12話 俺、世界を救うために戦いました―――が
なんだかんだいろいろあってなんとか放送室に明日のお昼の放送でアンフィの曲を流してもらえることになったので、俺はその流れでココアとサーシャはもちろん、シャルルも連れて例の書店に足を運んだ。
その書店、なんのつもりなのか分からないが(というより多分誰も利用しないだろうからって理由だとは思うのだが)非常に見つけづらいところにあるので、よく言えば隠れ家的な店で、悪く言うならなんのためにあるのかも誰のためにあるのかも分からない店だ。シャルルも知らなかったという顔をしているので、今思えばアンフィやサーシャはよくここを知っていたものだ。
店先に来ると、さっそく青髪の美少年店員が棚を整理しているところに出くわした。
「よう、フラン」
「お、来たな旦那!んでんで?例の計画の方はどうなりやしたか?オレっちはなんとか楽譜見つけて持って帰ってきたぜぃ」
「フッ。聞くまでもないだろ?俺のこの笑顔からしてな!」
「へぇ・・・フツーの顔ですぁ。で、どうなったんでぃ?」
「あぁそうだよどうせ言い回しの工夫もなにもかもを台無しにするほど俺の顔はフツーだよ!!」
「冗談だからあんまカッカすんなよ旦那。つかオレっちは良い報告しか聞かねえっつったからな。来たってことはそういうことっしょ」
「・・・・・・」
なんだろう。非常に悔しい。
「ユウキユウキ、この方は?新しいお友達ッスか?」
「うーん、俺たちって友達なのか?」
「オレっちは友達になってやっても良いとは思ってるぜ?」
「店員のくせに上から目線だな・・・まぁいいや、コイツはフラン。ここの店の人だ」
「ほう。初めましてッスね、フランさん。ウチのユウキがお世話になっておりますッス」
「いやぁとんでもねぇよお客さん。しっかし旦那ぁ、アンタの連れてくるお客さんは揃いも揃って美人さんだねぇ。別にラノベなんか読まなくたって十分ハーレム成分は足りてるんじゃねぇですかい?」
「案ずるな。サーシャ以外は中身がポンコツだから」
「えっ・・・?ユ、ユウキさん・・・?冗談・・・スよね?」
「オイ原始人、それは聞き捨てなりませんね」
10巻以上ものストーリーを共に冒険してきた仲間に裏切られた主人公みたいな顔をするシャルルと、ハイライトの消えた目になって懐から刃が高速振動するナイフを取り出すココア。
でもだってそうだろう。シャルルは必死に片付けた部屋を次の瞬間には散らかし始めるガサツなロボオタだし、ココアに至っては説明が必要ないくらい性格キツいし、それにアンフィも悩み事する度に戦場で敵の群れに突撃してあえなく撃墜される脳筋だったわけだし、もうシャルル隊のメンバーの中ではサーシャくらいしかまともな性格の子がいない。
なんとなく察したらしいフランは苦笑していた。
「それに、言っただろ。俺はラノベにハーレムを求めているわけではないんだ。俺が求めているのはファンタジーなんだ。・・・・・・まぁ、多少は?キャッキャウフフも求めていないわけではないのだけれども?」
「旦那も大概ポンコツかもしれやせんね」
「それは知ってるから大丈夫だ」
「お、おう・・・そうなんだ?」
報告が終わればあとはもう用事は残っていない。俺はもう疲れたので部屋に戻って寝たい。
