10話 俺、おせっかいを焼きます
あぁ、なるほど。でもこれはこれで。
なんて言うか、確かにまだまだ垢抜けたところはないような気もするけれども、だとしても、伝わるものは伝わっているのではないだろうか。
透き通るような歌声は目を閉じて聴けば終わりのない青空を思い出すし、ギターやドラムが出しゃばっていないからしつこくない。
●
ポルックにはどんな仕組みなのかさっぱり分からないが、イヤホンみたいに自分にしか聞こえないように音楽を再生する機能があるので、俺はそれでこっそりダウンロードしたアンフィの曲を聴いてみていた。
俺がなんか言ってもどうにもならないかもしれないが、結構すごいのではないだろうか。普通に良い曲のような気はした。
気が付いたら目を閉じたまま突っ立っていた。俺はどれくらいこうしていたのか分からなかったが、聴いたのは2曲ほどだったので、10分あるかないかくらいが妥当なのだろう。
ようやく現実に戻ってきた俺を迎えるように、アンフィがゴミ捨てから帰ってきた。
「お待たせ―――ってユウキ、なにそんなところでボーッとしてんの?」
「え、あ、いやその!?な、なんでもない・・・です?」
「なんで疑問系なんだよ・・・。自分のことくらい自分で分かってなって」
それは俺がもっと自分に自信を持てるようになってから言ってください。
というのは置いておいて、俺は展開してたポルックの画面を全部閉じた。その動きに気付いてアンフィが俺を疑うような顔をする。もしかして、俺は今あらぬ誤解を受けているのか?
「なにしてたの?」
「別にいない間にコソコソやってたとかそんなことはないですからね!?」
「それほとんど自白してんでしょ。・・まぁでもユウキに盗撮とかそういうことをするほどの度胸はないことくらい私も分かってるから」
「チキン度を信頼されることに俺は今非常に複雑な気分になってるんですが」
「じゃあなおさら全幅の信頼をおいとくよ」
その信頼は場面が変われば俺を貶めるものでしかないだろ。今でこそ冤罪を免れたけれども。
と思ったが、よくよく考えればコソコソなにかしていなかったわけでもなかったような。俺はついついダウンロードしてしまったアンフィの曲をこれからどうするか悩んだ。もちろん普通に残しておくのになんの問題もないはずだが、なんとなく、アンフィに悪い気はするというか。
「・・・?さっきからなんか様子おかしくない?やっぱりなんかしたの?」
「うっ」
「お、おいおいユウキ。まさか本当に盗撮カメラでも仕掛けたりしてないよね?あのユウキが」
「そっ、それはマジでやってないですから!大体俺なんかがそんなもの仕掛けたら2秒で見つかる自信がありますし!」
「逆に2秒で見つかるところに設置しようとしかねないあんたが心配になってきた」
そうそう、本当にそうですね。灯台もと暗しと言うだろ、的なノリで自信満々にちょっと高い棚の上とかにカメラを置いて、次の日に呼び出しを食らう、みたいな。いや、さすがに机の上とかには置かないけれども。
さて、しかし依然としてアンフィが俺を疑う目をやめません。俺はどうしたものかと悩むのだが、正直に言うとして、俺はどう言うべきなのか。平和的に解決しようと思ったら、やはり当たり障りのない出だしが重要になってくるはずなのだ。多分。
「実はその、さっきアンフィさんの作った曲のチップボード見つけちゃって」
「あぁ、はいはい。じゃあ聴いたの?」
「まぁ」
アンフィは「ふーん」なんて言いながら、デスクの上にあったチップボードを取り上げた。どうするのかなと思って見ていると、アンフィはそれを俺にちらつかせた。
「別に欲しいならいくらでもあげるけど?」
「へ?」
「なんてね。別にわざわざ聴くほどのもんでもなかったでしょ?まぁ、これは一応記念で残しとこうかな」
「俺は結構カッコイイ曲だなって思いましたよ?」
「褒めたってなんにも出ないからね」
「いやだから、普通に俺は好きですよ、アンフィさんの曲。まぁ、素人だからなに聴いてもすごいと思うんだろと言われたら終わりですけども」
「素人だからなに聴いてもすごいと思うんだろ?」
「終わった!?」
魔法の言葉を教えた途端に使われて俺は終了した。この流れでこんな風に返してくる人初めて見た。
「じゃなくて!やっぱりもったいないですよ!あれだけやれるんなら!」
「あんたもしつこいなぁ。でもじゃあお礼は言っておくよ。そう言ってくれる人が1人いただけでも良いとしよう」
うわぁ、なんだこのド定番の自分に言い聞かせる系の台詞。やっぱりアンフィは納得も満足もしていないのではないだろうか?それとも、白々しくも俺に気付いてなんとかして欲しいのか思っているのだろうか?いやいや、それはレベルが高すぎる。そこまで主人公じゃないですってば。
とはいえ、部屋の掃除を手伝うような仲だ。気付いておいて一切のリアクションをしないというのは俺の良心も痛む。
