。袖をクイクイ引かれるのでそっちを見ると、サーシャがチョコの箱を差し出してくれた。まだそこそこの数が残っている。
「にぃ。にぃもチョコ食べたら?すごくおいしい」
「サーシャ・・・うん、もらうよ」
俺はサーシャが差し出してきたチョコを1つとって口に運ぶ。これくらいなら俺でもそこまで抵抗なく食べられる。
甘さ控えめ、ほろ苦い、大人の味だ。確かに俺も好きな味だが、これを美味しいと思うとは、サーシャの舌もなかなか見所がある。
と、俺はその1粒を堪能していてあることに気が付いた。
「ん・・・これウイスキーボンボンじゃね?」
ウイスキーボンボン。それはウイスキーを砂糖菓子の中に入れたお菓子のことを言う―――と某ウェブ百科にある。チョコレートでコーティングしてもしなくてもウイスキーボンボンはウイスキーボンボンらしい。
そんなウイスキーボンボン。ちょっと変わった味だが、俺は美味しいと思う。親戚がなにかの折にお土産でチョコレートを持ってきたくれたときなんかは、これがあると俺は喜んで食べていた覚えがある。人気は根強く、先述の通りお土産としてもしばしば消費される高級な洋菓子だ。
しかし、主に日本という特殊な文化を持つ国においてはこの洋酒入りの菓子であるウイスキーボンボンにはもうひとつの用途がある。
それは簡単に言うと、美少女に普段とは違った表情を表に出させるためのキーアイテムとしての利用だ。
「・・・なんてな。まさかだろ、こんなので酔っ払う女の子とかいるわけねぇよ」
お酒入りチョコ、カラオケで間違って出されるウーロンハイは美少女を合法的(?)に酔わせて恥ずかしいことを言わせたりお色気展開に持ち込むときの2大鉄板ネタだ。・・・ただし、二次元に限る。
だがこの俺はそこまで脳みそが二次元に偏ってはいない。現実は現実だとしっかり区別している。よって別に変な期待を抱いたりはしないのだ。
大体それっぽっちのアルコール分で酔っ払う人なんてほとんどいないし、酔っ払った女の子が揃いも揃ってとろけ顔になって服を脱ぎ始めたりするほど世の中は男性にオイシイようには出来ていない。
だから変な期待なんてしません。断じて、しません。だから・・・さっきからココアが俺に寄っかかっているのは気のせいだと言って欲しい。
ココアのちょっと熱っぽい吐息が俺に当たる。いやいや。どういう風の吹き回しでしょうか。
ぽてっ・・・と、今度はサーシャが俺の足で勝手に膝枕し始めた。
「にぃのお膝・・・サーシャの特等席・・・えへへ」
「ぐふっ」
―――お、落ち着け俺。サーシャはまだ13歳の子供。ほんの子供だ。膝枕している上にほっぺでスリスリされたからって、ドキドキはしても変なことを考えてはいけない。いけないぞ。
「んー・・・膝。骨が当たって硬い。もっと柔らかい方が良い・・・ごろごろ」
「え、ちょ待っ」
「む。柔らか・・・きもちいい」
「ひぃっ」
サーシャが寝返りを打って俺の太ももに顔を埋めてしまった。服の生地越しに生温かい息が透けて思わず俺は身震いをした。
しかしマジで酔っ払ったサーシャは止まらない。
「もっと上にいったら。もっときもちいい?」
「ストップ!ストォォォップ!!サーシャ!それ以上はヤバイ!!」
「むぐ」
もう1回寝返りをしたらサーシャの頭は俺のブツの上だ。それは本当にマズい。なんとかして転がろうとするサーシャを俺は必死に押さえて叫んでいた。
大きな声を出すと、さっきから美味しそうなものを次から次に食べていたシャルルも気付いて、こっちを見てきた。
「サーシャがどうかしたんスか、ユウキ・・・・・・って、ちょっ!?な、ななななななにしてんスかユウキ!?」
「違う!誤解だシャル!俺はなにもしてない!サーシャがボンボンでテンプレート踏んで酔っ払ったんだよぉ!」
「ちょっとなに言ってるのか分からないッスね!ホント信じらんないッスよ、私という相手がありながら毎回毎回サーシャとばっかり楽しそうに!」
「そう思うなら今こそサーシャを俺から引き剥がすのを手伝ってくださいシャルルさん!」
「・・・まぁ、ユウキがそこまで言うならしょーがないッスねぇ。というかココアまで・・・本当にボンボンなんかで酔っ払ったんスかこの2人?」
「そうなんだよ、俺もまさかとは思ったけど。ほら、ココアも腕放せよ・・・」
車内は広いので席を立ったシャルルはスルリと俺のところまで来て、サーシャをどかしてくれた。
俺は腕に抱き付いたままのココアをどかそうとして、肩に乗せられたココアの頭を手で押し退けようとしたのだが。
「わふぅ・・・中尉のいけずぅ。もうちょっとこうさせてくらはいよぅ」
「「・・・は?」」
中尉・・・?