「そんじゃ、俺はもう寝る。引き籠もりに今日のスケジュールはハードすぎた」
「えー、ユウキ。そりゃないッスよ。せっかくこんな珍しいお店に来たっていうのに」
「じゃあシャルは残ればいいじゃないか」
「ユウキが私に冷たい!?ま、まさか私飽きられてますか!?」
俺にそんな台詞を言われるときが来ようとは思ってもみなかったな。感慨深い。
だが、俺の意志は揺らがない。ニートはニートらしく大人しく部屋に引き籠もって悠々自適に暮らすべきなのだ。今日みたいにそこら中を駆け回っていろいろ奮闘するなんて世界の滅亡を早めるような大事件なのであって、そう何度もあって良いことではない。
なので、俺はキメ顔でキッパリと断ることにした。
「悪いな、シャル。俺はただゆっくり休みたいんだ」
「そんなぁ・・・」
「中尉、そんなヤツ放っといたら良いんですよ。あまり原始人なんかと一緒にいたらせっかくの中尉の優れた頭脳が原始人レベルまで退化してしまいます」
「ココアには私の気持ちなんて分からないんスよぉぉぉ、うわぁぁぁん!」
「そんなッ!?ちゅ、中尉が泣いている!?も、申し訳ありません、未だになにをお考えになっていたのかは分かりませんがとりあえず切腹するので許してください!!」
この世界にもまだ切腹という概念が生きていることに驚愕だ。さすがに俺も見ていていたたまれなくなってきたので、本当にさっきの高周波ナイフで自害しようとしているココアを取り押さえつつシャルルにも謝っておくことにした。
「わ、悪いってシャル!飽きるとかそういう話じゃなくて、ホントにただ疲れたから寝たいだけなんだって!」
「ホントッスか・・・?」
「ホントだって。嘘発見器見れば分かるだろ?」
「あ。・・・・・・。なーんだ!それなら仕方ないッスねぇぇ!むしろ私もついていって添い寝くらいしてあげてもいいッスよ!」
「いらないウワサ立ってもイヤだからやめてくれ!」
「いらないウワサってなんですか!?ユウキと私の仲でまだなにか立てられて困るようなウワサがあるっていうんスか!?」
「旦那に奥さん、こんなところで夫婦喧嘩しねぇでくだせぇ。ますますお客さんが来なくなっちまいますぁ」
「夫婦!?」
いやいや、別に俺はまだシャルルと付き合っているわけでもないんだぞ。・・・返事に至っていないのは俺なのだが、まぁ、そこは気にしないで欲しい。
一方でシャルルは俺とはまた別の反応をするわけで。
「奥さん!夫婦!聞いたッスかユウキ!私たち夫婦に見えるそうッスよ!なんか照れますねぇ!」
「いや、だから、そのっ!フ、フランてめぇ!!」
事の発端たるフランはニヤニヤと俺のことを見ている。実にユカイな性格をしてやがるな、コイツ。
さらにその脇にはわなわなと震えるココアの姿が。
「フ、フウフ・・・?フウフって、あの夫婦・・・?シュタルアリア中尉が、原始人と・・・?あ、あは、あははは、こ、殺さないと・・・中尉のためにも原始人をバラバラに刻んで海の藻屑にしてあげないと、うふ、うふふふふあはははは」
「待て待て待て待てココアストップ!!そのナイフをしまえ!!マジで、マジでお願いします冗談になりませんから早く!!シャル!!シャルル様!!助けてぇっ!!!!」
「まったく、仕方ないッスね・・・。ココア、お座り!」
「わんっ」
―――犬!?