いろいろ悩んだ末、俺はある程度言うことを脳内でまとめてみた。
「俺の経験則だと大体そういう台詞使う人って本心では納得してなくて最後は仲間と支え合って夢を叶えましたっていうハッピーエンドなんですけど」
「どんなけいろんな人の人生眺めてきたのよ、それ。つか都合良すぎ」
そう言われると困るな。だって全部ラノベとアニメの話だし。あ、いや他にもドキュメンタリー番組の話もあるかもしれない。―――そう考えると、本当は成功せずに終わってしまった人の方が多いのに、そんな不幸からの幸せみたいな人生の模範図ばっかり見せられてそれが当たり前に思うようになってしまったのかもしれない。
俺自身が理不尽に死んで理不尽にこの世界にやって来たというのに、俺もなかなかお花畑な脳みそなのかもしれない。そりゃそうだ。やれば出来る、頑張れば報われる。イイハナシダナー。白目を剥きそう。
「ですかね?」
「ですよ」
「ですか・・・」
反論の余地もないし、元々頼まれた仕事も終えていたので、俺はアンフィの部屋を後にした。ドアが締まるまで手を振っているアンフィは、別に悔しそうということもなかった。
●
窓の外は大雨。俺はなんとなく共有スペースになっている『アトラス』の甲板を見下ろしていたのだが、なんかいる。ハチマキと、道着?俺の患者服よりも原始的な格好をして走り回っている変態を見ていると、俺がつるんでいる連中だけが変わっているんじゃないんだなと思った。
「暇だなぁ。部屋に戻ってアニメでも見るか」
俺、結構頑張ったんだぞ。最近やっとこの艦の中がどんな風になっているのか分かってきたのだ。それによって最短の帰宅ルートの構築が脳内で行えるようになった。
もしかしたらこの調子で頑張れば、シャルルが駆る《キュリオシティ》のテレポート機能のイメージを魔法に落とし込んで帰宅魔法が完成するかもしれない。乞うご期待。でもしないかもしれない。過剰な期待は禁物。
「お、ユウキ准尉じゃないですか。珍しいですね、こんなところで」
「はいはい、こんにちはー」
俺も有名になったもので、廊下を歩いているとたまにこうして声をかけられる。ちなみに尉官以上、つまり将校はそこそこ階級が高いことになるので、案外俺の階級は『アトラス』の中でも通用する。なにせこの艦のトップが少佐なので、それ以下の将校と言えば准尉から大尉が限界のはずだ。いや、詳しくないから知らないが。
それはともかく、擦れ違う年上の男に敬語を使われたときの違和感が半端ないが、俺はくすぐったいからやめてとは言っていない。だって、なんか優越感があって楽しいんだもん。
何人かはちょっと親しくなったりもした。これはシャルルたちのおかげだろう。俺のコミュ力も多少は成長を見せているということだ。
それにしても、アニメも良いのだが、そろそろラノベが読みたい。いろいろなものにファンタジーを見出してなんとか中毒症状を抑えてきたが、さすがにもう限界が近いのだ。誰か俺に異世界のお話をしてくれ。サーシャに俺がするんじゃなく、俺が聞きたいんだ。すなわち読みたいんだ。
「そういえば『アトラス』に書店とかってないのかな」
商業施設といっても過言じゃないくらいに多種多様な店が揃っているここならば、書店もあっておかしくない気はした。
俺は道行くクルーの1人を捕まえて、さっそくそれについて尋ねてみた。
「すいません、『アトラス』に書店みたいなところってありましたっけ?」
「書店?いや、知らないですね・・・。ほら、今はもう全部ポルックの中ですから、わざわざ紙で買うなんてエコじゃないっていうか。ユウキ准尉はまたどうしてそんなものを?」
「え、いやぁ、ね?」
言われてみればその通りだ。俺の元の世界でさえ電子化万歳の真っ只中だったのだから、もはやここまで文明が進めば紙の本なんて駆逐寸前だ。いや、ないわけではないのは分かっているから一縷の望みをかけて今の質問に踏み切ったのだということは知っておいて欲しい。
俺がなんの意味もないジェスチャーで訴えてみると、案の定その人は困ったように笑ってどっかへ行ってしまった。
「エコじゃない、か。まぁそうだよなぁ。でもほらぁ、紙って味があるじゃん。・・・いや、食べないけどね?」
もの寂しい気分になって俺は一人芝居をしてみた。・・・もっと寂しくなった。
でもだって、デジタル主流の中でアナログの良さというのは再認識されるものだろう。そんな時代はとっくに通り越したのだろうか。
スマホは電源切れたら中にダウンロードした書籍を読めないけれど、紙の本なら充電しなくたっていつでも読める。本の重みは結構手に馴染むし、紙をめくる感触は意外に楽しいだろう。例えば、ページをめくるときにチラッとその先のページが見えちゃって、一瞬見えた文章にネタバレされた気分になりつつ、実はうろ覚えで、さらに先が気になってしまうとか。