今、ココアは明らかに中尉と言った。でも俺は、なんていうか、少なくとも中尉ではない。准尉だ。というかココアからしたら原始人だ。いくら呂律が回らなくなっているからと言って、聞き間違えるものではない。
俺とシャルルは顔を見合わせたのだが、やはりどう考えてもココアは俺の腕に抱き付いたままである。ということは―――?
しばらく俺と見つめ合ったシャルルが改めてココアに向き直った。きっと早々にココアの酔いを覚まさせてあげるつもりなのだろう。まぁ、多分それが正解だ。
「ココア、今あなたが抱き付いてるのは―――」
「よしよし、じゃあココア、お手」
「わんっ!」
「・・・ちょ、ユウキ!?」
「・・・フヒヒッ」
おいおい、そんな顔をするなよシャルル。こんな絶好のチャンスはそうそうないだろ?アカン、笑いが止まらないなぁ!フヒヒヒヒヒヒヒ!
「さーて、次はなにをしちゃおうかなー」
「えー、もったいぶらないではやくしてくらはいよぉ」
「そんなにして欲しいんすかー?ココアも甘えん坊さんっすねぇ?」
「中尉にならどんなことをされても嬉しいのれす!えへへへへへ・・・」
「どんなことでもっすか?」
「はひ!中尉に辱められるなら願ってもない嬉しいことれす!」
シャルルの口まねもしつつ、俺はじゃあどんな風に辱めてあげようかな、と想像を膨らませる。
まさかこんな形で報復が叶うとは・・・俺の方こそ願ったり叶ったりだ。
ひとまずココアの喉を指で撫でてやると、猫みたいに喉を鳴らしてくる。コイツ、犬なのか猫なのかどちなんだ?
ほっぺたをつついても嬉しそうに笑うだけ。ここまで来たらもう大丈夫だ。ココアは完全に俺とシャルルを混同している。
あー、嗤いが止まらんなぁ、うふふふふふふ!この俺がお望み通りとことん辱めてあげようではないか!
「ちょっとユウキ、いい加減にするッスよ!そろそろマズいですって!というかユウキってそんな堂々と女の子にイタズラする人でしたっけ!?」
「シャルは引っ込んでてくれ、これは俺の復讐なんだ。ココア本人がメチャクチャにしてくれと懇願してるんだぞ?ここでやめたらココアに恥をかかせるだろ」
「心にもないことをっ!?しかもだからココアが言っているのは私のことッスけどね!」
「じゃかしい!そもそも俺はココアのことを女の子扱いなんてしてないからイタズラするのも平気なんだもんねー!ぬはははは!」
と、俺がシャルルともめていると、焦れたらしいココアがさらににじり寄ってきた。
「中尉ー、放置プレイはつらいれすよぅ、早く構ってくらはいぃ・・・」
「はいはーい、お待たせしましたっす。・・・顔近いな」
「はひ、でももっと近付きたいなー、なんて。えへへ・・・」
いや、待ってくれ、マジで近い!キスでもするつもりかこの小娘!これはこれで本物のシャルルと実演して欲しいくらいだ。百合バンザイ!
