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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

エッセイと言う名の妄想

犬に喰われてドンジャラホイ

 某月某日。

 家族の用事で家を出て帰宅、途中、ふと思い立ち、少し前から御礼に寄らねば、と思ったA氏宅に寄る。

 A氏宅は、留守であった。


 かの屋敷はそれなりの広さを持ち、車で入って行った正面奥に立派な母屋が、入ってすぐの右側に二階建ての新宅が、そして、母屋と新宅との間、右側にずらりと小物(農機具小屋やら倉庫やら)が並んでいる。

 母屋の正面、向かって左側はそれなりの庭があって、小さな池と立木、大きな庭石とが美しく配置されている。

 

 離れの新宅を訪ねてみたが、鍵がかかっていて人のいる気配はない。

 母屋も念のために訪れてみようか、と思ったせつな、小物の中からやや年とった柴犬が、トコトコと出てきた。

 その家の飼い犬らしい。

 人をみても特に吼えることもなく、ただ黙って脇までやって来る。

 その時にはまったく気づかなかったのだが、そこで気づいていたら……と後から思う事があった。


 その時は何の警戒心もなく、犬に向って「留守なんだ?」と訊いてみて、ふと、母屋の方も念のために訪ねてみよう、と思い向きをかえたしゅんかん……

 いきなり、左腕に激しい痛みを感じる。

 見ると、大人しかった犬が飛び上がって私の左腕にがぶりと噛みついているでは!!

 何とか引きはがすべく、自分が停めた車の方まで下がるが犬はがるがると唸りながらどこまでもついて来る。

 そこでようやく気づく。

「リード……切れとるやん!!」

 そう、犬はどこまでもフリーダムに、私を追ってきていたのであった。

 痛い、めっちゃ牙が喰い込んでまんがな。

 ようやく左腕から引きはがし、右足に噛みつこうとしていたのを蹴りつけ、おすわり!! と無駄な命令を繰り出しているうちに、ふっと犬が私から離れた。

 涙目でふり返ると、なんとひとりの老人が杖をつきながら、敷地に入ってきたのであった。

 最初は、そこのお宅の人かと思い「今、犬に噛みつかれて……」と話しかけ、近くまで来た姿でようやく気づく。

 すぐ近くにあるお寺の元・住職であった。

「あんた、どこの人だね」

 優しく微笑みつつ、彼が問いかけてきた。痛みでじんじんと耳鳴りのする中、ようやく

「○○(地区)の××です」

 と答える。すると元住職は

「おおー、そうかそうか××さん」

 妙に納得しながら、何度もうなずいている。

「あのー、今、ここで犬に噛まれて」

 そう言いかけたところに、元住職がおっしゃった。

「ぜんぜん、耳が聴こえんでなあ」

 そして、ぷるぷると震える手で、でっかい補聴器をふたつ、出してみせた。

「これがないと、聴こえん。なんせもう、九十五になるだわ」

 にこやかに(でも涙目)元住職に相槌をうち、彼がのんびりと補聴器をはめるのを見守る。

 何度も取り落としながらも、ようやく補聴器を耳にセッティングした彼に向かい、再度状況を語ろう、と思ったが、先にこう訊いてみた。

「ここのお宅に、何かご用ですか?」

 元住職、のんびりと答える。「出がけにな、Aさんちのミカンを少し譲ってもらおうか、と思って寄ったんだけんな、いるかね?」

 いるのかいないのか、訊きたいのはこっちだよ! と心の中で突っ込みつつも、ようやく

「離れには鍵がかかってましたよ」

 と答えると、

「母屋に、いるかもしれん」

 と、母屋に向かっていく。仕方ないので後について行く。

 犬はすでに庭の奥深くに逃げ込んで、姿も見えない。

 母屋も鍵がかかっていた。元住職は諦めたように、

「通りに出てんとな、迎えが来るでな」

 また、先ほどと同じように道通りに向かって、杖をつきつつゆっくりと歩いて去っていった。

 何の迎えかは知らないが、それ以上犬が追って来ないと判り、私もあわてて車に乗り込んだ。

 片手運転でどうにか家に帰る。


 ようやく自宅に着。しかし、あまりの痛みで震えが止まらない。

 病院に行った方が良い、と判断し、タウンページで外科医を探す。だが、そんな時に限ってどこを見ていいのかあたふたして見つからない。しかも片手が使えないので、よけいもたついている。