あとはほら、文庫本なら挿絵のページって横から見ると分かるから、そのページに早く辿り着かないかなと思いながら律儀に順序通り読んでいくのも良いだろ。
「・・・。ぬあぁぁぁぁ!!そんなこと考えたら無性に読みたくなるだろ俺のバカぁ!ただでさえ禁断症状間近だってのにこれは自殺行動に等しいぞ!」
急に喚きだして壁に頭を打ち付ける奇行少年がいたが、それは俺ではないと思いたい。
なにはともあれ、このままファンタジー不足をこじらせれば、いつかは俺の自我が崩壊して秘められた無尽蔵の魔力が制御を失って暴走し、この世界を滅ぼしてしまうかもしれない。それは良くない。非常に良くない。
俺のことを引いた目で見ていた近くの名もなき可愛い整備兵どのを引っ捕まえて、俺はなけなしの理性で質問を繰り返した。
「ね、ねぇそこの整備兵ちゃん、しょ、書店ってどこにあるか知らない?」
「きゃああ!?こっち来ないでください!?」
「そ、そんなこと言わないでさぁ、ね?ね?もう俺は我慢の限界なんだ。アレなしじゃ生きていけないんだ。もうアレがなかったらどうしようもないんだ」
整備兵ちゃんの顔を見る限り、俺は今すごいことになっているに違いない。
「アレってなんですか!?あんまりだと、つ、つつ通報しますよっ!?」
「そ、それは困るよ!アレはアレだから!で、で、知らない!?ねぇ、知ってるなら教えてよ、世界を救うためだと思ってさあ!!」
本気で通報する気なのかポルックを操作し始めた整備兵ちゃんの細い腕を押さえている黒髪黒目の男がいるが、それも俺ではないと信じたい。
いや、ごめんなさい。それ、俺です。俺以外にいませんよね、そんな外見の人。
でもでも、だから、ほら、もう俺であって俺ではないみたいな。もう1人の自分という可能性もなきにしもあらず―――。
「俺にはぁぁぁぁぁぁっははははははあぁぁん!」
「きゃああああ!!助けて、助けてぇぇぇ!!」
「なにしとんじゃボケぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「とりぷるあくせるッ!!」
そんな俺(仮称)の横顔面にドロップキックが刺さった。全く予想していなかっただけにメチャクチャ痛い。首から変な音がした。
俺は自分が上げた断末魔の叫びに準じて3回転しながら廊下を転がった。
さて、誰がこんなことをするのかと考えれば、2人くらいしか思いつかない。しかし、暴力の程度からして1人に絞れる。というか、声で分かる。
「ナイスだ、ココア!よくやってくれた!!」
「はぁ・・・?なに言ってんですこの原始人、遂にそういう趣味に目覚めたんですか気色悪い」
いや、本当にナイスだ。あのままいけば俺は多分なにかしていた。多分。・・・いや、でも別に強姦しようとしていたわけではないのであって、あのままいっても特になにも起きなかったのではないだろうか?だとしたらナイスではない?おや、無性に腹が立ってきたぞ?
「大丈夫ですかそこの方?」
「あ、ありがとうございますシュガースイート伍長!」
「いえいえ。これからも原始人に襲われたときは遠慮なくあたしを呼んでくださいね。次は確実に仕留めますので」
「本当に助かりました!では!」
整備兵ちゃんはココアにペコペコ頭を下げながら走り去っていった。ココアもココアでだいぶタチが悪いはずなのだが、整備兵ちゃんはそれを知っているのだろうか。いや、今は間違いなく俺が悪役なのだが。
「で、あなたはこんなところでか弱い女子をいじめてなにをしてやがったんですか?」
「なぁココア・・・」
「あ?質問に答えないなら寝ている間に体中の穴という穴に機械油を流し込んでから着火しますよ?」
「ごめんなさい!!質問に答えてからにするのでそれだけは勘弁してください!」
「良い心がけですね。その心構えに免じて答えを聞いてから全身の穴にオイルを流し込んで着火することにしましょう」
「殺害前提だよコイツ!!」
俺がココアを指差して怒鳴ると、ココアが懐から取り出した拷問具で人差し指の爪が剥がされそうになった。
いや、おかげさまでだいぶ落ち着きました。頭は冷えないけれども肝は冷えました。
「実は書店を探してたんだよ」
「書店ですか?なんでまたそんな原始人じみたことを。だから原始人はどこまでいっても原始人が限界なんですよ」
「ホントムカつくな!お前には紙の本の良さが分からんのか!」
「ええ、分かりません。分かるとしても、少なくとも、原始人がそう言う限りは分かることをやめます」
「シャルって魅力的だよな。お前にも分かるかなぁ?」
「いえ分かりませ・・・ハッ!?」
俺がニタニタしていると指で目つぶしされた。あと少し反応が遅れていたら今頃俺の眼球がオダブツだった。