シャルルにだけはココアも従順なので、俺はしばしばシャルルに命を救われている。
「た、助かった・・・。ありがとうシャル」
「いえいえ、どういたしましてッス。あ、やっぱどうもこうもいたしたッス」
「まぁ命の恩人だもんな」
「はい。というわけでユウキ、書店を見て回るッスよ」
「・・・ふわーあ。あー、ねむいなー」
「ユウキぃ!どんだけ面倒くさいんスか!」
知るか。俺は眠いんだ。自宅警備員の限られた睡眠時間を妨害する者は何人たりともその怨念から逃れることは出来ないのだ。自宅から自室へダウングレードしたとはいえ、それでも自室の守護神たる俺の怒りを買いたくなければ大人しく俺の袖を放せシャルル。
しかし俺がシャルルの手をふりほどこうと腕を振り回していると、もう片方の袖を掴まれたことに気付く。
「にぃ。本当に帰っちゃうの?」
「そんなわけないだろ。もうちょっとだけ残っちゃうつもりだったんだよ!」
「よかった」
「あの、ユウキ?2秒前と言ってることが180度ほど違う気がするんスけど」
「ん?なにを言ってるんだシャル。俺は最初から残るつもりだったぞ」
「はぁ!?ちょ、ユウキ!?」
「はいはい、俺がユウキですがなにか」
「あわ、あわわ・・・。半端じゃない敗北感ッスよ!!なんなんですかこの差は!?やっぱりサーシャが良いんですか、ユウキは手の施しようがないロリコンなんスか!?」
「心外だな、サーシャはただの妹だぞ。な?サーシャ」
「ん・・・」
俺はサーシャの頭をなでなでしながらそう言ってやった。目を瞑って素直に弄ばれるサーシャがいじらしくて堪らない。敢えて説明しておこう。血の繋がっていない妹という設定さえあればそれだけでヒロインとしては最強クラスのポジションに君臨することが出来るのだ。
●
「ところで、ユウキがいつも話してるファンタジー小説ってどこに置いてあるんスか?」
「小説と言っても俺が好きなのはライトノベルなんだよな。そもそもファンタジーに分類される作品がここに存在しているかも分からないけど」
シャルルを連れて俺は書店の中をウロウロしている。本当、見れば見るほど俺の頭の中にありありと思い浮かべられる書店そのものだ。おかげさまでなんとなく落ち着く。見慣れた景色というのはやっぱり良いものだ。故郷に帰ってきたような―――と表現すべき感情かもしれない。
普通に大衆小説を見て回っても、実際ファンタジーと言えるような作品はほとんどなく、あったとしてもクソみたいな作品だった。これを買って読むくらいなら、まだレイモンドの自慢話を1時間延々と聞かされる方が有意義かもしれない。
一周回ってこの世界の人にはファンタジーは早すぎる文化なのだろうか。作者の想像力が皆無すぎてちょっと泣けてきた。というより涙が出てきた。
「ど、どうしたんスか?そんなに感動的な作品だったんスか?」
「いや・・・悲しくて・・・ホントに、悲しすぎて・・・」
「悲しい内容だったんスね・・・」
「いや、作者の想像力が貧弱すぎて悲しいんだ」
「そっちかい!」
シャルルがツッコミで放ったチョップが鋭すぎて脳みそが半回転したかもしれない。さっき恨みを買いすぎたからだろうか。これからはあんまりヤキモチするシャルル見たさで浅はかなことはしないでおこう―――と思ったが、多分明日には忘れているだろう。
次の売り場へ移動すると、そこは哲学や宗教の本の売り場だった。ファンタジーはないのにこういうのはあるんだな、と思った。哲学はまだ分かるのだが、宗教なんてのは科学が進んだら真っ先に消されそうな印象があったのだ。
もしかしたら科学の発達故の宗教形態みたいなものもあるのかもしれない―――なんて考えながらふと横を見たら、なにやら工学系の専門書のようなものがズラリと並んでいることに気付いた。あれにシャルルが気付いたらマズい。それこそ俺は帰れなくなってしまう。
幸いシャルルは書店という施設の内部構造に疎いので、例の棚にまだ気付いていない。俺はそそくさと哲学書や宗教の本を紹介しながら売り場を抜けた。
「お、これは・・・マンガか」
「ユウキの世界にもマンガはあったんスか?」
「あったもなにも、俺の住んでた国はマンガを描かせたら世界最高レベルのサブカル大国だったんだぜ」
「それは楽しそうな国ッスね」
「うん。楽しかったはずだよ・・・・・・喜びを分かち合える友達さえいれば、な・・・」
「勝手に落ち込まないでくださいッスよ!?」
―――ちきしょー!類は友を呼ぶとは言うが根暗というカテゴリに属する人間はそのカテゴリが有する固有能力のおかげで類があっても友を呼べないんだよ!