 ようやく、以前父親がさんざん世話になった病院が、外科もやっていると知り、電話してみる。

 父親の名前を出したのが幸いしたのか、犬に噛まれて……と言ったらすぐに来て下さい、と言ってもらえた。

 電話を切って気づく。この痛みでは車が運転できない。

 しかし幸いなことに母が知人に電話してくれ、その知人が病院まで送ってくれることに決まった。

 待つこと数十分。

 その間に傷口を確認。右手にわずかに噛み傷、右足の甲にも少し出血を伴う噛み傷。

 一番ひどそうなのは左手。手首にわずかな噛み傷、そして少しまくりあげたあたり、腕にかなり深い傷が。

 出血が止まらない。一通り傷のあるか所を流水で洗うが、沁み過ぎて適当に済ませる。

 脱ぎ着のしにくい長袖だったので、泣く泣く袖をハサミで切り開き、もう少し着やすい服に替えた。

 左腕の傷が特に痛む。痛いです、めっちゃ、痛い。骨が折れてるかも、とまで思う。

 しかし、まともに見てしまうと余計痛みが増すかと思い、あえてその傷は見ないようにする。

 ようやく車が到着。涙目で礼を言いながら車に乗り込んだ。

 


 ここで、なぜAさん宅に『御礼』に訪れたのかを。

 実は事件に先立つ二週間ほど前のこと。


 諸作業のためPCに向き合ったままの私に向かい、次男が『外で遊ぼう』と腕を引っ張った。

 忙しさのあまり、その兄と妹とに「いっしょに広場で遊んできて」と振る。

 次男のリクエストで、我が家の犬連れで三人は広場へと向かった。

 しばらくバドミントンで遊んでいた彼ら、しかししばらくしてから長男があわてて戻ってきた。

「犬に逃げられちゃった……」と。

 急いであちらこちら、車で見て回る。だが、寄りそうなお宅すべてに我が家の犬は現れていないようだった。

 探しまわること数時間……自転車で探しまわっていた娘からようやく連絡が入った。

「Aさんち庭に、つながれてた!」

 Aさん宅に急行。すると本当に、我が家の犬が庭先につながれていた。

 ちょうど奥さんがいらっしゃったので御礼を言いながら状況を確認すると、こうおっしゃった。

「実は、しばらく家を空けることになって、うちの犬を近所の親戚に預けたんですよ、そこにこのワンちゃんが駈けこんできて。泥だらけだったんでてっきり、うちの犬が逃げ帰ってきたかと思ってよく見たら、全然違うワンちゃんだったんで、とりあえずここに繋いだんですけど……」

 かなり興奮した様子だった、と。重ねがさね礼を述べ、その日は犬を引きとって早々に引き揚げた。


 それでも捕まえていただいた御礼に寄らねば、とずっと気になりつつも、Aさん宅はしばらく留守にする、と言っていたので数日はそのまま見送った。

 そして、二週間後、ようやくAさん宅の離れに新しく洗濯物が干してあるのを見かけ、ずっと車の中に持っていた御礼の品を手に、訪ねていった。


 そしてそこで、Aさん宅の犬に襲われた、というのがことの顛末であった。



 病院に到着して間もなく、まずは処置室にて看護師さんから問診を受け、傷の確認をする。

 左腕の一番ひどい傷を見た瞬間、看護師さんが思わず「わっ、ぐ」と言いかけことばを呑みこんだ。

 ぐろい、ってことか? 

「傷、見る?」と訊かれたが「見ると痛くなりそうなので止めときます」と答えたら、うんうん、それがいいかも、と妙に親身な口調で返された。

 とても気になりながらも、次に診察室に入る。

 いきなりベッドに寝るように言われ、腕を差し出すと、ドクター、何やら看護師さんに物品の指示を出している。何となく想像するに、どうも傷口を縫うらしい。

 ドクターも傷をみて、何やら色々と感心している。「ドレーンがいいかなあ」とか言って、久々に腕が鳴るぜ、みたいな勢いだった。

 何ヶ所か麻酔を打った後、ぐいぐいと引っ張られる感触が続き、次に押され、また引っ張られ……が続いた。麻酔のお陰もあって、ほとんど痛みはない。だが、引っ張り感はハンパない。