さすがに看過できないので俺が飛びかかるとココアも牙を剥いてきた。いい歳して年下のメスガキと取っ組み合いの喧嘩をしている17歳の佐久間悠稀であった。
「とにかく!!俺はファンタジーものの小説が紙の本で読みたいから書店を探してるんだよ!!」
「そんなことはあたしの知ったことじゃないですけどねえ!!」
「知れよ!!」
「死ねよ!!」
「「ぐぎぎぎぎぎ!!」」
「やっと追いついた。2人とも。なにしてるの?」
と、そんな情けない俺たちのところにやって来たのは、マイスイー(以下略)のサーシャだった。
サーシャの前では真っ当な人間として振る舞おうと決めている俺は怒りを抑えてココアから離れ、極力爽やかにサーシャに挨拶をした。
急に取っ組み合いの相手をなくしたココアは顔面からずっこけた。いい気味だ。
「お、サーシャではないか」
「これはこれは。にぃではないか」
「いけませんよサーシャ。この男、通りすがりの女性に襲いかかるただのケダモノですから」
「そんな格好で言われても。説得力が足りない・・・」
「大丈夫だぞサーシャ。ココアの言ってることは8割方現実と異なるから」
「そうなの?じゃあ。にぃとココアはなにしてた?」
「俺が『アトラス』の中に書店がないか聞いてただけだよ。さっき他の人にも聞いてたんだけど、それをなにか勘違いしてココアが飛び込んできたのさ」
「なるほど。じゃあ。ココアが悪者なのか」
「そうそう」
「ちょっと待ってください!?なんであたしがそんな不当な扱いを受けてるんですか!?」
いえ、俺はなにもウソは言っていません。なんならシャルルを呼んできたらどうでしょうか。
「そういえばサーシャはなんでこんなとこに?」
「サーシャはココアを追いかけてきただけ」
「あぁ、そういや今日はずっと2人でぶらぶらしてたんだっけな。あれ?じゃあシャルは?」
「研究があるからって。部屋に帰った」
思うのだが、シャルルはなにを専攻しているのだろうか。ロボットや機械に造詣が深いのは最初から知っていたが、前なんかはシャンプーとリンスも自作していたし、俺の体の構造を調べようとしていたのは生物学の範囲だろう。才能がマルチすぎてアイデンティティが発散しなければ良いのだが。
というか、また研究か。その片付けをするのは俺の仕事だと思うと、ちょっと溜息が出る。
「ところでにぃは書店探してるの?」
「そうそう。サーシャは知らないか?」
「うーん・・・。知らなくもない。でも。変なお店だからあんまり行かない」
「変な店なのか・・・。とはいえ、だな。よし、サーシャ!その変な店に向けて出発だ!」
「おー。しゅっぱーつ」
「なに原始人が勝手に目的地決めてんですか!?あたしの自由を奪うようなら今度こそ《ディアボロス》で握りつぶしますよ!」
「ココアうるさい。上官命令。変な店行きます」
一応サーシャの方が階級が上なのだ。なんでかは知らないが。
●
サーシャに案内されてやって来たのは、確かに書店だった。なんというか、俺が風情を感じる、都会と田舎の中間点にありそうなごく普通の書店だった。
なるほどつまり、これが風変わりと思われる理由なのだろう。俺が原始人なら、この店構えも原始的なのだ。
と思ったのだが、真っ先にその光景に興味を示したのはココアだった。
「ほぁー、なんですかこの奥ゆかしい店構えは。わざわざ棚に紙の本を並べてますよ」
俺は原始的でこれは奥ゆかしいのか。そこの違いをもっと詳しく教えて欲しい。ココアは小走りで本棚の森に消えてしまった。
「にぃ。こんなお店だけど。大丈夫?」
「もちろん。いや、むしろこれこそ俺が来たかった書店さんだよ。ありがとな、サーシャ。まさかこんな店があったなんて!」
「にぃ。喜んでる。サーシャも嬉しい」
こんなに素晴らしい妹が前世でもいたなら俺はもっと真っ当な人間でいられただろうか。サーシャの頭をなでなでしてから、俺も本棚の森に迷ってみることにした。
なんというか、本当に俺の知っている書店そのものだ。話題作や新作を棚の目立つところに積んでいて、いろいろなジャンルの本がコーナーごとに分けられている。実はここの店主は俺と同じ日本出身なのではないかと疑う。
この世界にも萌えアニメがあることから容易に想像出来たが、やはり文学においてもそういう作品を書く人間はいる。すなわち、この世界にもラノベにあたる文庫本は存在した。良いことだ。
懐かしい新品の紙の匂いに包まれながら、俺はラノベのコーナーを目指して意外に広い店内を歩き回った。どうやらマンガもあるらしい。人間の考えつく娯楽文化だけは時代・文明レベルを超えても、というか世界を超えても似ているのだろう。
そして遂に俺は、ラノベの世界に帰ってきた。
「あった・・・あったぞ、俺のオアシス!!」
反オタク勢力なら見るだけでじんましんでも出そうな表紙の文庫本の群れ。そうそう、これだよ。俺が求めて止まなかった本というのはこういう表紙なんだよ。そして中身は夢と希望に満ちあふれた―――。