という俺の生前の回想であった。まぁ今となってはシャルルを初めとしてある程度仲良しさんがいるから良いとする。特にシャルルとサーシャは俺のするファンタジーの話に興味を示してくれているので嬉しいものだ。
涙を拭って俺はマンガを見て回った。
「へぇ、いろんな作品があるんだな」
「奇遇なことに私の国もサブカルにはそこそこ力を入れているッスから、こういうのは人気なんスよ」
「相変わらず日常系とSFばっかりだけどな」
ラノベよりかは面白そうな作品があったが、それでも魔法や神様天使様悪魔様は登場しないし、異世界なんて言葉ももちろん現れない。
これはもしかして、本当に俺が書いたらショボい作品でも売れてしまうのではないだろうか。俺はフランの依頼を思い出していた。冷蔵庫を買ったり、今使っている家具をもっと高級なヤツに買い換えられるくらいの金が貯まるまでは執筆活動をしてみても良いかもな、と考える。
「そうは言いますけど、これとか結構面白いと思うッスけどね?」
「どれどれ?」
「主人公が街に攻めてきた軍団をその場にあったフレームだけのパラティヌスで撃退して、それからどんどん活躍していくっていうストーリーなんスけど、後の方の巻の表紙見たらめちゃめちゃイカした機体になってるじゃないッスか。これは人と機械が一緒に成長していくサクセスストーリーと見ましたね」
「ふむ・・・」
カバーには試し読みのシールが貼ってあって、1話の終わりまで読めるようになっていた。俺はシャルルからそれを借りて読んでみると、確かに迫力ある作画や人情味溢れる登場人物たちが魅力的な作品だった。どうやらなにかしらの週刊誌の人気タイトルのようだが、確かに俺でも楽しめる作品だ。
まぁ、それでもファンタジーには勝てないがな。
という意固地な俺はなんだかんだ言ってその試し読み部分は読み切ってしまった。
「ま、まぁ悪くはないんじゃないでしょうか」
「そんなこと言って、ユウキ結構のめり込んでましたよね」
「・・・はい」
どうせ吐いてもバレるウソは吐かない。敗北感が増すだけだ。
「そういえばシャルはマンガとか読むの?」
「私ッスか?まぁ、読まないわけじゃないッスけど、今どきそういうのは全部電子書籍で購入するもんッスからね。こういう文庫サイズの本というのはあまり」
「そっか。そういやシャルルの部屋の本棚もあるのは頭の良さげな専門書とか解説書ばっかりだったもんな」
「あれも半分は父のものッス。大体の知識や技能はアカデミーで学んで頭の中にあったッスから自分で買い足すことはあまりしなかったもので」
「はい出ました『私授業受けるだけで全部理解しちゃえるのでテスト勉強とかあまりしないんです』な人」
ちなみに俺は「俺授業には出てないけどテストではそこそこ高い点数取れるんだぜ」な人だった。
もちろん勉強してないんですなんて一言も言っていないのだが、進級のためにした努力を敢えて言わないことで「なんだあいつ普段学校来ねえくせにマジ調子乗ってるよな」と陰口を叩かれていた。それに対して俺は「自分が点数取れなかったからって人の悪口言ってストレス発散するしかないあたり、やっぱ低能だよなぁ」と言い返す。
するとその日の放課後に体育館の裏側に呼び出されるので、俺は仕方なくコンビニでお菓子とジュースを買って家でそれを飲み食いしながらラノベを読み、ふとしたときに「アイツらまだ待ってるのかな」とか思い出してあげるのだった。大体、アイツらは俺の名前を知っているみたいだったけれど、俺はアイツらの名前を知らない。というか家に帰る頃には顔も覚えていなかった気がする。
そんなだから友達出来ない?言ってはいけないことを言ったな。
「なぁ、シャル。やっぱ紙の本って良いだろ?ポルックで読むより続きが気になるはずだぜ」
「言われてみればそうッスね。さすがはユウキ、私の知らないことをよく知ってるッスね」
「なんかむずがゆいな、それ」
「せっかくだからちょっと買って帰ることにしたッス。とりあえずさっきの作品を、最新刊まで全部」
「そうしろそうしろ・・・・・・って全部!?27巻くらいあったけど!?」