・・・と、気が付いたら結局ココアを女の子として見ている俺。負けた気がして悔しい。
しかしそうは言っても主導権は俺にある。
さすがにファーストキスを酔っ払ったココアに捧げたくはないので、なおも顔を近付けてくるココアの唇を指で押し返してやった。ぷにっとした感触がちょっとエロかったが知ったことではない。・・・。
ちょっともったいないことをしたような気分にもなったが、後悔したくないので俺は次のイタズラを考える。
だいぶ騒いだからレイモンドもアンフィも俺の方を見ているが、俺は気にしない。元々あの2人の前で取り繕ったって今更だ。今はサーシャが酔って眠ってしまっているだけでも十分だ。
押し返してもまだすり寄ってくるココアの上着を摘まんでぴらぴら遊びながら俺は良いことを思いついた。
「よーし、上着脱がしちゃおうかなー」
「やーん!でも中尉のためなら・・・」
「ユウキストップ!ホントに待ってください!」
「なんだよ、カーディガン脱がしたって変わんないだろ?」
「いや絶対流れでもう1枚脱がせる気ッスよね!?」
「もちろん」
「ほらぁ!ダメッスよ、マジでこの子のトラウマになっちゃうッスから・・・ってココアも自分で脱ぎ始めないでくださいよ!」
俺がなにも言わなくても自分からカーディガンの下の服にまで手をかけるココアをシャルルが必死に止めている。別にココアの下着が見たいわけでもないから本当に脱がせるつもりはなかったのだが、自分から脱ぐというのなら仕方がない。
「ほらシャル、ココアも自分から脱ぐって言ってるんだし好きにさせてやれよ」
「ここに来て傍観決め込むんですかユウキは!?」
「中尉ぃ、なんかぁ、服が脱げないれすぅ・・・。仕方ないので別のことしてくらはい」
「え?しかたないっすねー。じゃあ俺・・・じゃなくて私が脱ぐの手伝ってあげるっすよ」
「え、本当ですか!?きゃはーっ♡」
身をよじっているココアを見ていると案外、最初見たときに思ったよりは胸があるんだなと実感した。まぁ、俺の1つ下と考えると、年齢の割に幼児体型から抜けきれていないのは間違いないのだが。
ココアの服を摘まもうとする途中で、ついでに軽く胸をつっついてやろうかという発想が浮かんできた。いやでもそれは完全にセクハラだ。
唇に指で触れておいてセクハラも今更な気はするのだが、ここまできて俺は怖じ気づいてきた。別にそこまでしなくても今のままで十分辱められたのではないだろうか。だって、そもそも俺に対してこんな態度を見せてしまったと分かった時点でココアはビルの屋上から飛び降りかねないほどの羞恥心に苛まれるはずなのだ。
そう思うと、俺は伸ばしていた手を引っ込めないといけない気がした。さすがにやりすぎだ。
それにしても、今回ほどではないにしろ、いつもこんな風に俺にも笑ってくれたら良いのにと思ってしまう。毎度毎度ことあるごとに本気で死ねと言われる俺の気持ちになってくれ。
「はぁ・・・」
「ユウキ?」
「やめだやめ。もう十分楽しんだよ」
「えー・・・もう終わりれすか?そんなぁ・・・」
「なぁ、ココア。俺のことちゃんと見てみろ。本当にシャルルに見えるか?」
「へ・・・?」
俺の意図を汲んだのか、シャルルはココアの肩を叩いた。
「ココア、私が誰だか分かるッスか?」
「あ、あれっ?中尉が、2人・・・?ハッ、まさかご自身のクローンを」
「なわけないッスよ!というかそんなことしたら国際法に引っかかりますから!」
「あれぇ・・・じゃあなんで」
「ココア、俺の顔を良く見てみろってば」
「はひ?じー・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ」
「お、気が付い―――」