と思って俺はラノベの棚を一周してみて、あることに気が付いた。
「全部SFじゃねえかよ!!」
「にぃ。なにかあった?」
近くの棚で普通の長編小説を漁っていたサーシャが俺の怒号を聞いてひょこっと顔を出した。
「困ったぞ、サーシャ。ここにはファンタジー作品がない」
「む。それは確かに残念。サーシャもにぃの話聞いててファンタジーに興味出てきたから」
この科学文明までくるとファンタジーへの興味が薄れてしまうのだろうか。俺ならむしろ科学で説明できない現象に憧れを増すような気もするのだが。
それにしてもこれだけの科学水準があって未だにサイエンスでフィクションを考えるあたりが素直に尊敬する。俺の視点から見たら現実が既にその領域だというのに。・・・と思ったが、よくよく作品紹介を見ていると『パラティヌス』という単語が良く出てくることに気が付いた。
つまりアレだ。既にあるオーバーテクノロジーをさらに作者の想像で大袈裟にしているだけなのだ。なんだかそれを思うと、俄に俺の知っているラノベの数々に見られた作者独特のSF設定は秀逸だったのかもしれないと考え始めてしまう。
ハーレムとか主人公最強、友情・努力・勝利はこちらの世界も一緒なのに、想像力だけが足りていない。嗚呼悲しや、超未来社会。科学は人の想像を駆逐するのですね。
だからなるほど、安易な萌え作品ばかりがアニメ化されて俺の目についたわけだ。見慣れてしまった設定をいちいち別の作品でも説明され直すのはくどい。
「でもこれじゃあ俺のファンタジー成分は枯渇する一方だぞ・・・どうする・・・?」
俺は自分の命に関わる問題なので、久々に真剣に考え込んでいた。
でも、もしかしたらどこかにあるかもしれない。俺は一度、店員さんにファンタジー作品がないか聞いてみることにした。
サーシャを連れて店内をしばらく散策すると、ようやく店員さんを見つけた。なんて懐かしいエプロン姿なのだろうか。
「第一店員さん発見」
俺の声に気付いて、店員さんは振り返った。綺麗な青髪が揺れる。
恐らく―――少年、だろうか?歳は恐らくサーシャよりは上で、俺よりは下くらいのはずだ。中性的な顔立ちの美少年だった。
イケメン・・・顔を見ているだけで吐き気がする。いや、待て俺。今から俺は自分の命に関わる頼み事をするのだから、今はそんな感情は捨てないと。
「おやお客さん。今日はアンタらで合計4人だぜ。珍しいこともあるもんだ!」
声変わりはまだなのだろう。可愛らしい少年ボイスだ。
「それは商売として大丈夫なんでしょうか・・・?」
「大丈夫だって!で、なんでしょうかお客さん。オレっちになにか用ですかい?」
「あぁ、そうそう。ファンタジー系のライトノベル置いてないですか?」
「ファンタジー?ほぇぇ、お客さん・・・さてはコアなファンですね?」
「コアって言えばまぁ、そうかもしれない」
「でもすんません、ウチにはファンタジーのラノベは置いてないんですぁ」
「えぇ・・・そんなぁ・・・。ちなみになんで置かないんです?」
「そんなの、置いたって誰も買わねぇからに決まってんでしょう。魔法で手から炎を出そうなんて言い出すんなら、それよか機械使った方が楽なんだし」
返す言葉もございません。俺が使う魔法もそのほとんどが結局はこの世界の科学技術から着想を得たに過ぎない。まさしく、今俺が日常的に目にしているのは「魔法のような」技術である。
それは確かに人間の想像する魔法では今の科学力が持っている魅力には勝てないのだろう。
「それよりも、お客さん」
「はい?」
「その出で立ち、もしかして今や掃除の鬼として名を轟かせている、あのサクマ=ユウキ准尉じゃありませんかね?」
その異名はこんな辺境の地にまで届いていたのか。二シシと笑っている少年は楽しげだ。
「いやぁ、1回会ってみたかったんですぁ。なんせ『アトラス』をミサイルの雨から守ってくれた英雄どのだ。ウワサでは黒髪黒目で猫背になで肩ってことだったけど、まんまだな!お顔も冴えねえときてる!」
「初対面のお客さんに向かって平然と悪口を言える君の神経には脱帽だ」
「はっはー。脱帽とはまた渋い言葉を使いますねえ。じゃなくて、別に悪口じゃないですよ。オレっちだってこの店守ってもらったんだからお客さんには感謝してるよ」
「なら良しとしようじゃないか」
さて、本題から逸れてしまった。サーシャはまた自由に本を探しに旅立ってしまって、今は俺と美少年店員の2人きりだ。外見の格差を見せつけられるようで悔しい。そうですとも。俺はどうせ冴えないお顔ですよ。
「でもさ、本当にファンタジーって需要ないんです?」
「ほとんどね」
「でも俺は読みたいんだ。ここは英雄様の顔に免じて入荷してくれないですか?」
「お客さん・・・自分でそんなこと言ってて恥ずかしくない?」