シャルルはそれがなんだという顔をしている。あぁ、そういえばシャルルの財力は小さな店なら余裕で買収出来るレベルだったんだっけか。なんというブルジョワジー。
カゴを持ってきて鼻歌交じりに27回も単行本を放り込むシャルルを見て、俺も1回そんな大人買いをしてみたいと思った。しかし働かざる者読むべからずだ。親のスネをかじれない今、俺はなんとかして自分で読み扶持を稼がなければならないというわけだ。・・・やだ、働きたくない。
俺は満を持してラノベのコーナーに来たのだが、知っての通りここにはSFしかない。ふとVRMMO作品くらいならあるのではないかと思って探すと、似たような設定のものがあるにはあるのだが、結局SFの世界が舞台のゲームを題材にしたものしかなかった。
お前らこんな身近にロボットとか未来兵器が溢れてるんだからわざわざゲームに飛び込んでまでそんなことすんなよ。
「ユウキ、また涙浮かべてますけど今度はなにが悲しいんスか?」
「えっとね、今そこにある科学に満足出来ないくせにいざ空想の世界に科学を描き出しても現実にあるものから逸脱出来ないこの世界の人々のステレオタイプに囚われた心が悲しいんだ」
「な、なんかすごく説得力があるッスね・・・」
「こればっかりは俺が言うんだから間違いないと思う」
「で、それはどんな作品なんスか?」
「ゲームの世界から出られなくなった主人公が銃を武器に生身で高性能ロボットたちを倒しながらゲームクリアを目指すって設定」
「あぁ、バーチャルゲームッスか。あれは実際やってみても面白いッスから、こうして文章を読むだけでもなんとなく想像が追いつくので安価だし、そういう要因でみんなに親しまれてるんスよ」
「な、なるほど、そういう狙いがあったのか・・・それで細かい説明も少ないわけだ」
この世界ならではの商売戦略だったわけだ。というかそんなゲームが実在するならSF作品でも良いから一度やってみたい。
「でも、ユウキに言われるまでは私も全然SF作品しかないことに退屈さを覚えることなんてなかったッスね」
「もし出てきたら、売れると思う?」
「それは分からないッスけど、もしも印象の強い作品だったなら爆発的にヒットするでしょうね」
「印象が強ければ、か・・・」
それからしばらく書店を散策してからシャルルがカゴいっぱいに入れたマンガの会計のためレジへ。フランがレジをやってくれたのだが、シャルルの派手な買い物には俺もフランも唖然とするほかなかった。
●
「やっと帰ってきた・・・」
「オ帰リ、ユウキ。ナンカ疲レテルナ」
「今日はシャルの部屋を掃除してアンフィさんの音楽活動を終わらせないために艦内を走り回っていると戦場にも駆り出されてそして本屋デートだったからな。もうヘトヘトだ」
「(´⊙౪⊙)」
「・・・なんだその顔は、もしかして信じてないな?」
「ソ、ソンナコトナイヨ。タダ、ナンテイウカ、アノユウキガ本屋デートトカ言イ出スカラ、ネ?」
「アスキーお前、俺のこと結構バカにしてるだろ。・・・全くもってその通りだけれども」
「(´-ω-`)」
相変わらずアスキーの頭のモニターにはいろいろな顔文字が表示される。
俺は部屋着に着替えると、すぐにベッドに横になった。あぁ、これぞ至高。柔らかな綿に沈みゆく肉体。極上の癒やしだ。
「ユウキ、モウ寝ルノ?マダ早イノデハ?夕飯ハ食ベタノ?」
「アスキーは俺のおかんか。まだだけど、あとで食べに行くよ、ホント疲れたから眠いんだ」
「ソッカ。ジャア、オヤスミ。何時ニナッタラ起コシテ欲シイトカ、アル?」
「ん、それなら・・・2時間は寝たいから8時になったら起こしてくれ」
「('◇')ゞ」
アスキーがお手伝いロボットらしいことを聞いてくれたので、俺はなんか嬉しくなった。最近アスキーがただのルームメイトみたいな感じがしてきていたので、なぜか新鮮である。
今は寝ながらアニメを見たりネットサーフィンする気にもならなくて、俺はただ目を瞑ってベッドの上に四肢を投げ出した。部屋の電気を消して、心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく考える。
