恋心
人だかりから逃げて、薄暗い路地の中まで来てしまった。意外と涼しくて気持ちのいい場所であった。そこで息の切れた体を休ませるように壁にもたれてその場に座り込んだ。
ここはとても静かだ。まるで世界に俺とロベルトしかいないようだ。
「……」
「……」
お互い喋る事がなく長い間沈黙が続いてしまった。こうなれば少し喋りかけるのは気まずいが、かと言ってこのまま喋らないというのもまた気まずい。どうしたものか。
そんな事を思っているとロベルトの方からこの沈黙を破ってくれた。
「ダンテ、顔大丈夫?」
暴漢達に殴られた場所が少し痣になっていたらしい。それを見たロベルトは顔を近づけて心配そうにマジマジと見ていた。頬に触れるロベルトの手がひんやりとして熱くなった顔が心地よい。
「あぁ……大丈夫だ」
「よかったぁ」
俺の言葉に安心し笑顔になったロベルトを見て何故だかドキっと、俺には似合わないときめきを感じた。俺は今どんな顔をしているのだろうか。
顔が熱い。怪我をしているからではない。
「そ、そろそろ宿に戻るか。あいつ等も待っているだろ」
大きく咳ばらいをしながら俺は立ち上がろうとした。しかし、腕を掴まれて引き寄せられた。
「あの、ロベルト……さん?」
ロベルトが後ろから抱き着くような形になり、ギュッと絞める力が少し強くなっていた。
「ごめん……もう少しこのままがいい……」
「……わかった」
どのくらいそうしていただろうか。
仄かに香るロベルトの匂い自然と心を落ち着かせてくれる。知るはずもない匂いだが、何故だか懐かしいと感じてしまうそんない良い匂いであった。
「ダンテ……私、少しずつだけど……昔の記憶を思い出した……」
「どんな記憶だったんだ……?」
「私は……貴族だった……でも売られた。親に、お父さんとお母さんに……そして私は醜い魔法生物になった……それだけは思い出した」
それは思い出したくないであろう欠けた記憶の一つ。忘れたままであったらよかったのに、そんな悲しげで辛そうな声が後ろから俺の耳に入ってくる。ロベルトは望んでナーガになったわけではない。
「……でも、醜い魔法生物でも、魔法生物にならなかったら……ダンテに出会う事が出来なかった……そこは感謝している……こんな醜い……」
「……」
相手の話を聞いているともう一人の俺が俺の体を無理やり自分のモノにし、喋り始めた。
「ロベルト、てめぇは誰よりも綺麗な人間だろうが、自信もてっつぅの。ってもう一人の俺が思っていることだぜ」
「ダンテ……」
すぐさま意識を取り返した。
ロベルトを見ると涙目で笑っていた。何故だろうか、その顔を見ていると心が締め付けられる。
『人生は短いんだ。命短し恋せよ若人達! なーんてんな! はっはっはっは!!』
もう一人の俺の楽しそうな笑い声は長い間俺の頭の中で響いていた。
そんな声を聴き名ながらふと路地の入口に目をやるとキリシスト王国の赤備えが行列を組み歩いていくのが見えた。まるで戦争にでも行くほどの数だ。だが、その兵を見て何故だかわからないが胸騒ぎがする。眼を凝らして見ていると知った顔があった。
ブライアンだ。あの男が縄をされ連行されていたのだ。
「ブライアン……何があった……っは、フィーネ、キクリ!」
その後ろに二人の魔法使いが並んでいた。
飛び出そうと思ったがロベルトに止められた。
「ダメだよ! 今立ち向かったら……ここで殺されちゃうかもしれないんだよ!」
「だが……」
「……あの数だったら間違いなく一度城に戻るはずだよ。そして良くて公開処刑、悪くて一生性奴隷だよ」
なんだ、ロベルトが軍師に見えてきた。
ロベルトが言うにはあの兵たちが城に着くのは三日ぐらいだそうだ。何故か聞くと装備が遠征仕様のモノらしい。
「ロベルト……なんでそんな事」
「私は高い知性を備えた化け物、魔法生物の指揮を執るために作られたんだよ。あの頃魔法生物は貴重な戦力だったからね……陣形やら兵法、装備の種類を教え込まれた……今となっては憎悪の対象だけど……教えてもらった事をダンテの為に使えるなら、私は幸せだよ」
全く。
でもそういう事なら急がなくてはならない。ロベルトの足がいつまで保つかわからないし、軍はすでに街を抜けてしまった。
幸い、砂漠越えに必要なモノは手元にある。
「追いかけるぞ! ロベルト!」
「うん!!」
砂漠は相当暑いが、どうやらロベルトは暑いのには大丈夫なようだが俺が結構しんどい。
尾行は特に何も問題が起きることは無かった。
軍が米粒に見えるほどの距離を保ち続けて尾行をする事丸三日、ようやくキリシスト王国の城壁が見え始めた。
「あれか……」
城下町に潜入することは簡単だった。すんなりと入ることが出来たが城内にはどうやって入ろうか。
街は静かだ。静かすぎる。聞こえてくるのは祈りの声ばかりで他の街で当たり前である楽しそうな声や喧嘩の叫び声、そんなモノは一切無くここが厳格な宗教国家であることが身に染みる。娼館も飲み屋もない。なんて国だ。
「……この街、気持ち悪い」
「じゃぁ、早く三人を見つけて取り戻して逃げるか」
山の上に聳え立つ山に目を向けた。
城と言うより大聖堂だ。
『正面突破だ』
「ふざけるな」
もう一人の俺が突拍子もない事を言い出した。正面から切り込んで奥まで進めるはずがない。何を考えているのだろうか。
「何考えてんだよ」
『何も考えてねぇよ。けど、そうするしか他はねぇ。攻めるに難し、守るに易しってな。後ろは崖だぜ。入口も正面だけ、ならどうするよ』
正面突破をしなければならない、か。全く権力を持った奴はどうして皆高い所に住みたがるんだろうな。
まぁ、だが決まってしまっては仕方がない。そうするしかないのならばそうしよう。
「ロベルト」
「正面からだよね」
「お、おう」
なんだろう、絶望的展開だと言うのにこの安心感はなんだろう。
こいつとなら、何でもできそうな気がする。
「じゃぁ、行こうぜ。一国に喧嘩を売りによ!!!!!!」