「恥を忍んでる。それくらい重要なことなんだ」
「お、おおう・・・それは一大事だぜ」
店員さんは苦笑い。俺の真剣さはどこまで伝わっているのだろう。本当に可及的速やかにファンタジー作品を入荷して欲しいのだが、それが叶わないにしても、少しは分かっている風に振る舞って欲しい。そしてファンタジー作品を入荷して欲しい。ついでに言うならファンタジー作品を入荷して欲しい。つまるところファンタジー作品を入荷して欲しい。
「ファンタジー作品もないわけではないんでしょう?」
「そりゃまあ・・・世の中にゃ一定数の物好きはいるからな」
「だよな!あー、ホッとした・・・」
「でも年々減ってるよ、そーゆー連中も」
「なんで!?」
「んなもん、売れないからに決まってんでしょう。ったく、今日は何回この台詞言やぁ良いんだ。疲れるなぁ」
「まだ2回目でしょうが」
「いやいや、さっき来たお客さんもおんなじだったよ。まあそっちぁ売りの方だったですがね」
向こうの売り場に呆れた視線を送りながら、少年はそう言った。なんのジャンルについてそういう口論になったのかは分からないが、その人も大概変わった趣味をお持ちなのだろう。
「時代外れなもの作ったって誰も興味なんてない。読まれない本書いたってそれじゃ書いた意味がねぇ―――というより書いてねぇのと一緒さ。存在しないのと一緒なのさ。存在しないものを作ることに価値なんてねぇ。じゃ、どうする?書かなきゃ良い。だろう?」
「はぁ・・・」
「・・・と、言ったらさっきのお客さんは納得して帰ってくれたケド。お客さんはどうなんだい?」
「興味がないなら無理矢理にでも振り向かせられるような作品を書けば良いだけだろ。自分の知らない世界を見せてくれるなにかっていうのは、ホントはすっげえ面白いんだよ」
俺は不意にシャルルとのデートを思い出していた。もしも面白いファンタジー作品が現れたとしたら、それはこの世界にとって、俺にとってのシャルルみたいなインパクトを与えるに違いない。
「言うねぇ、お客さん」
「言うぜぇ?お客さんは」
ここで引き下がっては俺のプライドに傷が付くのだ。デカい口くらいいくらでも叩いてやろう。まぁ、口八丁なことにも定評のあるユウキさんではあるけれど。小学生の頃はよくそれでいじめられていたものだ。いや、どう考えても俺に原因があるとか、そういうことは気にしてはいけない。いじめるヤツが悪い、いいね?
「俺なら絶対この世界の人間では想像出来なくなってしまった幻想的な世界を想像出来る」
「ほうほう」
少年はしばらく俺を値踏みするような顔をしてから、今度は挑発するように笑った。
「気に入ったぜ、お客さん。なら、お客さんがなんか面白い作品、書いてくれよ」
「・・・え?」
「なにアホな顔してんでぃ、お客さんが言ったんだろ。俺なら想像出来るって。オレっちはその一言に期待してみようっつってんですぁ」
「いやいやいやいやいやいやいや、待て待て待て待て待て待て」
「ふゃぁ!?急に触んねえでくだせぇ!?」
「あ、ごめん。ちょうど良い身長差だから肩を揺すりたくなった」
さすがにそれは予想外の展開だ。俺はファンタジーを読みたいのであって、書くとは言っていない。大体、想像出来るとは言ったけれど、それを表現する文章力なんて皆無に等しい。ここまでで俺の語彙力がどれほどのものかくらい分かっているはずだ。
「俺はただのコンシューマーなんだよ。間違っても生産者にはなれないぞ」
「でも、お客さんにしか分からない世界をお客さん以外の誰が書けるってんで?ああまで豪語するんだ。さぞかし良い作品が書けるんでしょうなぁ」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
「いやマジで。短編でいいですから。なんか書いてオレっちに見せてくんなせぇよ。したらばアレだ、面白かったらまずはウチにおいてあげるから」
「お前分かってないだろ、俺は書きたいんじゃなくて読みたいの」
「つったってないもの読めないでしょーが。案外自分で書くのも楽しいかもしれませんぜ?ああ言っといてなんだけどさ、オレっち、そういうの嫌いじゃないんですぁ。お客さん―――いや、旦那の覚悟を試させていただいたってとこなんだ」
なんか手をもしゃもしゃさせながら少年はそんな風に頼み込んできた。いや、だから頼みたいのは俺なのだが、やっぱりコイツ分かってないのではないだろうか。
しかしながら、なんとなく少年の訴えも真剣さが伝わってくる。もしかして、この少年は本当に俺がなにか書くのを期待しているのだろうか。さっきから無理だと言っているのに、なんとまぁしつこいことだろう。
ただ、それは俺が言えた義理ではないらしい。だって、俺も散々駄々こねたわけだし。