フランに言われたように、俺は自分でファンタジー作品を書いてみようと思い始めていた。もちろん自分で書いた作品を読んでも今までみたいな作者の発想への感動が得られるわけはないので第一の目的は金になるが、まぁ、それ以外にもやってみれば面白いかもしれないという適当な理由もある。
生前に、先生からの電話を受けて出席数確保のため学校に出頭―――じゃなくて出席した日なんかは授業を受けるのがイヤで、気紛れにノート端に落書きをしたものだ。俺は今、そのときの落書きのキャラクターたちに名前を与えて、こんな世界観で・・・と構想を練ってみた。
だんだん、俺の意識は微睡んで微弱な波の中に飲み込まれていく。
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「此の世界は滅びねばならない―――滅びゆく運命なのだ。其れに抗うというのか、人間」
「あぁ、抗うさ。そのために、俺はここに立っているんだからな」
今まで多くのものを失ってきた。家族を、友を、仲間を、運命の炎に奪われてきた。
それでもまだ、俺の背中を押してくれたココアがいる。背中を預けてくれるレイモンドがいる。背中を預かってくれるアンフィがいる。背中を見守ってくれるサーシャがいる。
そして、喪失と絶望で真っ黒に塗り潰されていた以前の俺に仲間というものを教えてくれたシャルルが、守る力を与えてくれたエルミィがいるんだ。
ここまで来られたのは、全部アイツらのおかげだ。
だから、だから―――。
「もう、アイツらのことを失いたくないから。滅びるのが運命なんだっていうなら、そんな運命、クソ食らえだ。そんな世界なら、運命なんてもん、そのものがなくなっちまえば良い!運命の人とか運命が変わったとか、そんなチープな言葉でしか表せないほど俺たちの幸せってのは不確かなもんじゃないんだよ!!」
「愚かな人間。今の其の言葉も、運命に導かれて今お前という人間の口から予定されて発せられたものだというのに、それでも運命に抗おうというのだ。不可能を不可能とも思えぬように進化してしまった人間はやはり見るに堪えぬ」
「あぁ、不可能じゃない。滅びる運命の中で、俺はまだ生きている。既に俺は運命に抗ってるんだよ」
「其れとてお前の運命だ。お前は今、其の抗いの中で我に滅ぼされるべき存在ということに他ならぬ。神はそう運命められたのだ」
「構わないさ。だが、誰がどう決めようと、俺の未来は俺が切り拓く。さぁ、ムダなおしゃべりはここまでにしようぜ」
こうしている間も世界を覆う運命の炎は1つ、また1つと罪なき人々の魂を無に還していく。そんなのはもうたくさんだ。
だから、俺はコイツを倒す。あとはコイツだけなんだ。神の使徒を気取る『十二宮の命天王』も、この『傲り裁く死毒の天星』を倒せば、もう世界はくだらない死の運命から解放されるのだ。
右手に握る『永久謳う仙龍の牙』が仲間たちの想いを纏う。左手に握る『神を穿つ獄槍』が世界を変えろと脈動している。これは、俺にとって絶対的な力だ。
恐れることなんてなにもない。背負っているはずの重荷でさえ、今は俺の心を昂ぶらせる勇気になっている。
「行くぜ、サソリもどき。人間の意志の力ってのを見せてやる」
「嗚呼―――哀しいことだ。在るべき姿で在り続けるのなら我らは愛を以て世界を希望と共に閉ざせたというのに。さあ、来い人蛮勇の徒よ。そして此れが神の意志と知れ」
「うおおおおおおおおおおお!!」
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「―――テ」
「・・・」
「起キテ、ユウキ」
「ハッ!?こ、ここは!?あのサソリ野郎はどこへ消えた!?」
「・・・?ユウキ、寝テイル間ニサラニ頭オカシクナッタ?」
「・・・あす、きー?」
「ハイドーモ、ミンナ大好キ、アスキーダヨ」
「と、いうことは・・・」
あのクライマックス感溢れる熱情は?両手に握っていた剣は?背負っていた仲間たちの想いは?