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッッッ!?」
「いっだい!!目がぁっ、目がマジでぇぇ!!」
ココアの顔を俺の顔に集中させるために両手で固定していたのが仇となった。今のココアの目にも止まらぬ速さの目潰しだったら北○の拳とかドラ○ンボールのキャラにも一撃加えられたのではないだろうか。ココアの人差し指の中指が俺の眼球を直撃した。
ブシュッというどう考えてもあってはならない感触がした。これは冗談にならないやつだ。
「わわっ!?ユウキの目が今回ばかりはマジメにマズいことになってるッスぅ!?」
「やべえ・・・真っ暗だ!なんも見えねえんだけど!?と、とりあえず顔にモザイクかけてくれっ!」
「そんな暢気なこと言ってる場合か!?ちょ、マジでこれどうすんのよ!?」
「おいユウキ大丈夫か!?目から血が!しかもスゲえ量だぞ!?」
見えないので分からないが、声からしてアンフィとレイモンドも慌てている。心配してくれて嬉しいです。
言って俺には回復魔法があるから目もすぐに治るとは思うのだが・・・今はココアが荒ぶっていてそれどころではない、らしい。止めようとする声は聞こえるのだが、いかんせん見えないのでなんとも分からない。
ひとまず目を治そうと思っていたら不意に体が浮いた。いや、多分ココアに持ち上げられたのだろう。
「待て待て、待って!ココアさん!?なにする気ですかね!?」
「うっさいうっさいうっさいうっさい!原始人のくせにぃぃぃっ!」
あれ?なんか風を切る音がする。・・・もしかして、俺今車の窓から乗り出しているのか?え、もしかして俺、このまま放り捨てられたりしませんよね?
「たっ、助けてシャル!」
「分かってるッスよ!ココア、それはホントに許しませんよ!早くユウキを引き戻してください!!」
「中尉・・・でもっ、でもぉっ!原始人がぁっ!」
「半分はココアのせいでもあるんスからそれはやりすぎッスよ!」
「うっ・・・」
腹で窓枠を撫でる感触があった。その後に風の音が聞こえなくなったので、俺は助かったらしい。
●
「『キュアー』・・・っと」
何度か瞬きをすると、無事視力が帰ってきた。魔法ってホント便利。どうせこの世界なら万能細胞も完成しているだろうから簡単に再生治療も出来るのだろうが、それでもこっちの方がダントツで早い。
一瞬で元通りになった俺の目を見てみんなギョッとしていたが、それと同時にホッとしているようでもあった。考えたら当たり前だが、なんだか想像以上に心配をかけたみたいで申し訳なくなる。
それにしても、今回は本当に死ぬかと思った。ここまで恐い思いをしたのはこの世界に転移してきた日ぶりだ。死の生々しさならむしろ今回の方がダントツにあった。
これからは恥ずかしくても死にたいなんて冗談は言わないようにしようと思った。思っただけで普通に言うだろうが。
「ココア。あの・・・なんていうかホントごめん。ちょっと調子乗ったわ」
「まったくですよこの原始じ・・・・・・んっん~!・・・ですけど、今回はちょっとあたしもやりすぎました・・・です」
シャルルに脇腹をつねられながらココアも和解しようと頑張っている。多分ほとんど反省していないだろうけれども。もしココアが反省しているとしたら、それはシャルルやアンフィを不安にさせたことについてだろう。まぁ、俺はこうしてなんてこともなく済んでいるからそれで十分だと思っている。
「これからはイタズラするときもほどほどにするので今回は許してください」
「い・・・良いでしょう。ただし、ただしですよっ!次また許容しかねるセクハラ行為を働いた場合はそのときこそ猟奇殺人を犯しかねないのでご了承を!!」
「はいっ、肝に銘じます!さすがに今回ので懲りました!!」