「オレっちも本当は代わり映えのないSFまみれのラノベの棚がつまんねえとは思ってるんだ。新しいもんも珍しいもんも変わったもんも、オレっち、大好きだ。それだけじゃねぇよ?音楽だって改めて人間が人間の手で演奏するのだってオツなもんじゃないか?さっきのお客さんは折れちまったからとやかく言わねぇことにしたけど」
「音楽・・・?」
―――俺は音楽の話なんてした覚えはないのだが?そう考えて、俺はハッとした。そうか。俺はさっきからなんかこの少年の話に突っかかるものがあるなと思っていたのだが、そういうことだったのか。
「もしかしてさっき来たお客さんってアンフィさんだった!?」
「正解。いや、オレっちはあの人の曲嫌いじゃないんだけどねぇ。まぁ聴いてくれる人がいなかったら歌詞を作った意味もメロディーを考えた意味もないよなって言ったら、諦めちまったんだ。いやぁホントはあの楽譜買い取りたかったんだけどなぁ。惜しいことしたぜぃ」
「俺もアンフィさんの曲さっき初めて聴いたけど、やっぱり普通に良いよな。なんか部屋の片付け手伝わされて話聞いたんだけどさ、やめちゃうのもったいないって思ってたんだよ」
「オヤオヤ旦那、こりゃまた不思議な縁だね。こんなとこで同志に出会えるとは。オレっちもやめるのはもったいないぞって思ってたんだけどさ?やっぱ信念が足りねぇからさ?引き留めるに引き留めらんなかったわけよ」
「信念は知らんけど、あの人の音楽への熱は本物だったと思うんだよなぁ。俺がファンタジーを語るのと同じくらい」
「へぇ。旦那がそう言うんなら、そうなのかもしれないね」
なんか俺を旦那と呼ぶようになってから少年が素直になった気がする。元々はこういう性格なのだろうか。どんだけ損なモットーを掲げて人を試してきたんだよとツッコみたい。
「やっぱり、俺はアンフィさんにはもうちょっと続けてみて欲しいな」
「そう言やぁ良いのに」
「言ったんだけどな?やめるって言って聞かないんだよ。アンフィさんが好きらしいバンドもそうだけど、もう一押しすれば絶対流行るのに」
「あちゃー。だけど、ならそうだな」
「お?なんか良い考えでもあるのか?」
「簡単ですぁ。みんなに聴いてもらえばいいんですぁ。ライブパフォーマンスは・・・1人じゃ無理だろうけど、ほら、艦内放送で流すくらいならなんてことないっしょ」
「なるほど・・・なるほど!そうだな!さては少年、お前天才か!」
「こんなことも思いつかないとは、さては旦那、アホですね?見せたい商品を大勢の目につく場所に置くのは当たり前、売りたい本は敢えて見本を展示するのが定石ですぜ、旦那」
「言いやがったなこのこのー!」
「あー!だから急に触らないでくだせぇ!」
少年の脇腹をくすぐってやると、やたら恥ずかしがって俺のことを押し退ける。こう見えて照れ屋さんなんだな。可愛いヤツめ。
「そうとなればまずはアンフィさんに許可取らねぇとですね。まぁそこは旦那にお願いするとして、そうとなればオレっちは楽譜を買っておきたいな」
「それなら今頃回収所にあるはずだぞ。さっきアンフィさんが持ってったから」
「マジか!じゃあ拾えばタダか!」
「いや、拾得物売るなよ・・・?」
「そこも旦那に許可取ってきてもらうので問題ねぇですぁ」
「お前急に俺を頼りすぎだわ!」
俺が少年とアンフィ復活作戦会議をしていると、さすがに待ちかねたらしくココアとサーシャが戻ってきた。
「さっきからなにやら楽しげですけど、原始人はなにをしてるんです?あなたが楽しいとあたしが不愉快なんでいい加減笑うのやめてください」
「お前が笑わない世界が俺にとって一番平和な世界だと思う」
「にぃ。店員さんと仲良くなってる」
俺はサーシャの頭を意味もなくもふもふした。
「で、実際原始人と店員さんでなんの話してたんです?」
「それはだな?」
「いや、待ってくだせぇ旦那。これはまず聴いてもらってから説明するのが効果的かと思うんですぁ」
「少年、お前やはり天才か」
「褒めたって笑顔しか出ねえぜ旦那ぁ」
俺は少年の頭を意味もなくもふもふした。
それと、さっきからココアの目が冷たい。俺のすることだからと疑っている様子だ。でも今は絶対に後悔させる自信がある。その程度にはアンフィさんの曲は素敵なはずなのだ。
「ココア、とりあえず聴いてもらいたい曲があるんだけど、良いか?」
「いやです」
「よし分かった。じゃあ流すぞ」
「オイコラ。なにが分かったのか30文字以内で説明しやがれください」
「サーシャも聴いて感想を教えてくれよ?」
「にぃの頼みなら。サーシャが断る理由もなし。いざ尋常にリッスン」
「サーシャはココアと違って素直で良い子だな」
ということで俺はポルックのオーディオ機能を使い、さっきダウンロードしたアンフィさんの曲を流した。
幸い、というか、そうではないのかもしれないが、この書店は客がいないのでこれを聴いているのは俺たち4人だけだ。もっと多くの人に聴いて欲しいが、これはこれで自分たちだけが知っている隠れ名曲みたいで悪くない。もちろん、近いうちにでもみんなの知っている名曲にしたいのは変わらないが。