あぁ、はいはい、分かりましたそういうことですね、はいはい。どうせ俺ですもんね。つーか、ね、うん。
でもさ、それにしてもさ、これはないと思うんだよ、俺は。よりにもよってあそこでっていうのはね。
「アスキぃぃぃぃぃぃ!おまっ、今めっちゃ良いところだったんだぞぉぉぉぉぉ!!よくもお前、お前ぇぇぇ!!ラストが気になるだろぉぉぉ!?」
「ナ、ナンノ話ヲシテルノデショウカ、ユウキサン!?ヤメ、アンマリ揺スラナイデ!カメラガ回ルゥゥゥゥ!」
「撮影現場かなにかかよぉ!あーちくしょう!」
「((((;゜Д゜))))((((;゜Д゜))))((((;゜Д゜))))((((;゜Д゜))))((((;゜Д゜))))((((;゜Д゜))))」
アスキーの顔文字がすんごいことになっているが、俺の悔しさもそのくらいなのだ。結局あの後俺は『傲り裁く死毒の天星』を倒せたのか?それとも負けてバッドエンドなのか?いや、はたまた負けることこそが正解だったりするのか?
くそ、気になる!もうひと眠りしたい!したい・・・が、腹が減っていることに気付いた。そういえば飯を食う時間に起こしてもらうようアスキーに頼んでいたんだった。
「はぁ・・・。まぁいいよ、目が覚めてしまったものは仕方がない。アスキー、起こしてくれてありがとな」
「ド、ドウイタシマシテ・・・キュゥ・・・」
そうだ、良いことを思いついた。さっき見た夢を小説のラストにしよう。なんか主人公が俺で仲間がこの世界の方々になっていたが、そこら辺は適当な名前に変えていけば問題ない。完結の仕方も考えないといけないが、これで物語の大筋は立てやすくなったというものだ。
「イケる・・・これなら書けるぞ!待ってろよ俺の印税生活!部屋に冷蔵庫がある生活も遠くない!!」
などと大声で言いながら廊下に出ると、普通に人が歩いていた。あらやだ、もしかして聞かれていたかしら。・・・と思ったが、様子を窺う限りそんなこともなかったらしい。
そのまま食堂に行くと、アンフィがいるのを見つけた。
「アンフィさんじゃないですか。もう体の方は大丈夫なんですか?」
「お、ユウキか。見ての通り、なんともないよ」
「なら良かった」
「心配しすぎだっつの。で、ユウキは?今から晩ご飯?遅いんじゃないの?」
「ちょっと昼寝してたんですよ」
「昼じゃないけどね」
「細かいこと気にしてたら早めに老けますよ」
「なんだとこの」
アンフィは軽く俺の脇腹を殴ってきた。そんなに痛くない。俺が大袈裟に痛がってみせるとアンフィは笑っていた。いつものアンフィだ。
「アンフィさんこそこんな時間に珍しいですね」
「たまには優雅に星でも眺めながらディナーでもって思っただけ」
「ふーん・・・」
「なにその反応。あんたここで天井見上げたことある?」
「・・・ない、かもしれない、かもしれなくもなくもないわけでもないかもしれない・・・です」
「どっちなのさ」
この世界に来たばかりの頃なんて本当に知らない人と目を合わせるのが恐かったから、特に人の多い食堂ではずっと下を見ていた気がする。それ以降、慣れてきてしまうとそれはそれでキョロキョロと周囲を見渡すこともなくなってきて、今日に至るまで全然気が付かなかった。
天井は全部ガラス張りで綺麗な夜空が見えていた。
「うわぉ・・・これはすごいや」