ココアの目がまた一瞬殺意を灯したので、俺は思わず縮み上がってしまった。
とはいえ、多分これで今回の件については解決だ。今後二度とこういうことのないように、以降は高級そうなチョコレートが出てきたらまず真っ先に俺が味見をすることにしよう。・・・いや、それはなにかズレてるかもしれない。
とにかく、俺とココアは和解の握手をしたのだった。
●
酔っ払いにセクハラ事件から数分後。俺は悶々と漂う殺意を感じていた。
「ふふーん・・・♪ユウキの肩の高さは体を預けるにもちょうど良いッスね。これもなで肩のおかげッス」
「シャル。あんなことがあった後でココアにまた俺を殺させる気なの?」
「そーんなことはさせないッスよー♪」
いろいろと危ないからという理由を持ち出してココアから俺の隣の席を獲得したシャルルが、ちゃんと正気のまま俺にもたれかかっている。
相変わらず寝息を立てているサーシャは結局俺が膝枕する羽目になっていて両手に花の状態なのだが、ココアからの殺気でおちおち喜んでもいられない。
「レ、レイモンド少佐。目的地までってあとどんくらいで着きますかね?」
「ん?そうだな・・・もうそろそろ着くと思うぞ。シャルルもあんまりユウキとベタベタしてないで今のうちからシャッキリしとけ」
「なんスか、もしかして嫉妬ッスか?少佐もまだまだ可愛いところがあるッスねー」
「シャルルに惚れるくらいなら全財産を燃やして捨てた方がマシだ」
「それ私の評価低すぎやしませんかね・・・?」
「おいやめろ、ココアの殺気が俺に向くだろ。聞くまでもないことをわざわざ聞き返すな」
「もうとっくに向けてますよ」
ココアは懐からナイフをちらつかせてレイモンドを脅している。もしかしてあいつ、表彰式の会場にまで刃物を隠し持ったまま入っていくつもりじゃあるまいな。
「でも、もうそろそろか・・・」
とっくにトンネルは抜けて、今は首都のケリアンに向かっているところだ。レイモンドの言う通り、目的地は近付いているようだ。町並みが遠目にながら見え始めた。
立体的に張り巡らされた車道や未来的な建物は多いが、それでもトレアノの風景と比べるとどことなくファンタジー感が増している。というのは、ほどよく中世ヨーロッパ風な街作りが為されている感じで、「真っ白で清潔」というより「レンガの茶色で暖かな生活感」が主張されているのだ。
俺が窓の外を見ていると、シャルルも一緒に遠くを眺めながら話しかけてきた。
「あれはユウキ好みの風景なんじゃないッスか?」
「そうだな。良い街じゃん」
「そろそろ君の好みも分かってきた気がするッス。ちなみに、ああいうデザインは数年前から人気が出始めたんスよね。ユウキがもしああいった街並みを舞台にした物語を書くなら、きっとウケやすいと思いますよ」
「だったらいいなぁ」
「ユウキだったらやれるよ。なんたって私のプロデューサーなわけだし、ね」
「アンフィさんまでそんなこと言って・・・」
シャルルもアンフィも可笑しそうに笑っている。俺もつられて笑ってしまった。
思えば本当によく馴染んだものだ。初めなんて、どうしてこんな世界に転生してしまったんだろうと嘆いていたはずなのに。
ケリアン市内に入り、いよいよ会場が近付いてきた。俺はまだ膝の上で寝息を立てているサーシャを起こしてやる。
やがてデカい建物の前で俺たちを乗せたリムジンは停車した。どうやら目的地に到着したらしい。今度はレイモンドが一番最後に降りるため、シャルルに先導されて俺は車を降りた。
表彰式は全力で逃げたいくらい緊張するが、それさえ終われば遂に長期休暇の始まりだ。・・・今までもほとんど毎日日曜日と言って差し支えない生活を送っていたじゃないかとか、そういうことは言ってはいけない。
ガチの目潰しが許される世界。平和だなぁ()