「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」
長い長いあっという間だった。俺も少年も目を閉じてそれを聴いていた。サーシャとココアはどんな風に聴いていただろうか。見ていないから分からない。
風が吹き抜けた後のような気分で、俺は目を開けた。
「どうだった?」
「優しくて格好良い曲だった。と思う」
「ココアは?」
「う・・・いや、その・・・まぁ、その、悪くはない・・・?まだアマチュアの域は出ないですが、筋は良いと思いましたね、はい・・・」
「だろ?ちなみになんだが、これは実はアンフィさんが自分の手で楽譜を書いて、自分で楽器を演奏して、全部1人で作った曲なんだよ」
「おお。アンフィ。すごい」
「え、これベーコン少尉が作曲なさったんですか!?なんだ、じゃあ素直にすごいじゃないですか!え、え、でもなんで?あたし今まで少尉がこんなことしてるなんて聞いたことなかったのに」
「1人でずっと試行錯誤してたんだよ。ネット配信はしてたみたいだけど、それ以外はだから誰にも言ってなかったんだと思うぞ」
「でもじゃあなんで原始人はそれを知ってるんですか?」
「今日アンフィさんの部屋の片付けの手伝いしたんだけどさ。そのときに知ったんだ。でもな―――?」
「?」
「でも、もう音楽やめちゃうらしいんだ」
「え!?なんてもったいない!」
「だろ、そう思うだろ?」
良い具合だ。ココアの食いつきも上々だし、サーシャはもちろん俺の言葉に頷いてくれている。俺は少年と顔を合わせてニヤリと笑った。
「「計画通り」」
さあ、最低限の同志は確保した。
「ということで、オレっちと旦那はアンフィさんに音楽活動も続けてもらおうと思ってるんですぁ。でもなかなかこれの良さを分かってくれる人がいない。なぜか?それは、これがハンドメイドの音楽だから!でもそれのなにが悪い!こんなに良いのに?」
「その通りですね!あたしもこれはもっと評価されるべきだと思います!」
「サーシャも。賛成」
「ということで、アンフィさんに許可が取れ次第俺たちはあの人の曲をみんなに知ってもらうためにいろいろします。手伝ってくれる人は手を上げてー」
サーシャは素直に手を上げてくれたし、ココアも俺の意見であることに抵抗があるようだったが、渋々手を上げた。いいぞ、その屈辱的な表情。
「明後日には帰港という話だから、艦内放送に間に合わすためには今すぐにでもアンフィさんに話を通さないとな。よしサーシャ、ココア。アンフィさんの部屋に行こう!」
「おー。ひあうぃーごー」
「ケッ。まんまと乗せられたような気がします・・・」
少年はこれから廃棄物回収所に向かってアンフィの楽譜を確保するとのことだ。
「では旦那。朗報だけ待ってますんで、よろしこ」
「そこだけは保証しかねるけど、数の力でなんとかしてくるよ。ではな、少年!」
「あー、それとオレっちは少年じゃねえですぁ」
「じゃあなんて呼べば良い?」
「え?」
「名前だよ」
「オレっちはフラン。フラン=ユリシアだ。今後ともよろしく、ユウキの旦那!」
「おう!」
「―――んあぁ、いけねぇ、それと旦那ぁ」
「ん?」
「ファンタジーの短編の方もお忘れなく♪」
「はぁ!?あれまだ続いてたのか!?」
「なぁに寝ぼけたことを言ってやがんでぃ。旦那は他人には頑張れと言っておきながら自分はなんもしねぇんですかぃ?そらいかんですぁ。ねぇ、そこのお嬢さん方」
「いけませんね。とりあえず原始人なので全てにおいて、とりあえず否定すべきです。とりあえず」
「にぃ。本書くの?」
「え・・・?ま、まぁそう頼まれてるっていうか・・・」
「おー。にぃかっこいい。にぃのお話いつも面白いから大丈夫。頑張って」
「・・・・・・」
ココアはともかくとしても、サーシャの曇りない眼には勝てない。いや、面白いのは俺の考えた話ではなくもっともっと優秀な想像力をお持ちの方々が血反吐吐いて考えたお話なのだが・・・まぁいいや。
俺は意味もなくサーシャの頭をもふもふした。
フランは勝ち誇るような笑みを浮かべていた。あいつ、かなり計算高いのではないだろうか。俺がサーシャに弱いと知っていて2人に話を振ったに違いない。
「分かった分かりましたよ!ぼちぼち書いて、持ってくるよ、こんちくしょー!こうなったら引きニートの妄想力を見せつけてやるよ!!」
俺はそんな捨て台詞と満面の笑みのフランを残し、書店を出た。
目指すは再びアンフィの部屋。さすがに3人で押しかけて曲を艦内放送で流させろと詰め寄れば、アンフィなら首を縦に振ってくれるだろう。
なお、実際に小説を書き始めたら意外にハマってしまったのはまた後の話。