「でしょ?これ見ながらワイングラスを揺らすのが結構気持ちいいんだ。ま、あんたは未成年だからお酒はダメだけどね」
「ちなみになんでこんなに明るくしてるのに夜空の星がくっきり見えるんですか?」
「窓とか壁とか床とか、この食堂中のいろんなところに特殊な遮光フィルターと偏光フィルムを使ってるから、目に入ってくる光の向きがうまいこと調節されてるんだよ。だから、室内は明るいままでもありのままの夜空を見上げることが出来る」
「ほぇー」
そうそう、俺が求めていたのはこういうザックリしているけれど分かりやすい説明なんだ。もちろん原理なんてさっぱり分からないままだが、シャルルの説明と比べて素人でもなんとなく映像でイメージ出来るようになっている。
夕飯を乗せたトレイを持ってきて、俺はアンフィの正面の席に座った。
空を見ながら葡萄酒を口に含むアンフィはどこか妖艶であり、それでいて儚げにも見えた。
やっぱり、まだ悩んでいるんだ。どっちつかずのままだから、今にも星々の間の夜闇の中へと溶けて消えてしまいそうなくらい儚くて朧気なんだ。
「・・・いかんな、夢のせいでなんか言葉の選び方が中二病っぽくなってるぞ、俺」
「・・・?どうかしたの?」
「あぁ、いや、なんでも・・・」
掃除の鬼の次は中二病かと思うとゾッとしない。いや、それはそれでキャラが立って良いのかもしれないが、とっくにこの世界でも俺のキャラは定着しつつあるので今更だ。というか、もし中二病を発症したら引きニートでしかも中二病という救いようのない存在と化してしまうかもしれないので、素直にイヤだ。
落ち着かない心を静めるために俺もアンフィと一緒に空を眺めてみた。結局、悠大なものを見ると気分が落ち着くのが人間という生き物なのだ。例えば、空以外なら海とか、山とか。広いところが恐い人の場合はどうなるのか知らないが。
しばらく夜空の星と食器の上の料理を交互に見る運動を続けていて、なんとなく、俺はアンフィに小説を書いてみようかと思っている話をしようかな、と思った。
「あの、アンフィさん」
「ん?」
「実は俺、書店の店員さんに頼まれてることがあるんですよ」
「ふーん・・・なにを?」
「ファンタジー作品がないのかって聞いたら、ないって言ってて。で、しばらく話をするうちに、じゃあ書いてみればって言われたんですよ。小説。まぁ、ラノベですけど」
「ユウキが小説かぁ。まぁ、なんだかんだ言ってそういうの好きだったんだから、向いてるんじゃない?」
「向いてるかは分からないですけど」
「で、どうすんのよ、その頼み事」
「うん。引き受けてみようかな―――と」
「ふーん。どうして?」
「そりゃ金のために?」
「うっわ、がめついなぁ」
「・・・というのと、あとはほら、なんか面白そうじゃないですか。自分の考えた物語が本になると思うと。ちょっぴり恥ずかしいですけど、なんていうか、その、あれですよ、あれ」
「見て知って評価してもらって、達成感を感じたい。そうでなくても、そこに自分の、自分だけの世界を表現してやりたい」
「それ!さすがアンフィさんですね!」
「ユウキはホントに肝心なところで言葉が出てこないのな。大丈夫か未来の大作家さん」
「いやぁ、返す言葉もない」
「・・・でも、そっか」
アンフィはまた葡萄酒を、ほんのちょっとだけ飲んで窓の外を眺めた。でも、その顔はなんとなく、さっきとは違って見えた。
「そんなもんだったんだよな、きっと」