「全部縫っちゃうと腕がパンパンに腫れるかもしれないから、浸潤液を抜くために管を入れたからね」

 と爽やかにドクターは語った。それから

「傷、見とくといいよ」

 と勧めるので、仕方なく縫った後の傷を見る。コンマ数秒。

「見ました! どうも!」もう満足っすよ、先生。

 ようやく処置が済んで、支払いをして、次は薬局に向かう。

 抗生剤と、痛み止め、胃薬が処方される。

 そして、明細書を見てようやく、傷が「五センチ以上十センチ未満」と知る。


 治りは思いの他、早かった。

 三回、包帯交換に行って、五日後にドレーンを抜いて(これは少し痛かった!)、一週間後、無事に抜糸も済んで終了。

 ドクターいわく「傷があまりにもひどかったから(えっ、そうなんですね)、思いきって管を入れてよかったよ。治りが思ったより早かったし」と。


 Aさん宅に、この件を伝えるべきかどうか、かなり迷った。

 通常ならば、犬に噛まれた場合は(被害側、加害側とも)保健所に連絡をするべし、と後で知った。

 治療した病院も、保健所に連絡を、とあった。

 犬が狂犬病の注射をしているかどうか不明な場合は、特に注意するようにとも聞き、さんざん迷った末にAさん宅に再度訪ねて行くことにした。が、やっぱり犬が怖い。

 家で飼っていながら何だが、実は犬が大の苦手。それでも何とかAさんが働いている近所の店に訪ねていった。

 御礼はもうするのを止め、とりあえず状況だけ伝え、当日にA家の犬がつないであったのかどうか(つないでいたのならば、敷地内で私を噛んだ犬は他所の犬かも、と考えられる。絶対その家の犬だと確信はあったが)、また、その犬がもしA家の犬と判断できたら狂犬病の注射は済んでいるのかを確認する。

 Aさんの奥さんは、以前家の犬を捕まえてくれた時に一度お会いしていたので顔をみてすぐに気づいたようだった。だが、敷地で犬に噛まれた話をしたら、かなり驚いていた。

 結局分かったのは、噛んだのは確かにその家の犬で、その日はっきりと記憶はないが、たぶん(親戚から逃げてきていたようで)犬はリードが切れていただろう、と。

 不幸中の幸いというか、その犬は毎年、きっちりと狂犬病の注射をしていたとのこと。

 お怪我されたんですか? と訊ねられて医者には行きました、と答えたものの、そこで躊躇して

「もう済んだことなので」

 と、傷も見せずにその場を後にした。


 話を聞く限り、その犬は普段おとなしいが不審者にはかなり警戒心が強く、決して近くに寄って行かないらしい。

 私が襲われた大きな理由。

 多分、少し前に自分のテリトリーに闖入した『興奮した犬』の匂いがぷんぷんと漂ってきたのだろう。

 そいつがうろうろと、離れのドアを開けようとしたり、母屋に近づこうとしていた。

 そして自分は、それを守らねば、と襲いかかった。たまたま守備範囲はめっちゃ広かった。

 のだろうね。


 保健所に連絡したり、ケガに対して補償を願い出たり、はもちろん考えもした。

 結局、治療には五千円以上かかったし。

 玉の肌に(嘘)すっげえ傷できたし。内出血部分もまだ、腫れているし。

 だが、何度も考え直し、A家とはそれ以上の接触を持たないことに決めた。

 他所から聞く評判では、A家はかなりプライドが高いらしく、犬が噛んだと言われても「本当にうちの犬が悪いのか、噛まれた方に落ち度はなかったのか」と反撃されかねない、と。

 こちらは、証人もいない。ああ、元住職はね……いい味出してた、としか。それにおじいちゃん、犬がいたことすらご覧になっていたかどうか。

 仮に証拠を突きつけたとしても、今度は過度に責任を感じて犬を処分してしまうことも考えられる。


 一番思ったのは、我が家の犬が入り込まねば、そのお宅が捕まえてくれることもなかっただろうし、その件で御礼に寄ろうなどとは思わなかっただろう、そこだよね。


 ものごとはつながっている時はとことんつながっている。よい場合も、悪い場合も。


 今回はこのくらいで済んでまあ、良かった。

 それなりに高いお勉強代を払いました。

 そしてますます、犬と相性が悪いことを痛感した私でした。前世からの因縁、かも。


 犬たちよ、どうぞ自由に時に不自由にとことん、思うままに生きてくれ。

 私も適当に生きてまいりますんで。お互いしたたかに生き延びようぜ。


(おしまい)



 

  

 



 


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― 新着の感想 ―
[良い点]  お久し振りです。遅ればせながら、お見舞い申し上げます。  読んでいるだけて、痛いのが伝わってきて、犬が苦手のわたしは震えあがりそうになりました。  狂犬病の予防注射を受けている犬であった…
[一言] 痛そうな怪我のお話ですが、ほのぼの感をいただきました。 優しさはユーモアと背中合わせなのかなあと思ってみたり。 余裕のない日々を送る中で、ほっと一息つかせていただきました。同時に、自分ならも…
[良い点] ユーモラスな絶妙の語り口。なのに鳥肌ものでした。 [一言] 犬は苦手です。リードにつながった散歩中の犬でも、すれ違う時は万が一を考えて、車道ぎりぎりまで距離をとります。 可愛いけど、アレは…
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